こころの羅針盤

私の人生に待ちうける“感情”という名の大海原・・・生き甲斐の心理学を座右に、感情生活と心の世界を語ります。

悔いるときは、しっかりと

2011年12月15日 | 第5章:和解と平和
書類、紙類、メモ書き等を整理しながら、
“この時が方向転換すべき時機だった・・・”と、
当時の読書メモ、書き抜きを読んで思いました。
当時とは、この10年あまりの中でもストレス曲線の極みの様な時期です。

意識にはあるけれど、きっちり見るのは避けてきたような出来事。
ようやく出来事を後悔できるだけの、心の環境が整ったせいでしょうか。
あれは残念なことだった。大事な方向転換の機会を逸して、
逸したばかりに、更に何年も混沌のストレス曲線をさ迷っていたのだと。
経過を認めつつ、はじめて悔いる気持ちが湧いてきたのでした。

悔いるときは、しっかり悔いることが重要なんだと思います。
なぜなら、どんな出来事にも必ず光と影があるので、
後悔という苦味をしっかり見つめるとき、はじめて
“しかし得たものも大きかった”と、光の要素もくっきりと意識に上ってくるからです。

光の側面を見る作業(=明るい解釈)に至るには、前提として
影を認識する/後悔をしっかり味わうことが必要ということかもしれません。

きちんと見つめるためには時が必要な場合があります。
衝撃が大きければ大きいほど、たくさんの時間が必要になるでしょう。
でも、そのときが来たなら、こんどは時機を逃さず、
当時は心という器の強度が不足していたとはいえ残念なことだったと、
しっかり後悔してから、今度は得たものをくっきりと意識化したいものです。

考えてみれば得たものの最たるものが、器の強度といえるかもしれませんね。
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