
(東海道二十四番 静岡県島田市)
まちを歩くと、街道筋は当時の佇まいが思いのほか少ない。むしろ旧東海道筋裏手の道のほうが、比較的古い建物を残している。
越すに越されぬ大井川と言われるように、大井川西のたもとであった金谷宿は、天候によって左右される渡しや西の峠越えなどにより、準備滞在する旅籠が多くあったようである。十六町二十四間(約1.8km)の宿場の中に本陣三軒(トップ写真は柏屋本陣跡)、脇本陣一軒、旅籠五十一軒、その他木賃宿や渡し川合所等があったという。

帰路は宿の東、新金谷駅から大井川鐵道に乗り、たった一駅であったが初めて乗る路線に現役の産業考古学の遺跡を走る如く感覚に包まれた。このときは幼稚園児の遠足であったらしくレトロに未来の園児、何か安泰な未来を予見したように感じた。
(写真は順に1949年大井川線電化時に新製導入されたE10形電気機関車と新金谷駅構内、1958年製元南海高野線特急21000系電車)

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