flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

山中鹿助首塚

2009-10-11 00:00:47 | いにしえびとの睡
(広島県福山市鞆町後地)
 山中鹿之助こと、山中幸盛は天文十四年(1545)出雲国能義郡広瀬村(現島根県安来市)で山中満幸の二男として生まれ、同氏族である尼子氏に仕えていた。
 天正六年(1578)播磨国上月城(兵庫県佐用町)尼子勝久は毛利勢に攻められ自害、尼子氏再興に奔走した幸盛は備中国高梁川阿井の渡し(岡山県高梁市)で吉川元春(毛利元就二男)によって討たれた。そして、鞆の地に毛利輝元を頼ってきた足利義昭と共に幸盛の首実検をし、この地に首塚として葬られた。
 鹿介、二十二歳のときに尼子氏御家再興のために月に祈った「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」は有名である。

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