秘境という名の山村から&道後湯の町暮らし

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)の山村暮らし&湯の町暮らし

道後湯の町夏点描 湯の町暮らしに山口晃 DOGO ART 2016に遊ぶ

2016年06月26日 | Weblog

道後湯の町暮らしは梅雨の晴れ間に歩いて20分の湯の町に点在するホテルのロビーに展示されている、山口晃道後アート2016に遊んできた
昨年は蜷川実花道後アート2015が開催されたが、今年は山口晃である


時を超えて過去・現在・未来を行き来して何だかおかしな世界に迷い込んでしまいそうで
日常や空想、実景と虚構が混沌としたような感覚になる
風景がそれぞれの記憶と混ざり、不思議な姿として浮かびあがる








































町なかにひらめくのぼり旗





















最後の晩餐 ホテル葛城






















大和撫子 ホテル椿館本館
























































千躰仏造立乃図 ホテル古湧園


















厩図 ホテル道後館






















































階段遊楽図 ホテル茶玻瑠







































































花図ー青薔薇 道後グランドホテル


















花図ー椿

















花図ー薔薇
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奥祖谷夏点描 暮らしの山里にアカショウビンの鳴き声は響いて

2016年06月23日 | Weblog

キョロロロロロロ~、、、、、、キョロロロロロロ~、、、、、、、キョロロロロロロ~、、、、、、、哀愁を帯びて
長~く消え入るように鳴き響いて、姿はほとんど見ることができないアカショウビンを縁側でコーヒーを飲みながら聞く
しずかな雨がポツリポツリと降り出してかすかな風に梅雨の匂いを嗅ぎ「わとうち」庵は静まっている

祖谷の家々はむかしは落葉樹に囲まれていたが、今では杉林の一部に遮られてなかなか展望は得られないが一部分は開けて
かすかに山々を見ることができている「わとうち」庵もそうである
あざやかな緑にかこまれ小鳥のさえずりが絶えない風景、霧の渦巻く遠くの山々、夏でもひんやりとした風が身体を吹き抜けて
アカショウビンの鳴き声に包まれる祖谷、土地のお年寄りとの何気ない会話の一つ一つに物語が絶えないものだ

町では味わえない風景である、湯の町道後に暮らしていてもこのような桃源郷にも似た風景や山里の暮らしにはなかなかお目に罹れない
すばらしい祖谷の自然、山里の暮らしをいつまでも大事にしてゆきたいものだ
自分自身もいつまでもこのような幸せが続くことを願っているが、人生の黄昏期にあり、何時の日か最後が訪れるのであろう
願いが適うなら、山で最後を迎えたいものである

祖谷の自然が何時までも美しくあって欲しいものである、土地のひとたちの今まで以上の努力と慈しみ
祖谷の山々を訪れる人たちがお客の気分ではなく、自分たちの山々であり庭であり
ゴミひとつ落とさない、汚さない、自然の草花を大切にして、楽しんで訪れて欲しいものである



夏野湧け赤翡翠や銀河の音








































































































「わとうち」庵
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奥祖谷夏点描 暮らしの山里に老婦は元気に帰りて

2016年06月17日 | Weblog

長年の畑仕事で両膝を傷めて苦しんでいた久保集落最上のT老婦とは昨年の10月初めに訪ねて
ちょうど蕎麦の刈り取りをしているときであったが、膝は痛そうな感じであったが元気に動いていた

その後下旬に訪ねて林道を走っていると、ちょうど徳島に居る息子さんの車で下りてくるのに出くわして
そのときの話では検査を徳島市内の病院で受けるとのことであった

以後ぼくも訪ねる機会もなくて、電話をしてみるが久保にはまだ帰ってないらしく不通であった
そうこうしているうちに冬になる祖谷入りも叶わずじまいになった
どのように過ごされているのか、元気なのか、心配のまま、春も終盤になりかけた4月末にやっと訪ねることが出来たが
未だに帰った無かった

ちょうど近くの家の方が居たので聞いてみると、T老婦は思い切って両膝の手術をしたそうである、いまはリハビリを
しているらしいので、早くとも5月の末か6月始めごろに帰れるらしいとのことであった

で、6月の11日に訪ねると早くも畑でゴミ焼きをして働いている、まあ、じっとしていないT老婦であった
元気になって山に還ってきて畑仕事が出来るよろこびを分かち合いうれしくなった
縁側で祖谷番茶をいただきながら久しい再会を祝して、お互いの近況を語りあった、しばらくの入院で顔つやも
以前より良くなって健康的であった

痛かった両膝もいまは、ぜんぜん痛みの無い膝になり畑仕事も楽で、楽しくなったと笑顔で話していたが
リハビリの痛さとしんどさは年寄りには並大抵のものではなかったらしく、ほかの人たちのなかには
途中で我慢しきれずに退院するひともいたそうである
T老婦は祖谷に還りたい、畑で仕事がしたい、しずかに山の、ふるさとの風景を見たい一心で頑張り通したようだ
まだ、還って3,4日しか経ってないが、さわやかでおだやかな表情をみるとT老婦にとってわが家は幸せの宝であろう






























































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奥祖谷夏点描 暮らしの山里は花に埋もれて

2016年06月12日 | Weblog

しっとりと雨に濡れて草木の生き生きとしたうつくしい季節である、霧が渦巻き刻々と変わる風景
とりわけ木々の花々がうつくしい
道端の奥ゆかしく目立たないちょっとした草花が清々しくて愛おしくてうれしい気持ちになる

















































































































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奥祖谷夏点描 暮らしの山里は梅雨の風景がうつくしい

2016年06月09日 | Weblog


梅雨になり、山里はしずかにしとしとと降る雨と渦巻く霧のうつくしい季節になった
しっとりとした湿気に雨粒がぽつりぽつり落ちて霧が音もなく気ままに左右上下と動いては消えて
また巻き上がる風景を縁側で祖谷番茶を飲みながら眺めている時間をうれしいものである
青々とした樹木、草花も清々しいいのちを燃やしてあっとの間に大きく茂って輝きを感じる
一日中なにもしないでぼーとした時間を持てるのも祖谷ならではの暮らしである

































































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道後湯の町夏点描 湯の町暮らしに52番札所 大山寺に憩う

2016年06月03日 | Weblog

松山市の西部、高浜港や與居島を見下ろす径ヶ森の東山麓に立つ大山寺は鬱蒼とした木々が参道を覆うて
長い参道を歩いていると、ひんやりとした冷風が吹き抜けて心地よい
ゆっくり歩いていると身体もこころもさわやかになり、鎌倉時代に再建された仁王門が参拝者を迎えてくれる
嘉元3(1305)年に再建された本堂は圧倒的な風格と威容で聳え立っている

















































































































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奥祖谷初夏点描 山里の暮らしに山々は微笑みて

2016年05月08日 | Weblog

ぼくのお気に入りの久保最上の山里から眺める里山や天狗塚などの山々はいまの時期が一番いい感じである
茅場の空き地から、はたまた、久保の人たちとの立ち話の合間に眺めやる新緑の、新樹の匂い来る風五月は
ただただ、ぼーといつまでも眺めていても飽きない風景である
























































































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奥祖谷初夏点描 暮らしの山里は行く春と初夏の装いの狭間に揺れて

2016年05月06日 | Weblog

暦の上では立夏を迎えてしずかに初夏の匂いが漂いはじめた山里のくらしである
気温の差が激しくて早朝の寒さに身を窄めるかと思えば、日中の暑さは夏日になったりと
身体の対応に苦労することしばしばである

そんななかにもしずかにゆっくりと風景を眺めやると、音もなく過ぎ去ろうとする春の景色に
なんとなく淡いわびしさを覚えてさびしく思うが、それも一時のことである
行く春の風景はあくまでも明るく、さみどりは鮮やか、溢れる花々のかがやきにかき消されて
初夏へのいざないに変わりつつあり、そうした風景の片隅にふっと憂いを含んだ翳に思いを馳せる

集落の廃家を訪ねても春の廃家は崩れ行き、遠い昔に帰りつつあるにも関らずなんとなく明るい雰囲気が漂う
一抹のわびしさはあるものの、縁続きの人たちが立ち寄るのではないかと期待を抱かせる佇まいを持っている
そうした雰囲気は新緑や花々、空気の華やかさであり、うれしくなる



廃家よしコーヒー淹れる風五月

旅気まま廃家の余花に遊びけり












































































































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奥祖谷春点描 暮らしの山里に行く春の夜は強風と雨とランプの炎に包まれて

2016年05月04日 | Weblog

5日の立夏を前にして行く春を惜しんで新緑を楽しんでいたが、突然の春嵐に見舞われた
強風と雨は夕方から夜半すぎにかけて猛烈に吹き荒れた

ときには古びた傾きかけのわとうち庵をゆさゆさと揺すぶるような強風にみしみしと家が悲鳴をあげた
ランタンに炎を灯していたが、古の思いが流れる暖かい温もりにかがやくランタンを眺めていると
こころはしずかに戸外の喧騒をも透き通った音に変えてゆくようであった










オールドコールマンランタン 200-A




















わとうち庵
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奥祖谷春点描 暮らしの山里はさみどりに包まれて

2016年05月02日 | Weblog

ひさしぶりに旅気まま、奥祖谷はさみどりに包まれた新緑の季節を「わとうち庵」に寛ぎ在所の友と食卓を囲む
ひさしぶりの再会におたがいに祖谷への想い、山への想いを吐き出して楽しく語らうもよしであった

快晴で気持ちよい連休に庵の窓を全開して新緑匂う空気を入れて、何枚もある布団、毛布を干してふかふかにする
その間の時間を利用して麦生土から西山の林道のさみどりを求めてドライブする

標高800m近い林道は春の匂いに包まれて、見渡す山々のグラデーションにうれしくなった、この林道は土地の
人たちが林業の仕事に入るぐらいで、下の国道の県外者の混雑とは無縁であるが、たまたま通りかかったトラックの
ご夫婦の方から声をかけられて話すうちに、ご夫婦とも在所の出身であり、ご主人は西山集落、奥さんは落合集落出身で
いまは、愛媛の松山に住んでいる、連休で里帰りしているとの話であった、話のなかで、昨年の夏にぼくが落合集落の
人たちの写真を撮ったなかに奥さんのお母さんの写真を今日は持っているからとお渡しした
たいへん喜んでくださり、うれしくなった

祖谷の名峰の数々を遠望できるこの林道はうれしく、祖谷に来ると必ず行き来するのであるが、快晴に新緑と申し分なしだ
寒峰から落合富士の稜線、落合峠を挟んで矢筈山やサガリハゲは綺麗にくっきりと稜線を青空に描いている
またしばらくして、塔の丸あり、わずかに三嶺を仰ぎ、西熊山から天狗峠、天狗塚、牛の背の稜線も眺められる

90歳近いおじいちゃんがひとりで住んでいた集落に立ち寄る、三軒ほどの家があったがいまは誰もいない集落だ
廃家は年々増えて廃集落になるばかりである、立ち寄ってよく話していたおじいちゃんも岡山の子供さん家に身を寄せているとの
ことであったが、もしかして、子供さんと一緒に里帰りしているかもと期待したが、していなかった、もう帰って来れないのかなと
寂しい思いで林道にもどる

とそこにひょっこり、60なかばの男のひとが立っていた、話好きなぼくはすぐに話しかけたが、廃家になった一軒のお家の親戚の方で
跡継ぎのものが名古屋にいるが帰れないので、家、お墓の掃除に来られた近在のひとであった
ぼくが一番下のおじいちゃんと仲良しだったと云うと、急に打ち解けられて、お墓の掃除をしている弟さんも呼んで、まあお茶でも
飲んでいけやと進められたが、ぼくは久保集落に用事があり、急いでいるのでと丁重にお断りすると、久保の帰りに寄って泊れやと
ビールとちょっとした食事はあるでの、泊まって話して帰れやと執拗に勧められたが、断るのに難儀したのである

もう、5,6年前になるであろうかこのお家が廃家にも関らず綺麗に維持されて、庭も手入れされて気持ちよいお家の写真を
ブログに載せたことがある
どのようにして知ったかは定かでないがブログの写真を見たらしく名古屋に居られる方から、コメントをいただき
近在の親戚のものに維持して貰っている、定年にでもなって里帰り出来るようになったら帰ってみたいとの話であったと記憶している
立ち話でこの話を親戚のご兄弟にしたものだから、執拗に泊まるように勧められたのかもしれない
それにしても、祖谷にはおもしろい人たちもいるものである





ゆく春の祖谷の想ひを友に告ぐ


















































































































































在所の老ご夫婦(90歳近い)は裏山の急斜面の畑で農作業をされていた、お元気だったのだと安心する






















八十路を迎えた自画像 さみどりに包まれて「わとうち庵」の縁側でほっと一息するひととき

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