こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

感情を味方につけて

2012年06月24日 | 未整理
人生を生き抜く知恵は、その人の内にあります。
生き延びるための行動の指針は、その人の内に存在しているのになぜか気付けない。

なんとなくマンネリズムに落ち込んでいるようなとき、
停滞感から脱却する術が、今必要なことが分かるのは本人だけなのに何故か気付きません。

平素の感情生活は活発で現実吟味に優れている人でも、
悩みや問題があまりに膨らんでくると、内なる答えが見えにくくなるようです。
なので、もともと感情を行動の指針にすることが苦手である。
感情の抑制・抑圧の傾向を強く身に付けてきてしまった場合(わたしです、、)
感情を生き延びる方向を示してくれる大切なものとして、
意識的に活用して、行動の指針にしてゆくことが必要かもしれません。

感情を味方につければ、今よりもっと快速に幸福曲線に向かう気がします。

あるとき、今は亡き知人のことがふと頭を過ぎりました。
質素倹約に徹して生きていましたが、年に何度か、
もんぺ姿にリュックサックのいでたちで、特急列車で2時間かけて
上野の森へオーケストラを聞きに行くと聞いたことがあります。
その知人のことが脈絡もなく浮かびました。
(★この時点では自分が音楽ホールへ足を運びたがっているとは夢にも思いません。)

それから少しして、
3.11以降、関東地方から移住してきた知り合いと立ち話したおりに、
県庁の街までコンサートへ行ってきた話を聞きました。
車ではないので、その夜はホール近くのホテルを予約していったそうで、
今週もまた行くのだと、とても楽しそう。
(★知人の積極的な行動に感心しつつ、泊まるという手もあるのか…と。
コンサートへ行くとしたら、そんなこともあるかしら…漠然と思います。)

その翌々日のこと。

遠くに住む親友がフジコ・ヘミングのコンサートの感動を綴っているのを目にして、
読み終えてからの感情の流れで、漸く自分の要求に気付きだします。
わあ、いいなあ…羨ましい感にはじまって、心がざわざわしだしました。
やっぱり生演奏に勝るものはない…いいホールが身近にあっていいわね。
(★感動の一文のお陰で、本音がようやく意識できました。
しかし自分の要求を満たすところまでは頭がまわりません。)

本音を意識できて、次に進む選択肢はいくつもあるはずですが、
抑制・抑圧傾向が身についてしまっている場合には、
現実に即して(感情に即して)、行動を選択してゆくという経験が乏しいのです。
(これはもしかして…生きる経験が乏しいとうことになってしまうでしょうか。
歳を重ねても生きる経験はちっとも豊かにならないのだとしたら!)

“私を生きる”ためにも、感情を味方につける生き方を目指したいものです。
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要求に気付けない、、、

2012年06月22日 | 未整理
自分の要求に気付くのはムズカシイです。
生まれて今日まで、人生で身に付けた防衛機制によって、
欲求、要求になかなか気付けずに、
知らないうちにストレス曲線をひた走っている、、、
何を今更とも思うし、今漸くとも思う。
人生の課題やプロセスは人によって違うのだから、
ここのところが自分にとって一番大事と確信するなら、
臆せず、わが道を進んで行きたいものです。

要求を実行するかしないかはさておき、
要求に気付けることは、本当に大事。これぞ人生の要と思います。
今朝は要求を意識化できない我が傾向、つまり抑制。抑圧的な心にはっとした朝でした。

起きぬけにはっと気付いて、パソコン開いて、
音楽ホールのスケジュールをチェックするも行きたいコンサートはなく、
ふと思い能楽堂もチェックすると、意外にもありました。
年に数えるほどしか公演はないのに、よいタイミングです。
演目も熊野大社が舞台となれば、楽しみに見ている大河ドラマ絡みでこれまたタイムリー。
(後白河法皇が度々行幸したといわれています)

生演奏なり公演なり、生身の人の演ずる芸術に触れたい!
これがなかなか気付けなかった本音の要求なのでした。
今思えば、一週間ぐらい前から信号はでていたのに、
ぜんぜん気付けなかったのですね。

三段階の兆候がありましたが、それについては後日書きます。
何を今更と思わず、一つ一つ検証していくことが大事だと思っています。
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今に集中する…対話とメールと

2012年06月08日 | 未整理
今このときの出会いと交流に集中して、後に持ち越さないようにしよう。
後に持ち越さないとは、後からメールや電話で補足する必要がないようにということですが、
メール、ケイタイ電話と早くて便利な通信手段が当たり前になった今だから、
かえって以前より、“今に集中せよ”という気持ちがでてきました。

メールは追伸とか補足を後で気付いて再送なんてことがないように、
必要十分で真意が伝わるように細心の注意で打ち込みます。
ちょっと難しい相手にも気心の知り合う相手にも、それなりに集中して挑むのです。

いくらでも音信の行き来が可能な現代は、うっかりしていると
相当の時間や労力を、メールの通信に費やしてしまうことになります。
だから、できるだけ効率的に最大限効果的に時間を使いたいと思います。

それで、一期一会が大事だわとつくづく思うわけですが、
会っている今に集中して、今必要なことを語り、相手の話に耳を傾ける。
今に集中するという中には、その場の空気を察知することも含まれ、
目の前の相手だけでなく、同じ部屋にいる人や場の気配にも敏感になることです。

一回勝負の面談、対話と思えば、それを意識しなかった頃よりも、
言葉のやり取りの、自分の傾向とかクセにも敏感になって、
間のおき方や問いかけの有無など、改善の余地が見えてくると、
次の会話の機会が楽しみになったりします。

メールにしても電話にしても、この一度を大事にしようと思う。
一度に懸ける気持ちは、その対象に会っていないときの想いにも変化をもたらし、
大切な人を大切に思う気持ちが強くなるような気がします。

通信手段の進歩が私の心の進化に益々役立ちますように!そんなことを思う…この頃です。
 テイカカズラ
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景気づけの、♪

2012年06月04日 | 未整理
なんとなく人に会うのが億劫と感じる朝…できれば出かけたくないと思います。
人に接すれば、それだけで感情はいろいろに動きますが、
このまま家にいれば穏やかに平安に一日を過ごせます。

しかしそうも言っていられない、義務でどうしても出向かなければならない朝、
我が家から林道を運転しながら、自然と、こんな唄が口から出ました。
♪ギヴアンドギヴアンドギヴアンドギヴ~give and give and give and give~
理屈ではわかっていても気がのらないとき、
頭では重々承知していても感情がなんともならないとき。

この平安感を持続させたい。少々自己チュウ的な防衛本能に
♪ギヴアンドギヴアンドギヴアンドギヴーーの唄は効果大です。
これは不安感の根底にはテイクtake~何かをとられる、奪われる感覚があるからでしょうか。
テイクからギヴと、言葉の反動形成で気分転換というわけですが、
こんな景気づけの唄があると、気乗りしない空気が一掃されます。

となると平安感の根底にはギヴgiveがあるということでしょうか…書きながら気付くわけですが、
口から出た唄には、私という自我が追いつけない領域、知恵が暗示されていたのかもしれません。
この唄の効果を大事にしたいと思います。
 夏枯草。。。
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