踊る小児科医のblog

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青森山田高校のカンピロバクター食中毒記事「鶏肉の湯通しなどの加熱処理が不十分」湯通し??

2016年11月30日 | こども・小児科
細菌性食中毒でカンピロバクターが検出された(13人中2人だけにせよ)なら「鶏肉」、しかも2日連続で使っているという教科書的な事例ですが、、
鶏肉の加熱で「湯通し」はあり得ないでしょう。不十分というレベルの話ではない。
「湯通し」という単語を記者が何の手がかりもなく書いたとは思えない。まして保健所がそんなこと言う可能性はない。
記事では「同校は調理過程で湯通しなどの加熱処理が不十分だったとみている」とあるので、青森山田高校の側から出た発言。
ということは、鶏肉を湯通しだけで食べたのか?(マサカ)
保健所は何を調査したのか?(もう少し手がかりがわかるはず)

山田高調理科13人が食中毒 2016年11月26日(土)
 青森市の青森山田高校の調理科3年生13人が今月17、18日に行った調理実習の後、腹痛などを訴えていたことが25日、分かった。青森市保健所は実習の料理による集団食中毒と断定した。現在、女子生徒1人が入院しているが、快方に向かっているという。
 同保健所や同校によると、実習を行った3年生31人のうち、男子5人、女子8人が腹痛や下痢、発熱などを発症。保健所が調べたところ、2人の便から食中毒を引き起こす「カンピロバクター・ジェジュニ菌」が検出された。
 2日間の実習では鶏肉を使っており、同校は調理過程で湯通しなどの加熱処理が不十分だったとみている。同科で食中毒が発生したのは初めてで、当面は実習を自粛する。
 25日夜、記者会見を開いた同校の花田惇校長は「このような重大な事態が起きたことをおわびしたい。保健所の指導を受け、より衛生管理を徹底していく」と話した。
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「青森市長選の公報」を読んで蚊帳の外から勝手に論じるの巻

2016年11月26日 | 政治・行政
あと1日しかないし、ここに書いたことは誰かに対するメッセージなどではありません。部外者が野次馬根性で書いてるだけと御批判していただいても結構ですが、今回の青森市長選の結果は、青森市の浮き沈みだけでなく、青森県や、県内市町村の今後の方向性を左右していく分岐点になると考えてウォッチングしています。
これまで情報をチェックしたり考えたりしてこなかったので、かなりの難題なのではないかと感じてます。。青森市民が、この状況で選択して、あとで「こんなつもりじゃなかった」ということにならないか。。(←いずれの候補が当選しても)

公報PDF
https://www.city.aomori.aomori.jp/senkyo-kanri/kurashi-guide/senkyo/sityousen_top/documents/senkyokouhou.pdf

全部読み終わって → 渋谷氏の敵は小野寺氏ではなく横山氏だと思うが、陣営も支援者も小野寺氏を追いかけることばかり考えて、現実が見えてないのでは(…違ってれば良いのだが)。
隠れトランプ票と同じではないが、隠れ横山票の存在が勝敗を左右することになるのでは。。
何の根拠もない予想では、小野寺:渋谷:横山は5:4:2または4:3:2。。もちろん、何の根拠もないので外れる可能性はあります。外れる場合にどう外れるのかも予測できません。
結果として、青森市が何らかの形で踏みとどまっていくという観点では渋谷>横山>小野寺だろうと思いますが。。

(追記)予想を渋谷>小野寺≧横山に変更(11/26夜)

渋谷氏
・基本的に鹿内姿勢の継承をうたってるために、踏み込んだ政策や、前市政への批判や相違点が伝わってこない。
・特にアウガについては、最終的に鹿内さんがどう決着をつけようとしたのか曖昧なままで、一番具体策がない。
・「市民が主役」と言いつつ、市民が主役となるプロセスが提示されていない。
・自公が反対した「子供医療費無料化」についても、他候補が(選挙戦術上)批判したり撤回を公約に入れていないので、アピールポイントになっていない。
・市役所建設費について、見直しや圧縮の可能性が述べられていない。(現行予算のままということ)
・一番穏当で現実的で、なおかつ市民へのチャンネルも開かれた市政になるように思うが、鹿内後継というだけで鹿内票がそのまま入るとは思えない。

横山氏
・「駅前アウガ中心のまちづくりとの決別」や「駅舎44億円負担の撤回」だけでなく、他の政策も一番具体的で、公報・公約としては出来がいい。(その是非はともかくとして)
・上記の「駅前アウガから除雪費用へ」というのは馬鹿らしいほど単純でわかりやすい。(同上)
・独自の視点(墓地建設と県外利用者への開放など)もあり、かなり多くの人の意見を聞いて取り入れたのではないかと想像。
・ただし、これらが全部実現したら、駅前も郊外も一緒に雪の中に沈んでいく可能性大。
・青森市の生き残り戦略や将来像が不明確。主要産業は除雪、ねぶた、県庁(職員の消費)ということにならないだろうか。
・アウガ破綻処理の場合、現存施設(ホールや図書館、その他のスペース)はどうなるかよくわからない。
・コンパクトシティ構想とアウガ破綻の問題は全部一致するのか、それぞれ異なった側面があるのか、どう考えているのかわからない。(この公報を読む限り両者一体という考えと受け止められるが)

穴水氏
・青森市でフルマラソン開催という点だけ評価するが、ハーフですら悪評が絶えないのに(…参加したことはないのですが)、フルを開催できるとは思えない。
・学歴と職歴でどういう方なのか想像しにくいし、まったく知りません。
・最低限、字が潰れない原稿を提出する程度のことはすべき。
・立候補の意味も含めて不明で、医師への不信・嘲笑を増大させた。

小野寺氏
・演説の「キング牧師」で滑っていたが、公報も同様で、写真は2枚もいらない。
・自民党と広告代理店が見栄え良くつくろうとするとこうなる。
・具体的な政策は市役所アウガ移転という点だけ(「一部」とは書いてない)。
・市民はアウガに市の窓口が移転したら、不便になるでしょう。そんな(何人か市民に聞けばわかる)常識的な判断すらできない。(あるいは、わかっていてやろうとしている)
・他の項目は、読むに値しない。自分に投票する人は公報などに関係がなく、公報は害にならない程度でいいというメッセージに思える。
・強調している「リーダーシップ」とは、県知事や国会議員との合意の元で、市長から市民に発せられる号令という意味なのだろうか。
・同様に「夢(I have a dream)」は時代錯誤。。オバマさんを狙った?
・「ぶれず、真っ直ぐ、前へ進む」とどこに行き着くのか、経路と目的地が不明。。レミングスみたいに陸奥湾に真っ直ぐ進んで行くことにならなければ良いのだが。。
・公報・公約などに関わりなく、国と県と市が一体となって進んで行くのがベストと信じている方には疑う余地のない候補なのだろう。(ご本人もそう信じているなら)
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福島原発事故後の5年半に青森県保険医協会の新聞に掲載した9回分の原稿を読み直してみた

2016年11月16日 | 東日本大震災・原発事故
2011年の東日本大震災・福島原発事故後の5年半の間に、青森県保険医協会(医師・歯科医師約1300人)の新聞の連載「核燃を考えるリレートーク」に掲載した9回分の原稿を読み直してみた。不幸なことに、震災直後から危惧した事態は現実のものとなってしまった。書いたことが間違いではなかったのが「不幸中の幸い」と言っても、喜こべません。記録としてリストアップしておきます。

1) 2011.9「福島原発事故後に考えたこと「まだ終わりではない 今度こそ終わりにする」」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/1c19919dd5ce082a459bfbce72cb8453

2) 2012.10「原発ゼロでも核燃サイクル堅持を喜ぶ青森県の悲喜劇 中間貯蔵施設をどうするか 最低→最悪政権の次の選択は」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/9b36c43a3bd1fb5e47ecda772541182d

3) 2013.7「福島県の甲状腺がん検診結果をどう読むか 発生率1〜2人/10万人はベラルーシと同じ」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/7098ce074b9500449ee9c5f8dc2bfb52

4) 2013.12「原発推進と秘密保護法は表裏一体 福島県の甲状腺がん検診続報 原発は民主主義の対極にある」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/5ee5a44b449709fcfe1610397f3ec378

5) 2014.11「脱原発のために「核のゴミ」県内長期保管の議論を」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/c79c98633ce5b27497cab3ed280df6ad

6) 2015.5「繰り返す「国家の暴走を止められない歴史」戦争、原発、タバコ」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/3f9212dc4ac96329d2c00c252b9696ae

7) 2015.11「福島県の小児甲状腺がん 本格調査で「増加」が明らかに」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/81abc3d45c9d6868551d433340e0943e

8) 2016.6「新認可法人「再処理機構」は自滅サイクルの始まり」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/1fde7406616018033675591a714c52b4

9) 2016.11「福島県小児科医会の甲状腺検査見直し要請を憂慮する」
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/80a774093d908a0cbff92b6ac2e55f11
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「優性思想」は国家の政策ではなく社会の「空気」で形成されるもの 新出生前診断の商業化はその帰結

2016年11月12日 | こども・小児科
(哲学カフェで言い残したことの、考えのまとまらないメモです。別にまとめるつもりですが…どうなるかわかりません)「優性思想とは国家が政策として行ったとき…」ここに引っかかりを感じて帰りました。

 確かに、ナチスや日本(戦後を含む)など、歴史的にはそうだったのかもしれません。もちろん、個々人が内心どんな差別主義の思想を抱いていても、一人一人追及して罪を暴き立てることはできないし、それこそ思想警察に繋がります。

 ただし、今の時代に国家が優性政策を実行するという事態は(内戦でのジェノサイドは別として)まずありえません。

 むしろ、個々人の思想が集まった社会の「空気」として、今回少し紹介した「新しい出生前診断」で異常が発見されれば中絶するのが当然という無言の圧力(※)が形成されれば、国の政策というあからさまな形を伴わない「優性思想(優性政策)」と考えることができるのではないでしょうか。

 ※→該当疾患の子が生まれたら、親が出生前診断と中絶の機会を逃して、社会への迷惑をかえりみず「自分勝手に」産んだのだから、その費用は親が負担すべきという「空気」。

 実は、その「新しい出生前診断」について、学会で限定した基準を逸脱した商業ベースの検査をネット上で提供する会社(医師)がいま問題になっています。(メディアはどこも取り上げていないので知られていませんが)

 学会の基準というのは何ら強制力を伴わないものですので、このような事態は最初から予見されたものでした。(だから、私はこの検査が「一線を越えた」ものだと当初から考えていました)

「優性思想は全否定されるべきものなのか」という観点で考えてみます。重い遺伝病について、絨毛検査や受精卵診断なども限定的に行われており、「新しい出生前診断」で検出できる3つの染色体異常(21トリソミー=ダウン症候群、18トリソミー、13トリソミー)との間で一線を引くことは困難です。

 私のかつての感覚では「18」と「13」はやむを得ないが、「21」は抵抗感があるというものでしたが、「18」や「13」でも数年という長期生存例があることを見聞きすると、このような検査の実用化が親と子にとって福音と言えるのか、過去、現在、未来のいずれが幸せなのかわからなくなります。

 学会では臨床研究として基準を満たした施設と対象者に限って実施しているという名目になっていますが、実際には発見された94%(3年間で400人弱)が中絶しているという結果が明らかになっています。

 一人一人の親の選択の結果が総体として94%という数字になっただけだと言うこともできます。その判断の積み重ねが「結果的に」ダウン症候群や他の2つの染色体異常を減らすことにつながるのであれば、否定することは何もないと。

 親が幸福追求権を行使すれば、結果として社会への「迷惑」も減るし、誰にとってもハッピーである。別の事例で、私は「当事者の論理」という言葉を使ったことがありますが、これもその言葉が当てはまるのかもしれません。

 ここで「誰にとってもハッピー」とか「当事者の論理」などという乱暴な言葉で書きましたが、お気付きの通り、「胎児」という「当事者」の論理が抜け落ちています。憲法は胎児の幸福追求権まで保証してくれません。中絶されてしまえば、幸福を追求しようがないのですから。

 親の幸福追求権とは、「異常を持った赤ちゃんが生まれない方が(親にとっても子にとっても)幸せである」という判断だと言い換えることも可能かもしれません。その、一人一人の親の判断の総体が94%という数字である。決して、中絶した親を非難しているのではありません。

「優性思想は全否定されるべきものなのか」という問い対する決まった解答は得られそうにありません。商業ベースの検査会社が問題視されるのは、一つには偽陽性の存在を知らずに羊水検査をせず中絶する可能性、もう一つはここに書いたような逡巡を何ら経ずに判断される可能性が高いこと。

(「優性思想を全否定する」ことから始めると現実を無視することになると思いますが、やはりまとまりませんでした)
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子どもの事故防止の原則は2つ→予測が難しいときに命を守るには(神宮外苑焼死事件をうけて)

2016年11月08日 | こども・小児科
今回の「神宮外苑 幼児焼死事件」は、悲惨すぎて言葉になりません。これまで伝えられた情報によると、出展者側で火災防止についての知識も想像力も、考慮された形跡もなく、二重三重のチェック体制もなく、観客の警告も無視するなど(※)、ほとんど論外と言える状況のようです。

「責任はすべて大学にある」神宮外苑の火災受け学長
2016年11月7日14時21分
http://www.asahi.com/articles/ASJC7339PJC7UTIL009.html

※ 特にこの証言の内容は過失ではなく「未必の故意」であることを証明しています

出展者(学生)や大学の責任は免れませんが、どんな罪に問われようとも子どもの命は還ってきません。
今回のケースに限定するのではなく、一般化してどうすれば守れるのか考えてみます。

子どもの事故というのは、1)繰り返されてきた状況で同じ事故が起きている、2)新しいモノや状況が生まれると新しい事故が発生する、という二つのことがわかっています。

2)については難しいので後回しにします。今回の例は特殊ですがここに入るかと思います。

1)については原則が二つあります。
①事故の原因を除去して可能性をゼロにする
②なくせない場合は、頻度を減らしたり重症化を防ぐ

「○○に気をつけましょう」では事故はなくなりません。

①の例としては、
・タバコ誤飲 →「タバコや灰皿を子どもの届かない高さに置く」は間違った指導例。家庭や訪問先(祖父母宅など)にタバコが全くない状況であれば、タバコ誤飲はゼロになる。
・歩行器やクーファンからの落下事故 →必要のない育児用品であり、買わない、使わない、人にあげないこと。
・大型自動回転ドアに挟まれた事故 →センサーの不備を改善するのではなく、もしセンサーが正常に作動しなければ(改善しても可能性はゼロではない)子どもが死ぬような装置は使用しない。

②の例として、
・自動車事故はゼロにはできないが、チャイルドシート(かつては法制化されていなかった!!)/衝突防止装置などの技術革新/歩道・交差点等の改善/取締りの強化/キャンペーン・啓発活動などにより、まだ許容できない範囲ではあるが、死者は確実に減少している。

①②を混同した例として、①コンニャクゼリーと②餅の窒息死を同一視した議論がある。(これがわからない人が多いというのも事実)
タバコとアルコールも同様。

風呂での溺水防止のために、②鍵をかけるというのは不可(事故はたまたまやらなかった時に起きる)で、①最後の人が必ずお湯を抜くというのが正しい対策。

原発事故についてもあてはまるが、最後に書きます。

2)の、リスクが不明(程度が様々)だったり予測困難な場合はどうすれば守れるか。

一言では言えないが、一般的な知識、経験(子どもの頃からの直接的、間接的、具体的々な体験から得た常識的判断力)、想像力、危険察知能力などを常に働かせるようにする。

東日本大震災を経験した私たちは、「いま大地震が来たらどうするか」というアンテナは辛うじて張れるようにはなったはずですが、未体験の状況(実際にはそういう事態が大半のはず)で、後悔しないように動けるか、自信を持って断言することはできません。

ただし、車の運転で一番大事なのは「他人の運転を信用しないこと」。これは自動車学校でも免許更新の講習でも一度も言われたことがないが、長年運転してきて誰もが実感しているはず。子どもの事故防止にも、同じことが言えると思う。

もう一つのキーワードは「東京」にあると考えますが、まとまっていないし、ここでは詳しく書けません。。

原発事故については、多重防御という考え自体が②(事故はゼロではない)を前提とした話だったはずが、いつのまにか①と同じ「絶対安全」にすり替わっていた。②なのに「絶対安全」ということは「絶対にない」ということはわかりきっていたのですが、①と受け止めて「絶対安全」だと思っていた人が相当数いたということ自体が、大きな驚きでした。

無論、①の可能性をゼロにする方法は、原発の稼働をゼロにする以外にはありません。②の対策で、いくらヨウ素剤を配布されたり、避難の船や避難先の体育館を確保されたからといって、これで安心、いつでも再稼働して下さいと主張する首長や議員らは、一旦事故が起きたときには福島のように故郷を捨てなければいけないという事態を許容したと言っているに等しいのです。
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運動療法は禁煙治療の第一選択となり得るか 〜「運動+禁煙」により「喫煙・肥満・うつ」の悪循環から脱出を

2016年10月26日 | 禁煙・防煙
#2016年9月19日に日本タバコフリー学会(神戸)で発表した演題の抄録です。

運動療法は禁煙治療の第一選択となり得るか
〜「運動+禁煙」により「喫煙・肥満・うつ」の悪循環から脱出を

【目的】運動が禁煙の助けになることは経験的に知られており、助言指導や行動療法の一つとして取り入れられているが、運動自体が各種の依存症を根治し得るという知見が明らかになりつつある。運動療法が禁煙治療の第一選択となる可能性について論じたい。

【背景】青森県は男女とも平均寿命が最下位で、喫煙率は男性1位、女性2位(2010年)と高く、飲酒率(男性)、食塩消費量、インスタントラーメン消費量、運動をする人の割合などもワースト1である。青森県タバコ問題懇談会では、受動喫煙防止対策などの規制を求める活動を続けてきたが、喫煙対策でも全国の後塵を拝してきた。脱短命県を最重点課題として官民の取り組みが行われているが、喫煙対策はおざなりの状態にあり、現状を打破していく必要性を感じてきた。

【仮説】喫煙(ニコチン依存症+喫煙関連疾患)は「運動不足・肥満・糖質塩分過剰・アルコール依存症」および「うつ・産後うつ・自殺・虐待」と相互に連関して悪循環を形成している。食生活から取り組んでも行動変容・意識改革は困難であり、鍵となっている薬物依存症であるタバコを断ち切るために、運動と禁煙治療(薬物療法)の組み合わせにより、非喫煙+運動・適正体重・適量飲酒+メンタルヘルスという好循環への変容が可能となる。

【文献上の検証】Rateyは著書『脳を鍛えるには運動しかない』(2008)において、運動によりドパミン、セロトニン、エンドカンナビノイド等が増加し、ほとんどの人にとって運動が依存症・うつ・ストレス・抗加齢などの最適処方となり得ると記載している。一方、Cochrane LibraryにおいてUssherら(2014)は、運動群で6〜12ヶ月後の長期予後が有意に改善したのは20の臨床研究の中で2つだけだったと統括している。

【考察】個人レベルでは村上春樹氏のように走り始めて禁煙したという人は珍しくない。薬物の刺激により生じた依存症を、生理的な依存症(ランニング依存症など)に置き換えることにより、爽快感、達成感、自己肯定感が得られ、再喫煙の危険性は小さくなる。基礎疾患がある場合は程度に応じた負荷強度の選択が必要だが、既にCOPDを発症している場合でも、呼吸リハビリよりも下肢の運動リハビリの方が長期予後を改善するとされており、運動は禁煙の導入・維持のみならず、残存する疾患リスクや他の生活習慣病リスクの軽減にも寄与することが期待できる。

【結論】運動療法を禁煙治療の単独の項目と位置づけて、全ての喫煙者に推奨すべきである。
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福島県小児科医会の甲状腺検査見直し要請を憂慮する

2016年10月24日 | 東日本大震災・原発事故
 甲状腺がんに関する錯綜した状況について、何らかの判断ができるのは三巡目を見てからで、最終的な結論には10年は必要、それまで医療不信を解消しつつ受診率を維持することが肝要とお伝えしてきたが、危惧していた事態が現実となってしまった。

 鎌田實氏は「福島県小児科医会には、驚いた。いったい、どういう考えなのだろうか」と批判した上で、「二巡目でも多数見つかっていることは、スクリーニング効果では説明できない。不安を取り除くには、しっかりと甲状腺検査をし、見つかったがんはできるだけ早期に治療すること。もし甲状腺検査を縮小すれば、不信感が起こり、かえって不安を増長することになる」という至極真っ当な見解を表明した(毎日新聞)。

→さあこれからだ/132 甲状腺検査縮小 隠れる真実=鎌田實
 毎日新聞2016年9月18日
 http://mainichi.jp/articles/20160918/ddm/013/070/026000c


 同会が福島県に要請した声明を確認してみたが、縮小という文字はないものの、「事業実施の一部見直しを含む再検討」という表現には現状維持という意味はなく、地元紙の記事でも「会長は、規模を縮小しても放射線被ばくによる影響の有無などを把握することは可能との認識を示した」と、明確に規模縮小について言及している。

→平成28年度福島県小児科医会声明(2016年8月28日)
 http://fukushima-ped.jp/archives/147.html


 これに批判的な意見の中には、一巡目での「多発」が確定的であるという見解が含まれているが、ここではその立場はとらない。3月に発表になった「中間とりまとめ」では、被曝線量、発見までの期間、事故当時の年齢、地域別の発見率の4点を総合的に判断して、放射線の影響を「完全には否定できない」が「考えにくい」と評価している。しかし、この評価には二巡目との比較を考慮していないという重大な欠落がある。

 同会の声明にも二巡目と比較して考察した形跡は見当たらない。

 ここで、9月までの甲状腺がん検出状況を確認してみると、先行検査(一巡目)では確定101+疑い14=115人、本格検査(二巡目)では確定34+疑い25=59人。有病率は先行検査が38.3人、本格検査は21.2人/10万。推定発症率の推移はグラフに示した。「先行検査は保留、本格検査での増加は確実」という1年前の判断は何ら変わりない。



 推定発症率は、スクリーニング効果を10倍と仮定して計算した。これを20倍まで上げれば、検討委員会の評価も妥当と言えるかもしれないが、その場合は本格検査との差が更に大きく拡がってしまう。原因の如何に関わらず、本格検査での増加は否定できない。

 生検や手術は従来からのガイドラインに従って実施されており、過剰治療の可能性は否定されている。本格検査における年齢分布が先行検査と大差ないことは希望的材料と言えるが、現在の検出状況を合理的に説明できる見解はどこからも出されていない。

 いずれにせよ、最低でも三巡目の結果を待たなくてはならず、「中間とりまとめ」でも検査継続の必要性が強調されている。同会の要請は問題点をはき違えた間違った判断だと言わざるを得ない。

 何よりも問題なのは、同会の要請に対して、全国の小児科医や医療関係者から批判的意見が全くと言っていいほど聞こえてこないことだ。鎌田氏が指摘したように、この事態が医療不信を増長させたことは間違いない。

(この記事の内容は環境部や保険医協会の統一見解ではなく、青森県小児科医会とも全く関わり合いがないことをお断りしておく)

※某業界紙に掲載予定の原稿です
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「甲状腺がん累積174人」という数字(足し算)は無意味。有病率・推定発症率(割り算)が問題

2016年10月08日 | 東日本大震災・原発事故
安倍首相が福島県の甲状腺がんの患者数を答えられなかったからと言って鬼の首をとったように騒いだり溜飲を下げている方たちへ。お願いだから、少し頭を冷やして、一緒になって脱原発や社会のあり方を変えていく方向で考えていただけませんか。

別の原稿を書いている途中のところですが、この2つのグラフの違いは、一目みればおわかりいただけると思います。

1)累積患者数(2016.09)


先行検査①で115人、本格検査②で59人、合わせて174人もの甲状腺がんが発生している、さあ大変!
とおっしゃっている方の頭の中には、こういった積み上げグラフのイメージがありませんか?

2)有病率・推定発症率(2016.09)


こちらについては、確定した評価方法が提示されているわけではありませんが(=そのこと自体が大問題)、先行検査①と、その後の本格検査②とで、有病率や推定発症率がどう変化しているか(増えているのか減っているのか)を比較するために、独自に、
 先行検査① 10で割る(スクリーニング効果10倍)
 本格検査② 2.5で割る(検査間隔2.5年)
という方法でグラフ化したものです。
(詳細は一つ前のentryや、ブログ内で「甲状腺」で検索して過去の記事を御覧ください。)

当ブログでは、先行検査①の「多発状況」が放射線被曝のために増加しているかどうかは保留のままとしております。スクリーニング効果を20倍程度と仮定すれば、ほとんどがそのためと考えることも可能ですが、前entryにも書いたように、そうすると本格検査②との差が更に広がってしまい、本格検査②の検出状況は危機的な数字ということになってしまいます。

1)の累積患者数で先行検査①に本格検査②、本格検査③(まだ始まったばかり)を足していくことでは、何もわかりません。

最大の焦点は、2)のグラフの右下にある本格検査③の0という数字です。
これが先行検査①、本格検査②よりも更に上に伸びていくのか、その中間か、①と同程度か、①よりも下回るか。
それによって、これまでの数字の意味合いは全く変わってきます。

だから、検査はまず三巡目まで見て、その後最低でも10年までは追い続けないといけないのです。

前entryの最後と同じ結びですが、その意味で、福島県小児科医会の要望は言語道断だと言えるのです。
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福島県の甲状腺がん 115+59=174人 本格検査の推定発症率(8.72)は先行検査(3.83)の倍以上

2016年10月02日 | 東日本大震災・原発事故
2月以降作業できていなかったのですが、6月と9月発表のデータを一緒にチェックしてみました。結果としては新たな変化はなく、これまでと同じペースで甲状腺がん(確定・疑い)が増えており、その解釈は三巡目以降の変化にかかっているという点でも見解は変わりません。
-------------------------------------------------------------------------------------
先行検査①(2011-13)
       甲状腺がん     有病率   推定発症率
       確定+疑い=合計  1/10万 (※1)
2015年8月  98 14 112 37.3  3.73
2016年6月 101 14 115 38.3  3.83
-------------------------------------------------------------------------------------
本格検査②(2014-15)
       甲状腺がん     有病率   推定発症率
       確定+疑い=合計  1/10万 (※2)
2016年2月  16 35 51  21.6  8.64
2016年6月  30 27 57  21.3  8.52
2016年9月  34 25 59  21.8  8.72
-------------------------------------------------------------------------------------


(これまで折れ線グラフで表記していましたが、各時点での検査の進捗状況を<増加>と誤解しやすいので、縦棒グラフに変更しました)

9月から三巡目の本格検査の結果も公表されていますが、まだ判定結果は出ていません。混同を防ぐため、ここでは先行検査①、本格検査②、本格検査③と表記することにします。

先行検査①では経過観察の中で確定が3人増加し、115人に達しています。本格検査②でも51→57→59人と増加し、その中で確定例の割合も増加しています。

ここで、先行検査①(115人)と本格検査②(59人)を足して174人に増加したと書くことは、それ自体間違いとは言えませんが、それぞれの検査の性格と経時的変化を見誤ることにつながるので、ここでは「足して増えたと騒ぐ」のではなく、「割って比較する」ことを続けています。

有病率(検査集団における発見率)は一次検査受診者数を分母にして単純に割った数字で、推定発症率は当ブログでは独自に次のような方法で比較しています。
 ※1 先行検査① スクリーニング効果を10倍として 1/10
 ※2 本格検査② 検査間隔を2.5年として 1/2.5

繰り返しになりますが若干の説明を加えます。スクリーニング効果にもっと大きい数字を入れれば先行検査①における推定発症率は低くなりますが、本格検査との差がより大きくなってしまいます。本格検査②の検査間隔は2年の人が多いので、平均すれば2.5年よりも短くなるので、2.5で割っているのは保守的な数字です(実際よりも低く見ている可能性が大きい)。

推定発症率は、
先行検査①が2016年6月の時点で 3.83
本格検査②が2016年9月の時点で 8.72

本格検査②の59人の、先行検査①の結果は「A判定が54人(A1 28人、A2 26人)、B判定が5人」です。

スクリーニング効果が大きいと思われる先行検査①の115人で大騒ぎしている人が、その後たった2〜2.5年で59人(本格検査②)も発症(*)していることに鈍感なのは、繰り返しになりますが、「割らずに足している」からだと思われます。

*ここで言う「発症」は、がんが実際に発生した時期に関わらず、検査で検出されて診断されるまで増大したことを意味します。

本格検査②だけで判断すれば、これまでと同様に「先行検査①と比べて増加は明らか」となりますが、これが実際に意味のある数字なのか、何らかの影響による見かけ上のものなのかは、三巡目以降の結果を追っていかないと判断できません。

その意味でも、福島県小児科医会の要請は言語道断と言えます。その点については、稿をあらためたいと思います。
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2016年喫煙率(JT調査) ゆっくり下がっているだけ 政策的影響は観察できない

2016年07月30日 | 禁煙・防煙


 年 2014 2015 2016
男性  30.3  31.0  29.7
女性  9.8  9.6  9.7
合計  19.7  19.9  19.3

サンプル数があまり大きくないので、1年毎の小さな数字の動きをみてもあまり意味がない。
(ちなみに昨年は男性、全体の喫煙率がむしろ上昇しており、女性は昨年も下がったけど今年は0.1%増)

グラフを見ればわかる通り、男女共ダラダラと下がり続けている、というだけのこと。

女性は2000年まで横ばいが続いていましたが、2001年をピークに緩やかだけど直線的な低下に転じています。
男性は1960年代から一貫して下がり続け、今世紀に入って50%を切り、今年やっと30%を切った。

それでもまだ男性の3割近くが吸ってるんですよ。
青森県の実情はこんなもんじゃない。

このグラフを見てもう一つわかることは、増税だとか、健康増進法、タバコ規制枠組み条約 FCTC などの政策的な影響は、(小さな変動はあるにせよ)ほとんど観察不能なレベルにある、ということ。
(影響が数字に出るようなまともな規制政策の実施を怠っている)
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新出生前診断3万人 有病率1.6%、陽性的中率91% 羊水検査異常の94.5%が中絶 →考察

2016年07月23日 | こども・小児科
この「新しい出生前診断(NIPT)」については2013年に当ブログ(下記リンク)でも紹介しましたが、3年間のデータが発表されたので考察を加えてみます。
数字は以下の通りです。(記事画像参照)

新出生前診断 NIPT 3年間 30615人

陰性 30068人 98.21%
陽性  547人 1.79%
 ↓
羊水検査 458人
 異常なし 41人  8.95% …偽陽性
 異常   417人 91.05% …陽性的中率
  中絶   394人 94.5%
  出産   23人  5.5%

羊水検査せず 89人 転帰不明<出産 or 中絶>
  異常(推測) 89×0.91=81人 (出産・中絶の如何に関わらず)
 (羊水検査実施者における異常の割合と同じと仮定)

有病率(推測) 417+81=498人 498/30615=1.63%

ここで、3年前に書いたブログ記事と比較してみます。

----------------------------------------------------------------
新しい出生前診断の陽性的中率は予想外に低い 2013年02月12日
http://blog.goo.ne.jp/kuba_clinic/e/00f1abffc084e7934deb1acefb306c41
「陽性的中率は35歳で62%、40歳でも83%であり、偽陽性がそれぞれ38%、17%も出てしまう」
この数字は、有病率を
 35歳 0.33%
 40歳 1.0%
という既知の値で計算したものです。
検査の感度 98.6%、特異度 99.8%も発表されていた数字。
----------------------------------------------------------------

今回の結果は、陽性的中率91%、偽陽性9%ですから、上記のブログに書いた計算値よりも陽性的中率がかなり高くなっています。

有病率が1.6%であり、結果的に40歳の一般集団における仮定の1.0%を上回っており、年齢が比較的高く、リスクの高い妊婦が多かったことが陽性的中率を押し上げた要因と推測されます。(詳細は不明)
その他に、検査自体の感度や特異度が上がっていることも、陽性的中率が上がった原因の一つとして推測することもできますが、その部分は同じと仮定して考えていきます。

実施者が3年で3万人で、500人余りで陽性という数字は、どちらもかなり「多い」と感じますが、陽性的中率の高さからすると、単に35歳以上というだけでなく、更に高年齢だったり、中には不妊治療で妊娠したケースもあったかもしれません。

この検査では、ダウン症候群(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーの3つの染色体異常が検出できることになっていますが、元々の割合から考えて、大多数はダウン症候群であったはずです。

要するに、この検査を受ける人は、ダウン症候群を主な目的として、陽性だったら中絶することを前提にして検査したということ。
これはあらかじめ予想されたことで、それが現実になった。

個々のケースでそれぞれの事情などもあり、一般化して述べることはできないけれども、この結果について快く思っている小児科医はほとんどいないだろう。
まして、ダウン症候群の子を育てているご家族ならなおのこと。

羊水検査を受けていない89人についての転帰は不明ですが、そのまま出産した人よりも、確定診断を受けずに別の医療機関で中絶した人の方が多かったであろうと推測されます。中には偽陽性の子も含まれているはずですが。。

今後「臨床研究から一般診療に移行」するにつれて、「十分に理解しないまま安易に広がると命の選別につながるという指摘」のような危惧が更に現実化していくことが予想されます。。

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新認可法人「再処理機構」は自滅サイクルの始まり

2016年05月23日 | 東日本大震災・原発事故
 現実は複雑に動いているので、ニュースを拾い集めていないと「あの時が転機だった」と後になって気付かされるような、静かな地殻変動が起きていると考えている。

 考慮すべき要素が多すぎて、結論に辿り着くには紙幅が足りない。安倍政権と規制委員会の原発再稼働・「神話」復活路線、高浜停止と川内稼働継続に分かれた司法判断、熊本地震と伊方再稼働、高レベル廃棄物処分地選定、玄海町長の誘致意向報道、東海村のプルトニウム返還、県内4施設の停滞と地元経済困窮、再処理認可法人の法案成立、もんじゅ存続を前提とした報告書、トランプ候補の日韓核武装発言、内閣法制局による核兵器保有・使用合憲論、日米原子力協定改定、オバマ大統領の広島訪問、参院選(または衆参同日選)野党共闘、そして福島原発の廃炉難航と汚染水放出問題。

 表面的にみると原発・再処理・もんじゅ・核兵器という安倍政権の推進政策が並んでいるに過ぎないが、これらを強硬に推し進めようとしても、あらゆる局面で頓挫することが目に見えている。 

●再処理機構の付帯決議「柔軟性」の意味とは

 注目すべきは再処理認可法人の付帯決議として、サイクル政策の柔軟性の確保、余剰プルトニウム不保持という原則の堅持などが明記されたことだ。柔軟性というのは従来の計画にも入っていた文言だが、全量再処理を中止して直接処分または部分再処理に変更するという意味であり、全量再処理が不可能だと認めて法律の非現実性を取り繕うための決議だと考えられる。

 この法律について、3月の集会で浅石紘爾氏は「核燃官僚の暴走 瀕死の再処理・延命措置」と批判し、筆者も「核燃永年継続法」と呼んできたが、実際には再処理が経済的にも成り立たず、電力自由化で電力会社が逃げ出すことを禁止した法律であり、核燃サイクルの破綻を政府自ら認めたものと言える。

 その「拠出金」は電気料金から捻出されるわけだが、多くの国民が自らの意志として既存電力から他の電力事業者に乗り換えれば、電力会社は原発の安全対策・維持費と再処理拠出金に加えて加入者減という三重苦により自滅の道を辿ることになる。県内では電力事業者の選択肢が限られているが、全国の保険医協会で会員医師・歯科医師の意向を調査して発表するだけでも大きな力となり得る。

 太陽光発電などにより電力会社の支配から脱出し、発言権を確保することも有効な手段だ。筆者も2012年秋から太陽光パネルを設置しており、4月の発電実績をみても使用量より発電量が、買電より売電量の方が多くなっている。夜間や曇天時には買わなくてはならないが、それが原発必要論の根拠とはならない。

●最終処分場解決にはサイクル政策転換が必要

 最終処分場問題は「全量再処理」を前提としている点で絵空事であり、経済的・環境的にみても直接処分を選択する以外に解決の見込みはなく、安倍政権下では進展しない。

 現在稼働している原発は川内だけであり、もし熊本地震のために超法規的判断で停止させたら、規制基準と司法判断という二重のお墨付きを否定することになり、他の原発の再稼働は事実上不可能となる。安倍政権は川内原発を死守するしかなく、国民はまたしても危険な賭けの俎上に乗せられている。田中委員長は「科学的根拠」がなければ国民の声は考慮する必要がないと明言しており、単なる選挙結果だけでなく、この国の「システム」の根本的な見直しが必要だ。本来なら震災後に見直されなければならなかったが、2012年秋に頓挫した経緯はすでに述べた。

●もんじゅ存続断念が瓦解の始まり

 六ヶ所再処理工場は、原発再稼働も最終処分場も行き詰まった状態で、国際環境も厳しく、稼働開始はあり得ない。熊本地震で活断層の破壊力を見せつけられた状況で、活断層問題で限りなくクロに近い東通原発再稼働の可能性も極めて低い。大間とむつが先んじて進む心配はない。どこから破綻するかは予見できないが、もんじゅ存続断念と全量再処理見直しから瓦解が始まると考えている。

 その前に福井県では既に廃炉時代に入り、廃炉ビジネスに生き残りの道を見出そうとしている。青森県や地元自治体が原発再稼働・核燃サイクル推進という幻影にしがみついている間に、廃炉・廃棄物ビジネスにも乗り遅れることになる。

(某業界紙掲載予定原稿)
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「想定外の事故は起きない」という現代の矛盾逸話 原発停止のための法制化が必要(=選挙結果が)

2016年04月27日 | 東日本大震災・原発事故
「想定内で判断している。想定外と言ってはいけないと肝に銘じて規制している」「どういう状況が起こっても想定外の事故が起きるとは判断していない」
【熊本地震と川内原発】「想定外ない」田中委員長が強調する安全神話 2016年4月18日
http://tanakaryusaku.jp/2016/04/00013432

田中委員長の「あらゆる想定外は存在しない(=想定している)」という、小学生でもわかる現代の「矛盾」逸話。少し古くなったけど状況は変わっていないので、蛇足のコメントを付け加えておく。

あらかじめ基準とした「想定内」があって、その外の「想定外」の事故まで想定して規制しているということであれば、その「想定外」の事故は「想定内」であり、この作業を繰り返すと「想定」の枠組みは拡大し続ける。

その「拡大した想定」の枠組みの外には更に「想定外」が存在するのではないかと推測するのが科学的だが、田中委員長の見解はそうではない。全てが「想定内」であり「想定外」は存在しない。これは、記事の見出しにある「新たな安全神話」としか言いようがない。川内原発は絶対に安全であると。

実際には、「無視していい状況」として「飛行機の自爆テロやミサイル攻撃」と「破局噴火」の2つが除外されている。前者は世界のあらゆる原発が無防備なのだから日本も同じでいい。後者は万が一起きたら周辺地域の人はみんな死ぬんだから原発だけ心配しても仕方がないというのが理屈。

(直下あるいは直近の断層による震度7の地震で問題なく緊急停止・冷温停止できるかどうかという問題はここでは直接取り上げていませんが、下記の「隙間問題」に相当)

その2つの「無視していい状況」(←別に私たちが無視していいと言ってるわけではない)と、「最大限に拡大した想定内の枠組み」の間には「何も存在しない」というのが田中委員長の仮説。当然のことながら、「想定外の破局事故」が起きない限り否定できないが、肯定する根拠もない。(賭け)

熊本・大分の群発地震は、一旦は沈静化していくと思われるが、数カ月あるいは数年単位で何が起こるか(起きないか)は専門家でも予測することは困難。破局噴火でなくても、大規模な火山噴火により、大停電や交通機能、行政機能の麻痺が起こりうることは今回の地震から容易に推測できる。

また、田中委員長は今後の地震対応について「法律上、安全上、懸念がある場合は止めることができるが、今のところ科学的根拠がない」と述べたと伝えられている。だとすると、たとえ選挙で国民の多数が川内原発の停止を求めて勝利したとしても、止めることは不可能という結論になる。

原子力規制委員会が稼働を認めた原発(現時点では川内原発)は、もし政権交代が起きようとも停止することはできない。行政、政治(主権者である国民による選挙の裁断)のレベルでは覆せない。司法も高級審での停止判断は事実上期待できない。よって規制委員会の判断は絶対権力となる。

(菅元首相が超法規的手段で停止させた例にならうのではなく、何らかの形で法制化して、状況の変化に応じて法律の枠内で停止命令を出すことができるように変えないと、規制委員会が主権者である国民・国会のコントロールが効かない存在として暴走する危険性が高い。)
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きみはプリンスをみたか(チョコベー) 追悼プリンス<2016.4.21>

2016年04月25日 | ART / CULTURE
プリンスの80年代の輝きだけでなく、90年代以降、気持ちが離れていた歳月も想いながら、以下の走り書きを追悼文がわりに書きなぐった。。

ニコ動のコメントを眺めながら、いま流行りのチャートだけでなくプリンスまで遡って聴く若者なんてそんなにいないんだろうなと。。
Prince - Super Bowl XLI Halftime Show(2007)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6962601

80年代のMTV音楽全盛時代(※)に、ソウル/ファンク/ポップ/ロック/サイケ/テクノ/ヒップホップ/ハウスなどを一人で引き受けて、プリンス・ミュージックを確立し、時代を切り開いた。。

※MTV音楽:マイケルやマドンナが引き合いに出されるが、典型例としてスターシップの "We Built This City" をあげておこう。邦題「シスコはロックシティ」(^^;)

※そんな中で、MTV画面のバスタブから這い出してきた裸の男とそのサウンドに、強烈な違和感と共に離れがたい引力を感じたのも懐かしい思い出に。。"When Doves Cry" 邦題は「ビートに抱かれて」(^^;)

もしプリンスがいなかったら80年代はどれほど不毛な時代だったか。。そして、今のミュージックシーンは全く違うものになっていたのかもしれない。。

プリンスの音楽をリアルタイムで聴き、来日公演でパフォーマンスを体験することができたことで、一音楽ファンとしては満足しなければいけないのかもしれない。。

ただし、正直に打ち明ければ、熱心に聴いたのは Lovesexy, Batman, Graffiti Bridge あたりまでで、その後数枚は持ってるけど、90年代半ば以降はほとんど知らない。

90年代以降、プリンスの停滞(ファンク回帰)と時を合わせるように、プリンス以降のミュージックシーンでは曲やサウンドの質が大幅にアップして均質化する中で、心に残る音楽がなくなっていったのは皮肉と言うべきか。。

単にこの頃30代を過ぎて新しいポップミュージックに興味がなくなっただけなのかもしれないが、それだけではないだろう。80年代のプリンスに匹敵するイノベーションはその後起きていないと感じる。

あらためて、あれだけの才能が彼の死と一緒に消えて無くなってしまったことに、彼自身の人と人生への哀惜だけでなく、人の世の虚しさを感じる。Thanks Prince

Prince - Batdance
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3768748
なんだよ「農協牛乳」って…

Prince - When Doves Cry
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14347765
このビデオによりプリンスはキワモノ扱いされ、プリンス好きは変態と同類視された(…半分ウソ)

The Cross - Prince 1988 Tour
http://www.godtube.com/watch/?v=DGYPGPNX
1曲選ぶとしたらこの曲…「The Cross 十字架」

ごめんなさい、プリンス:追悼 2016.04.22 FRI 19:45
TEXT BY KEI WAKABAYASHI
http://wired.jp/2016/04/22/rip-prince/
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安倍首相が熊本群発大地震で川内原発を止めたくても絶対に止められない理由とは…

2016年04月21日 | 東日本大震災・原発事故
安倍晋三・現首相(以下A)はこの大博打<川内原発稼働継続>をする資格のない人物である。最初の首相在任時に「原発の全電源喪失は起きない」と断言して福島原発事故を引き起こした張本人の一人なのだから。結果的に、福島の責任も問われず良心の呵責も何ら感じずに、再び賭けに興じる機会を得た。

この賭けはAが勝つ確率の方が当然大きい。しかし、万が一負けたときには国民、国家、国土に取り返しのつかない損失を与える。その際には、同じようにAは責任も問われず良心の呵責も何ら感じずに済む。Aにとって川内原発を停止するメリットは皆無であり、稼働継続以外の選択肢はあり得ない。

Aのような人物を首相に選んで衆参における絶対多数という権力を与えてしまえば、今回に限らず形は違えど似たような事態に陥ることは、少しでも思慮深く考えることのできる人なら想像できたはずだ。簡単に言えば、お金と人の命を天秤にかけてお金を選ぶことができる人間かどうかという問題。

熊本の最初の震度7(14日)の段階で川内原発を停止させないのは怪しからんというご意見には賛同しかねます。原発はガスコンロみたいに揺れたら消して収まったらまた着けてなんて気軽にできないし、緊急停止はそれ自体リスクが高いプロセスなので、震度4で一々止めていたらかえって危険。

ここでお断りしておきますが、私は原発即時ゼロを求めているし、全ての原発再稼働には反対です。14日(震度7)の段階はともかく、16日未明からの誰にも予想できなかった状況を見て、今のうちに川内原発を通常停止させておくべきとは思うし、それを実現できる手段があるのなら教えて欲しいと思う。

菅元首相が浜岡を超法規的手段で停止させることができたのは、福島の惨状をみて、国民の大多数が浜岡停止を支持したから(当時はまだ汚染状況もメルトダウン自体も国民に知らされていなかったにも関わらず)。中電は国に損害賠償を訴えることもできた。しかし、それは事実上不可能だった。

Aが同じように川内原発を超法規的に停止させれば、国民の支持を集めて政権運営や参院選に有利に働くという打算も想定可能だろう。しかし、それは絶対にあり得ない。せっかく二つの法的なお墨付きを得たのだから。原子力規制委員会の承認と裁判所の仮処分棄却という二つを。

特に裁判所は、耐震性などの規制基準を満たしていれば法的には再稼働に問題はなく、破局噴火は事実上無視しても構わないという司法判断を示した(仮処分棄却という段階であれ)。もし川内原発で重大事故が起きても、規制委員会と裁判所という二重のお墨付きにより、首相であるAの責任は全くない。

無論、規制委員会は最初から規制基準は安全を担保するものではないと逃げ道をつくっているし、重大事故が起きることを想定して避難は自治体や国に責を負わせている。司法当局がその判断について責任を問われることはない。巴構造のように、三者がお互いに責任を問われずに済むシステムになっている。

せっかく裁判所のお墨付きが得られたばかりなのに、Aが菅元首相のマネをして超法規的に川内原発を停止させれば、規制基準や司法判断が誤りであったと自ら認めることになり、全国で訴訟が起きている状況で、今後の原発再稼働は事実上不可能になってしまう。高浜の司法判断を覆すこともできない。

もし震度7の地震が川内原発を襲ったとしても、緊急停止と冷却装置稼働により無事に冷温停止できれば、世界一安全な基準・原発だと国内外に胸を張って主張できる。もしダメでも、規制委や司法判断により自らの責は問われない。どちらに転んでも損はないのに、火中の栗を拾うメリットはない。

都合の良いことに、共産党が停止要請をしてくれた。首相が規制委や裁判所の判断を無視して超法規的に停止させれば、三権分立に背く憲法違反であり、それを要求する共産党の違憲性を問うことができる。共産党などの違憲・違法の要求に屈しない姿勢は支持層にアピールすることもできる。

(こんなところで「憲法違反の法律を制定した戦後初めての首相」であるA自身が野党の主張を憲法違反として批難する権利があるとは思えないが、何しろAは憲法に関する知識・認識が欠如していて憲法違反であるという認識が全くないのだから、その矛盾をついても鼻先で笑い飛ばすだけだろう)

(安倍晋三・現首相をAと略していることについて疑義があるかもしれないが、1)繰り返し使用する名詞は長くなるので字数制限のあるTWの中では省略した、2)繰り返し登場する名称について書いたり読んだりする際の不快感を軽減する、3)個人のTWのつぶやきの問題であると答えておこう)

私たちは、国民の命を最優先にしないロシアンルーレットのような賭けの中に勝手に放り込まれている。1)川内原発に大きな影響がなく運転継続、2)激震で緊急停止・冷温停止、3)重大事故、これらを三択で選ばざるを得ないという設定自体が間違っている。そもそも原発というのはそういう存在。

原発・核燃サイクル・最終処分などの問題について、様々な方が「中立的」な意見や、二項対立からの脱却をなどと訴えることは、(その論理が正しく良心的な思慮から生まれたものであったとしても)現実的な解決策になり得ないだけでなく、推進派から「歓迎すべき意見」として囲い込まれてしまう。

「二項対立から脱却」することが不可能な(=政策転換がしたくてもできない)事態に陥っているのは、推進派の方だ。それは、福島原発の破局的事故という絶対に起こしてはならない事態を経験しても、根本的な見直しをするができずに推進路線を突っ走っていることからも明らかだろう。

原発・核燃サイクル等の問題については、「反対派」ではない中間派、慎重派、保留派、消極的現実容認派、選挙棄権・無関心派といった人達は全て「賛成派」にされてしまう。小出先生が著書のタイトルに『騙されたあなたにも責任がある』とつけたのには、そういう意味も含まれていると思う。

<例えば最終処分の問題は、推進側がこれまでの誤りを認めて謝罪し、原発・核燃政策の根本的見直しを表明した上で、相当の年月をかけて開かれた国民的議論を続けていかなければ解決できない。これは現政権では不可能。「海か山か」という問題ではない。「民主的政権」の存在が最低条件>

もし川内原発を止めるべきだという人の中に、現政権における選挙で与党議員に投票したり棄権した人がいるなら、発言権はない(…いないと思うが)。現実は勝つか負けるかの戦争なのだから、選挙(北海道補選・参院選)で結果を出すしかない。停止要請や署名、デモなんてほとんど期待できない。

川内原発を止めることは原発ゼロを勝ち取ることに匹敵する最前線の戦い。相手は国家・産業界・米国軍産複合体まで及ぶ巨大権力であり、一筋縄ではいかない。ただし、おそらくA政権内でも身内や支持者からの声も高まって、官邸でも止めるオプションは考慮したはずだが、何もできず進退窮まっている。

東日本大震災・福島原発事故という大惨事を目の当たりにしながら、この国の自然災害を甘く見たことを悔いても遅い。A政権には参院選までに熊本群発地震が鎮静化し、川内原発が何事もなく運転継続することを祈るしか選択肢はない。激震で緊急停止すれば事故に繋がらなくとも二度と再稼働はできない。

前述のように、この賭けはAが勝つ蓋然性の方が高く、川内原発を停止させなければ我々は一緒に無事を祈るしかない。そしてAが賭けに勝てば安全性が証明され全国で再稼働が続くという矛盾した事態に陥る。川内を止めるためには、Aを首班から引き摺り下ろす以外の選択肢はないというのが陳腐な結論。

(公明党や自民党内の反乱という可能性についても考えてみたがほとんどゼロに近い。民進党が川内原発の停止要請をしないことに決定したことで、稼働継続はほぼ間違いない。北海道補選でダブルスコアに近い差がつけば事態は流動的になるかもしれないが、あとは野となれ山となれ。)
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