くろちゃんの甲府城つづりⅡ

やまなしの甲府城跡や文化財のようすや活動を、
くろちゃんと仲間たちがなんとなく紹介するため再登場!

金魚のひなたぼっこ プラス甲府と大和郡山と柳沢氏

2015年10月11日 | 甲府城日記

過ごしやすい季節になりました。
お昼休みにお散歩に出かけたら、甲府城内の水ため場の赤い金魚が、去年よりぐんと大きく成長していました。
食欲の秋ですね。
おいしそう ←

でも、県史跡内で勝手に金魚を飼うのはいけないこと
まして、復元した遺構に金魚を放つなんて なんてモラルのない人がいるのでしょう
甲府城では井戸で金魚を飼っていたと見学者に誤解されたら大変だし、整備担当員としても悲しいです

5年ほど前の「カメです」事件は全国放送され大問題になったこともあるし、今は殺生できないから置いておくけど、お城に亀や金魚を捨てに来ないで


なぁ~んて 金魚と甲府城のお話を一つ

奈良県の大和郡山市は、日本を代表する金魚の産地って知ってますか?

金魚は約2000年前、中国南部地方で野生のフナの中から赤色のものが発見され、これを原種としたのが始まりと言われてます。
日本には、室町時代の文亀2年(1502年)に中国から伝わり、貴族等の愛玩動物で、明治時代に広く一般的になりました。

そんな金魚ですが、大和郡山の産業になったのは甲府藩主柳沢吉里(吉保の子)が享保9年(1724年)に移封(転勤)したことに始まると伝えられ、家臣横田又兵衛が金魚を観賞用に持参したといわれてます。柳沢氏は大和郡山での金魚養殖を奨励し、藩政や困窮武士の生活を支る副業となり、現代に続く産業となりました。

ちなみに、江戸時代の甲斐国では金魚を「珊瑚樹魚」と呼び、日本の文人画の祖といわれる柳沢里恭(柳里恭・柳沢淇園・筆頭家老の子)も「金魚之図」として作品にしてます。
また、金魚養殖の国内三大産地は、奈良県大和郡山、愛知県弥富、東京都江戸川と言われているようですが、弥富は大和郡山から輸入で、江戸川は明治時代の産業。
となると、大和郡山の金魚さん …イヤイヤ 山梨から金魚を連れていった柳沢家と金魚を愛でていた甲府(偉い人だけかもしれませんが…)の文化ってなかなかじゃない (ぶ)
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2 コメント

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Unknown (りん)
2015-10-13 09:22:10
そーなんですよ、大和郡山が金魚の産地とゆーことは知られてるのに、それが甲府からもたらされたとゆーことは知られていないんですよねぇ(>_<)ちょっと悲しい…。
明治になってからも柳沢家の元藩主が金魚養殖の会社をつくって産業を興したとか…
Unknown (りんさんへ)
2015-10-13 21:19:44
ブログ見てくださりありがとうございます

そんな忘れかけている文化や歴史を今後も面白くお伝えしていきます

面白い情報があったらまたコメントくださいね

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