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こずえの遊び日記

行ってきました  175の35

2015-11-30 | Weblog
宮本町蔵広場は、中は無料で公開され、展示されていました  話は、富岡製糸場に戻りますが、世界遺産文化遺産に認定されたのは、富岡製糸場と絹産業遺産群で、富岡製糸場の他に、下仁田町にある、岩の隙間から噴き出す冷風を活かして、蚕の卵を貯蔵した荒船風穴 藤岡市にある、通風と温度管理調和した‘清温育’という飼育法を教えた場 高山社 伊勢崎市にある、通風を重視した蚕の飼育方法の清涼育を大成した田島弥平の住居兼蚕室の田島弥平旧宅です  
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行ってきました  175の34

2015-11-30 | Weblog
小澤家を出て、駅まで歩いていると、宮本町蔵広場 1914年に建築された蔵は、平成の始めまで商家の倉庫として使われていました。平成15年に市に寄付され、平成21年に蔵の修復と広場を設けました 
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行ってきました  175の33

2015-11-30 | Weblog
富岡製糸場を13時過ぎに出て、お腹もすいたので、「小澤家」という夜はお寿司屋さんへ ランチは、おっきりこみとご飯のセット おっきりこみ 群馬県や埼玉の秩父地方で郷土料理で、煮ぼうとうとも呼ばれます 麺は小麦粉で幅広くて麺を打つ水はうどんより少なめで、西毛地方〔群馬県の西側の高崎市や藤岡市・富岡市や安中市・下仁田町など〕は味噌ベース、東毛地方は、醤油ベースの味付けで、根菜が入ってます 店のテレビでは、タイミング良く、大河ドラマの花燃ゆが放送され、おっきりこみがでてました 体が温まって美味しかった 
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行ってきました  175の32

2015-11-30 | Weblog
富岡市のイメージキャラクター お富ちゃん 10月3日生まれ。ずっと14歳〔富岡製糸場創業140周年の平成24年に誕生〕 特技は座繰りと散歩で、好きな食べ物は、おきりこみと、こしね汁という郷土料理とどどめという桑の実 
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行ってきました  175の31

2015-11-30 | Weblog
繭から糸を取るには、繭を丸ごと茹で、ほぐれてきた糸を撚りあわせる。茹でる前に羽化した繭は、短く切断されている為、紡績には向かないそうです。お蚕は飼育するので、家畜と同じと考えられ、数え方は、1頭・2頭と数えます 生糸として使えない糸は、化粧品などにも使われ、絹を取った後の蛹は、熱で死んでいるが、鯉や鶏、豚の飼料に使われたり、さなぎ粉と言って魚の餌になっています。日本の一地域やアジアでは、蛹を佃煮で食べる地域もあります。黄色い繭を作る、ぐんま黄金〔こがね〕という品種の繭もあるそうです 
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行ってきました  175の30

2015-11-30 | Weblog
お蚕とは 中国では、4500年以上も前から飼育され、シルクロードを通って、絹織物製品を輸出され、ローマでは、金と同量で交換されたそうです。日本には1800年前には伝えられ、鎖国で入ってこなくなると、養蚕が盛んになり、400種もの蚕の品種があるそうです 養蚕農家は、桑の葉を育て、和名 カイコガ。 卵から孵化したカイコは桑の葉を餌にして、約3ミリの体長で幼虫。皮膚は大きくならないので、皮膚を脱ぎ捨てる脱皮という行為を4回して、成虫になります。4眠4脱皮で5歳の年齢と数えます。脱皮するまでに新しい皮膚ができるまで、上半身を上げて、餌を食べずに待つのが寝ている様に見えるので、眠と呼ばれます。5歳の年齢になると、糸を吐き始め、繭を作り始め、桑の葉を成虫になるまで食べなくなり、繭を作り終えると繭の中に蛹〔さなぎ〕になり、約10日後に、繭糸と繭糸の間から頭を出し、30分で出てきます。成虫は白いです。繭から出てきてから1時間後に求愛し、相手をみつけて交尾し、交尾後数時間後には産卵し、約500粒の卵を3日間で産卵すると力尽きて亡くなります 卵の状態から亡くなるまでの寿命は50日、お蚕さんは約2週間。成虫になるまで25gの桑の葉を食べますが、どんなに空腹でも30センチ以上桑の葉が離れていると食べられないそうです  
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行ってきました  175の29

2015-11-30 | Weblog
揚げ返しです 小粋に巻き取られた生糸を、荷造り、取り扱いに便利な様に、大枠に巻き取ります。揚げ返しの後は、体裁を整え、生糸は大枠から外し、1つのまとまりにします。1つのまとまりを綛〔かせ〕と言い、1綛の重さを210gにし、24綛を1括〔かつ〕と言い、1括は約5kg、6括を1ケース 約30kgを出荷します 
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行ってきました  175の28

2015-11-30 | Weblog
フランス式の操糸器 糸の撚り方方法で、フランス式とイタリア式があります フランス式 共撚り式と言われ、集緒した2筋の糸を絡ませて、糸の張り方を均衡にさせ、抱き合わせる様に操糸する方法。イタリア式 ケンネル式とも言われ、数本に引き出した繭糸を1つの穴に集緒器に透して、数本を合わせて1筋の糸にし、その糸を鼓車を通過させて、1本の糸にします フランス式の方が糸の張り方が均衡でないと糸が切れてしまい、操作が難しくて生産性も悪いと言われ、煮操兼業か分業か、揚げ返し場があるかないか、フランス式かイタリア式かの論争が、70年も続いたそうです 
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行ってきました  175の27

2015-11-30 | Weblog
フランス式操糸器 動力に蒸気機関を用いて、小粋を自動回転させて、作業効率を上げ、操糸方法も西洋の撚り掛け方式〔共撚り方式・ともより方式〕を採用したことで、生糸の品質が高く保たれる様になりました 明治42〔1909〕年には、日本の生糸輸出量は、世界一になりました 
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行ってきました  175の26

2015-11-30 | Weblog
座繰り 実際に、糸とりの体験もできます 繭を煮ているので、匂いが気になりました 明治政府は、経済を良くして国力を上げ、軍隊を強くする富国強兵の政策で、西洋に対等な立場の国を目指すための資金源として、当時 生糸の大量輸出国だった清国が、アヘン戦争で生糸の生産が減っていて、ヨーロッパも蚕の伝染病が流行り、繭や生糸、蚕の卵まで不足していたのもあり、生糸の輸出に力を注ぎました 
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