クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

修理不能となったMDプレイヤー、プレートルの「バッカナール」

2017年06月28日 | 演奏(家)を語る
2017年6月。長年愛用してきたフルコンポ・サイズのMDプレイヤーが、故障。入れたディスクを読み込めなくなった。いわゆるピックアップの寿命である。メーカーの修理窓口にTELをし、恐る恐る(?)訊いてみた。「今でも、このMDプレイヤーは修理が利きますか」。回答は予想通り。MDは完全に生産が終了しており、ピックアップ部品の在庫も全く無いと。結論、修理不能。がっくりきた。ああ、一つの時代が終わったなと。

さて、CDの話題。ジョルジュ・プレートルの指揮によるサン=サーンスの歌劇<サムソンとデリラ>全曲を、先頃購入した。EMI盤の初期CDで昔持っていて、当時は特に「バッカナール」の豪演に思いっきりはまり、そこばかり何度も何度も繰り返して聴いたものだった。(その後、中古売却。)老匠の追悼記事でこの名演に言及したことがきっかけとなり、また、最新CDの値段が安いこともあって、久しぶりに買い直してみたのだった。やはりという感じで、これもEMI音源を元にしたWarnerロゴのついたCDである。そして、どういういきさつがあってのことかはわからないが、この商品にはEratoのロゴも付いている。

早速、「バッカナール」の部分を聴く。音の印象が随分違う。各楽器の定位や分離がすっきりして聴きやすいものとなり、表情の細かい変化も良くわかるようになった。しかし同時に、かつてのEMI盤から出ていた豪快なパワーや派手な色彩感みたいなものは明らかに減衰し、良くも悪くも“お上品な音”に変わっている。ある意味、いかにもエラートっぽい音の作りと言えなくもない。A・ボールトの一連のボックス・セットでも感じられたことなのだが、Warnerのロゴが付いた旧EMI音源のCDは、往年の演奏イメージをかなり変えてしまうものが多い。それが聴く側にとって良い変化なのか、あるいはそうでないのか、まだ何とも言いきれないところではある。が、当ブログ主個人の感想としては、「あれれ、こんなだったかなあ」と戸惑うパターンの方が多いということは、正直に申し上げておかねばならない。プレートルの指揮による歌劇<サムソンとデリラ>(特に、「バッカナール」)は今でも同曲を代表する名演ではあるが、当ブログ主の古い記憶にある音とは少しばかり違った物になっているようだ。

―というところで、今回はこれにて。
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