住職日記

光善寺の住職ken-shinが、光善寺での日ぐらしや思いを気ままに綴ります。

兄貴

2009-10-29 10:59:05 | 日記
27日は同じ温泉津組内のS寺さまの報恩講に
お参りしました。
S寺さまの報恩講にお参りすると、光善寺の報恩講が近づいたなあ
といつも思います。
このS寺さま御住職には普段から公私にわたりお世話になっており
私にとって温泉津組の中の、いや人生の「兄貴」的存在です。
温泉津組の中では、年齢的にいうと、私のすぐ上にあたります。
6年前に父が亡くなってからというもの、寺院運営や教化活動に関して
わからないことだらけであった私をいつも気にかけて下さっていました。
そしてまた、私のお手本でもあるのです。

そんなS寺さまの報恩講は、20名近くのご院家さん方がお参りになって
賑やかにお勤まりになりました。
その日お勤めした「無量寿経作法」の中に、一番はじめに一人で読む役があるのですが
「今日は若手で、光善寺さんにやってもらいましょう」
とにこやかにお願いされてしまいました。
しかし、大きなS寺さまの本堂のお内陣に私の声が響いたとき
お内陣に出勤させていただいている身の有難さを感じました。

さていよいよ光善寺の報恩講も迫って来ました。
準備に本腰を入れようと思います!


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大量虐殺

2009-10-26 05:26:34 | 日記
さて、この画像は何の変哲のないワンカップのビン。
この中にはいったい何が入っていると思いますか?
この時期とこのビンでピンときた方もいらっしゃるでしょうが
この中にはある虫が詰まっているのです。
この4・5日は日中とても暖かく、カメムシ(クサギカメムシ)が
大量に発生しているのです。
それを家人が一匹ずつ割りばしでつまんでは、この洗剤を混ぜてある液体の入った
ワンカップのビンの中に入れて行くのです。
特に山間部にお参りに行くと、よくビンやペットボトルに入った
大量のカメムシに会うことができます。

カメムシにしてみればいい迷惑ですよね。
何せ、あのにおいを出す前から殺されてしまうのですから。
人間の都合というものは恐ろしいものですね。

これはうちだけなのかもしれませんが、うちではカメムシのことをよく
「ベッピンサン」と呼んでいました。
こう呼びながら触ると、喜んであのにおいを出さないのだと聞きました。
他には「エエニョウボー」という言い方も聞いたことがあります(同じ意味で)。
江津の西の方では「ホウムシ」とも。
たくさんの言い方があるのは、それだけ私たちの生活になじみ深い
生き物だからでしょうか。
あと、カメムシが秋にたくさん出ると、その冬は大雪になるという言い方も
聞いたことがありますよ。

ちなみにワンカップの中はこのような感じです。
虫が苦手な方は見ない方が…。


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火葬

2009-10-23 21:22:14 | 日記
今日は昨日の前坊守様のお葬式でした。
葬儀後、出棺、そして火葬。
江津市の火葬場はとても古く、老朽化が進んでいます。
そのため、もうじき、建て替わる予定です。

私はこの古い火葬場があまり好きではありませんでした。
棺をみんなで抱えたり押したり。
待合室なんかは少ししかなく、トイレすら従業員用を
使うのです。
そしてなんか、暗くって、もの悲しい空間だなあと
いつも思っていました。

しかし、最近思うのです。
このお世辞にもきれいとは言えない空間で、
みんなの手をかけて荼毘にふすというやり方は
別れの場としてはとても良いのではないかと。
みんなでお別れをしているという意識をすごく感じるのです。
全自動のきれいな火葬場もよいかもしれませんが、
そこには参列者が入る余地は少なくなっています。

こうして人の手をかけてお別れをしていく中で
死別という現実を受け入れて行く準備をしているのかなと思います。
そういう意味で、今ではこの建物もいいなと思っています。
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70年の重み

2009-10-22 21:04:45 | 日記
今日は、親戚のE寺さまの前坊守様のお通夜でした。
私の祖母がE寺様から嫁いでいます。
つまり、私の祖母の弟嫁に当たる方です。
昭和14年に嫁いでこられ以来70年、
前住職様と本堂の再建、鐘楼の再建、庫裏の改装、
そして、ご門徒をはじめとして、地区の方々への教化活動。
本当にE寺さまのために生きてこられました。
たくさんのお弔問の方々や
御親戚の方々との思い出話の中で、
今夜のお通夜は、その70年分の重みの詰まった
お通夜であったという気がします。

私の通夜や葬儀のときにはみんな何て言ってくれるだろうか…。
そんなことを考えた、お通夜でした。
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また会える

2009-10-20 21:09:12 | 日記
今日はお通夜でした。
57歳。3年間の癌の闘病の末、亡くなられました。
たくさんの方々のお見送りの中のお通夜で
また会える世界があるというご法話をさせていただきました。
死別という別れが悲しいのは、この世界でもう2度と
会うことができないとわかっているからです。
しかし、阿弥陀さまのはたらきで仏さまにならせていただくということは
お浄土という世界で、お互いまた会えるということなのです。
お浄土は行ったことがありません。
しかし、明日という日は誰も経験したことがないにもかかわらず
皆、明日に向かって予定をたて、生きています。
明日、あの人に会おうという予定を。
それは、昨日を過ごしたという経験から
明日という世界を実感しているのです。
お浄土も、お聴聞を重ねる中に
様々なご縁を重ねる中に
お浄土という世界を感じていけるのでしょう。

それが、また会える世界なのです。
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