とね日記

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素粒子論のランドスケープ:大栗博司

2012年05月23日 22時51分18秒 | 物理学、数学

素粒子論のランドスケープ:大栗博司

Caltech と カブリIPMU で素粒子論の研究をされている大栗博司先生がこの本を出されたことを先生のブログで知り、さっそく読ませていただいた。一般読者を対象に出版された本としてはこれが初めてのものである。

本書は主に先生がこの10年の間に数理科学系の月刊誌に寄稿された素粒子論と超弦理論についての解説記事を集めたもので、本書のためにお書きになった章も含めて、全体で20章から構成されている。相対論以降の現代物理学、特に素粒子論と近年の超弦理論の発展、そしてそれらの理論を進める上で欠かせない現代数学の役割を中心とした記事が収められている。次のような3部構成だ。

第I部:素粒子論の展望
第II部:超弦理論の現在
第III部:宇宙の数学

数理科学系の雑誌向けの記事であるため、理数系の本に馴染んでいない人には難しいものが多い。先生は各章の難易度を次のようにランク付けしている。

☆:高校生や文科系の学部学生程度を念頭において書いた読み物
☆☆:理科系の学部学生が気楽に読める読み物
☆☆☆:数式が遠慮なく出てくる解説記事

実際に読んでみたところ先生のランク付けは楽観的過ぎで、昨今の大学生を買いかぶり過ぎだという印象を受けた。おそらく先生の周囲にいる学生が日本の大学生の平均よりもはるかに賢いからだと思う。僕の尺度では本書の難易度は次のようなものであるとしたい。

☆:理数系の学部学生程度を念頭において書いた読み物。高校生や文科系の学部生にとっては「難しいなぁ。でも何となくわかる。」というレベル。
☆☆:理科系の学部学生がなんとか読める読み物、素粒子論や超弦論を学ぶ大学院生にとっては楽に読める読み物。
☆☆☆:数式が遠慮なく出てくる解説記事。研究者レベルの人にとって非常に有益な読み物。

章別の☆マークの数は、この記事の最後に掲載した本書の目次を参照していただきたい。

ちなみに僕は通常の相対性理論や量子力学の教科書を学び終えて、場の量子論の教科書を読み始めた段階である。素粒子論や超弦理論については科学雑誌Newtonや一般向けの書籍を読み、超弦理論を紹介した有名なビデオ「美しき大宇宙」を見た程度にすぎない。

そのような僕にとって「☆☆」の記事はかなり難しかった。とはいえ「☆☆☆」の記事の中にも(数式以外の箇所で)理解できる部分があったので、読み飛ばさずに通読した意味はあったと思う。

難解な記事についても全く歯が立たないというわけではない。もともと先生はこれらの記事が1冊の本にまとめられるとは思っていらっしゃらなかったので、結果として内容にかなりの重複が生じているからだ。つまり理解できなくても他の章で、違った説明の仕方で同じような事柄を読むことになる。この重複がかえって本書を読みやすくしていることに途中で気がついた。

素粒子論、場の量子論、力の統一、重力理論、量子力学、超弦理論、物性理論、トポロジーなどの現代数学など、本書で取り上げられる分野の専門用語の正確な意味は、実際に教科書で学んでいないと掴みどころがないものだ。特に超弦理論についての章では「☆☆」の記事であっても正確な意味を知らない用語が各行に1つか2つ出てくる。そのように「密度の濃い文章」であっても読ませてしまうのは、最先端の物理学をできるだけ平易な日常用語で説明したいという先生の意気込みが伝わってくるからだ。

また、理数系学部生にとっても名前しか聞いたことのない専門用語であっても、「そういう用語であらわされる分野を学んでいけば良いのだな。」ということがわかるので、今後素粒子論や超弦理論を学ぶ上でロードマップとして大いに役立つだろう。特に巻末に収められた専門用語解説(用語集)はとてもありがたい。

時代の最先端の物理学と数学の現在の状況の詳細を、現役バリバリの先生が一般読者向けに出版された例はこれまでにない。たとえ半分くらいしか理解できなくても、本書を通読する価値は大いにあると思うのだ。

特に本書を通じて僕が学べた事柄、関心を持った事柄は次のようなものだ。

1)人間原理:物理学にあらわれるさまざまな物理量のパラメータが現在と違う値だとしたら、この世界に人間や生物は誕生していなかった。そのような人間原理という呼び方でそれらのパラメータの正当性を主張しているわけだが、超弦理論によってその正当性を裏付けることができるのかどうか。

2)超弦理論は重力理論と量子力学を統一できるということは知識として知っていたが、どのような枠組み(超弦理論のホログラフィー原理)の中で統一されるのかということが大まかに理解できた。

3)物質(原子、原子核、クオーク、...)の階層構造に「終わり」があるということ。プランクスケールv.s.事象の地平線についての話は興味深かった。

4)物性理論と超弦理論に深い結び付きがあることを初めて知った。

5)超弦理論ではラグランジアンの存在しない場の理論があるということを初めて知った。これは特に興味深い。

6)場の量子論は数学的に定式化されていないということを初めて知った。量子力学はヒルベルト空間、非可換な作用素を使って定式化されることは学んでいた。場の量子論はフォック空間で定式化されるものと早合点していたからだ。

7)ブラックホールのエントロピー、ホーキング放射と超弦理論の関係についてとても興味をもった。ホーキングとラプラスの悪魔の対決。

8)超弦理論が現代数学に与える影響力。モンスター群、確率・統計論など。

9)物理的空間と数学的空間:4次元時空は物理的空間と思っているが、6次元のカラビ-ヤウ空間は物理的空間だと思うけれど自信がない。量子力学を定式化するヒルベルト空間は数学的空間だろうけど。。。超弦理論を学ぶにあたっては何が物理的空間で何が数学的空間なのかを意識し続けたほうがいいのだろうと思った。


なお、本書については大栗先生もご自身のブログで紹介記事をお書きになっているのでお読みいただきたい。

『素粒子論のランドスケープ』出版(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/17886478/

『素粒子論のランドスケープ』書籍紹介(数学書房)
http://www.sugakushobo.co.jp/903342_67_mae.html


大栗先生は世界の物理学(と数学)をリードする最先端の研究者であるにもかかわらず、科学の普及活動にも精力的に取り組んでいる。朝日カルチャーセンターでは今年2月の「重力のふしぎ」の続編が6月2日に「重力をめぐる冒険−アインシュタインから超ひも理論まで」として開催される。

先生の最近のブログ記事によると、2冊目の著書も今月末に発売になるそうだ。こちらは明らかに一般人向けの本で、タイトルから想像すると6月2日に開催される講座の内容とかなり近いものではないかと予想している。(もし違っていたらごめんなさい。)受講できない方はこちらの本をお読みになるとよいだろう。(2012年6月2日に追記:本書のレビュー記事はこちらをお読みください。)

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る:大栗博司


大栗先生による「重力とは何か」の紹介記事。

素粒子物理学者が書いた重力の本(大栗博司のブログ)
http://planck.exblog.jp/18016697/


また超弦理論についての入門書としては、次の本もよさそうである。有名な量子力学の教科書をお書きになった京大の川合先生によるものなのできっと間違いはない。2005年12月出版。(レビュー記事はこちら。)

はじめての〈超ひも理論〉:川合光



関連ページ:

KEKら、超弦理論を活用して10次元宇宙から3次元宇宙が誕生する仕組みを解明
http://news.mynavi.jp/news/2011/12/22/073/index.html
http://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/20111222093000/


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素粒子論のランドスケープ:大栗博司



第I部:素粒子論の展望
[1] 素粒子論のランドスケープ ☆
[2] 素粒子物理学の50年 ―「対称性の破れ」を中心に ☆
[3] 一般相対論と量子力学の統合に向けて ― 素粒子物理学と現代数学の新しい関係 ☆
[4] 幾何学から物理学へ、物理学から幾何学へ ☆☆
[5] 場の量子論と数学 ― くりこみ可能性の判定条件 ☆☆☆
[6] 力は統一されるべきか ☆
[7] 多様性と統一 ― 2つの世界像についての対話 ☆
[8] IPMUシンポジウム「素粒子と物性との出会い」の報告 ☆☆
[9] 素粒子論ことはじめ ー『湯川秀樹日記』書評 ☆

第II部:超弦理論の現在
[10] 超弦をめぐる冒険 ☆
[11] 素粒子の統一理論としての超弦理論 ☆☆
[12] 超弦理論 ☆☆☆
[13] 数理物理学、この10年(1991年-2001年)― 超弦理論からの展望 ☆☆
[14] 超弦理論、その後の10年(2001年-2011年) ☆☆
[15] トポロジカルな弦理論とその応用 ☆☆☆
[16] ディビット・グロス教授に聞く ☆

第III部:宇宙の数学
[17] 宇宙の数学とは何か ☆
[18] 重力のホログラフィー ☆
[19] 量子ブラックホールと創発する時空間 ☆
[20] 素粒子論と宇宙論の現在 ― リサ・ランドール教授、村山斉教授との鼎談 ☆
ジャンル:
ウェブログ
キーワード
ランドスケープ 場の量子論 素粒子物理学 超ひも理論 アインシュタイン ホーキング ヒルベルト空間 対称性の破れ カルチャーセンター 数理物理学
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6 コメント

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非局所場 (hirota)
2012-05-24 12:19:15
本質的に非局所場だと通常のラグランジアンは存在しないそうで、ますます面白くなってきましたね。
Re: 非局所場 (とね)
2012-05-24 14:30:34
hirotaさん

つい先日「解析力学は普遍の原理」と教えていただいたばかりだったので、本書の「ラグランジアンは存在しない」の箇所に出くわしたとき「すごい!」と思いました。非局所場ということなのですね。ワクワクします。
私も読みました。 (N.Yokoyama)
2012-05-27 20:18:25
大栗先生の本書、私も読みました。カルチャーセンターの講座を受講予定なので、その予習みたいなもののつもりで。
内容は星二つ三つはフォローしきれませんが、初心者向けの内容は読みやすくて面白いですね。前回の重力の不思議は参加出来なくて残念だったのですが、来週の講座はわくわくしています。
Re: 私も読みました。 (とね)
2012-05-27 20:29:38
N.Yokoyamaさんへ

N.Yokoyamaさんも受講されるのですね。当日は講座の後に本書と「重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る」の即売会+サイン会が行われる予定だそうですよ。

本書の「☆」の章はとても興味深く読めてよかったです。

日頃「デイリーN.Yokoyama紙」に記事を取り上げていただき、ありがとうございます。
本書の紹介大変参考になりました (村雲)
2012-08-30 11:07:20
とね様

本書の購入に際して大変参考になりました。
些細なことで申し訳ありませんが、「啓蒙活動」
は言論の分野では時に不適切表現と評価され
ることがありますのでご指摘させていただきます。
Re: 本書の紹介大変参考になりました (とね)
2012-08-30 12:01:24
村雲さん

コメントありがとうございます。記事がお役にたったようで、うれしいです。

「啓蒙活動」という言葉は自分で書いているときにも違和感を感じていました。「普及活動」という言葉に修正いたしました。ご指摘いただきありがとうございます。

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