般若心経

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般若心経

2017-07-07 | Weblog
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薬師寺高田好胤管主のこと

 「野の花を見なさい。なんにも飾ろうと思っていなくともあのようにうつくしいでしょう。
蓮の花を見なさい。泥の中から伸びてきても少しの汚れもなく輝いているでしょう。
あなた方も元々あのようにきれいなのです。必要以上にきれいな服を着たり、飾り物を求めたりする必要はないのです」
薬師寺の管主であった高田 好胤さんは修学旅行生を対象にしたわかりやすい法話で有名な方でした。また写経勧進による伽藍の復興を企画し、金堂、西塔の再興を成し遂げられ、その流れは現在東塔の修復へと続いています。
 私が好胤さんを知ったのは「はい!土曜日です」、落語家の桂 米朝さんが元気で司会をされていた頃のテレビ番組です。トーク番組ですが、伝統工芸品の紹介コーナーに興味があり毎週見ていました。
好胤さんは番組の中で法話とともに、私の地元の詩人である薄田 泣菫《すすきだ きゅうきん》の詩をよく読まれていました。また毎年お盆には「テレビを仏壇の方へ向けてください」と言ってお経をあげられ、これも新しいタイプの法要かなと思ったものです。
 好胤さんに次のようなエピソードがあります。五、六年前、薬師寺執事長の加藤 朝胤さんが話していました。
*****
 好胤さんの居間の畳が破れ、縁が擦り切れてめくりあがりガムテープで補修しているありさまで、あまりにもひどく、畳替えを勧めてもいつも「これでよい」と断られていました。
その頃執事をされていた朝胤さんが好胤さんの留守をみて畳表の交換をしました。朝胤さんは好胤さんがよろこんでくださるものと思ったのですが、好胤さんが帰られ新しい畳を見るなり激怒しました。
「誰が取り替えた」
「もとに戻せ!」
畳屋さんに聞くともう捨ててしまって戻すことはできません。
しばらくして好胤さんが「なぁ、朝胤、今大勢の方々にお写経をとおして、このお堂を建てて貰ったんや。なのにお願いをしたわしがきれいな部屋でぬくぬくと寝るわけにいかんのや。ボロボロになった畳が、一つの励みになっていたんだ。そのための畳だったんや」とおっしゃられました。
*****
 名刹薬師寺のあのきらびやかな金堂、西塔を復興させた管主の居間がそのようなものであったかとおどろき、また好胤さんの人柄の一面を知ることができました。
朝胤さんはその後もときどきテレビに出演し、好胤さんについて「今の薬師寺のあるのは好胤さんのおかげである。好胤さんは一口でいうと、とても優しいお方。だけど、ご自身にはとても厳しいお方でした。いつも『人に優しく、自分に厳しく』という人であった」と話されています。


 好胤さんがよく口にしていた泣菫の詩です。

     ほほじろ
   お山育ちのほほじろが
   山がつらいと里へ來て
   里で捕られて、ほほじろが
   山が戀しと鳴きまする
        (泣菫詩抄)
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