秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 40  SA-NE著

2018年02月09日 | Weblog




「話した事なかったけど、私の父はこの久保山の出身なの…」
「え…?宮さんから聞きましたが、美香さんは九鬼山の集落ですよね。
中上の集落の上ですよね…」

「そう、あのハート村伝説の上よ。私の父は婿養子だったの。
父は村役場に勤めていてね、村長さんに母を勧められて、そのまま婿養子に入ったの」
一瞬、裕基の顔が過った。

「でね、父は私の前では、一度も愚痴や弱音を吐いたことがなかったけど
父が仲良くしていた従兄弟が亡くなった通夜の席で、飲みすぎて他の従兄弟に愚痴ったんですって」
「愚痴った…?」

「そう、わしは自分の名字を捨てて女房の籍に入った。わしの生きたそれまでの25年が
全部仮の人生だったみたいで、男として辛かった。惨めだったって」

「名字が変わるだけなのに…惨めって…なんでお父さんは断らなかったんですか?」
「時代背景だったのね。昔の村長さんは、絶対権力を持っていて、村で一番崇拝されていたからね」
「なんか、気の毒な話しですね」
そう言いながら、有里の顔が一瞬過った。

「昔はそんな話は、沢山あったみたいよ。父は私に厳しかったけど、愛情を持って育ててくれたわ。
親戚の人に言わせたら、美香の顔が親父似だったから、よけいに可愛かったんだろうって。
私ね、ずっと考えていたの。せめて父のお盆の火とぼしは父の生まれた集落で営んであげようって。
九鬼山の人達に相談したら、美香さんの親なんだから、思う通りに遣りなさいって言って貰えたの。
だから、明日は久保山のお堂で、営むのよ。
親戚の人達も久保山の人達も全部顔見知りだから、火とぼしの場所が変わるだけなのよ」

「じゃあ、僕は美香さんと一緒に明日、居られるんですねっ」
僕は嬉しくなって、思わず両手を高く上に挙げた。
「森田くんって、賢いけど本当に幼稚よね」
美香さんは、僕を見て失笑した。

「それで、今回はいつまでいられるの?」
「明日の夕方までです。明日中に大阪まで帰って、予約しているホテルに泊まって
あくる日友達とユニバーサルに付き合わされるんです」

「大阪か~フリーターなのに忙しいね~どうせ断れなかったんでしょう」
「あ…はい…」

「お墓、どうするの?お母さんの…」
「出来れば、祖谷のご先祖様の隣に、建ててあげたいです」

「それが一番だと、私も思うよ。故郷の匂いに抱かれて眠ることが、何よりもの供養だと思うよ。
あの世のことは私は逝ってないから判らないけど、生きてる側の都合を、押し付けるなんて
そんなの仏様への慈悲じゃないと思うよ。

尊く弔うことで、充分だと私は思うわ。ゼロは永遠にゼロなのに
そのゼロに人間と言う生き物は、あれこれと理屈みたいな装飾を施すのよ。その装飾は自己満足以外の何物でもなくてね。
私って、何訳の判らないことを、話しているのかしら?お盆だから、誰かが憑依したのかしら」
美香さんは、自分の頭を手で軽く叩いて、朗笑した。

「僕、また帰ってきてもいいですか…」
「帰ってこないと、お墓完成しないわよ…今後の事はお墓を完成させてから、森田くんが決めることね。
一人で決められないまま、ヨボヨボのお爺さんになってしまうかもね」美香さんは、くすっと微笑った。

「美香さんも、美香さんも…お婆さ…ん…に」
言い返そうと思った途端に、不意に涙が出てきて、美香さんの顔が涙で見えなくなった。

二人で作った、松結わえ108束を久保山のお堂の縁側に置いた。
柔らかな風が渡った。縁側に置いた、松結わえに杉の木立の隙間から
包み込む様に西日の影が、揺れていた。










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