クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

シン・ゴジラ~既視感を伴う斬新性

2016年09月30日 | エトセトラ
2016年9月30日(金)。今月、『シン・ゴジラ』を2回ほど見に行った。映画館に足を運ぶこと自体随分久しぶりなのだが、それも怪獣映画となると、本当に子供の時以来である。この話題の映画を見て思ったこと、語ってみたいことはたくさんある。が、そうするとやたら話が長くなってしまうので、今回は2つのポイントだけに絞って、感想文のような物を書いてみることにしたい。

1.シン・ゴジラの形態変化がもたらす既視感

シン・ゴジラの第2形態(通称「蒲田くん」)を初めてスクリーンで見た時のインパクト、これは強烈だった。ボートが濁流に押し流され、自動車が次々と吹き飛ばされる。その大迫力映像に続いて、主役が全貌を現す。ところが、その主役の姿が何とも異様。ぽっかり空いたうつろな丸い目。くねくねと体をくねらせて蛇行しながら這いまわる、曰く言い難い不気味な動き。「何これ、これがゴジラ?」という戸惑いが、見る者の多くを襲う。スリリングな映像展開に圧倒されて鑑賞時には気づかずにいたのだが、帰宅してから、見てきた物をいろいろと頭の中で振り返っているうちに、当ブログ主はそこにある種の既視感を覚えた。「あれ、あのゴジラ第2形態が出た時の1シーン、前にどこかで見たことがある」。「何台も並んだ自動車の上に怪獣がのしかかっていて、それを道路に立つ人間の目線で正面から見ている、あの絵柄。何だったっけ・・」。それからしばらく時間がたってようやく、その答えが見つかった。

ヘドラ上陸期の画像である。1971年の『ゴジラ対ヘドラ』で初登場し、当時の怪獣ファンに小さくない衝撃を与えた異色の公害怪獣ヘドラ。そのヘドラが陸に上がってきた時も、たくさん並んだ自動車の上にのしかかっていて、あのハート形をした独特の頭とアーモンド形の恐ろしげな赤い目を観客に披露したのだった。ただ、その動きは「蒲田くん」とは比較にならないほど緩慢で、車を次々と呑み込みながらゴソゴソ、ズルズル移動していくというものだった(と、当ブログ主は記憶している)。

シン・ゴジラの4回に亘る形態変化が当ブログ主に与えた既視感、それはヘドラに淵源があった。実際、この両者を比較してみると、かなりの共通点を見出すことができる。まずヘドラの場合、巨大なオタマジャクシのような姿をした「水中棲息期」から始まるが、これはシン・ゴジラの場合、海中から背中と尻尾だけを見せる第1形態に相当する。続いて、上述した「上陸期」。これはシン・ゴジラの場合、いわゆる「蒲田くん」に相当するステージ。それからヘドラは空を飛びまわって硫酸ミストを撒き散らし、人間を含む地上の生き物を次々と殺傷していく「飛行期」に進む。これはシン・ゴジラの場合、オタマジャクシさながらに前足が生えてくる第3形態(通称「品川くん」)の時期に相当する。最後に、当時のゴジラをきりきり舞いさせた「完全期(または成長期、巨大化期)」に至ってヘドラの姿は完成するのだが、シン・ゴジラの場合は勿論、最も恐ろしい破壊力を見せる第4形態がそれに当たるわけである。

「昆虫や両生類のような形態変化をゴジラに当てはめるとは、随分斬新なアイデアを出してきたなあ」と思わせるも、その斬新さには、「でもこういうの、前にどこかで見たことある」という既視感が伴っているのである。

2.シン・ゴジラの放射能熱線がもたらす既視感

第4形態のゴジラが初めて放射能熱線を吐き出すのは、米軍機によるMOP2爆撃を受けて激しく流血した直後だったが、ここでも斬新な映像が観客の目に飛び込む。ゴジラの下あごが何と、左右にパッカリと割れるのだ。その結果、ゴジラの頭部は動物(あるいは獣)の頭というよりは、何かアサガオだかクロッカスだかの花が開いたような形となる。あるいは凹面鏡、もしくはパラボラとでも言えようか。そしてその異様な形で開かれたゴジラの口から吐き出される熱線、これも火炎というよりは明らかに光線で、その強力な白い光が東京の高層ビル群を、(まるで山の木々を伐採するかのように)次々と切り倒していく。

実はこの光景にも、当ブログ主は既視感を覚える。山林を逃げまどう凶悪な人食い怪獣を追撃し、山の木々をスパスパと切り倒していく稲妻のような殺獣光線。これは、1966年の傑作『サンダ対ガイラ』に出てくるL作戦のシーンで見られる有名な光景である。―ということで、昭和の怪獣少年だった当ブログ主による気ままな空想を、以下に書き綴ってみることにしたい。(信じる、信じないは、あなた次第。w )

{ 庵野秀明監督は『シン・ゴジラ』製作に当たって、「もしゴジラのような有害な巨大生物が出現したら、日本はどう対応するのか」という問題を巡り、それを出来得る限りリアルな形で表現しようと心に決めた。どこでどういう会議が行なわれ、何が議論され、どういう結論がどういう過程を経て出されるのか、それを(現在日本が置かれているある意味“情けない”状況への揶揄や諦観もスパイスのように効かせながら)じっくり描くことに重きを置いた。従って、メーサー殺獣光線車(別名メーサー・タンク)のような“かっこいい”空想兵器を登場させるわけにはいかない。そこで監督は極めて斬新なアイデア、即ち、「他でもないゴジラ自身にメーサー・タンクの姿を演じさせる」という形をもって、東宝特撮映画史上おそらく最も人気がある夢の兵器を自らの映画に登場させたのである。 }

(※ついでながら、ゴジラが口だけでなく背中や尻尾からも熱線を放射し、全方位の敵を殲滅して炎に包む展開については、当ブログ主よりもずっと若いアニメ世代の人たちに強い既視感をもたらしたようである。そのあたりについては、ある映画マニアの方が書いておられるブログ『1年で365本ひたすら映画を観まくる日記』の中で詳しく語られているので、興味の向きはそちらをご一読いただけたらと思う。ちなみにそのブログは、「シン・ゴジラ第1形態は、牧教授を体内に取り込んでいる」という、何そのビオランテ?w な仮説も紹介するなど、怪獣ヲタクをワクワクさせるような記述が盛りだくさんなので、当ブログ主からも強くお薦めする次第である。)

―他にも伊福部音楽の使い方や、個性豊かな登場人物たち等、『シン・ゴジラ』について語ってみたい要素はいろいろあるのだが、当ブログの扱いとしては、今回の記事のみで終えることにしたい。(あ、最後にこれだけ。2人目の総理、というか総理代行を演じた平泉成さん、最高でした!w )
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