コトノハコウタ

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ブラック企業の雛形としての自称進学校

2016-10-15 18:40:26 | 雑感
私はいわゆる、自称進学校の出身です。


思えばあの高校はブラック企業でした。
先生方にとっては一番そうだったでしょうし、
生徒に対してもそうでした。

まずですね、この時間はこう過ごして
勉強は何時間しましたっていう記録を毎日提出しないといけません。

担任がそれをチェックして、勉強時間が少なければチクチク言われます。
私は馬鹿なので嘘をつくのが嫌で、なるべく正直に書いてたんですが、
「お前はクラスの中でも勉強時間が少ないぞ、もっとちゃんとやれ」って
二者面談でめっちゃ怒られました。

いや、ロクに活動も無い文化部以上に
現役の運動部が勉強してる訳無いじゃないですか…。
こんな異常な事をする割には
見え透いた嘘をバカ正直に信じ込むのだなあ、と
不思議でしょうがなかったですけど。

別に結果出してたし良いと思うんだけどねー(棒)



時は流れ、ある日大学生になってから母校へ遊びに行きました。
3年生の教室の廊下に貼ってある標語を見て、
マジで泡吹いて倒れそうになりました。
「平日5時間、休日10時間勉強しよう!」って書いてあったんですよ。
休日10時間は私の頃から言われてましたけど…。
(あれ、休日は12時間に引き上げられてたっけかな?それ以上だったかな?)

平日5時間って、授業終わってから受験対策の補習を終えて、
17~18時過ぎてからの自主学習の時間の話ですよ?


現役時代から思ってたんだけどさあ。
そこまで異常な程の努力を強制してまで
大学のレベル上げて入る意味ってある?

いや、本人に頑張る意志があって、
本当に努力してそこに入りたい!なら応援するよ。

でも、学校が一律に、しかも異常な努力基準を押しつけてどうすんのよ。
それで無理して入った先でまた無理しなきゃいけなかったり、
逆に反動でワンチャンウェーイwwwみたいになったら意味無くないすか。


私はレベルなんて上げる気さらさら無えー、うるせえーって思いながら
過ごして、結局希望の大学に入りました。
4年になって某大学の図書館に行き、その設備レベルに驚愕して一度だけ、
「あの時努力してたらこの環境で勉強できてたのかもな…」と
思ったことがありますが、冷静に考えれば無理です。

あの当時の精一杯頑張ってた私にさらに努力して
志望先のレベル上げろなんて、「死ね」って言ってるようなもん。
思えばあの当時から、
「ちゃんと勉強できない、努力できない自分はダメだ」って思い続けてた。

一応フォローしておくと、
私は他者の空想生活記録ほどの勉強時間は達成できなかったですが、
ちゃんと課題も真面目に出してたし今冷静に考えれば努力はしてましたよ。

ちなみに同い年の私の親戚は課題を踏み倒しまくる奴だったんですが、
そいつも無事に同じとこ(しかも私よりレベルの高い学部)に受かってました。
グッジョブ。


この学校への不満はもっともっと語れるところですが、
ひとまず今の所はこれで止めます。



もちろん、学校側の独断だけでここまでになる訳ではないと思います。
保護者の方の期待というのも大きな要因でしょう。

親心として、少しでも良い大学に入ってほしい。
そうして未来に繋げてほしい。
だから学校にはちゃんとそのため努力をさせてほしいし、
指導をちゃんとしてほしい。
それは親として当たり前の、綺麗な感情だと思います。

でもね。
学歴だけが全てじゃないです。それは言えます。
常に頑張らせ続けて「足りない」をお子さんに教え込むよりも、
常に果てしない目標を設定し続けるよりも、
「自分に自信を持つこと」を教えてあげた方が良いと思うんです。

学歴が無きゃまず書類が通過しないじゃないか!っていうのも分かりますけど、
面接って大事ですよ。
自分に確固たる自信を持って、自分の良さを主張するっていうスキルは
すごく大事です。
面接に限らず、企業に入ってから、それどころか人生全体において
それは自分の身を守る大事な術になります。

私は旧帝出てますけど、自信の無さから面接は常にしどろもどろ、
のくせに口の狭い業界を目指していたもんだから
最後まで苦しみました。
そしていつも通りしどろもどろの面接でも
通ってしまったブラック企業に勤めることと相成りました。
だからこそ私は、「学歴が全てじゃない」と言いたいです。


色々と語りましたけど、
学生時代は努力するのは自分だし、自分のためだし、
何かあっても責任の及ぶ範囲は自分だけでしょ。
だから自分の判断で、上手い事テキトーにできなくもない。

でも、社会に出るとそうじゃなくなる。
努力と責任は他者のためのものになるし、
業務は自分一人の努力でなんとかなる規模のものじゃなくなる。
自己判断でテキトーなことなんてしたら大変です。
だから「ただひたすらに頑張ることが美学だし、それは可能」と思い込んでいると
大変なことになるんです。

実際、同じ高校出身の子で私と同じような状況になっている子もいると聞きました。
確実に、あの頃植え付けられた間違った根性論が
彼女の身を蝕んでいるんじゃないかと私は思っています。


一番大事な事は何なのか、私もそれを自分に問い続けているし、
皆が少し考えてみてくれると良いなあなんて思いながら、
この一連の記事をアップした次第です。

もう少ししたらまた、和訳する真面目人間に戻ります。
ジャンル:
学校
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4 コメント

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Unknown (英国紳士)
2016-10-19 00:36:11
何やら大変な様子が伺えます。

和訳を楽しみにしている小唄ファンの一人としては、
何もできないのが残念なのですが、
自分が大好きな、この曲を送ります。

The Beatles の Let it be (歳がばれてしまうかも)

1日も早く再開できますように。
学校なんて (かりん)
2016-10-19 04:30:21
大概は大人のエゴっつーか、自己満足の塊でしょ!!
行事もねー。
そんな学校をぶっ壊すべく、うちの息子達を投入中♪
Re:Unknown (小唄)
2016-10-19 20:51:24
>英国紳士さん

嬉しいお言葉をありがとうございます(>_<)
本当に励みになります。

世代に捕らわれない、不朽の名曲ですね!
改めて今回、初めて内容を読んだのですが
しっかり英国紳士さんからのメッセージを受け取りました。
私は私らしく、で次に繋げられる様頑張りますね!!
復活までもう少しお待ち下さい。
Re:学校なんて (小唄)
2016-10-19 21:57:45
>かりんさん

目的を見失ってる感ありますよね。
行事とかもほんと、軒並み嫌でしたわ(-_-;)
もはや我慢を学ぶ場になっちゃってるんですかね。

やれやれー!
息子さんたち思いっきりやってやれ!!(笑)

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