しまうま げいぢつ的ブログへようこそ

ようこそ。ここは猫とハムスターと日々の徒然を綴っている、しまうまの愚痴りブログです。

風に吹かれて。

2016-10-17 15:00:44 | 日記

今朝のワイドショーだったかで、ノーベル文学賞を受賞した

ボブ・ディランが未だノーベル賞委員会に連絡をしていない

ようだと、放送されていました。

 

受賞者がこんなに連絡してこないのは前代未聞だそうですね。

 

ボブ・ディランは・・・・興味がないんですかね(笑)。

それか、こう、自分の哲学に反するので困っている、とか。

人の心の深いところは、他人にはわかりませんね。

 

しまうまが初めて『風に吹かれて』を聞いたのは、意外な場面。

20年ぐらい前ですかね、漫画家の故赤塚不二雄さんの売れな

いマンガ家だった青春時代を描いたNHKの夜のドラマのオープ

ニング曲として聞いたのが最初でした。フルコーラスは流れな

かったのですが、出だしの部分がとても心に残って、今でも

覚えています。歌、和訳は宇崎竜童さんでした。

 

どれだけ旅を続ければ

自立できるのか

何度自分を乗り越えれば

優しくなれるのか

その答えは

友達よ

風に吹かれている

風に吹かれている

 

という詩に訳されていました。

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したと報道で見て、

ネットで探して何個かの和訳を読み比べてみました。

もっとロマンチックなものもあったし、文学的なものも

あったし、いろいろだったんですが、やっぱりしまうまは

竜童さんの訳詩が好きですね。

 

なんか、優しい言葉遣いで、こう・・・・・

 

大きな悩みを抱えて、夕暮れの草原で立ち尽くす青年の

細い背中と、少し離れた柵に寄りかかりそれを思いやり

ながら優しくその背中を見つめる、彼の親友。

 

そんな風景がしまうまには浮かんでくるんです。

 

大きなことは言えませんよ、言えないけど、読み手に何らか

の想像なりイメージなりを呼び起こさせる詩を書けた詩人は

幸いだと思うんです。

それこそが、文学や詩の命だと思うんですね。

原文をそのまま聞く英語圏の人も、きっと、しまうま達以上

の感動をビジョンをボブ・ディランの詩から得たんだと思い

ます。それは良い意味にも良くない意味にもセンセーショナ

ルだった。

 

若い頃、ヒットチャートに名前が上るようになったボブ・

ディランはこう言ったそうです。

『僕の書いた詩は、人々を混乱させてしまうようなんだ。

人々を2つに分けてしまった。

僕はただ、詩を書いているだけなのに。』

若い彼はもしかしたら、戸惑い、少し傷ついたりしたんで

しょうね。

 

いま、75歳のボブ・ディランは何をどう思っているんで

しょうね・・・・・・。

 

しまうまは、トロフィー、もらっておいたら?

と軽く思います。

いつか、部屋の片隅にそれを見つけて

『あ、こんなもん、あったね。』

とか思うぐらいでもいいんじゃないかな、とか。

トロフィーの重みがその頃の彼にとって変わっていれば

飾ればいいし。変わっていなければ、そのままにしてお

くのもいいし。

今一番混乱して、答えを探して風に吹かれているのは、

ボブ・ディランですね。

 

何はともあれ、今後の一層のご活躍をお祈りします。

では、また明日です。

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