あしたはきっといい日

楽しかったこと、気になったことをつれづれに書いていきます。

My first trip abroad Vol.5 最終日、そして…

2011-12-31 17:12:56 | 旅する
はじめから短い旅程とわかっていたが、ここに来て旅を楽しむうちに「短い」という気持ちは強まっていった。だが、今回は旅行に来ることが一番の目的だったので、その思いを次の旅行につなげられたらいい。

さて、この日は朝から自転車を借り天安門広場に向かった。日の出の時間にここで国旗が掲揚されるというのを、前日故宮を訪れた時に知った。せっかくだからそんなセレモニーを見てみたいと思ったが、それにしても寒い。まだ月が輝いている時間なので、日向に逃げ込むこともできない。自転車で風を切って走っていると余計に寒い。だが、知らない街を走っていると、それだけで楽しい。そして、それが日本でなく外国だということを実感すると、余計に楽しくなる。





天安門広場には既に大勢の人が集まっていた。少し遠いところに場所を取り、その時間を待っていた。だんだんと明るくなっていく空に、紅い旗がだんだんと上っていく。その光景を、旅人である僕は単に景色として眺めていたが、一緒に集まっていた中国の人たちはどんな気持ちでその旗を見上げていたのだろう。



その後、近くにある前門の前に広がる街並みに入ろうとしたが、警備員の人に止められた。自転車は進入禁止らしい。実は、自転車を走らせている間に鍵を無くしてしまったらしく、鍵を掛けずに止めて置くわけにもいかずに途方に暮れた。だが、良いか悪いかは別としてそれでは気が済まず、界隈の自転車店さんを探してみた。



そうやって街を走り回るのを楽しんでいたのかもしれないが、程なくしてお店を見つけた。言葉は通じなかったが、自転車の鍵を無くしたことやその鍵が欲しいといったことを身振り手振りで伝えようとしたら、何とか伝わったようで、おばさんはその鍵を出してきて、あれやこれやと説明してくれた。そう、鍵は2つ付いていて、離して持って行くよう注意をしてくれた。

ようやく自転車を止め前門前の街並みを歩いてみるが、やはり朝早かったからだろうか、開いている店はごくわずかだった。その後、あちこち自転車を走らせたものの、帰りの時間は迫っていたので、ほどほどのところで折り返した。



しばらくして、朝飯を食べていないことを思い出し、城壁の残る道路沿いに売店を見つけ、クレープのようなものをいただいた。これもおいしかったが、最後まで香菜に悩まされてしまった。おばさん、量をどうするか尋ねてくれたので「少し」と身振りをし、実際に少ししか入れてもらわなかったのに…



ホテルに戻り、身支度を整えてから部屋を出た。寂しいが、また来ればいいと思えばいいだろう。ちょうどフロントにマレーシアから来たというビジネスマンがいて、簡単な英語で会話した。僕のレベルに合わせてくれたのは間違いない。彼は中国国内をあちこち回っていて、この後にまた別の都市に向かうという。そんな人とのわずかな会話も旅の楽しみだ。

記念にフロントでスタッフの方の写真を撮らせてもらった。こじんまりしているが温かい宿だった。



ホテルを後にし、来る時と同じ道を逆に辿っていく。来る時はタイムマシンで過去に向かうように流れて行った景色は、逆の道のりでは時間を早回しにした感じと言ったらいいかな。







そんな気持ちを胸に地下鉄に乗り込んだ。次の駅でお母さんと一緒に乗り込んできた少年が僕に札束を突出してきた。何の意味だかわからないが、笑顔の少年に笑顔を返した。乗り換え駅では何組かの母子が床に座り込んでいた。カメラを持っていた僕に興味を持って声を掛けてくれたが、身振り手振りでごまかしてしまった。やっぱり話ができたら良かったな。彼女たちの生き生きとした笑顔を撮りたかったな…



チェックインを済ませ、職場へのお土産を買いお茶を飲んで出発を待った。日本を出るのが遅れたらしく、折り返しの出発時間も遅れていた。もう少し早く知っていたらゆっくりしたのにと思うが、いずれにしても永遠ではない。そうこうしているうちに飛行機が到着し、慌ただしく機内に乗り込んだ。



帰りは何の心配もせずに済むからか、食事の際にワインをいただいた。食事を終えると眠ってしまったらしく、着陸態勢に入るところで目が覚めた。





こうして、僕の初めての海外旅行は終わった。

偶然かもしれないが、事前に思っていたほど心配することはなかった。時には疑った方がいい場面もあったが、市井の人々は皆やさしい。

直後に国内旅行に行ったが、国内も国外も、その土地の人たちとの触れ合いが楽しい。それは、どこに行っても変わらない。

消化不良となった北京には、近いうちにまた訪れたいと思う。その時までに、片言でも中国語を話すことができるようにしよう。そして、その他の地域にも行ってみたい。もちろん、先立つものは必要だが、そのためにコツコツ貯めておこう。

改めて、中国で出会ったたくさんの人たちに、ありがとう!

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My first trip abroad Vol.4 北京散策

2011-12-31 17:12:37 | 旅する
4日目も疲れのせいだろうか、寝坊してしまった。まあ、ほぼノープランだったのでいいのだが、ただ、前日の小龍包が影響し手持ちのお金が少なくなっていたため、まずは銀行に行くことにした。

王府井の中国銀行に入り、両替を申し込む。襷を掛けた男性が親切に英語で案内してくれた。その後しばらく順番待ちをした後に窓口で両替をしてもらった。時間がかかったが、日本の銀行でも窓口ではそれなりの時間がかかる。襷の男性は店を後にする際は笑顔で送り出してくれた。

銀行を出てほどなくして本屋さんを見つけた。で、興味半分で入ってみた。中国語を理解するためにはどのようなアプローチがいいのかと考えながら、語学書を中心に物色していたが、結局は『青い鳥』の中国語版を買ってみた。





さらに歩いて故宮に向かう。北京と言えばここを外すことはできないだろう。今年3月に奈良を訪れてから以前よりは歴史に興味を持つようになっていたので、ここを訪れることを楽しみにしていた。テレビで見慣れた毛沢東氏の肖像画が掲げられた天安門を抜け、しばらく歩き、午門という門の前で入場券を買い求め、見学者の流れについていくように歩いた。



古くから残る建物や調度品に歴史の厚みと華やかさを感じながら歩を進めた。至る所に歴史があるというのは日本の旧跡を歩いている時でも感じるが、ここはスケールが大きい。ゆっくり回れば半日はかかるところだったが、せっかちな僕がそれでも3時間ほどかけてここを回ったというので、自己満足かもしれないが「いい旅をしているな」という気持ちになった。







そう、結構親子連れを見かけた。みんなかわいくて、カメラを向けると笑顔を返してくれた。
親子連れの女の子は、僕が誤って足を踏みかけてしまったのだが、何だか笑っていた。





北端の神武門を出て、その前にある景山公園には行かずにその脇にある北海公園に入った。湖の水は凍りかかり、寒々とした風景だったが、霞んだ空に浮かぶ太陽を眺めながら歩を進めた。ここでも人だかりを見つけ、近付いてみるとハーモニカの合奏をしていた。こんな寒い日に公園に集うお年寄りたちの元気は、もしかしたら今の日本にも必要なのでは…って、思った。





北海公園を北に抜け大通りを渡ると、什刹海という地域に入った。前海と后海という湖の周囲にはレストランなどが立ち並び、また付近の胡同にも雑貨を扱うお店が集まる人気の観光スポットらしい。だが、冬の平日の昼間だったからだろうか、観光客はいるものの、思っていたよりも静かな感じだった。



お店を覗いてみたものの、結局そのまま歩き続けた、しばらくすると子どもたちがたくさん歩いている地域に入った。よく見ると中学校があり、彼らは帰宅する生徒たちだった。楽しげに談笑したり、道沿いの店に入り食べ物を買い求める姿を見ながら、子どもの楽しみはどこも変わらないのかなと思いながら先に進むと、すぐに南鑼鼓巷という場所にたどり着いた。ここにもカフェやショップが立ち並び、デートや散策を楽しむ若者の姿を多く目にした。何となく入ったショップでは絵葉書…というか、昔の北京の街の写真を使ったポストカードを売っていて、気に行った2枚を買った。さらに進むとロケをやっていた。彼らが誰だかわからないが、面白そうだったのでしばらく見ていた。



再び歩き続けると王府井に出た。夕暮れの街は靄に包まれ、何やら幻想的な雰囲気だった。すぐ近くの道路には屋台が立ち並び、大勢の人が食を楽しんでいた。前日に屋台で嫌な目に遭ったが、今日は先客に習うことで同じ轍は踏まないと思い、麺を売る店に立ち寄った。蝦団子が美味しかったが、屋台だからだろうか、量はそれほど多くなかった。







ホテルに帰る途中、煌びやかな街並みを眺めながらこの街の混沌としたところを感じていた。この建物の近くの道では親子がカットしたフルーツを売っていた。小さな女の子が道沿いの店に置かれたぬいぐるみを欲しがっていたが、フルーツをどれだけ売れば買えるのだろう。もちろん、ぬいぐるみを買う前に生活費がかかるし。そんな思いを巡らせた僕も結局はそのフルーツをいただかずに歩き去ってしまった。



再び前夜の店に入った。メニューを指さし小龍包を注文しようとしたら、それはダメだという。メニューをよく見ると「早点」と書かれていて、朝食のメニューらしいことに気付き、案内された餃子のメニューから一点を選び、ビールと共に注文した。ビールの突出しは4点選べるというので、女の子についていきそれを見てみたが、何が何だかわからないのでお任せすることにした。お皿いっぱいに出されたそれを見て、もうこれだけでお腹いっぱいになりそうだったが、さらに注文した餃子が出されると、やはり中国で1人夕食を食べるのは難しいと思った。



白菜がたっぷり入った餃子はジューシーで美味しく、突出しもまあまあだった。ビールをもう一本いただこうと思ったが、その前にお腹がいっぱいになってしまった。大変申し訳なく思いながら店を後にする時、食事中テキストを開きながら調べた言葉で「お店のみなさんの写真を撮らせて」と、その女の子に頼んでみたけれど、お母さんに断られてしまった。だが、悪い人ではないのだろう。素直に諦め、謝謝と言って店を後にした。果たしてその謝謝は的確だったのか少し疑問に思いつつ…



その夜もホテルのバーに行き、水割りを飲んでいた。その夜のスタッフは日本語はわからないと言っていたが、テキストを指さしながら発音を教えてもらったりして過ごした。

翌日は早朝から出掛ける予定を入れていたので、早めに眠りについた。
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My first trip abroad Vol.3 北京へ

2011-12-31 17:12:11 | 旅する
3日目はまず、国内線飛行機で北京に移動することとした。日本で予約はしていたものの、わずかであるが不安を持っていた。前日、ホテルのフロントの人に「何時ぐらいに出ればいいか」と尋ね、そのアドバイスに従い6時30分少し前にホテルを出た。朝食を取らなかったのは味ではなく時間のせいだった。

ホテルを出て少しの時間月を眺めた後、ロータリーでタクシーを拾い乗り込んだ。優しそうなおじさんが運転するそのタクシーに安心したが、念のためシートベルトは締めた。タクシーはロシア風情街から団地らしき地域を抜け、広い道路に入った。まだ夜が明けぬ中、職場に向かうためにバス停に並ぶ人たちなどを目にした。

30分もしないうちに空港に着いた。何一つ心配することなく、また料金もガイドブックに載っていた額だった。優しそうではなく優しかったその運転手さんに領収書をいただいたが、それは料金を疑ったからではなく、単に旅の記念にもらいたかったからだったが、中国語でそこまで伝えることはできず、ここでも謝謝のひと言で済ませてしまった。



出発カウンターでも中国語が分からず、英語で話してくれる内容を断片的に掴みながら対応してもらった。手荷物のカバンは機内持ち込み制限の5kgをわずかに超えていた。持ち込んでしまおうかと思ったが、それが伝えられなかったためコンベアに飲み込まれていった…が、カバンの外ポケットにEチケットやいざという時のための戸籍抄本を入れていたことに気付いた。結果として問題は起きなかったが、荷物を受け取るまでハラハラし通しだった。



念のため出発ゲートをくぐる前にチョコパイを一つ食べておいたが、機内では軽い食事が供された。ロールパンにハムとレタスが挟んである、本当に軽い食事だった。その上、冷蔵庫から出したばかりのような冷たさだ。事前に見ておいたネットでは「不味い」と書かれていたが、確かに美味くはないものの、食事を出してくれることは嬉しい。



一時間余りのフライトを終え、北京首都国際空港に到着した。成田空港も大きい感じがしたが、この空港の大きさは半端でない。飛行機を降りてから地下鉄に乗るまでかなり歩いた。そう、手荷物を受け取るための待ち時間もあったし。ただ、非常にシンプルなレイアウトのようで、迷うことはなかった。



地下鉄機場(空港)線に乗り北京市内に向かう。第三ターミナルを出た電車は一旦第二ターミナルに向かい、進行方向を変え北京市内を目指す。スカイライナーほどではないが、市内に入り一駅に停車するだけの高速鉄道だ。車窓は木々の立ち並ぶ風景から郊外の住宅地へ、そして…地下に入り、その一駅に停車してすぐに終着駅の東直門に到着した。





すぐに地下鉄2号線に乗り換え、2駅先の朝陽門に降り立った。ここからホテルまではそれほど遠くはないが、もう11時を回っていたので少しお腹を満たしておきたいと思った。すると、駅を降りてすぐの売店でホットドックのような食べ物を売っていた。興味半分で食べてみたが、玉子焼きとソーセージを挟んだそれは案外美味しかった。



それにしても、近代的な建物が立ち並ぶ街だと思うとともに、その場所とガイドブックに出ていた胡同とがどうつながっているのかをイメージできなかった。とりあえず、そのガイドブックを頼りにホテルに向かい歩き出した。街並みはすぐ団地に変わり、商店の立ち並ぶ大通りを横切ると途端に下町のような街並みに変わり、目指すホテル、小院客桟に到着した。



チェックインを済ませ、部屋に荷物をを置いてから街に出た。とりあえず、中心地域を目指し西に進むと、王府井という地域に入った。ガイドブックによるとここは「北京の銀座」のようなところで、確かに道路を挟み大きな商業施設が立ち並んでいる。そう、王府井教会ではウェディングの撮影が行われていて、いい写真が撮れた。





しばらく進むと屋台の立ち並ぶ地域を見つけ、そこに足を踏み入れた。観光客が多く集まる賑やかな所である小龍包店に目をとめると、「美味しいよ」と声を掛けられつい気が緩んだ。1パックを出された時に「100元」と言われ、びっくりし断ろうとしたが、周りの店もグルになっているようで、ここで抵抗しても仕方ないと諦めた。大連で5元で食べたものと内容は変わらず、むしろ大連の方がおいしかったのもあり腹立たしかったが、授業料だと思うことにした。だが、ここで金銭感覚がちょっと狂ってしまった。



しばらく歩き、天安門東駅から地下鉄に乗り、途中乗り継いで北京動物園に向かった。時間が中途半端だったのでいいかなと思い向かったのだが、結論から言うと時間は足りなかった。さて、受付で入場券を買っていると物乞いのおばさんがやってきた。少ないかなと思いつつ1元を渡すと、「こっちの窓口が開いているよ」というように僕を案内してくれた。もう少し弾んでも良かったかなと思うものの、その時は金銭感覚が狂っている時だったので、勘弁してほしい。



入園してすぐに大熊猫…パンダを見に行った。やはり中国と言えばパンダだろう。昨年1月に神戸の王子動物園で見て以来だが、上野動物園ほど賑わっていないものの人気は高く、多くの親子連れが集まっていた。彼らに多少遠慮しつつ、カメラでパンダの様子を追った。



朱鷺もいた。写真や映像は見たことはあるが、実物は初めて見た。



そう、自分の写真を撮って下さいと頼むのが難しいため、記念写真を撮ってもらった。その後、女の子がお母さんに写真をねだっていた。



それから普通に動物を見るのを楽しんでいたが、17時の閉園間近にお土産屋さんで甥と姪にお土産を買っていこうと思っていたところ、既にそのお店は閉まっていて、慌ててサイとカバの館まで戻り息を切らせてお土産を買い求めた。焦ったが、買うことができて良かったと思うしかない…かな。



帰りは王府井までバスに乗った。初めて乗るトロリーバスは静かだったが、電気自動車の仲間だもんな。昔は東京都内にも走っていたが、僕の記憶にはなく、今は立山黒部アルペンルートに残るのみ…だったと思う。ガイドブックを頼りにどこら辺を走っているのかを確認するのも面白い。王府井に入ったところでバスを降り、ホテルに向かった。



途中、胡同にある地元のお店に入った。決してきれいな店ではないものの、温かい感じがしたので入ってみた。店の娘さんが友だちか店の仲間かわからないが同じ年代の子たちと戦隊ものだろうか、テレビドラマを見ていた。お客さんとのやりとりは何を話しているのかはわからないものの、その雰囲気が楽しく、そして温かかった。注文したのは炒めた刀削面…って、焼きそばみたいなもので、ソースを使った味付けが日本人にも好まれると思った。ビールを注文すると「燕京啤酒」というビールが出てきた。焼きそばはビールに合うが、地元の店に飛び込んでこんな味に出合えたことが嬉しかった。ちなみに、この際に調べてみると、燕京とは北京の別名だという。





ホテルに戻り、一休みしてからホテル内のバーに行った。中国語のテキストを見ながらスタッフの女の子と話をしてみた。こんな風に言葉を教えてもらうのも楽しいなと思いながら、ほどほどにして部屋に戻り眠りについた。
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My first trip abroad Vol.2 大連を歩く

2011-12-31 17:11:48 | 旅する
翌日は早く起きてあちこち歩こうと思っていたが、初日の疲れとそれまでの疲れが重なったのかなかなか起きれなかった。で、ゆっくり起きて食堂に向かった。大連のホテルは朝食付きで楽しみにしていたのだが、僕の口には合わなかった。それでも、たくさん出される食事はありがたい。







少し休んだ後に、最初の目的地に向かった。しばらく歩くと前日来た労働公園に着いた。中国の公園での朝と言えば、鳥自慢と書道を思い浮かべる。前者の姿は見かけなかったが、老紳士が集まり地面に書をしたためていた。言葉が通じないことを承知でその輪に近づき、筆先を眺めていると、その中のお一人が説明をし始めてくれた。内容は全くわからなかったが、その気持ちを感じ取ろうと神経を集中させ、その気持ちを受け止めた。来年は辰年ということで龍にまつわる文字や、何やら縁起の良さそうな文を書いてくれた。





謝謝とお礼を述べその場を後にすると、今度はお婆さんが両手に筆を持ち、同じ文字を線対称で書いていて、その技に見入った。黙々と文字を刻むその姿に凛々しさを感じた。



続いて、歌をうたうグループが気になり、近付いてその歌声を聴いていた。高らかなその歌声に元気をもらったお礼に拍手を贈り、先を急いだ。



街角におもちゃを売る人が大勢いた。なぜだろうと思ったら、目の前に児童病院があった。現金な感じもしたが、病気を抱えた子どもたちがおもちゃで笑顔になれるのならいいんじゃないかな。





と、何だか道を間違えた気がして、ガイドブックを見直して軌道修正した。大通りを歩いて行くとちょっと変わったバスが止まっていて、目的地の人民広場に着いたようだ。



ここ人民広場では、毎朝10時に女子騎馬警察隊が行進を行うとのことで、その様子を見に来た。それほど人数は多くないものの、この行進を見に来た人たちが結構集まっていた。中には子供連れもいて、子どもたちがはしゃいでいる様子を見ていても楽しい。もちろん、女子騎馬警察隊の凛々しい姿を見るのも楽しかった。





しばらくその姿を見た後、市電に乗って大連駅へと向かった。市電は新しい車両もあるものの、走る歴史文化財的な車両が活躍している。そんな車内をカメラに収めている僕は、地元の人たちがほとんどの車内でちょっと浮いてしまったかな。





大連駅に着き、駅の様子を覗いてみようと思ったが、日本では考えられないくらいセキュリティが厳しく、ホームで列車を見学するということは不可能なようだった。切符売り場の様子もこんな感じで、早々に次の目的地に向かった。





駅の反対側に抜け、ロシア風の建物が並ぶ地域に向かう。確かにロシア風であるが、看板が追加され「風情街」と言うには少し興冷めな感じだった。老朽化が進んでいる建物もあり、観光地域としてうまく整備すれば目玉になるのにと残念に思い、再び中心街に戻った。



実はその前に、ガイドブックに載っていた餃子を食べようと大連港近くに行ったのだが、いくら探しても見つからなかった。いたるところに工事中の区域を見ながら、この街の新陳代謝の激しさを感じていたが、その店もそうした動きの中にあったのだろうか。お店でお手伝い(?)をしている子どもの姿に癒され、バスに乗って中心街に向かった。



そんなこんなで既に昼食時は過ぎていたが、なかなか店が見つからない。結局入ったのはショッピングモール内のレストラン。餃子と炒飯を注文したが、やはりボリュームが多く、水餃子は何とか温かいうちに食べ、チャーハンの残りをパックして持ち帰った。



一旦ホテルに戻りその炒飯を部屋に置き、再び街に出た。再び大連駅のガード下を抜け、ショッピングセンターに入った。大連駅は上野駅をモデルにして作られたというが、このショッピングセンターはアメ横センターのような感じだろうか。そう、ガード下付近のお店はやはりアメ横な感じを受けた。



ショッピングセンター内は暖房が効き過ぎ、上着を一枚、二枚と脱ぎ歩き回った。移動もあることから小物をいくつか購入し、再び中心地区に戻る。途中、ガードを抜けた所にあった屋台に足を止めた。「臭豆腐」という名に警戒しつつ、喜んで食べている人たちの様子を見て食べてみることにした。生揚げのように揚げた豆腐に独特のたれをかけていただくこの一品。確かに口にした時に臭いを感じるが、おいしかった。ただ、ここにも香菜が…





ホテルの部屋に炒飯の残りはあるものの、それだけでは何だか寂しい気もして、デパートの食品売り場などを歩いてみたが、地元の人の勢いに押されたりして結局手が出なかった。そろそろ諦めてホテルに戻ろうかと思った時、小龍包店のお持ち帰りコーナーを見つけ、1パック買った。再びホテルに向かい歩き出すと、今度は道端の売店でいろいろな食べ物を売っていた。興味深く覗いているとお客さんが「これおいしいよ」というような言葉を掛けてくれた。そのまま立ち去るのは忍びなく、そのソーセージを一本買って食べた。味付けには癖があったが、店の人やお客さんの優しさがいい調味料となった。

ホテルに入る直前、コンビニでビールやジュースを買った。ビールは地元のものもあったが、アサヒビールを選んだ。シャワーを浴び、小龍包をつまみにビールを飲み、冷めた炒飯を食べた。寂しい食事だったが、いろんな人と出会えた一日だった。そう、ホテルでNHKのドラマ『坂の上の雲』を見ていた。それまで見たことはなかったが、ちょうど旅順の203高地での攻防を描いた回だった。「ここからわずか40キロ程のところだったんだ」と感慨にふけりながら、翌日早朝の出発に備え眠りについた。




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My first trip abroad Vol.1 大連へ

2011-12-31 17:07:34 | 旅する
比較的早くから荷造りを始めたが、結局終わったのは前日。だが、それほど夜更かしせずに次の日に備えた。

7時過ぎに日暮里からスカイライナーに乗った。京成線内はのろのろとしていたが、北総線に入ると徐々にスピードを上げ、スカイアクセス線として整備された区間でトップスピード(160km/hだそう)に達し、ほどなく第二ターミナル駅に、そして終着の成田空港(第一ターミナル)に到着した。料金の2,400円は時間の額という感じがした。山本寛斎氏がデザインした車両の車内は程よく無機質な感じだ。時間と料金とを考えれば、成田エクスプレスを選択することはないかな…



成田空港に着くとすぐに両替窓口を探した。大連に着いたらすぐにバスに乗る予定だが、着いてから両替するのでは慌ただしいだろうと思った。どれくらいの額が必要かわからないので案内の人に相談し、とりあえず2万円を両替したが、結果としてこれでは足りなかった。

出国手続きもそれほど難しくなく、搭乗ゲート近くで朝食を取りながら搭乗開始を待った。余裕を持って来た分、ちょっと長い時間だったが、コーヒーを飲みながら待つ間、ゆったりとできて良かったんじゃないかな。まあ、そんな時間もあっという間に過ぎ、登場が開始された。

僕を初めての海外旅行に誘ってくれるのは、ウィングレット付きのBoeing767。後ろの人を気にせずにリクライニングできるシートは、最近導入された機材の証だろう。そういえば、767シリーズがデビューしたのは30年ほど前、「トリトンブルー」と呼ばれる現在のANAの塗装が採用されたのがこの767からだった。



安全に関するアナウンスも終わり、いよいよ離陸。飛行機に乗る楽しみの一つがこの瞬間だ。機首を上げフワッと大地を離れ、エンジンの強い力で高度を上げていく。やがて東京湾が眼下に見え、富士山も。高度が安定したところで昼食が供された。10年以上前だったか、仕事で北海道に向かう機内でちらし寿司をいただいたことがあった。その後「空弁」が登場すると共に普通席での供食サービスはなくなったが、それ以来の「機内食」だ。ご飯などは温かく、そうめんなどは冷たい。当たり前のことかもしれないが、それが嬉しい。窓から地上を窺うと、ちょうど鳥取の中海が見えた。一反木綿が飛んでいる姿までは見えなかったが。





その後、朝鮮半島を越えると飛行機は着陸態勢に入り、3時間余りのフライトで大連周水子国際空港に到着した。荷物を預けなかったのでスムースに入国カウンターに向かい、手続きを受ける。パスポートの写真と顔を見比べられている際に微笑みかけてみるが、厳しい表情は変わらない。まあ、彼らが仕事をする上でそうした態度は必須なのだろう。



そんなこんなで、初めて海外の大地に足を踏み入れた。煤けたにおいがするというのが第一印象だった。すぐに市内に向かうためのバスを探すが、どこから乗るのかさっぱりわからない。タクシーの運転手さんに声を掛けられるが、はじめはバスで行こうと思っていたので丁重に断った。しばらく歩くとガイドブックに載っていたチケット売り場が見えてきて、チケットを購入し脇に止まっていたマイクロバスに乗り込んだ。

走り出したバスはすぐに幅の広い道路に入り、スピードを上げて行った。が、運転手さんはさかんにクラクションを鳴らしている。一人で乗る不安に加え、「大丈夫か…」という不安が加わり、足元に力が入った。道路の幅が狭まると共に周りの建物が密集してきて、市内に入ったことを実感した。だが、どこで降りればいいのかがわからなかった。同乗していた方が運転手さんに声を掛けると間もなく大連駅近くに停車し、そこで一緒に降りた。それからは地図を頼りにホテルまで歩いた。



思ったよりもスムースに、大連の宿泊先である大連賓館に着いた。が、日本語のホームページがあったからか多少の日本語は通じると思っていたのだが、やっと片言の会話が通じる程度で、一気に不安モードに陥った。それでもチェックインを済ませ、部屋に入る。館内は薄暗く、クラシックホテルというか単に古いホテルというか、そんな感じだった。荷物を置き一息つくと、さっき感じた不安が大きくなっていくのを感じた。このまま今日はホテルで過ごそうかという気持ちになりかけたところで、あえてその気持ちを絶ち切り、外へ出た。



ホテルを出て、すぐ目の前にある中山広場を抜け、市内に向かうことにした。広場では親子連れが鳩と戯れていた。その様子を見て、「日本も中国も変わらないじゃないか」と思いこみ、踏み込む足に力を込めた。そのまま当てもなく歩いていると、労働公園という場所に着いた。寒い中ではあったが、多くの人が集まり思い思いに楽しんでいた。見上げた先にテレビ塔を見つけ、そこを目指して歩いてみた。で、リフトと展望台入場のセット券を購入し、リフトに乗った。





寒空の下で1人でリフトに乗るのは、寒くて寂しいものだが、そこに言葉の通じない異国の地であることが加わり、全身が緊張に包まれた。大丈夫かと思いながら頂上に向かう時間は、所要時間以上の長さだった。頂上に着いたが人影はまばらで、そのままテレビ塔に向かった。受付でチケットを見せると、受付の女の子がエレベーターを操作し展望台まで案内してくれた。日が沈む少し前の空は美しく、しばしその景色を眺めていた。その間、女の子は鏡を見たりしていたが、素朴な笑顔が魅力的だった。





再びリフトで麓に戻るが、往きよりも怖いかと思いつつそうでもなかった。繁華街をフラフラと歩くが、夕食を食べる店がなかなか見つからない。立派なお店に入るとボリュームが多すぎてしまうという思いが強く働き、そういうところを避けていた。結局、地元の人が集うようなラーメン店に入り、牛肉入り垃面をいただいた。パクチーではなく香菜(チャンツァイ)が気になったが、おいしくいただいた。





そろそろ疲れがピークに達したところでホテルに戻り、早々に眠ってしまった。
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My first trip abroad Vol.0 旅に出るまで

2011-12-31 17:06:41 | 旅する
先日、初めての海外旅行に出かけた。年内にそのことについて書いておきたい。

海外に行く機会はなかった。けれどもその機会をつくることはいくらでもできたのだろう。実際に行きたいと思ったところも数か所ある。それでも旅先が国内ばかりだったのは、旅費と言葉の問題もあるが、国内の方が魅力的だったということに尽きる。

今年の夏、電力ピーク調整のために土日出勤、木金休みとなった際に、「せっかくだからパスポートを作ってみよう」と思い、実際に作った。その時はまだ「すぐに海外に行きたい」と思うことはなかった。

その後、10月になりビックサイトで開催された「旅博」を訪れ、海外旅行に興味を持ちはじめ、一気に計画まで…というものでもなかった。既にBoeing787に乗ることを目的に岡山から四国に渡る旅の計画は決まっていて、それとは別の時期に海外にと思っていたが、旅費の都合で短い期間の旅にすることとしたため、同じ週に海外と国内に行くことにした。

で、行き先に挙げたのは、北欧、オーストリア、ベトナム、韓国、そして中国。突然行くことにしたためあまり旅費がかからない方がいい。で、北欧は物価が高く、オーストリアも期間が長くなってしまうということで、アジアに絞られた。さらに、ベトナムと韓国は食べ物が合わないかなとの不安から、中国となった。

さて、中国と言っても広い。上海の外灘や黄山なども考えたが、古い建物が残る大連と首都北京に行くことにした。2都市としたのは、いつもの欲張り癖のせいである。

中国との行き帰りはいつものANAでというのは決めていたが、大連から北京への移動は列車か飛行機か考えたが、中国語もわからないまま長距離列車に乗るのはあまりにもハードだと思い、飛行機を選んだ。ただ、ANAとのコードシェア便などはなく、エアチャイナ(中国国際航空)の日本語ホームページから予約を入れた。

その前に、ANAの予約にてこずった。マイレージクラブに登録した名前とパスポートの名前が違っていて、予約が入れられないことが分かった。早速メールで問合せ手続きをしたが、当初案内されたよりも短い期間で再発行してもらえてよかった。

そんなこんなで予約を済ませ、次は宿泊先の予約をした。大連を目的地とした時点で、クラシックホテルとして知られている大連賓館にしようと決めていたが、北京についてはノープランだった。「地球の歩き方」を見ながら日本語が通じる比較的大きなホテルを探してみたのだが、ふとあるページに、胡同の中にある四合院を改装したホテルというのが気になり、そこのオーナーが日本語を話せると知り、そのホテル、小院客桟に予約を入れた。

その後、中国語のテキストを買い通勤途中で読んだりしたが、結論から言うと全く身につかず、旅行当日を迎えた。
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世界の旅、日本の旅

2011-10-02 19:56:34 | 旅する
一昨日、昨日と遊び疲れた…ということもあったが、空を見上げたら出かける気持ちになれなかったという方がいいだろうか。ともかく、今日はあまり行動的になれず、衣替えやらをちょぼちょぼやっていた。

さて、昨日は東京ビックサイトで開催されていた「旅博」に遊びに行った。たまたまサイトを見かけて興味を持ったのだが、それは、先日当てもなくパスポートを作ったことが影響している。そう、今一度「初めての海外旅行先」を考えてみようという気持ちからだった。

前もってセブンイレブンで入場券を買っておいた分、入場はスムーズだった。会場に入るとすぐに、成田空港ブースでパスポートを作る企画が行われていた。この企画も前もってサイトで確認していた。そして、楽しみにもしていた。パスポートはスタンプラリーの台紙を兼ねていて、一定のスタンプを集めるとプレゼントがもらえるという企画だった。混雑から入場を一時停止していたのだが、その間もお客さんがたくさん集まり入場口からのメイン通路を塞ぐに至っても、スタッフはあたふたするばかりで、「先に会場を回り、受付時間になったら来て下さい」と声を掛けるものの、僕を含めその言葉に信ぴょう性がないと思ったお客さんたちは、受付近くから離れることはなかった。気を遣って動線から外れた所で待っていたのだが、小一時間が過ぎ受付が再開されると、その動線を塞いでいた人たちから列を作り出すのを目の当たりにしながら、スタッフの段取りの悪さと柔軟性の無さを可哀そうに思った。

ただ、会場内に入るとそんな思いは消え去り、スタンプラリーに興じていた。



スターアライアンスのブースで開催されていたスタンプラリーにも参加したが、両方をいかに効率的に回るかにばかり集中してしまい、余裕がなくなっていた。そんなとき、ペルーのブースで民族衣装を纏った女の子たちの華やかさが気になり視線を向けると笑顔が返ってきたので、それに甘えてシャッターを切った。

さて、このイベントでは海外だけでなく国内の観光についても紹介されていた。





特に沖縄のブースは大きなスペースとなっていて、中央には美ら海水族館の生物たちが訪れていた。ブルーのクラゲに魅せられ、またハリセンボン(?)の気まぐれに笑わされた。





一方、各地のゆるキャラも集合していた。ひこにゃんやせんとくんはメジャーの域に達しているが、見慣れないキャラもいた。



この「うずめちゃん」は宮崎県高千穂町のキャラクターで、「ひむか神話街道」というサイトを見ると「日本神話の女神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)がモチーフで…」との記述があったが、こうして来場者が検索をするのも彼女が訪れた効果なのだろう。

あれこれ見て楽しかったが、さて、「初めての海外旅行はどこに行くか」という問いに対する答えは見つからなかった。いや、見つかりそうだが、興味が広がりすぎて絞り込めなくなってしまった。
そしてこのイベントについては、さまざまな魅力的な素材が集まったにも拘らず、それをうまく料理しきれていない印象を持った。

多分来年もまた同様のスタイルで、多少のアジャストをしながら開催されるのだろう。その時までに一度は海外旅行に行くことができたら、それはここで答えを見つけることができたということになるのかな…って、全くかすりもしなかった場所に行ったら別だが。
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2011-08-17 21:13:09 | 旅する
八戸を行き先に選んだのは、先日横浜トリエンナーレで『八戸レビュウ』という展示を観たことがそのきっかけの一つとなった。展示で紹介されている一人ひとりが魅力的で、またその一人ひとりを紹介する文の温かさが





行きは新幹線の指定席を確保することができた。着いてからのことをあまり考えていなかったため、朝3の列車を選んだ。着いてからすぐに十和田湖に向かおうと思ったのは車中でだった。そうすれば、2日目にゆっくり市内を回ることができると考えてのことだった。

八戸駅に着いてすぐ、駅に隣接したホテルに手荷物を預けた後にバスに乗った。それほど混雑していなかったのは楽ではあるが、観光シーズンにしては寂しい気もした。ただ、バスは本数も少なく、また時間も制約が多い。

約2時間バスに乗り、奥入瀬渓流の途中、石ヶ戸というバス停で降りて少し散策することにした。
穏やかな流れはやがて険しくなり、さらに歩を進めるごとに様相を変えていく。その変化が楽しく、暑い中でも足が進んだ。







途中の橋の上から川面を眺めると、花を付けた藻が揺れていた。その涼やかな景色に救われ、さらに歩を進めた。



ただ、涼しさをじかに感じるには荒々しい流れの方がいい。岩にぶつかった水がしぶきとなり、辺りの空気を冷やしていく。そこにはマイナスイオンが漂っているのだろう。「気持ちいい」と心の中で叫んでみた。





再びバスに乗り、十和田湖畔の休屋という場所に向かった。



十和田湖は…いや、湖はなんとなく怖い。山に囲まれた空間に、広くそして深い水たまりがあるというイメージが恐怖心に結び付く。遊覧船に乗るのも気が引けた。だが、時間的に乗ることができなかったため、残念なのとほっとしたのとで複雑な気持ちを抱えながら、もうひとつの見どころである乙女の像に向かった。



あまりにも有名な像だが、高村光太郎作ということを失念していた。あまりにも有名な像でイメージばかり先行していたが、いざ実物を目の当たりにすると、その自然の中に溶け込んでいるようで、それでいて強烈な存在感に「美しい」という気持ちしか湧かなかった。紅葉の中で、また雪景色の中でもその美しさを鑑賞したい。

八戸に戻り、中心街へと向かった。八戸駅は中心街から離れていることは知ってはいたものの、それほどではないだろうと高をくくっていたのだが、バスで20分強もかかった。

店を選ぶのも難しいと思っていたところ、ピンク色の提灯に照らされた着物姿の女の子に誘われて居酒屋に入った。中には先客が数名、静かに酒を楽しんでいた。せっかくだからといろいろ尋ねてみると、そこから先客を交え会話が弾んだ。後から来たお客さんは甲子園に出場している光星学園のOBだということで、プチエピソードを伺った。お客さんも店の女の子も、地元のみなさんはお墓参りを気にされていた。お盆休みはそのためにあるのだなあと再確認した。



その後、みろく横町という屋台街にあるこの店の姉妹店に行った話は既に書いた通りだ。


翌朝は列車に乗って数駅先の陸奥湊というところに向かった。



車窓から見える空がきれいで、窓を開けてディーゼルエンジンの音をBGMにぼんやり眺めているうちに駅に着いた。古めかしい建物の中も古めかしかったが、中には活気があった。最近テレビで紹介されたのも理由だというが、僕はそのテレビを知らない。



道沿いには自家用車が何台も止まっていたが、僕は移動手段が列車とバスだったので朝食にビールをプラスした。一人だと食べきれない量なのであれこれ買い求めることはしなかったが、家族連れで何種類も買って分け合うのが楽しそうだ。



食事を終え、近くにある館鼻公園に向かった。坂道を登る間、こんな店(?)を見て楽しんだりしたが、ビールを飲んだ時にもう一つの移動手段である「徒歩」を忘れていた… まあ、楽しめたんだからいいじゃないか。

で、館鼻公園に着いた。ここに来た理由が、八戸に来た理由の一つでもある。





以前ハマったドラマ『青い鳥』にこの公園が登場した。八戸が登場する回は温かく、またスリリングな展開が印象的だった。その後、特に印象に残っている階段まで行き、そしてアパートを探したが見つからなかった。



いい年して何しているんだろうと自分でも思うが、だいぶ時間は経ってしまったものの一度は来てみたかった。ついさっきDVDを見てみたが、行く前に見ておけばよかった…

さて、八戸で有名な場所といえば、ウミネコの飛来地「蕪島」だろう。すぐ近くの鮫駅まで歩き、さらに島を目指して歩いた。ここらで一服したいというところでたどり着いたのだが、とりあえず階段を上った。「注意!うみねこバクダン」という標識に首を竦めながら歩いたものの肝心のウミネコは留守のようで、物足りなさを抱えて次へと向かった。



そのまま海岸沿いにバスに乗った。路線図を見ながら「ここからなら歩いて行ける」と思いバスを降り、海水浴場の脇を歩いた。ところが、頭で描いた以上に距離がある上に、湿気を帯びた熱い空気が地面から上がって来て僕を包み込む。「もう歩きたくない」と何度か思ったが、その時点でもう後に戻る選択肢はなかった。



そうしているうちに目の前が開けてきた。ようやく目的地の種差海岸に到着した。歩いてきた間の不快感が一気に吹き飛んだ。さて、遅い食事を取ろうと思い、その前にバスの時刻を確認すると、食事を取っている場合ではなかった。中途半端な時間をバス停で費やしたのち、再びバスに乗った。

車中、前日に行けなかった十和田市現代美術館のことを思い出した。「もしかしたらこれから行けるかな」と調べてみると、行って帰ってくることが可能だった。で、中心街でバスを乗り継ぎ、駅に向かった。


前日の車中から外観の魅力は伝わってきた。だが、現物を観ることに勝るものはない。バスを降りて目の前にあるトイレに入ると、誰かに覗かれているようだった。



屋外にも作品が飾られ、鑑賞に来られた方々だけでなく、近所に住む人たちにも愛されているようだ。





往復にかかる時間の半分しか鑑賞に充てられなかったが、なかなか見ごたえのある美術館だ。メインストリートの広さにゆとりが感じられる、魅力的な町だった。

再び中心街に戻り、きっかけとなった『八戸レビュウ』に繋がる施設「はっち」に向かった。中心市街地は他の街と同じように空洞化が進んでいる。店には活気があるものの空き地や空き店舗が目立つ。




そんな中で、中心市街地に人々の活気を取り戻そうといった目的で作られたのが「はっち」だそうだ。施設内のカフェや事務所などでいろいろお話を伺った。みなさんこの事業を成功させ、中心市街地が人で溢れるようにと願っている。その言葉には郷土愛がちりばめられていた。





展示されたものだけでなく、そこで働く人たちが魅力的で、また来たくなる。そう、4階にはチャレンジ起業を応援するブース式の店舗が用意されていた。こういうのも大事だし、それを育てていこうという八戸市の取り組みは面白い。




3日目となる昨日はひたすら移動をしていた。ただ、途中の平泉で観光をしていこうと思っていたのだが、雲行きが悪くそのまま一ノ関に向かった。ところが、一ノ関に着くとすぐに仙台行きに乗る気分になれず、途中下車した。観光案内の窓口で1〜2時間で回れるところはないかと尋ねたところ、ちょうどそんな内容のチラシをくれた。そして、有名なジャズ喫茶を薦められた。

はじめに寄った武家屋敷で案内をしていた方に、この街の現状について少し話を伺った。確かに、新幹線が止まる駅にしては寂しい感じがする。そんな話を聞いた後に、薦められたジャズ喫茶に向かった。



店内は薄暗く、狭い通路を荷物を抱えて席に着いた。暑かったのでアイスコーヒーを注文すると、おつまみやらスナックやらが付いてきた。で、付いてきた伝票を見て納得した。
店の名は「ベイジー」といい、渡辺貞夫さんや日野皓正さんも演奏に来られるそうだ。後で調べてみると、全国のジャズファンが訪れる「聖地」のようなところらしい。



遅くなった昼食を駅前の食堂でいただいた。このソースかつ丼が名物だそうで、確かにうまかった。店内には芸能人らのサインが並べられていた。中でも気になったのが、詩人の谷川俊太郎さんのサインだった。


慌ただしい旅も終り、帰りの電車でぼんやりと考えていた。同じ東北に行くならボランティア活動でもしに行けば良かったのだろうが、行った意味はあったと思う。確かにまだ復旧作業が必要な場面もあるが、復興に向けて元気を取り戻すことも必要だ。次こそは現地に行くだけでなく、何か動くことができたらと思い、それを次のテーマに掲げよう。
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旅って…

2011-04-25 23:55:14 | 旅する

東京ミッドタウンに行ったのは、『日本のデザイン2011』という展示を見たかったからだった。

この展示会のことを知ったのは、森本千絵さんのTwitterをフォローしていたからだ。だが、見たいと思った決定的な理由は「旅」がテーマだったからで、3人のデザイナーがそれぞれ旅をして、そこで出会った人や物を展示していくという企画がおもしろいと思ったからだ。

だが、正直なところ、「どれだけの展示なのだろうか」とか、「30分くらいで見れるのかな」とか思っていた。で、見始めるとおもしろくて、多少疲れを感じながらも1時間30分くらいかけて展示を楽しんだ。

思った以上に時間がかかったのは、読ませるパネルもあったからだが、それも含めおもしろかった。そう、『鶴瓶の家族に乾杯』のように、出会いが出会いを繋げていく様子を、写真や文章により綴っていく展示に、心が満腹になった。

今、日本には自粛ムードが漂っていると言われている。僕はそうは思わないが、むしろ自分も含め収入減を心配し支出の引き締めにかかっているという面が大きいのだと思う。そんな中、改めて『金は天下の回りもの』という言葉を思い浮かべる。

お金を使って誰かに会いに行く。誰かは特定の誰かでもいいし、見ず知らずの誰かでもいい。そうしてお金は回っていく。人々の笑顔もつながる。そんな素敵なお金の使い方を、今敢えてしてみたい。旅って、そんなたいそうなものじゃないかもしれないけど、案外そんなもんかもしれない。

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万華鏡

2011-03-10 15:36:15 | 旅する
奈良、今井町の町並みを楽しんだ後、カフェでコーヒーとチーズケーキをいただきながら、しばしまったりしている。

だるまストーブと火鉢に暖められてはいるが、天井が高く、コンクリート打ちっ放しの床と隙間のある壁ではこの寒さに耐えられない。だが、コーヒーは体の中から暖めてくれた。

席の脇に万華鏡が置かれていた。試しにストーブを覗いてみたら、少し暖まった。そろそろ次に行こう。
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