こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

身の丈と個性を受け容れて。

2014年10月28日 | 和解と平和
勉強会の最初の一歩は、知人のお宅にお邪魔して、
二人で勉強会を始めたところからでした。
それから間もなくNPOの教育活動に仲間入りさせていただき、
勉強会の場所も自宅に移して、参加者の方は増えたり減ったり、
3、4人というところで9年ぐらい経ちました。

ここに落ち着くまでには、我が身の傾向と個性も省みず、
外へ出てゆくべきだはないかと思考ばかりが先走り、
不快なストレス曲線の時期も過ごしてきました。

もっと外へ出てゆくべきではないか。思えば、この思考こそ、
長く私を苦しめてきた自己概念の最たるものだったかもしれません。
この思考は子供の頃からの一つの自己否定感をよく表していると感じます。
内気で内向的な自分の傾向をダメと決め付けてきた心理ですが、
手放してみて初めて気付いた感じがするのは、
それだけ抑圧が深く強かったということかもしれません。

私の知らないところで勉強会の場所を
便利な街中に移したらどうだろうかと意見が出たときに、
「あの山でやるからよいのです」と、
いちばん古くからの方が、きっぱり答えたと聞きました。
それを聞いて何か、とてもほっとしたのですが、
自分では意識できなかった本音を代弁してもらったような気がしたのです。

同時に。あの山でやるからよいのですと、それを聞いた瞬間は
私は内向的だからよいのです(それが私の個性であるのだから)と、
自己受容が成った瞬間だったと、そんな気もします。

おもしろいことに内向的な傾向を受け容れると、
外向的な側面も程よく自然に発揮されてくるようにも思えて、
自分自身が本来の個性を生きることに平安を覚えるならば、
それは周囲にとっても自然で好ましいものとして映ることでしょう。

山の我が家で小さな勉強会を細く、長く。。。
それが私の身の丈と個性にあっているのです。

自分の個性を受け容れたことで不快なストレス曲線が減ったこと。
これも最近の安定感の背景にあるのは間違いありません。
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