
(越智郡玉川町 1990年4月18日)
玉川町近代美術館(徳生記念館)観覧の後、父の思い出の地、犬塚池を訪れることにした。
蒼社川沿いの住民の方に場所をお尋ねすると、連れて行っていただけるということで、車に乗り池へ。この方(女性)も子どもの頃は池でよく泳いだという。そして我が父も、この池でよく泳ぎ、樋門の鎖を伝って藻の生える底まで潜ったのだと語った。
池は今治藩主松平定剛の利水政策によって寛政十三年(1801)に起工、文化十四年(1817)に竣工し、昭和13年に改修された貯水量60.9万m3の溜池である。
池の上方、標高281mの佐礼山の頂きに仙遊寺という寺があり、また麓にも栄福寺という寺がある。江戸時代、共に一人の住職によって守られ、そこには一頭の飼い犬があった。その犬は住職のお遣いをするとき、双方の寺で鳴らされた鐘の音によって駆けつける犬であったという。
ある日、住職が留守の間に小僧さんにより双方の鐘が一度に鳴らされた。犬はどちらに行っていいか分からず、間にある池に落ちて溺死したのだという。
付近の住人はこれを哀れんで、池のほとりに塚をつくり供養した、これが犬塚池の名の由来といわれている。

玉川町近代美術館(徳生記念館)観覧の後、父の思い出の地、犬塚池を訪れることにした。
蒼社川沿いの住民の方に場所をお尋ねすると、連れて行っていただけるということで、車に乗り池へ。この方(女性)も子どもの頃は池でよく泳いだという。そして我が父も、この池でよく泳ぎ、樋門の鎖を伝って藻の生える底まで潜ったのだと語った。
池は今治藩主松平定剛の利水政策によって寛政十三年(1801)に起工、文化十四年(1817)に竣工し、昭和13年に改修された貯水量60.9万m3の溜池である。
池の上方、標高281mの佐礼山の頂きに仙遊寺という寺があり、また麓にも栄福寺という寺がある。江戸時代、共に一人の住職によって守られ、そこには一頭の飼い犬があった。その犬は住職のお遣いをするとき、双方の寺で鳴らされた鐘の音によって駆けつける犬であったという。
ある日、住職が留守の間に小僧さんにより双方の鐘が一度に鳴らされた。犬はどちらに行っていいか分からず、間にある池に落ちて溺死したのだという。
付近の住人はこれを哀れんで、池のほとりに塚をつくり供養した、これが犬塚池の名の由来といわれている。


























