以前スタックスレコードの話をしましたが、
今回は60〜70年代スタックスと人気を二分した重要なスタジオ、
マッスルショールズの話を。
マッスルショールズのフェイム・スタジオは、
メンフィスよりさらに南にあるアラバマ州にあります。
シェールの『3614 Jackson Highway 』というアルバムのジャケットに
そのマッスルショールズ・サウンド・スタジオの前で撮った関係者の集合写真があるのですが、
本当に何もない、だだ広っろい敷地にポツンと立っているスタジオのようです。
このアルバムはスタジオ設立第1弾として発表されたもの。
話がややこしいのですが、つまりこのマッスルショールズ・サウンド・スタジオは、
リック・ホールのフェイム・スタジオから独立して作られたものなんですね。
フェイムで雇われてたスタジオミュージシャン達が自分達の為に、
より良い仕事をやる為に、スタジオを作り1969年に独立をしたと。
スタジオは場所がリックのフェイムの隣町で、スタジオの名前を
”マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ”とそのまま頂いたと。
フェイムの社長リック・ホールの怒りの凄まじさはそうとうなものだったとか。
まぁ〜裏でウィクスラー爺が入れ知恵でそそのかし、
独立させたなんて噂もあるほどで・・・なんてヤツ(笑)
「それでえ〜んじゃ!」
どこでも揉めるウェクスラー爺ほっといて(笑)
なので、マッスルショールズ・サウンド・スタジオは、
アトランティックのアーティストがレコーディングを演り始めたスタジオとは違うわけです。
それはフェイムスタジオ。
まぁーどちらもすごい田舎には違いないと思われますが。
田舎と言えば、かのソウルクイーン"アレサ・フランクリン"は、
マッスルが余りの田舎、馴染めない南部ミュージシャン達のジョークに嫌気がさし
『も〜ニューヨークへ帰る!』と、さぞご立腹だったとか。
"問題児"ウィルソン・ピケットもマッスルショールズのレコーディングの際、
飛行機でその地に降り立った時
『おいおい冗談だろ!こんな場所にオレを下ろす気かよ』と愕然としたと言う。
しかし運命というのは凄いもので、
このブーブーと不満だらけだったピケットとアレサは、
このマッスルショールズ録音から次々とヒット曲を連発し、
大成功を収めるわけなんだな。
アレレ〜?和やかな感じじゃん!
マッスルは1965年のパーシー・スレッジの
”When A Man Love A Woman"(男が女を愛する時)の大ヒットにより注目される
わけなんですが、実はあのレコード、MIXがミステイクのやつがレコードになったんだよ。
まぁ〜売れたからいいかぁ〜みたいな結果だったそうですが(笑)
トランペットがデカ過ぎとかで、ウェクスラーはさぞ焦ったそうな。
前回スタックスの話で、ジム・スチュワートは他社のアーティストとのレコーディングを
禁止したという話をしましたが、それでアトランティックのジェリーウェクスラーは
南部レコーディング対策として、マッスルショールズに目を付けたんですね。
全く目ざといヤツですなぁ〜(笑)
「だからそれでえ〜んじゃ!」
やっぱりほっとけないですね、ウェクスラー爺(笑)
がしかし、そこは音楽に対し恐るべき嗅覚を持つ男ウェクスラー爺!
そのアレサとピケットの大成功は、彼の天狗っぱなをさらにデカくしたのでした。
この成功を機にクラレンス・カーターを筆頭に、ジョー・テックス、
ベン・E・キング、をマッスルショールズに送り込んだのです。
話ではマッスルも、メンフィスのスタックスやアメリカンスタジオ同様、
とんでもない代物のスタジオらしく、
ここでもきっとニューヨークのトム・ダウドやウェクスラーは
南部ギャップに衝撃を受けたに違いない。
なんかネズミなどが常時ウロチョロしてて、それを見たシェールやルルは
「え〜ゆくしだろっ!」みたいなね。ははは、さすがア・ラ・バ・マ!
それでも”ニューヨークではけして録れないであろう”そのサウンドがあるわけで、
飛行機での移動も何のその、南部録音に全力を注いでたのでしょう。
ウェクスラーあ〜たぁは偉い!
あんたが南部に目をつけなきゃ〜一体僕らはどれだけの素晴らしいレコードが
聴けなかったことでしょうか。
「そっ!わしは偉いのじゃ〜」
またマッスルショールズと言えばR&Bやソウルはもとより、
サザン・ロックやスワンプ・ロック好きにとっても聖地なんですね。
僕の古い友人のスワンプ好きのNさんなんかに言わせれば、
『スワンプにハズレあれど、マッスルショールズにハズレなし!』
という奇妙な座右の銘を持ってるぐらい。
ロジャー・ホーキンス(Dr)、デヴィッド・フッド(Ba)バリー・ バケット(org)
チャーリー・チャルマー(t.SAX)ジミー・ジョンソン(Gt)ピート・カー(Gt)、
そしてシンガーとしても素晴らしいエディ・ヒントン!(Gt)というラインナップ。
とそこにスタックスのメンフィスホーンズ(マーキーズ)のウェイン・ジャクソン(tp)
アンドリュー・ラヴ(T,s)や、他のミュージシャンが入る感じですかね。
当時のロックサイドからのマッスルへのアプローチはホントに凄くてね、
有名なとこでは、まだ”太ももに寝っころがる前”のボズ・スギャグスとか(失礼)
ポール・サイモン、トラフィック、ローリング・ストーンズにロッド・スチュワートと、
挙げるとキリがないほど。特にストーンズは初期にアーサー・アレキサンダーの
「ユー・ベター・ムーヴ・オン」をカバーしてたので、
マディのチェス同様、ここに来たくてたまらなかったことでしょうね。
とにかく、外部のアーティストがここでレコーディングしたいって事で言えば、
スタックスはおろか、どこのスタジオも比較にならないほど人気のスタジオだったのです。
ロックアーティスト側が目標を掲げ、スタジオを選択したという点においてね。
"孤高のSKY DOG"ことオールマン・ブラザースのデュアン・オールマンも
一時期マッスルに所属してまして、
その辺からロックファンの間でもマッスルの知名度が上がったと思われます。
ぼくもキングピンズで名を馳せたジェリー・ジェモットとデュアンが、
マッスルのスタジオでお互い向かい合って演奏してる映像観て感動したっけな。
ジェモット怖っ!
上記のデュアンのSKY DOGというニックネームは、
このスタジオでピケットがデュアンに命名したという話は有名だよね。
デュアンはスタジオ移ってからはマッスルとの付き合いも減っていきます。
オールマン始めちゃったし、あまりアラバマの連中とは気が合わなかったって言ってたもんね。
P「わはは、お前もわしに負けずやかましいのう!」
手前のヒジャヤーギターがボビーウーマック!またまたテレキャスだよん。
僕がマッスルを意識して聴きだしたのは、やはりクラレンス・カーター!
このアルバム何度目の登場だ?
もう当時毎日、朝から晩まで聴きまくり、踊りまくってましたね。
家族に止められるぐらい(笑)
あのね、マッスルやスタックスってね、他の土地でレコーディングしたレコードとは違い、
デッカイ音で聴かなきゃダメなのね。
アンプのヴォリューム鷲づかみでグワッとね。
他のレコードはさ、まぁー小さく聴いててもそれなりにノレるんだよ。
が、南部もんはね、グワッとね。じゃないと気持ち悪ぃ〜のね。
ニューオーリンズのコズモとかね、あの辺もグワッとしなきゃ気持ち悪ぃしょ?
ってわし誰に向かって話しかけてるんやろ(笑)
で、クラレンス・カーターのその声と、そのサウンドのブっとさにやられちゃったわけ。
ホーンセクションを片チャンに振っててさ、2コーラス目から例のうんこ太いホーンの白玉が
バァァ〜って崩れ込んだ日にゃぁ〜あーた!
はっしぇ!もう特殊パッタイさ!
この写真見る限り信じられないね。あのうんこ太い音がここで録れたなんて・・・
このサウンドで決定したもんだよ。ホーンセクションのバンド作るんだ!つーて。
それぐらい衝撃でしたね。
キング・カーティスとカーターのマッスル録音のアルバムは。
実際デュアンもカーターにかなり惚れ込んでて、オールマンで歌わしたかったらしい。
だから個人的には初期のフェイムサウンドが大好きなんだ。
ギターのジミージョンソンやアルバート・ロウは確かに地味なのね。
クロッパーやレジーに比べると。
でもそこはさ、バンドって個人の力だけじゃないからね。
みんなが合わさった時に最高なソウルが生まれるわけだから。
また抜群なのよ、その混ざり具合が。
これまた重くてね、他とは違うマッスルならではの素晴らしさがね。溢れてるんだ。
どっかのインタビューでドラムのロジャー・ホーキンスが出てて、
やはりアル・ジャクソンを凄い研究したらしいんだ。
あのピケットの『イン・ザ・ミッドナイト・アワー』のバックビートの重さは
当時相当な衝撃だったと語ってたよ。
スタックスのオーティスが愛弟子のアーサーコンレイをマッスルに連れて行ったり、
きっとみんな切磋琢磨しながら、お互い刺激し合ってたんでしょうね。
あ〜良いなぁ〜・・・そんな時代にわしも行きたいわい!
そりゃ〜今みたいに"貼り付け"だの"エフェクター"だのを頼りにしてるスタジオじゃ〜
あんなマジックは起きないって。絶対にね。
オーティスとリック・ホールの真剣じらぁ〜
でもオーティスって何かウチナンチュみたくない?
高宮城って感じ!野球部ぐらいにいなかったっけ?
僕にとってマッスルショールズという聖地は、
二つのチーム(スタジオミュージシャンね)1期生・2期生に分かれてて、
初期のフェイムスタジオの白人のセッションチーム(ロジャー等)と、
後期白人黒人混合のセッションチーム(フリーマン・ブラウン(Dr)ジェシー・ボイス(Ba))
がいて、よく聞かれる『フェイム・ギャング』というのは、
たぶん黒人白人の混成の2期生達だと思われる。
サウンドも見た目も、1期生のメンバー達とは大分違います。
2期生のフェイム・ギャングなんか、見るからに悪そぉぉ〜
「Vシネマか!」ってツッコミたくなりまよね(笑)
新しいスタジオを作られて、ミュージシャンが誰もいなくなって慌てたリックさんが
雇ったミュージシャン達なんでしょうかね。
69年ぐらいの時期、この2期生と1期生が微妙に入り乱れてるアルバムもあるので、
この辺はちょっとお互いけん制し合ってたのかもしれませんね。
リックさんが「辞めれるなら辞めてみろ!もう後釜は決まってるんだぜ!」みたいなね。
なので、あくまでもクック的ですが、僕はフェイム・ギャングを1期生2期生と、
勝手に区分けしてる次第なんです。偉いソウル博士の皆様すいやせん。
2期生はフェイム・ギャング名義で作品もリリースしてます。
FAME GANG唯一のアルバム「Solid Gold From Muscle Shoals (1969)」
2期生はもっとパンチがあって全体的に明るい感じというのか、
一期生に比べ、みんなウネウネしててロックな感じ!
JB’sがオドロオドロしくなった感じとでもいうのかな?。
二期生はキャンディ・ステイトンやジョージ・ジャクソン、
スペンサー・ウィギンス、イスラエル・トルバート、素晴らしい作品らを残してますので、
そのサウンドの違いを聴くのも楽しみのひとつですね。
1期生のフェイム・ギャングのアルバムなんてのはないのですが、
もうこれは1期生のアルバムと言っても差し支えないでしょ!
ピケットの「ダンス天国」やアレサの「リスペクト」のサックスプレーでお馴染み
チャーリー・チャールマーがチェスからリリースした「Sax And The Single Girl」
まだ和やかな頃のフェイムスタジオ?笑顔のリックさんが見えます。
実は日本のアーティストもマッスルショールズで録音した人がいるんだよ。
お亡くなりになられた加藤和彦さんね。
76年に発表した「それから先のことは」はマッスル録音です。
マッスルがマイアミに移ってからの録音ですが、しっかりフェイムギャング1期生が参加してます!
細野さんのトロピカル路線を狙ったのか、
淡々とした加藤さんの歌と、フェイムギャングとは思えぬ軽い演奏で、
夏なんかに聴くには持って来いのナイスなアルバムですよ。
南部やソウルを期待する方にはお薦め出来ませんが(笑)
マッスルもスタックよりは長生きするものの、後に倒産に追いやられるのですが、
あのマッスルサウンドは永遠に不滅なのです!
ちょくちょくマッスル関係も、名盤・珍盤・怪盤を紹介して行きたいと思ってます。
楽しみにしててね〜。
じゃあ〜今日の格言!
『スワンプにハズレあれど、マッスルショールズにハズレなし!』
・・・役立たずな格言でしたね〜はは、こんなとこで