
ゆった〜りまった〜り、ときどきドッカーン。
行きはよいよい帰りは怖いとはよくいったもの。たっぷ〜りゆられて到着予定を4時間オーバー、29時間かけてようやく帰ってきた。いやぁしんどかった。
けれど、それに値するくらいに楽しい正月休みだった。
カヤックで夕日の海を漕いで、満天の星空を観て、新年を祝う花火を観て、おみくじでは末吉を引いて、小亀の放流をして、海開きで初泳ぎした、イルカには逢えなかったけど、遠めに鯨の潮吹きを観た。
父島は思ってよりずいぶんとこじんまりした島だった。ほとんどが切り立った岩山で集落はごくわずか。レンタカー屋のおっちゃんが言うには7畳1Kユニットバスで家賃7万円だそうだ。ちなみにガソリンはリッター220円だって。
そういう住宅事情のせいか集落の雰囲気も八重山や奄美なんかとはずいぶんと違ってた。なんていうか“東京”だったな。白いコンクリートの味気ないアパートがいっぱいだった。そういうのを見ると歴史のない島なんだということが良く分かる。
小笠原に初めて人が住んだのは1830年代、それも欧米系の人とハワイの人だったそうな。その後、日本が領有権を主張して本格的に入植したのは1876年。それから夏野菜の栽培なんかでかなり盛り上がったらしいのだけれど、戦争で全住民が本土へ疎開。小笠原はアメリカに占領されて返還されるまで23年間空白になってしまった。さらに、返還されたあと島に戻ってこなかった島民も多かったらしい。返還後の移住者の多いみたいだ。なので歴史はとっても浅い。伝統工芸、祭り、食文化とかがほとんどない。最初の定住者がハワイ人だったからなのかフラダンスを正月に踊ったりするくらいだ。東京から25時間以上かけて1000kmも南に来たのに文化的な匂いがしないというのもどうも不思議な感じがした。
自然の感じも今まで行った島とはぜんぜん違った。島がほとんど火山岩や大昔の珊瑚が隆起してできたそうで、やたら切り立ってるし、ゴツゴツザクザクしてる。とても日本とは思えない。これもまたどうにも不思議に感じた。
特に南島というところはまるでこの世の終わりみたいだった。
海はものすごく碧くて、砂はものすごく白くて、周りは剣山のような岩で島の周囲は荒波で、島のいたるところに1000年前に絶滅したっていうカタツムリの殻が落ちてた、気持ちが悪いくらいに。カツオドリの死骸や海亀の卵の殻も一緒に転がってた。人類が滅んだあとの世界みたいだった。そういう類の美しさだった。
その自然を守ろうという意識もすごく高い。南島には1日100人しか上陸できないという自主ルールがある。他にも公園の街灯にはソーラーパネルがついていたし、電気自動車の導入もはじまってるらしい。離島の環境保全のアプローチにそういう近代的な方法を取り入れているのもとてもユニークな気がする。
多分、歴史が浅い分、テクノロジーへの理解、柔軟性も高いのだろうし、島の規模的にもさまざまな取り組みを実践できる大きさなのだと思う。そして何よりも美しい自然があり、みんながそれを守りたいと思っている。そういうテクノロジーによる自然と人間の共存みたいな美しい未来予想図があそこに隠されてるような気がした。
もしかしたら、小笠原で昔繁栄していた文明が滅んで、自然が全てを浄化して、人類はもう一度、今度は失敗しないように、自然を大切に守り、暮らし始めたのかもしれない。そんな一周回ったような、不思議な気持ちにさせる島でした。
1つだけ興覚めしたのは、鯨が出たとなったら観光ツアーの船がブワって何隻も集まってきたことなんだな。観光客のニーズとは言えあれはちょっとガッカリしたよ。イルカもきっと同じなのだろうね。
僕はイルカさんやクジラさんとの出会いには偶然的なトキメキが欲しいな。一人泳いでいるといつの間にか隣にイルカが・・みたいなやつが。そういう運命的な出会いはまたの機会にとっとくとするよ。
行きはよいよい帰りは怖いとはよくいったもの。たっぷ〜りゆられて到着予定を4時間オーバー、29時間かけてようやく帰ってきた。いやぁしんどかった。
けれど、それに値するくらいに楽しい正月休みだった。
カヤックで夕日の海を漕いで、満天の星空を観て、新年を祝う花火を観て、おみくじでは末吉を引いて、小亀の放流をして、海開きで初泳ぎした、イルカには逢えなかったけど、遠めに鯨の潮吹きを観た。
父島は思ってよりずいぶんとこじんまりした島だった。ほとんどが切り立った岩山で集落はごくわずか。レンタカー屋のおっちゃんが言うには7畳1Kユニットバスで家賃7万円だそうだ。ちなみにガソリンはリッター220円だって。
そういう住宅事情のせいか集落の雰囲気も八重山や奄美なんかとはずいぶんと違ってた。なんていうか“東京”だったな。白いコンクリートの味気ないアパートがいっぱいだった。そういうのを見ると歴史のない島なんだということが良く分かる。
小笠原に初めて人が住んだのは1830年代、それも欧米系の人とハワイの人だったそうな。その後、日本が領有権を主張して本格的に入植したのは1876年。それから夏野菜の栽培なんかでかなり盛り上がったらしいのだけれど、戦争で全住民が本土へ疎開。小笠原はアメリカに占領されて返還されるまで23年間空白になってしまった。さらに、返還されたあと島に戻ってこなかった島民も多かったらしい。返還後の移住者の多いみたいだ。なので歴史はとっても浅い。伝統工芸、祭り、食文化とかがほとんどない。最初の定住者がハワイ人だったからなのかフラダンスを正月に踊ったりするくらいだ。東京から25時間以上かけて1000kmも南に来たのに文化的な匂いがしないというのもどうも不思議な感じがした。
自然の感じも今まで行った島とはぜんぜん違った。島がほとんど火山岩や大昔の珊瑚が隆起してできたそうで、やたら切り立ってるし、ゴツゴツザクザクしてる。とても日本とは思えない。これもまたどうにも不思議に感じた。
特に南島というところはまるでこの世の終わりみたいだった。
海はものすごく碧くて、砂はものすごく白くて、周りは剣山のような岩で島の周囲は荒波で、島のいたるところに1000年前に絶滅したっていうカタツムリの殻が落ちてた、気持ちが悪いくらいに。カツオドリの死骸や海亀の卵の殻も一緒に転がってた。人類が滅んだあとの世界みたいだった。そういう類の美しさだった。
その自然を守ろうという意識もすごく高い。南島には1日100人しか上陸できないという自主ルールがある。他にも公園の街灯にはソーラーパネルがついていたし、電気自動車の導入もはじまってるらしい。離島の環境保全のアプローチにそういう近代的な方法を取り入れているのもとてもユニークな気がする。
多分、歴史が浅い分、テクノロジーへの理解、柔軟性も高いのだろうし、島の規模的にもさまざまな取り組みを実践できる大きさなのだと思う。そして何よりも美しい自然があり、みんながそれを守りたいと思っている。そういうテクノロジーによる自然と人間の共存みたいな美しい未来予想図があそこに隠されてるような気がした。
もしかしたら、小笠原で昔繁栄していた文明が滅んで、自然が全てを浄化して、人類はもう一度、今度は失敗しないように、自然を大切に守り、暮らし始めたのかもしれない。そんな一周回ったような、不思議な気持ちにさせる島でした。
1つだけ興覚めしたのは、鯨が出たとなったら観光ツアーの船がブワって何隻も集まってきたことなんだな。観光客のニーズとは言えあれはちょっとガッカリしたよ。イルカもきっと同じなのだろうね。
僕はイルカさんやクジラさんとの出会いには偶然的なトキメキが欲しいな。一人泳いでいるといつの間にか隣にイルカが・・みたいなやつが。そういう運命的な出会いはまたの機会にとっとくとするよ。











いつも楽しく拝見しています。
私もお正月休みに宮古島で
朝霧Tシャツ着て、くるりを聞いてたので
島は違えど「ちょっとかぶってる?」って
楽しくなりました。
小笠原は元旦が海開きなんですね!
今度、2月か3月に八重山に行きます。
パナリにゼヒ泊まりたいのですが、
連絡先を教えてもらうのはOKですか?
こんにちは。
くるりいいっすよね?
島に行くときは朝霧Tをチョイスしちゃします。あと“Field of Heaven”Tとか“ところ天国”Tとかね。
宮古も行ってみたいですね。
友人のイケメンの先生が宮古島出身なんで彼が島に帰ったら案内でもしてもらおうと思ってます。
パナリの連絡先お教えしますよ。
島好き音楽好きとしてあのイノセント島をぜひ体験してください。
どこにご連絡をすればいいですか?