秘境という名の山村から&道後湯の町暮らし

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)の山村暮らし&湯の町暮らし

奥祖谷初秋点描 初秋の山歩きの選定に迷った揚句の次郎笈に

2016年08月26日 | Weblog



このところの猛暑つづきの天候の良さに明日は天狗塚に登ってみようと決めた
午後は天候が不安定になるらしいので、朝早くに登ることにして5時前に家をでて
車を走らせながら空模様を確かめると、どうも、天狗塚の周辺は厚い雲に覆われて
いるようで、芳しくない

どうするべえと思っているうちに、林道の入り口をちょっと通過してしまった、で、
まあ~ええか、次にしようか、と天候が芳しくなければ、剣山にでも登ろうかと腹を
決めて、菅生大橋を渡りかけて、あれ、橋の下に茅葺民家があるぞ!ええ、気づかんかったなあ
帰りに覗いてみよう、新しい発見に妙に納得した

剣山も曇って、ガスが巻いている、朝早いからかな、まあ、登っているうちに晴れてくる
かもとぼつぼつと登り始めた
風景や花々を眺めてゆっくりと登るが、一向に、ガスが晴れなくて、あたりは真っ白、
西島に着いても相変わらずである、う~ん、剣山も代わり映えしないし、この前に
登っているし、どうするべえ、ここでも迷っている始末で、呶々のつまり、次郎笈に

大剣神社から巻き道を歩き出したが普通に歩いたのでは霧が晴れないうちに
山頂に登ってしまう、なにかいい手はないものかと思案していて思いついたのが

国会で野党がよく使う牛歩戦術だ、うん、これはいけそうだ、これで歩こうと、のらり、くらり
風景を眺めては一休み、花を眺めては一休み、で何十人の登山者に追い抜かれても、気にしない、
でうまく分岐点に近づいてきたころに霧が飛び始めて晴れてきだした、まんまと作戦が当たったのである

で、鞍部から次郎笈への登りは、これまで楽しませてくれた山に何十分のひとつでも
お返ししたい気持ちから、浮石や邪魔になる大きな石を登山道の脇に片付けながら登ることにした
まえまえから、思っていたのだが、ゴロゴロの浮石が多くてよくつまずいたり滑ったりして危なく感じていた
今日は朝早くて、霧が完全に飛んでないから時間稼ぎにちょうどいいことである

それに、日ごろから山歩きや自然を楽しんでいるので、ぼくの心の根底にある、少しでも山や自然になにかしら
お返ししたいと思っている
些細なことで、それは、ゴミ拾いであったり、浮石、木切れ、の片付けであったりで、ぼくひとりで出来ることだ
しかしこれもやっているうちに面白くなり、夢中になっているうちにいつの間にやら山頂に着いてしまった
おかげで、すばらしい眺望を楽しむことが出来た
















































































































































































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奥祖谷夏点描 暮らしの山里 山家「わとうち」庵での一日は至ってのんびり、涼味に浸って

2016年08月23日 | Weblog


標高700あまりの山家はお隣さんといっても、わが家に入る小道の上に一軒のみで
あり、もともと限界集落みたいなもので、林道を走る車など数えるほで、朝と夕方に
仕事の行きかえりに車の音が聞こえるだけで、まったく静かである

朝涼しいうちに、部屋中の窓を開け開けて、空気の入れ替えをして、布団、毛布を何枚も
干す仕事は手間はかかるが、閉まっている時間が長いだけに必要なことである
持ってきたベニヤを適当に切って、天井の撓んでいる場所に打っちゃって、補強して大工仕事はおわりだ

テレビ、ネット環境のない暮らしはシンプルである、ぼーとして、ゆっくりと、時間が過ぎてゆくのを味わいながら
庭の草花を眺めたり、杉の小枝を掃除したりで、朝の時間は
いつの間にか経っていく

太陽のきつい時間を見計らって、楽しみの一つになっているのが、素っ裸になって、庭で
水浴びをすることである
なにしろ、ひとの目を気にしないでいいからである、だれも来ることはない、林道を歩く
ひともいない、気兼ねなく、子供心に帰って、楽しむことができる

そうはいっても、長い時間は敵わない、山水だから、すぐに身体が冷えてきて、終いには
震えることもあるのである
スッキリした気分になって、お昼ねを楽しむのも、贅沢な時間である

とばりが降りはじめると、ひぐらしの鳴き声が止まりだして、代わりに秋虫が鳴きだす
いま、しきりに鳴いているのは馬追、スイッチョ~ンの声を聞きながら俳句の一句も
出てきそうな雰囲気、だが、そう簡単にはものごとははかどらずに

だんだんと瞼が閉じていくのを覚えて
サマーベットでいつの間にか転寝していた

夜なかに、目が覚めて、ゆめのなかで句作したらしい

馬追やしきりに鳴きて恋の事



































































































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奥祖谷夏点描 暮らしの山里は初秋の香りが微かに漂いて

2016年08月21日 | Weblog

この猛暑では町なかに居ては歩くこともどうすることも出来そうもないと思うのだが、少なくとも自分はなにもできないでいる
そんなことで、奥祖谷に逃避行をしなければなるまいと冷蔵庫から旨そうなものをかき集めて、保冷バックに入れた

山道具もそろえた、衣類もOKだ、じゃあ、行ってくるわと近くのガソリンスタンドに寄って給油をしている間に忘れ物に気づいた
家に戻って忘れ物の、ベニヤ板、ビス、のこ、電動ドリルを入れて家を出た

祖谷のかくれ里、大枝集落の「わとうち」庵は、やっぱり、こりゃあ、天国だよな、町なかと違って、結構涼しいよなあ
寝転んでうとうとしていたが、久保集落の老婦を訪ねてみよう
今日は曇り勝ちだし、これなら少しは歩けるだろうと林道の中ほどから、カメラを提げて歩く

途中の土手などに咲く花々は初秋の花などに変わりつつあり風は木陰などに入るとひんやりとして涼しい、やっぱり季節は
変わってきているのだ
途中で見た祖谷川はこのところの日照りで水は流れていない、水溜りのようなありさまである、水不足は大丈夫だろうか

などなど、思い浮かべながら、久保集落最上の老婦の畑が見えて、ああ、そばを植えたんだ、もう、大きく育っている
春先に膝関節の手術をしたので、じゃがいもを植えることが出来なかった、老婦であったが、蕎麦は植えることが出来たんだ

庭先に寄ると、居間にいた老婦はよろこんでくれた、よく冷えた祖谷番茶を出してくれて、足の調子や孫たちのこと
やっとひとの手を借りたが蕎麦が蒔けたことなどよもやま話に楽しい一時をすごした



















































































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菜菜子の気ままにエッセイ「新・祖谷八景、宣伝致しますっ〆」

2016年08月15日 | Weblog


盆の夜空には
上弦の月が 淡く耀く。
対岸の山々の稜線の麓には、家々のオレンジ色に似た灯りが、線香花火の雫のように漆黒のベールに零れている。
ここは、対岸の落合重伝建を一望できる、中上集落。
……

……
縁側で、
暑く、熱く、暑く、
祖谷の未来を語りながら、ついでに、右手にもチカラが入り過ぎて、手元の湯呑みを庭に落とし、
真っ二つに割った、
『祖谷八景のオーナー』様。

こいつ、
会うたびに 何故か
『若返って』いる。
そして、日焼けして、真っ黒になっていた。
そして、
そして、
『やっぱり熱いっ!!』
…祖谷も 暑い。

三好市の市長さんや、観光課の職員の皆さんに、是非聞いて頂きたい。
市議にも聞いて頂きたい。
『こいつの熱い話』を。

寝ないで、真面目に静聴して頂きたい。
話の筋は 通っている。
落合の古民家の運営を、一ヶ所に委託しないで、祖谷に定住している、やる気のある方々に分担して
運営して頂いて、みんなで活性化、イコール生活の安定を図る。

祖谷の未来を本気で危惧している。
自分の私利私欲しか、頭にない人逹が、感染している今の祖谷の実態の中で、
本気で祖谷の未来を、確かなものにして、次に託す為に、考えて 考えて
髪を振り乱しながら 考えて、

…気がつけば
髪が 吹き飛ばされていた。
こいつは、身体の一部を犠牲にしながら、
がんばっている、めちゃくちゃ
『ええ・やつっ!』

宿泊とは
泊まる場所である。
一泊の料金を支払って、泊まる場所である。
…ここは
一泊二千五百円で、
『ココロも洗濯できる場所』
である。
一泊二千五百円で、
『一生に一度の時間』
を 頂ける場所である。

祖谷出身の皆様。
生家が朽ちて、帰る場所がない 皆様。
あるよ~ 祖谷八景があるよ~
いつでも 帰って 来られるよ~

故郷が ここで いつでも待っていてくれるよ~
祖谷の皆様。親戚が大勢で突然来る時には
絶対に お勧めですよ~
広い。清潔。何の問題もなく、快適に親戚の方々に、利用して頂けます。

『二千五百円』は
安すぎます。消費税がアップした時には、
『三千円』は貰った方がいいと 思いました。
安すぎて 申し訳なくて、お礼に 神戸牛にしようか?高級明太子にしようか?と、ず~~とず~と
悩んでおります。

悩みすぎて 膝が痛くなりました。
悩みすぎて、少しの段差で、ツマズキます。
悩みすぎて、首から上が、熱くなります。

『祖谷八景』
で、貴方の時間を 過ごして下さいね。
湯呑みは 替わりが ありますが、
貴方の人生で、貴方の代わりはいません。

この場所で過ごした時間は、確実に
貴方の チカラに なります。
空と風と星と月に包まれて、人間に還ろう。
自分に還ろう。

以上、
オーナー様を光る物体と書いたことを、深く深く反省致しました、懺悔のコーナーでした。
草 々
※追伸
光る物体では ありません。
『黒光りの喋る物体』
で ございました。
かしこ
















































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道後湯の町夏点描 湯の町暮らしに夏祭りを楽しんで

2016年08月10日 | Weblog

猛暑日がつづく毎日だが、夕涼みがてらに湯の町夏祭りにでかけてみた、町なかには遊戯や屋台などが
出来ていて子供たちが大喜びで遊んでいた
























































































































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菜菜子の気ままにエッセイ( チャイダマと熱中症のお時間です~♪)

2016年08月08日 | Weblog


カラッカラッの日照りが続いております、祖谷地方。
雨乞い踊りを誰か 教えて下さいみたいな、深刻な水不足に向け、危機感を抱く様な毎日です。
そんな本日。日曜日。

恒例の高齢者、プチ高齢者、やがて高齢者の村民一斉による、
『道作りin全員集合』
の奉仕作業が、行われました。
このブログの読者の皆様なら、
「あ~毎年やっている、草刈りと側溝掃除か~」
と お判りかと存じます。

ワタシ達の集落は、上と下に分かれています。
そして 上の地区も更に2つの班に分かれています。
下の地区も2つの班に分かれていて、葬祭全般を、行っています。
上の集落から、下の集落まで、流しそうめんは やったことは、ありませんっ。あしからず。

で、毎年。
ワタシ達下組と、上組が、農道を掃除して行きます。途中で 上と下が交われば、そこがゴールになります。
草刈り機の音が、上と下で、響いています。
蝉も 響いています。
照りつける太陽と、焼けたアスファルト。

草は伸びすぎて、固くて枝になっています。
側溝には 見飽きたスギシバ。スギシバが、土の中で固まっていて、柔らかいコンクリートのゴミを取っている感覚です。
労力、労力っ!!
労力、労力~~~~!!
……
時々 きゅうけい。
労力、労力~~~~!!
……
やっぱり 休憩。

隣では
去年のこの日。
小さな蜂に刺されて、死にそうになった ドラえもんに似た プチ高齢者が、手持ちの飲み物を飲みつくし、またまた、顔を真っ赤かにして
倒れそうな勢いで、ガードレールに寄り掛かっておりました。

そのまま、ほっておけば、確実にこいつは、熱中症に なります。
去年が、蜂でdoctorヘリで、今年が 熱中症で 救急車~!?
そんなぁ、余りにも美味しすぎるネタ。

揃い過ぎるでは ないかいな。
……ネタの為に しばし ドラえもんを観察する。
じっと 観察する。
……ドラえもん、辛そうな顔をしている。ゼエゼエと、言っている

主人の大切な麻雀仲間だったから、ちょっと 気の毒になって 観察を止めて、ワタシのミニクーラーBOXから、必殺のオーエスワンを 出してあげた。
ドラえもん ゴクゴクと 一気に飲み干した。
ついでに 必殺のカリカリ梅も 食わしてやった。
ドラえもん、食べる。

『あ~楽になった。ありがとう』
と 元気になった。顔の色も赤から普段の白になった。
隣で、80歳のまだ仕事に行っている、オバチャンが、チャイ玉の飴を、ドラえもんに勧めていた。
『チャイダマは、ええんぞ~糖尿病のしらは、すぐに治るわ~はよ、チャイダマ取れや~』
と 袋ごと 差し出しているが、
今、彼の抱えていた 緊急課題は水分補給であって、糖尿病では…ない。

オバチャン、80歳で再就職って、なんで、そんなに元気なんだ?
『むかしの~ドイの首、蜂にさされて、首叩いたら、電柱叩きよる音したんゾヨー』
って オバチャンが、言うけど、首と ドイの首の違いは、なんなんだ?

で、無事に 12時で、作業も終わりました。

祖谷川が、カラカラになりかけてますよ~
見たことのない 岩の光景ですよ~
祖谷の神々様~
雨を くださいませ~
チャイダマの飴じゃ ありませんー
雨に 会いたいよ~
アーメン 草 々
































































































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道後湯の町夏点描 湯の町ぐらし 山間の集落に涼しさを求めて

2016年08月03日 | Weblog



わが家から車で20分の山間地である藤野、川中集落は石手川の最上流域になり気温も
3,4、度低いくらいで夏に涼むにはもってこいの集落である
石垣を積んだ田圃が広がる集落の山裾に古寂びた寺が見える。円福寺という石柱が立っていた。

山すそにひっそりと佇む天一神社のすぐ傍にしずかに円福寺の本堂や鐘撞堂などが建っている
天台宗のお寺で、平安時代に建立されたと伝わる古いお寺である

境内にはかなり大きな句碑が立っていた、漱石が詠んだ俳句が刻んである、
「山寺に太刀をいただく時雨哉」の俳句である、詳しく聞こうと住職が出てくるのを待ちかねて聞いたところによると

明治28年11月、松山中学校で教鞭(きょうべん)をとっていた漱石は明治28年に円福寺を訪ねた、
漱石は、円福寺に、南北朝時代の武将新田義宗(新田義貞の第三子)と脇屋義治(新田義貞の甥)の墓と遺品があると
聞いて出かけてきたという。

遺品の太刀や甲冑を見てもう一句「つめたくも南蛮鉄の具足哉」と詠み、墓に参って「塚一つ大根畠の広さ哉」
「応永の昔し也けり塚の霜」と詠んだという
本堂は明治元年に建てられたもので漱石が訪れたときのままの建築である
「山寺に太刀を頂く時雨哉」の句碑は集落と山寺の静かな佇まいの昔を留めている

漱石が来た当時の本街道は、奥道後の杉立の山中から青波に出て、日浦に出た荷駄が通うくらいの小さな道であった、


しばらく境内を散策していると、大音響のBGMを鳴らしながら食料品などを満載した
移動スーパーの車が境内に乗り入れてきて早速店開きをはじめたそのうち
音楽を聴きつけた近在の人たちが三々五々と集まってきて入用の品を買い求めていた

お年寄りにとって、日常の買い物は大変である、日なかは若い衆は町に勤めているから
車がない限り町に出かけることは出来ないわけで、このような移動スーパーは大助かりである



























































































































































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奥祖谷夏点描 山旅は気ままに、自然の息吹に身をまかせ

2016年07月29日 | Weblog

霧のながれに身をまかせ、自然の息吹に身をまかせ、山旅は気ままに身をまかせ、しわしわ歩いて、ひとり旅、




























































































































































































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道後湯の町夏点描 湯の町暮らしに山の涼しさを想いて

2016年07月22日 | Weblog



大木の樹幹、林床の草花、じめじめした湿気、清らかな空気のなかに、身体が包まれ、纏わり付き
静寂のなかにひっそりと一茎の花はしずかに、密やかに次の変化を待って生命を全うするために
じっと変化するわが身をまっている

登山道脇に咲く草花にはそれぞれに少しづつの季節を敏感に捉えて変化していく様子を
感慨深く見守りながらあるくのも楽しいものだ

草花はそれぞれのおかれた場所で健気に儚い生命を切に生きている
咲いて、実を結んで、子孫を残して生命を全うしていく

樹林を彷徨う度に逝ってしまう小さき花、新たに咲き出して命を紡ぐ花たちと
四季おりおりのしずかな、激しい経験したことのない気象の変化を素直に
受け容れることしか出来ない自然の動植物たちにとっては先行きになにが
待ち受けているかを心配したところで詮無いこと

いまのいまを素直に受けることで生かされていることをよく知っているのであろう
そのようなことを考えながら山を歩き、木々や草花の気持ちを思いやると
この風景が自分の感性に自然と沁みこんでくるのである


このように自然のなかに身を置いて木々や草花にほっとして精神を浄化していかなければ
ひとは生きていけないものであると常日頃云われているのであるが

そのわりには、自然を大事にしない風潮が広がっているのは悲しいことだ
これも、現在の社会現象の延長かもしれないと思われる節が多々みられるのである
個人主義の悪い面が出てきたのではないか

登山道から遠く離れた場所の花を見たさに大勢のひとが入りこんで写真を撮り踏み荒らす
また、高原の湿原に咲く花々を躊躇いもなく入り写真を撮って踏み荒らす
その写真を自慢げにネットに載せて宣伝して、また、大勢のひとがやってきて踏み荒らして
どんどん人による荒廃が進んでしまう

自然へのダメージは日常、暇もないほど行われている、今日も明日も明後日も、、、、延々と続いていて
やがて、絶滅へと追いやっているのが、ひとびとである

いま、自分がこの花を見て感動することが大事なのだ、いまさえ良ければ後は知らない
この花が実を結んで子孫を後世に繋いでいくことなどどうでもいいことなのだ
ましてや、自分の孫たちや後々の人たちのことなど考えたこともないわけである

自然や花に対してダメージを与えることに対する罪悪感などないのであろうか
悲しいことに、マナーを守らないひとたちは確実に増え続けているのが現状である
























































































































































































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道後湯の町夏点描 湯の町暮らしにターナー島を眺めて

2016年07月18日 | Weblog


あの松を見給え、幹が真直ぐで、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」、、、、、
「全くターナーですね。どうもあの曲がり具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」
すると野だいこがどうです教頭、これからあの島をターナー島と名付けようじゃありませんかと余計な発議をした。
赤シャツはそいつは面白いわれわれはこれからそういおうと賛成した。

                          夏目漱石 「坊ちゃん」より


ぼくは三津にある家内の実家で用を済まして、早朝で曇り勝ちでもあったので少し散歩してみようと暫らくご無沙汰の四十島(ターナー島)に足を延ばした
歩いて30分ぐらいでターナー島に着いた、カメラを構えて2,3枚を撮り終えて少し場所を移動して初めてひとりの男性が居るのに気づいた
男性はぼくには気づいていなかったのであろう、顔は真直ぐにターナー島の方をじっと眺めていた

60代後半であろうか、ちょっと疲れたようにも見えたが、身なりはすっきりした紳士風であった
アイボリー調の麻の半袖シャツに薄茶の夏用ズボンと紳士靴を履いていた、このあたりの方でないのは一瞥すれば判った

薄グレー色か、いぶし銀色と云うか、しずかに波打つ海に浮ぶターナー島の向こうを近くの島通いの小さな客船が滑るように行き来するなかを
エンジン音を発てて釣り船が急ぎ足で去ってゆく高浜の海、朝8時まえのこのしずかな浜辺には無言の空間の広がりが支配していた

浜辺のテトラポットに腰掛けていた男の顔にはいままで気づかなかったが何かほっとした気配というか長いこと気になっていた事を
やり終えた時のような安堵感といった風な顔をしたのを一瞬見えた
これを機にこの無言の空気を切り裂きたい衝動に駆られて、靴音を立てながら紳士に近づいて

「おはようございます、あのう、失礼なことをお尋ねしますが、、、さっきからずーとターナー島を眺めておられますが
この風景が気に入られたというか、お好きなのですか」

男性は、足音に気づき、振り向いて無言で会釈をしていたが、この場の雰囲気を壊すようなぼくの失礼な質問にも
動ずるようなこともなくて、やさしそうな笑顔を見せながら落ち着いた口調で

「おはようございます、先ほどから微かなひとの気配は感じていたのですが、貴方でしたか
小さな島と綺麗な海の風景に見入っていたものですから、気が付きませず失礼しました

この島が「坊ちゃん」に出てくるターナー島なんですね、ほんとに美しい風景ですね
いぶし銀のような海に浮ぶ島、実に美しいです、それに背景に富士のような山とおそらく漁港いいですねえ。
女房に何回と無くよく聞かされたものです、それが、この風景なんですね

「ほう、、そうなんですか、それでは、奥さんはこの土地の方ですか、今日はご一緒ですか」
と柄にも無くたたみ掛けるような失礼な質問を口にしてしまった、男性はしばらく黙っていたが意を決するように話し出した

「そうなのですよ、彼女はここ、松山がふるさとなのです、此処でで大学を出るまで暮していました
上京して就職して、ぼくと知り合い結婚したわけです、まあ、極々仲の良い普通の幸せな夫婦で子供たちにも恵まれた家庭でしたよ
夫婦でよく旅にも行きましたが、なぜか、松山にはぼくは来る機会がありませんでしたね

何時か女房が良く口にするターナー島を一緒に眺めたいものだと思っていたのですがねえ
果たせず仕舞いになりましたよ、3年ほど前に突然亡くなってしまいました
そんなわけで今日は思い立って松山に来れてぼくひとりが、ターナー島を眺めているしだいなのです」

ぼくも、彼も、また黙ってしまった、ひとはそれぞれに果たせなかった思いを生きているうちにやり遂げて一歩前に進みたいと思うものであろうか




























































































































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