こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

力を抜いて、気を入れて。

2015年11月29日 | 五感と体感
なんと頭の巡りがワルイことよ。
話し合いの最中に思いつけば、その場で提案できたのに、、、。

その場で思いつけばよかったのだけどと前置きして、
会議の後でアイディアを伝えなければならない状況が2回続いて、
どうしてこういうことになるのか?考えてみるに、
このところの防衛機制の変化が関係しているのではないか?
変化した心の在りようが原因ではないかというところで落ち着いています。

頭の巡りは悪くとも、全体的には決して悪い状況ではありません。
肩の力が抜けたせいで素早く思いつけない…という見方もできるわけで、
その場で提案できなかったばかりに後で伝えるという用事を増やして、
伝達のタイミングを図ったりで気忙しい思いはしますが、
全体の流れとしてはハナマルで、提案してよかったという結果で事は進んでいきます。

なぜあの時、思いつかなかったのだろう!?と思いながら、
浮かんだアイディアを直ちに伝える方向で行動しているところも、
不安感の様相が変化してきているのを感じるところであります。
立ち止まって思い悩むより、行動する割合が増えてきたようです。

潜在しているアイディアを、その場で意識化できるには、
たぶん。肩の力が抜けたままではイケナイのでしょう。
肩の力は抜いても気は入れて、その感覚を身につけて事に臨む必要があるのでしょう。

善人に囲まれているからといって、安心に浸りきっていたらいけませんね。
肩の力は抜いて、気を入れて、ですね^^)

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ほんの、ささやかなコト

2015年11月24日 | 
なんとなく再会が楽しみ。
中年には早いけれど青い時期は抜け出そうかという年頃のAくんに
以前にはなかった親しみを感じるのは、なぜかなあ?
考えるともなく考えて、思い当たることが一つありました。

“○ちゃん(私のこと)はマーケットって言うからおもしろい”、
Aくんが言っていたと聞きました。
指摘されるまで気付かなかったのですが、確かに私は、
スーパーマーケットをスーパーと呼ばずにマーケットと呼んでいます。
スーパーで買い物でなく、マーケットで買い物という言い方をします。
自分ではぜんぜん気がつかなかったけれど。。。

それで。そんな感想を聞いたことから、Aくんになんだか親しみが湧いて来たらしい。
おもしろいって呟くAくんの中に小さな少年の彼を見てしまったからでしょうか^^)
以前見せてもらった写真の中の彼、子ども時代のメガネの向こうのクリクリした瞳と重なります。
平素の対話では決して見せないお顔を垣間見て、なんだかほのぼのとして、
それが親しみの理由かと、思い当たったわけです。

本当にささやかなことですが、他人への親しみの感情は、
こんな小さなコトがきっかけに生まれることもあるのですね。

(ささやかなコトを見過ごしませんように、そして囚われ過ぎませんように )

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意識の拡がりと、防衛機制

2015年11月23日 | 和解と平和
このところ退行、逃避、反動形成のミツドモエで、
かなりの時を過ごしてしまいました。
こころの状態、防衛機制を自覚しつつ、
今はこれが必要なんだと開き直っていたのですが、
過ごしてみて、本当に必要なことだったなあと、
中途半端で止めなくてよかった思えるのです。

これでもかというほどkawaiiグッズをネットサーフィンして、
最終的に一粒選りをネットで注文、入手したのですが、
チープで愛らしいコインケースを開けたり閉めたりしながら、ある記憶が蘇えります。
その手のものは買い与えられなかったけれど、あるとき
母がキャラクターもののコインケースを買ってくれたことがあって、
女の子用のピンク色で、子どもの目線で私がヨロコブこと、
それだけが目的で買ってくれたときのこと、それを思い出しました。
何か不憫に感じるところがあってだったような記憶もあるのですが、
母からの愛の原型の一つといえるでしょう。

この間―退行、逃避、反動形成の間―友人とのやりとり、家人とのやりとり、
過去と未来と現在と様々な思いが去来する心の流れがあって、
平凡な日常が流れ行く中で、明け方にちょっとおもしろい夢を見ました。
生前の母娘関係とはかけ離れた内容で、意外な感じがしましたが、
全体性の象徴として母が夢にあらわれのだと解釈すると、合点がゆきます。
全き平安に包まれた世界から引き離されて生れ落ちた孤独な存在としての私と、
夢の中の母娘の背景には元型が働いていると理解すると腑に落ちるのです。

何を意味しているのか理解できなくても、意味を感じ取ることはできます。
大切な何か。意識の広がりを感じつつ、防衛機制のミツドモエをよしとしたことで、
無意識の意識化がまた一歩、歩みを進めることができたと思えるのです。

もう十分というほどkawaiiグッズに接するということは、
好き嫌いを追究することでもあり、なかなか有意義なことでありました。
人目でなく内から湧いてくる感情に忠実に選択すること、
子ども心に退行すればこそ見えてくる世界もあるようです。

防衛機制は心の安定を図るために備えられた贈りもの。。。
大らかにつきあってゆきたいものです。

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天草で、ホームステイ

2015年11月07日 | 
熊本県は天草へ。飛び石連休を挟んで10日ほど、
姪の家にホームステイしてきました。
“うどん”という名の黒い犬(甲斐犬の混じった雑種)と
“ちゃんぽん”という名の仔猫(キジ猫系)と、
ほとんどの日をお留守番して過ごす文字通りのホームステイでした。

徒歩5分以内にスーパーマーケット、コンビ二、
鮮魚や新鮮な野菜、卵が調達できる道の駅があって、
町の中心部にある家ですが、国道が近い割には不思議なくらい音が気になりません。
片道3分の道の駅を往復する度に警察署の前を歩くので、
出動しようとしている白バイや隣接する消防署員の日課のランニングに
遭遇することもあって、へェ~っと感心しながら、
海辺の町の、私にとっては非日常の日常を満喫してきました。

もともとは大工さんの住まいだった借家に住みだして二ヶ月余り、
建て増しを繰り返したL字型の家と隣家に囲まれる形で
今は荒れに荒れた和風の庭があって、水が抜かれた池の脇には盆栽の残骸が、、、。
天草では住宅地を歩いてもドライブしながら眺めても盆栽のある家がけっこう目に入り
天草独特の点在する小島の風景が盆栽文化に影響を与えているのは間違いないのでしょう。

打ち捨てられた盆栽を眺めつつ、家に置いて来た実生のモミジ(3cmほど)の
植木鉢はだいじょうぶかなァ、水が切れていないか心配になりました。
行くまで天草の盆栽文化のことは知らなかったので、
最近の自分の興味と重なったことがちょっと愉快でした。
夫が初参加した、今年で10回目になる陶磁器展の次は、
同じ会場で大規模な盆栽展が開かれるようです。

ほとんどを家で過ごした日々の明日帰るという日の夕方に、
二階の窓から住宅の屋根越しに沈み行く太陽を見た途端、
こうはしていられないとばかりに道の駅の海まで速足で歩きました。
うどんを連れて追いかけてきた姪が隣で
これまでで最高の夕日かもしれない…と呟いています。
こうはしていられない!情動が湧いて来たことが、
なんだかとっても嬉しかった。

心と体と魂の…人を(私を)引き寄せる自然の力、太陽はかくも偉大ナリ。
天草ホームステイのハイライト、海に沈み行く夕日はとてもありがたい締めくくりとなりました。

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