kasaiさんの江戸甲府物語

江戸時代の甲府の様子を庶民の生活を中心につづる。

第136回 慶応4年(3)町方の負担

2016-12-28 11:24:25 | 説明
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strong>慶応4年(3) 町方の負担


 慶応4年(1868年)は明治維新の年で、明治元年と改元されます。第71回と第135回に慶応4年の官軍進駐について書きました。

今回は官軍進駐と甲府町方の関係について書きます。前回と同様に日付はすべて旧暦です

 3月4日に東山道総督府に属する土佐藩300人の一部である150人ほどと賄方として松島藩と高遠藩が到着しました。土佐藩の幹部は柳町の本陣に止宿し,藩兵は一蓮寺に止宿しました。町年寄は土佐藩の幹部から夜具の提供を依頼されています。これにより,古着屋仲間に夜具の提供を命じています。また,松島藩と高遠藩から町年寄に兵糧の提出を依頼されています。坂田日記には,「昼よりの処手当差支候に付,明5日昼1500人前、夕凡そ3000人前兵糧,握飯2つ宛,味噌香の者添え炊き出しの儀市中へ申し付け呉候様」と依頼の内容が記載されています。町年寄は造酒屋に炊き出しを命じています。
このように,官軍側は町民に直接命令を下すのではなく,町年寄りを通じて依頼しています。

 その後,諸藩兵の数が多くなったので必要な夜具の数も多くなり,古着屋仲間からの提出では間に合わなくなりました。3月10に,総町軒別1軒より1枚づつ夜具の提出を町年寄りは命じています。この時,会所を決めておき,この会所へ夜具を集めておくようにしています。

 諸藩兵の兵糧の調達(賄)を町年寄に依頼しています。最初の内は造酒屋に命じていました。造酒屋が所持していた酒用の米を炊き出しに使用していたようです。その後,進駐する藩ごとに賄人が決められるようになり,3月16日の坂田日記には「今日掛川藩170人程・・・着相成り候に付,旅宿教安寺,尊体寺の積り,右賄人魚町与八へ申し付け候様御達に付申し聞かせ候」とあります。この文は主語がありませんが,役所からの達しのようです。
 5月になると甲府進駐の兵隊の人数が多くなります。このため,宿,賄とも町単位で命ぜられるようになりました。5月3日の坂田家日記には「今日信州飯田藩60人余着。止宿賄とも三日町へ仰せつけられ候」とあります。

 夜具の損料と賄量は町年寄りを通じて役所に請求されています。これは支払われているようです。山梨県史第1巻の会計の項には,「鎮撫使在甲中兵食賄代その他品々渡し」として米8261石7斗9合4勺7才,金6万698両が記載されています。ただし,役所が全額支払うとは限らず,5月21日の坂家日記には,「当月6日より15日迄10日の間柳原殿御賄不足分の分金161両余,町内身元相応の者共より出金致候様申し渡され,金高割付書相渡され候」とあります。申し付けたのは町奉行です。不足の分は町方が負担したようです。

 兵糧の量も決められています。
3月10日の坂田家日記には,「兵糧は握り飯2つ,味噌香の者添え」とあります。閏4月3日の坂田日記には「4月15日昼から同17日昼まで合294飯,1日3飯,1人前玄米京2升,金1朱鐚100文宛の積を以て,合玄米1石9斗6升,金6両2朱銭9貫800文」とあります。京2升とは全国共通の京枡2升のことです。玄米1石9斗6升を294飯で割ると,1飯あたり玄米6.6合程になります。6月6日の坂田家日記には諸藩兵食賄料の決まりについて記載があります。これによると,「兵士1人前 金1朱,白米1升」とあり,この範囲で夜具その外風呂迄も賄うとあります。菜廻りも右の範囲でできるだけ賄うとあります。

諸藩兵の宿所は,最初一蓮寺や教安寺のように寺院でした。諸藩兵の数が多くなると,寺院だけでは不足するようになりました。このため,3月12日には柳町の旅籠や魚町の郷宿にも止宿するようになりました。さらに人数が多くなると,町の中に止宿するようになりました。3月23日の坂田日記には,「自分宅へ浜松藩撰兵隊の村小兵衛殿,小林庄太夫殿,賀府左衛門殿外6人,・・・止宿有之候」とあり,町年寄宅まで止宿していたようです。5月3日の坂田家日記には,「信州飯田藩60人余,止宿賄共三日町へ仰せ付けられ候。讃州高須藩300人余着,止宿信立寺,右賄緑町,一蓮寺地内町へ仰せ付けられ候。」とあり,5月4日には,「尾州藩250人余着,止宿賄共西青沼町。・・・・」とあります。これらの藩兵の宿泊地所は町年寄を中心とした町方が決めていたようです。

 甲府勤番の徳川家へ帰順希望の武士の帰京や諸藩の兵隊の通行により,柳町を中心とした人馬継立のため定助町の負担が多くなっています。このため,大助町へも人馬の提出が求められています。大助町39か町からは人馬継立の仕方について柳町駅問屋,柳町宿役人,定助7町名主を相手取り訴訟を起こされています。
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