異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

【写真】福島原発事故 積み上がる除染廃棄物 (毎日新聞)

2015-12-10 20:27:45 | 福島、原発

毎日新聞http://mainichi.jp/articles/20151210/k00/00e/040/160000cより転載

積み上がる除染廃棄物
毎日新聞2015年12月10日 11時24分(最終更新 12月10日 13時14分)

 
除染作業で出た汚染土などの仮置き場に積み上がる無数のフレコンバッグ=福島県富岡町で、本社ヘリから森田剛史撮影
 

東日本大震災から11日で4年9カ月。東京電力福島第1原発事故に伴う除染で取り除いた表土や草木を入れた黒い袋が、福島県内の広い範囲で山積みされ、増え続けている。ポリエチレンなどを素材にした「フレコンバッグ」と呼ばれる袋の容量は1立方メートル。環境省と福島県によると、9月末時点で約915万5000袋が約11万4700カ所の仮置き場や除染現場の保管場所に置かれている。

  全域が避難指示区域となっている同県富岡町の沿岸部の仮置き場では、フレコンバッグをつり上げるショベルカーが埋もれて見えるほど、無数の黒い塊が地表を覆う。除染廃棄物を詰め込んだフレコンバッグは4段に積み上げ、放射線を遮るため5段目と側面には汚染されていない土を入れた袋を積む。更に上から雨水を防ぐ防水シートをかける。

 除染廃棄物の搬入先となるはずの中間貯蔵施設(同県大熊、双葉両町)は地権者交渉が難航し、建設のめどが立っていない。【土江洋範、森田剛史】

http://mainichi.jp/graphs/20151210/hpj/00m/040/002000g/1


除染作業で出た汚染土などの仮置き場に積み上がる無数のフレコンバッグと周辺の住宅(奥)=福島県富岡町で2015年11月27日、本社ヘリから森田剛史撮影

仮置き場に積み上げられた無数のフレコンバッグ。側面は「しゃへい」と書かれた袋で覆われる=福島県富岡町で2015年11月27日、本社ヘリから森田剛史撮影


除染作業で出た汚染土などの仮置き場に積み上がる無数のフレコンバッグ=福島県富岡町で2015年11月27日、本社ヘリから森田剛史撮影

 

 


【辺野古】 ロンブーの淳、テント前を訪問 /辺野古よりツイキャス配信してます atsushi_mic

2015-12-10 20:05:14 | 沖縄

 

 

ロンブーの淳、辺野古テント前を訪問 2015.12.09

田村淳 on Twitter

 田村淳認証済みアカウント @atsushilonboo

キャンプ・シュワブに来ました…
ゲートの真ん前にテント村で、座込みで抗議する人が…
辺野古の街の声を直接聞きたいと思いやってきました…
賛成、容認、反対、様々な声を聞いたので、是非見て欲しい!

 「東京mxtv 週刊リテラシー」 pic.twitter.com/dbZrYllx6E

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<form style="display: none;">

 http://twitcasting.tv/atsushi_mic/movie/222836901
録画ライブ ロンブーの淳がいる - ATSUSHI THE MIC TV #222836901

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Recorded Live ロンブーの淳がいる -…

 

</form><form id="embedwindow" style="display: none;">
ツイキャス配信してます。 @atsushi_mic 人気急上昇中の全視聴者参加型番組!!
『ATSUSHI THE MIC TV』をよかったら観てください
#ATSUSHI THE MIC TV http://t.co/glgu018YZI

※今年1月東京から沖縄へ、辺野古テント前でツイキャス配信し続けている!!観てください。
 

 

<追記>

ロンブーの淳さんが、嘉数高台からの写真をInstagramにアップしてくれている!!

「沖縄の問題は、日本の問題!沖縄県民だけの問題ではなく、日本国民全員の問題!」

 

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</form>

 

 

大阪「清風堂書店」~民主主義フェアに続き、BLARの反差別選書を始める!

2015-12-10 20:04:42 | ご案内

大阪「清風堂書店」~民主主義フェアに続き、BLAR(Booklovers Against Racism)の反差別選書を始める!

大阪府大阪市北区曽根崎2-11-16 梅田セントラルビル
 

 

清風堂書店 @seifudosyoten

BLAR(Booklovers Against Racism)の反差別選書始めました!橋のない川』とキング牧師は注文中です。おかげさまで秋山理央写真集『ANTIFA』と『ネットと愛国』(安田浩一)は初回売り切れての再入荷です!

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清風堂書店@seifudosyoten 12月7日

民主主義フェアの下に星野源と長渕剛がまさかの競演です。「MUSIC MAGAZINE 12号」は、特集・それでもデモは続く が載っているから・・。ナガブチは中身を読んで判断しました!

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水木しげるさんの死〜なぜ「戦争反対とは決して言いません」だったのか。( 雨宮 処凛)

2015-12-10 15:19:12 | 平和 戦争 自衛隊

意見をつなぐ、日本が変わる。BLOGOShttp://blogos.com/article/148968/ より転載

記事 マガジン9

   2015年12月09日 12:09

水木しげるさんの死〜なぜ「戦争反対とは決して言いません」だったのか。の巻 - 雨宮処凛

11月30日、漫画家の水木しげる氏が亡くなった。
 その訃報に触れた時、「ああ、やっぱり会えなかったか…」としみじみ思った。

 本当は、今年の1月、水木氏に取材をすることになっていた。取材内容は、水木氏の戦争体験。マネージャーの方を通して本人の快諾を頂き、日程も決まっていたものの、取材数日前、体調を崩されたとのことで話は流れてしまったのだ。高齢のため、大事をとりたいという旨の丁寧な連絡を頂き、残念だったが、出版の日も決まっていたので「水木氏への取材」は叶わぬ夢となってしまった。その本が、今年7月に出版した『14歳からの戦争のリアル』だ。本書には、実際に戦争を経験した人として、俳人の金子兜太さんと女優の赤木春恵さんにご登場頂いている。

 そんな水木氏の取材を巡るやり取りの中で、私の中に強く印象づけられた言葉がある。それは取材を快諾して頂いた際の、マネージャーさんからのメールの言葉。
 高齢のため、長時間の取材は受けられないなどのいくつかのことわりの言葉の後に、こんな文章が続いていた。
 「それと水木は『戦争反対』とは決して言いません。
 そのために、記事をうまくまとめられない記者さんも過去にはおられました」
 ラバウルの激戦地に送られ、左腕を失い、生死を彷徨うほどの経験をし、仲間も多く失った氏なのに、なぜ、「戦争反対」とは決して言わないのか。取材が叶った際には、そのことをこそ、聞きたいと思っていた。しかし、もう氏はこの世にいない。永遠に解けない謎だけが、私の中に残された。

 この国の多くの人が「水木漫画」の影響を受けてきたように、私も子どもの頃から彼の漫画のファンだった。のちに「ガロ」系漫画に猛烈にハマったのも、おそらく水木漫画という下地があったからだと思う。
 そんな氏の存在が私の中で決定的に変わったのは、ある本を読んでからだ。それは『昭和二十年夏、僕は兵士だった』(梯久美子 角川書店)。戦争を体験した人々にインタビューをしている本書で、水木氏は今から7年前の08年、86歳で取材を受けている。

 氏の体験は、やはり壮絶だ。しかし、本人の語り口はあくまでも飄々としている。
寝ることと食べることが最優先のライフスタイルを軍隊でも変えず、毎日遅刻して毎日殴られたこと。
交代で不寝番をし、望遠鏡で海上を監視していたら、ついオウムに見とれてしまい、小屋に戻るのが遅れたこと。すると小屋が直撃弾を受けて、分隊は全滅したこと。また、仲間がどんどん「勇ましい戦死」とはほど遠い形で命を失っていったことも語られる。

 ある者は生きた魚を喉につまらせて死に、ある者はワニに食べられて死ぬ。それも、何人も。川に落ちた帽子を拾おうとして水に少し手を入れるなどした際に、あっという間に引っ張られるのだ。ワニは上半身だけ食べて下半身は泥の中に埋めておく習性があるそうで、2、3日経つとゲートルをきちんと巻いて靴を履いたままの下半身が流れてくるのだという。
そんな描写が続いたかと思うと、現地の集落の人たちと仲良くなり、のんびり暮らす彼らの村に入り浸るようになった上、自分の畑まで作ってもらうというあり得ない展開になる。
 
 戦争が終わった時、水木氏は現地の人々に「ここに残れ」と言われたという。「みんなとトモダチになったし、景色はきれいだし、のんびり暮らせるし。自分に合ったところだと思った」という氏は現地除隊を一時は真剣に考えた。しかし、相談した「軍医殿」にとにかく一度日本に帰るよう説得される。もし、この時、水木氏が現地除隊していたら、『ゲゲゲの鬼太郎』などの名作が生まれることはなかったのだろう。

 そんな氏の不思議な戦争体験を知った私は、彼の戦争体験を綴った漫画を読み漁った。総員玉砕せよ!』『敗走記』イラストと文章からなる『水木しげるのラバウル戦記』などなど。

 「私はなんでこのような、つらいつとめをせにゃならぬ」。慰安婦が歌う「女郎の歌」を、最後の突撃の前に兵隊たちが歌う『総員玉砕せよ!』。印象的なシーンはたくさんあるが、もっとも強烈に覚えているのは、敵に撃たれて負傷し、倒れた仲間の指を切るシーンだ。
 まだ生きているというのに、「遺骨を作るんだ」と上官に言われ、スコップの先で小指を切り落とす。土砂降りの雨の中、指を切られた兵隊は去っていく仲間の気配を感じ、「おめえたちゃあ行っちまうんか」と呟く。
 『水木しげるのラバウル戦記』には、氏が左腕を失った際の描写もある。寝ている時に敵機のマークが上空に見え、穴に避難しようとするものの間に合わない。そこに爆弾が落ち、左手に走った鈍痛。バケツ一杯あまりの出血をし、翌日、「七徳ナイフみたいなもの」で軍医が腕を切断。「モーローとしていて、痛くなかった」という。が、その後、マラリアが再発。以下、『水木しげるのラバウル戦記』からの引用だ。

 一日中寝ているしかなく、ぼんやりと考えごとばかりして暮らしていた。文明なんてなんだ、いじめられ、そして、何かあると天皇の命令だから死ねとくる。また、忙しいばかりで何もない。それにくらべて土人(著者注 現地人のこと)の生活は何とすばらしいものだろう。即ち、日本人には味わえないゆったりとした心があるのだ。
 いぜんとして乾パンもめしものどを通らず、熱も下がらないまま、ある夜、注射が突然こわくなり、じっとしていられなくなって軍医のところへ行こうとヨロヨロ歩きだした。
 あとでわかったことだが、少し狂ってきていたのだ。意識もあまりはっきりしていず、気がついた時は、豪雨で川みたいになった道をヨロヨロと歩いていた。熱い体に冷たい雨が、なんとなく心地よい。あたりは真っ暗。
 そのうちジャングルの中に入り、前にもうしろにも行けなくなった。動こうと思っても、指と首ぐらいしか動かない。「ああ、俺はこんなところで死ぬのか」と思ったまま、意識がなくなった。
 ガヤガヤという声がして、二、三人の戦友と軍医さんに手足を持って壕の中へ運ばれ、リンゲルという注射を打たれた。
 病気は一進一退で、寝たままだった。外では玉砕の歌が歌われ、死の気分が漂っている。いま生きたとしても、どうせ敵が上がってきて一年後には死ぬだろうというのが、そのころの兵隊の気持だった。前線は、はるか先の沖縄あたりになっているのだ。
 ジャングルに埋もれた、左手のない遺骨。一年後の自分の姿を想像したり、頭も少しおかしかったとみえて、軍医さんをなぐったりしたのもこのころだ。

 水木氏のこういった描写や漫画を読んでいると、「ああ、こんなふうに死んでいったんだろうな」という無数の死者の無念がひしひしと伝わってくる。東部ニューギニアだけでも、日本兵の死者は12万人を超えるという。

 この原稿を書くにあたり、水木氏の戦争漫画などを改めて読み返して、氏が「戦争反対」という言葉を決して言わない理由が、なんとなくだけど、わかった気がした。「戦争反対」という、ある意味でありきたりな言葉では、とても言い尽くせない思いがあったのではないだろうか。たった四文字の漢字になどとても託せないほどの、経験していない者には決してわからない気持ちが、氏にその言葉を吐かせなかったのではないだろうか。

 水木氏のインタビューをした梯氏は、『昭和二十年夏、僕は兵士だった』で以下のように書いている。

 インタビューの中で、水木氏は一度も、いわゆる正論を吐かなかった。あくまでも”駄目な二等兵”の視点から戦争を語り、見出しになるような決め台詞や恰好いい言葉はひとつも出てこない。
 おそらく氏は「美学」が嫌いなのだ。食べて、排泄して、寝る――戦記マンガの中で繰り返しそのことを描いたのも、戦場における「美学」の対抗軸としてではないだろうか。美学に酔って、人間を軽んじた軍人たちへの痛烈な批判がそこにはある。

 そんな水木氏は、『総員玉砕せよ!』のあとがきで、以下のように書いている。

 ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りが込み上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。

 戦死者たちの霊に突き動かされるようにして「戦争」を描いた漫画家が、戦後70年の冬、93年の生涯を終えた。
 水木氏の戦争漫画は、妖怪漫画とともに、長く読みつがれていくだろう。
 ああ、でも、一度お会いしたかった!

 

 

 


SEALDsなど市民団体、野党4党と意見交換~参院選の野党候補応援グループ設立へ

2015-12-10 13:55:41 | 政治 選挙 

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00310792.html より転載

動画あり「SEALDs」など市民団体、参院選の野党候補応援グループ設立へ  

12/09 22:30
 
市民団体が、参院選で野党候補者を応援するグループを設立する。
民主党や維新の党など野党5党は、9日、国会内で、安保法制に反対するママの会や、学生団体「SEALDs」など、市民団体と意見交換した。
この中で、市民団体側はあらためて、安保法制の廃止などで野党が共闘していくことを要求し、2016年夏の参議院選挙で、野党候補や政党を応援するグループ「市民連合」を、20日に立ち上げる考えを提案した。
民主党は、参院選で1人区の候補者に「考え方が共有できるように呼びかける」と述べていて、市民団体と連動することで、野党統一候補を擁立したい思惑がある。

 

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※意見交換会には、民主、共産、維新、社民の各党(生活の党は欠席)と、「立憲デモクラシーの会」「安全保障関連法に反対する学者の会」「安保関連法に反対するママの会」「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の5団体

SEALDsSEALDsFBより転載

【安全保障関連法に反対する政党との市民の意見交換会】

本日、民主党、共産党、維新の党、社民党の野党4党と、安全保障関連法に反対するママの会」などの5つのグループによる安全保障関連法に反対する政党との市民の意見交換会にSEALDsのメンバーが参加しました。
 ...

 安保保障関連法に反対する政党との意見交換会は、今回の開催で3回目になりました。前回の会において必要性が確認された、市民勢力が結集するプラットフォームの構築に向けて、さらに踏み込んだ議論がなされたのではないでしょうか。

 意見交換会では、市民側は、

①安全保障関連法の廃止、

②集団的自衛行使容認の閣議決定の撤回など立憲主義の回復、

③個人の尊厳を擁護する政治の実現、

以上3点を主軸に置いた市民連合を発足させる方向でまとまりました。

 2000万人署名をさらに広げるとともに、来夏の参院選にあたっては、野党に対して候補者を1人に絞り込むことを要請し、さらに候補者の推薦や支援なども行います。具体的にどんな政治を求めるかについても大枠はまとまっていますが、さらに詰めた上で、今月下旬に発足する予定です。

 政党の側からもこのような動きを歓迎するとともに、安保関連法を白紙に戻す、また立憲主義を取り戻すための取り組みをさらに進めていく、加えて期待できる政策を示していくという趣旨の発言も多数なされました。市民と政党の動きがこれまで以上に良い形でつながっていけばと思います。

 

素晴らしい☆彡 頼むぞ~!!  野党は共闘 !!! 
 
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NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20151209/k10010335281000.html より転載

安保法反対グループ 野党支援の新団体発足の意向

12月9日 18時09分
 k10010335281_201512091819_201512091820.mp4
 
 
民主党など野党4党と、安全保障関連法に反対するグループ「SEALDs」などとの会合が開かれ、グループ側は、来年夏の参議院選挙で法律に反対する野党候補を支援するため、近く新たな団体を発足させる意向を示しました。
国会内で開かれた会合には、民主党、共産党、維新の党、社民党の野党4党と、安全保障関連法に反対する「SEALDs」や「安全保障関連法に反対するママの会」など、5つのグループが参加しました。

この中でグループ側は、来年夏の参議院選挙に向けて、「安全保障関連法の廃止と、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を撤回させることを目的に、野党が共闘すべきだ」としたうえで、法律に反対する野党候補を支援するため、近く5つのグループを中心に新たな団体を発足させる意向を示しました。

これに対し、野党4党は「提案を歓迎し、真摯(しんし)に受け止めたい」として、今後具体的な連携の進め方を検討することになりました。

このあと、グループ側のメンバーである上智大学の中野晃一教授が記者会見し、「野党各党にボールを投げた形だが、歓迎していただいたと受け止めている。来年の参議院選挙が大きな目標であり、安全保障関連法への反対を訴えていきたい」と述べました。


民主党の岡田代表は、埼玉県加須市で記者団に対し、「憲法違反の安全保障法制を許さないという共通の目的を達成するために、しっかりと連携していきたいと思う」と述べました。

共産党の山下書記局長は、記者会見で、「市民グループの側から、より具体的な形として提示があったことは、『戦争法』である安全保障関連法の廃止に向けた取り組みが、強固に進むステップになったと思う。大変歓迎しており、その動きが実るように努力したい」と述べました。