(佐賀県西松浦郡有田町稗古場)
江戸時代初期に創建した曹洞宗報恩寺の境内には、有田焼創業時の朝鮮人陶工であった深海宗伝の妻、百婆仙の墓碑と、貿易商であった久富與平(子藻)の記念碑があり、「われ死せば屍を海中に投ぜよ。志ならず誠に残念なり。この後、鯨にまたがって七つの海を巡らん」と遺言を残し、船上で亡くなったことにちなみ、鯨を台座にしたものとなっている。また、観音山の断崖に面して、石仏をはじめとする金石文が多数存在している。
(百婆仙の墓碑)
(久富與平の碑)
(辨財天石祠)
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