くろちゃんの甲府城つづりⅡ

やまなしの甲府城跡や文化財のようすや活動を、
くろちゃんと仲間たちがなんとなく紹介するため再登場!

「古墳でマツリ」で古代人になりきって古代のマツリに参加しよう!(埋蔵文化財センター)

2017年02月24日 | こんなイベントやります(やりました)
3月5日(日)に、甲府市の曽根丘陵公園にある国指定史跡銚子塚古墳では、古墳時代の儀式を模した「古墳でマツリ」を開催します
参加者は巫女や楽人などに扮して、マツリの登場人物として様々な役割を演じます。マツリの最後には、銚子塚古墳の君(キミ)から参加者とギャラリーにトチモチが振る舞われます。「古墳でマツリ」ぜひ参加してみませんか?

 ちらしはこちらをクリックすると大きくなります


○開催日時:平成29年3月5日(日曜日)
 午前の部:10時30分~11時30分(受付10時~10時15分)
 午後の部:13時30分~14時30分(受付13時15分~13時30分)

○場所:国指定史跡銚子塚古墳※受付は山梨県立考古博物館入口 (山梨県甲府市下曽根町923)
○申し込み:不要
○参加費:無料
○定員:各回30名


マツリの流れ
1.参加者にはシナリオに沿った劇形式の「マツリ」でそれぞれの役割を演じてもらいます。
2.水の巫女に扮した参加者は「水のマツリ」で巫女を演じます。
3.カガミの巫女に扮した参加者は「カガミのマツリ」で巫女を演じます。
4.楽人に扮した参加者には各「マツリ」を盛り上げる太鼓や鈴の演奏をおこないます。
5.旗持ち人に扮した参加者は古墳行列の先導をおこないます。
6.最後に参加者とギャラリーには、五穀豊穣を祈念した「トチモチ」が振る舞われます。


★イベントに関するお問合せは…★
山梨県埋蔵文化財センター
電話 055-266-3016までお願いいたします。

協力:山梨県考古博物館
同時開催:考古博de春まつりこちらもクリック)



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甲府城シンポジウムの予稿集の配布を行います!

2017年02月23日 | こんなイベントやります(やりました)
お知らせです

平成29年2月19日に開催した甲府城シンポジウムの予稿集を下記の通り配布します
配布分は150部で先着順とさせていただきます。

配布物内容
名称:第2回甲府城シンポジウム「野面積み石垣サミット」予稿集
刊行年月日:平成29年2月19日
編集・発行:山梨県埋蔵文化財センター
※平成29年2月19日に実施した甲府城シンポジウムの予稿集です。シンポジウム当日にお配りしたものと同じものです。

配布部数
150部(先着順、お申し込みはお一人様一冊とさせていただきます)

お申し込みの手順
1.まずはお電話にて下記までご連絡ください。
2.在庫を確保できた方は、返信用封筒にて予稿集をお送りします。
返信用封筒には必ず250円切手(250g以内の定形外郵便物に相当)を貼り、宛名欄にご自分の氏名と住所をご記入ください

お申し込み先
山梨県埋蔵文化財センター丸の内調査事務所
〒400-0031山梨県甲府市丸の内一丁目9-3旧あいおいニッセイ損保ビル3階
電話:055-228-0512(受付時間 平日9時~17時)
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締め切り間近☆ガードレール塗りと上条集落見学会(甲州市教育委員会主催)

2017年02月22日 | こんなイベントやります(やりました)
平成27年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された上条集落(甲州市塩山下小田原)で行われるイベントです。

日本の原風景をのこす景観をより良くするため、白く目立つガードレールを「甲州ブラウン」(景観配慮色・茶系色)へ塗り替える作業が行われます
この、ガードレール塗りのボランティアを募集しています
同時に、養蚕の隆盛を今に伝える、山梨県を代表する民家形式のひとつである茅葺切妻造民家が保存されている集落をご案内していただける、見学会も行われます



 ○開催日時 平成29年3月5日(日) 午前10時~午後3時
 ○集合場所 福蔵院駐車場(甲州市塩山下小田原1005)

 ○参加無料(保険料200円程度は個人負担となります)
 手袋、汚れてもよい服装でご参加下さい。


主催 上条組、甲州市教育委員会文化財課
共催 山梨大学生命環境学部観光まちづくり研究室
後援 NPO法人山梨家並保存会

申込締め切り 平成29年2月28日(火)
お申し込み・お問い合わせ 甲州市教育委員会文化財課 ℡0553-32-5076

重要伝統的建造物群保存地区「上条集落」について(クリックしてご覧ください)

伝統的建造物群保存地区とは
歴史的建造物を単体ではなく空間として保存するための制度で、市町村が決定した保存地区の中から、国が特に価値の高いものを重要伝統的建造物群保 存地区として選定します。
上条集落は、早川町赤沢の講中宿に次ぎ、山梨県では2地区目に選定されました。



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高い石垣

2017年02月21日 | 甲府城日記
舞鶴城公園南の遊亀橋から東の方向に歩いて甲府城跡の東面の石垣を見て行くと、高い石垣が目に入ってきました。


この石垣は、自然石の野面積みという技法で積まれた高さは約17mある石垣です。
ほとんど加工していない大小の石を調和させながら積み上げ、詰石も非常に多く使われています。
この積み方は近世初期の石垣に見られる特徴だそうです。

下から見上げると、とても力強さを感じさせられます。
散歩がてら、この石垣のパワ-を是非、一人でも多く感じてみてください
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さんぽ

2017年02月20日 | 甲府城日記
春昼、舞鶴城公園を散歩していると、高い石垣の間から薄ピンク色の小さなホトケノザの花を見つけました。 



白梅も紅梅もほころび始めていて、ほのかな香りを漂わせてくれています
                                          
 
       
公園内をひとまわりしただけでしたが、心が癒された、そんなのどかな春の午後でした
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春の足跡

2017年02月19日 | 甲府城日記

公園のお花も咲き出してきました。
日中は暖かくなってきてお散歩するのにもいい季節になってきましたね。
花の香りもします。
花粉症の方には辛い季節になってきましたがお散歩してみませんか。 (さ)
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大泉寺の御霊殿

2017年02月18日 | 甲府城日記
以前、大泉寺の総門について紹介させていただきました。 以前のブログはこちら

大泉寺は武田信虎公を開基として建立されたのですが、浅野家・柳沢家の庇護を受けて繁栄した禅寺でもあります
御朱印はこちらです。甲斐百八霊場第五十九番。
   
御朱印をお願いした時に、ポストカードのセットもいただく事ができました
   
大泉寺に所蔵されている重要文化財などのポストカードです。
素敵なポストカードまでいただけるなんて嬉しいですね

本堂の北側にある武田信虎公の御霊殿は、柳沢家寄進と言われ、内部には武田家三代の木像が安置されています
   
ポストカードの中の一つに、御霊殿の中の武田家三代の木像の写真がありました。
   
   (右から信玄・信虎・勝頼公)
坐像が並ぶ下段地袋の襖と外壁兼用の扉を開くと、御霊殿裏にある武田家三代の墓が見えるようですね

この御霊殿の左奥には、浅野家の慰霊塔があります。
   
浅野長政・幸長も大泉寺を尊崇し、文禄・慶長の役の時に、朝鮮で戦死した家臣たちの慰霊塔を境内に建立しました。文禄・慶長の役では、戦場での食糧の支援が上手くいかず、餓死者も多かったそうです。朝鮮出兵で一緒に戦うも、惜しくも現地で亡くなってしまった家臣を思い建てたのでしょう。浅野長政の家臣を偲ぶ気持ちがうかがえる碑です
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ご存じでしたか?

2017年02月17日 | 甲府城日記

相変わらず凜々しいお姿の県庁旧館

上空から見ると..


『山』の形になっているんですよ~
ご存じでしたか?


設計者は不明だそうですが、東京帝国大学教授・佐野利器博士が設計・施工に関わっていたとか。


『山』の形にしたのは、遊び心でしょうか?
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山梨県立美術館「野口小蘋企画展」

2017年02月16日 | 甲府城日記
甲府城下町の柳町(現甲府市中央4丁目)に酒と醤油の醸造所と営業所を設け、寛政年間から明治維新まで、甲斐を代表する豪商であった、「十一屋」  野口家 

大隈重信さんから、認可を受け、東京と横浜でミツウロコビールの製造販売を行った、野口正章氏の、奥様の 野口小蘋さんの企画展が、山梨県立美術館で開催されています。



今回は、ご自由にお写真をおとりくださいとのことです。

興味のある方は、この機会にいかがですか

山梨県立美術館ご案内
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変わり行く甲府の街

2017年02月15日 | 甲府城日記
都市計画道路の整備による 和戸町竜王線の工事が進んでいます。

ここは中央4丁目の村松新道から西方向を見たところです。
   


逆方向から見ると以前はこんな景色が 
    

         ↓   

         

目に慣れ親しんだ冨士彦さんの建物が、村松新道のアーケードが、すっかり無くなっています。

下連雀通りを東に向かって歩いて行くと、甲府城三の堀(濁川)のクランクの北です。
新しい道路がここを通るために濁川は付け替えになるらしく、川沿いにある笠森稲荷は移転を迫られているようです。

       笠森稲荷
    
       笠森稲荷より西方面

       笠森稲荷より東方面 はるか向こうに新路線が・・・

一方通行の狭い道路が広い通りになって、市内の渋滞が解消されるんですね   



笠森稲荷の地は甲府城へ物資を輸送した富士川舟運の船着場の一つであり、船旅の安全を祈願して建てられた稲荷でもあります。
地域の人々が大切に守ってきたお稲荷さん、移転をめぐっては何かと問題もあるようです。

さて、村松新道に戻りますが、三代目村松甚蔵さんは大正6年多額の私費を山梨県に指定寄付し、甲府城跡を陸軍省から山梨県に払い下げさせている甲府城の恩人ともいえる人です。
その一族である村松正三が上野屋の屋号で醤油・味噌・酢の醸造業を行っていたのですが、本業が芳しくなくなった為か、敷地内の一画に道路を通し(村松新道)両側に貸し店舗を始めたのが昭和3年のことです。飲食店やカフェが進出し甲府の繁華街の一つとなりました。
その後戦災により全て焼失し、その後の復興で繁華街の面影はすっかり無くなってしまいました。


いつの世も 移り変わりは常ではあるのですが、昔からの絵図の風景が変わってしまうのは寂しいことですね
                                                    (か)                
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