戦争を挟んで生きた女性の回顧録

若い方が知らない頃のセピア色に変色した写真とお話をご紹介いたします。

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狐狗狸(こっくり)さんや金神(こんじん)様の呪い

2010-05-09 13:12:43 | Weblog
もうじきに梅雨が来る。私が子供の頃、火の玉が飛んだ・・・とまっちゃんが原眼科の南に住んでいた家に駆け込んできて、私の母に飛びついた頃だ。火の玉が飛んだ家は旧日光街道に入った西側、今の東邦生命の北側の日光街道から北に1軒入った西側、今は跡形もないが、立派な二階建ての二階家の南向きの屋根の上だ。火の玉はゆっくりと西から東へと飛んで消えたという。幼心にも私は火の玉が飛ぶ時は人が死ぬと知っていた。最近は火の玉が飛ぶという話をあまり聞かないが、その頃の流行(はやり)だったのかもしれない。あの頃はこっくりさんというのもはやっていた。他に何の娯楽も無かった戦争中で、姉の行く第一女学校の田舎から来ている生徒から教わったと家に帰ってきてその恐ろしさを聞いた。教えているうちにその友達がこっくりさんにかかってしまい、泣き喚いても憑き物はなかなか離れなかったという。暗示にかかってしまったのだろう。金神様は方位の神様でこちらは母親がその呪いに掛かってしまった。時期的には第一女学校で流行った狐狗狸さんと同じく昭和十八年頃であった。結構うちの庭は広く、東側には大きな小屋が建ち、ブランコや砂場もあったが、戦時中とあって芝生になっていた所にさつまいもを植える事になった。その時に金神様が現われて母にとりついた。此処を掘ってはいけない。ゴミを捨てると神様に祟られる。あっちは駄目、こっちも駄目といわれ、ノイローゼのようになった母を思い出す。母は多分そんな事は知らない。近所のおかみさん連中に吹き込まれて恐ろしくなったのだろう。今思えばその頃の母の年齢は35歳位で、更年期に入る頃だ。更年期のそれはじき納まったが、それ以来、方角を重視するあまり、父や子供達の顰蹙(ひんしゅく)をかうようになった。現在でもこっくりさんやこんじん様はおいでになるらしいが、余りにも多くの神様がおいでになるので目立たないのかもしれない。火の玉の飛ぶのもあまり聞かなくなった。明る過ぎるので薄暗い所をお好みになる神様は出て来難いのかもしれない。
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こっくりさん おかみさん 旧日光街道
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