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【小説】天国でまた会おう (ピエール・ルメートル/ハヤカワ・ミステリ文庫)

2015年10月26日 17時12分02秒 | 読書感想
 『その女アレックス』で、国内各種ミステリ・ランキングで1位となったピエール・ルメートル。今月上旬に『アレックス』の前作にあたる『悲しみのイレーヌ』が刊行されたが、さらに本作『天国でまた会おう』がハヤカワ・ミステリ文庫(上下巻)及び単行本(内容は同じだそう)で刊行された。精力的な翻訳が進んでいるようで、頼もしい限りである。

 『天国でまた会おう』はフランスで2013年のゴンクール賞を受賞した。フランスで最も権威のある文学賞の一つらしいが、日本で言えば、直木賞と芥川賞の特色を折衷したような位置付けだろうか。これまでルメートルが書いてきたミステリ、それもショッキングな描写と展開が特徴のミステリとは異なった、ルメートル初の文芸作品であり、新境地と言える。

 舞台は第一次世界大戦の終幕、そして大戦後のパリ。兵士アルベール・マイヤールと上官であるプラデル中尉。さらにもう一人の兵士エドゥアール・ペリクールの3人が、戦場で、まさに数奇な運命によって、生死と己の未来を賭けた交錯が行われる。
 自身の上昇志向のためだけに部下を犠牲にしたプラデル。その秘密に気がついた為に、プラデルからトラウマ級の死地に追いやられるアルベール。アルベールの命を助けようとしたがために、自身が取り返しのつかない傷を負ってしまうエドゥアール……。戦場を舞台にした三者の因縁の物語は、ルメートル特有の、読んでいる者をグッと作品内部に引きずり込む描写、目まぐるしい展開に満ちている。

 さらに舞台は、戦争終了後のパリへ。復員兵として決して世間には歓迎されず、貧しい生活を送るアルベールと、世の全てに反逆するかのような放埒さを見せるエドゥアールの奇妙な共同生活。そして、戦後の混乱に乗じ、持ち前の野心と才覚で資産を増やしていくプラデルの物語とが並行して進み始める。資産家の父を持つマドレーヌと結婚したプラデルの更なる飛躍のため行われる、倫理無き事業経営と義父との確執や夫婦間のやり取り。あるいはアルベールとエドゥアールが行う、世間をあっと言わせる犯罪計画とその進行などが、静かなサスペンスとして展開していく。大きなサプライズがなくても読ませてくれるものがあるのだが、『アレックス』などを読んできた読者は、少し肩透かしをくってしまうかもしれない。

 私が読んだ感想としては、登場人物同士のやり取りや思惑、攻防については良く書けていて楽しめたものの、第一次世界大戦と、その後の兵士の扱いに対する皮肉や批判、ひ引いては戦争そのものに対するテーマ性についてはそこまで共感を覚えるものでは無かった。恐らく、日本における戦争をテーマにした作品群(小説に限らず、映画や漫画も)より以上に深く、強力だからなのではないかと考える。また、文体についても特別な力というものはさほど感じられなかった。訳者によるものかは不明だが、文芸作品として読んだ場合、心に引っかかるポイントは無かったというのが正直なところだ。フランスというお国柄や歴史について知識が全くないので、貧弱な読み方になってしまっているかもしれないが。
 また、一方で娯楽小説としてみた場合、人物の心理描写は見事であるが、話の筋自体には、これまで刊行された作品を越えるようなものは見られなかった。ルメートルの作品にしては心穏やかに迎えられるエピローグであった。また、クライマックスにかけて、短いセンテンスで目まぐるしく入れ替わる視点が、緊張と加速をいや増して感じさせてくれて新鮮であった。作中に現れる仮面などのモチーフを含め、非常に映像を意識されており、“狙っている”ととられる向きもあった。

 『その女アレックス』などでガツンと脳内をやられてしまった気質の読者には物足りないだろうなぁと思う。ルメートル自身は文芸面を志向しているとしたら、日本の読者層と乖離していくような予感がしなくもない。


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