
(大糸北線 2005年9月2日)
宮崎海岸から翡翠の街をアピールしている糸魚川に差し掛かる。乗り継ぎする束の間降りてみた。
付近の遺跡や古墳から翡翠の玉等が出土し、玉類の生産地であったことが伺えるが、これを観光の“売り”にしだしたのは最近であろうと感じた。
駅改札前には巨大な勾玉が置かれている。

駅構内、煉瓦造りの車庫の横から大糸線は発車する。
この煉瓦車庫は、大正11年(1922)に築造されたものである。
然し北陸新幹線の建設に伴い、構内の一部を新幹線用地とする必要が出てきたため、この煉瓦車庫を撤去することが検討されている。 
発車時刻となった。
古いディーゼル車一輌、約三時間おきのローカル線は主に北ア方面の観光客を載せ満員であった。
勾配のきつい路線を自転車並の速度で上っていく。
沿う様に流れる姫川は名に似合わず豪快で、護岸や堰のコンクリートを削り、形を著しく変えていた。
以前、土石流によって線路が流出し、長い間不通の時期があったことを思い出す。 
峠の南小谷駅に到着。
ここから電化路線となり特急列車も始まる。そして管轄会社も変わる。よって直通列車は無い。
大町と糸魚川を結ぶ大糸線でありながら、この場所で大きな境目を感じる。
(関連記事:安曇野2007秋)


























koureiさんは渥美半島のお近くにお住まいのようですね。
メロンをお腹一杯食べさせていただき、今日はご機嫌のお帰りでした。
メロンにスイカ、特に野菜は日本一の出荷高だそうです。
高速でぶんぶん飛ばしてきましたわ。
畑や自動車、たくさんありましたでしょ。