小梅日記

主として幕末紀州藩の学問所塾頭の妻、川合小梅が明治十八年まで綴った日記を紐解く
できれば旅日記も。

四月二十六日、二十七日

2016-10-11 | 嘉永四年 辛亥日記
四月二十六日 
小梅は味噌をつき、三人の髪を結い、喜多村に行った。
名付け故に来てくれとのことである。
名前は金三郎と申すなり。
主人はあとから来た。小梅は先に帰る。


四月二十七日 
大雨となったが昼過ぎまでは小雨だった。
市川斉・川島春翠らの主催で寿松亭で書画の会がある。
この度は盛んにしようと上方の名筆を集めた。
それを世話人等12人でくじ引きにするという。くじ引き券は8匁ずつ。
しかし、雨なのでわが家では誰も行かないので様子がわからない。
一昨日、天冠を出し、母君は郭公、若葉、名所雪の歌三首作り、小梅は絹へ菊と寿老人を彩色で描き、岩一郎は半切りへ詩を作った。
終日、何事もなし。
酒井省安より手紙がきて狂歌の本を三冊貸してくれる。
それに薬を一服。これは田中善一への歯の薬らしい。
米5升を梅本で借りとよが搗いた。


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