Tao of a music therapist

音楽療法士としての生き方(タオ・道)を通した日々の出来事や、音楽についての果てなき思いを綴ります。




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ブログお引越ししました

2012年08月30日 | お知らせ・耳より情報

ブログお引越ししました。

だいぶご無沙汰してしまいましたが、これからもどうぞよろしくお願いします。

http://kotoe407.blogspot.com/

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世界から日本へ1000のメッセージ―World's 1000 Messages for Japan

2011年03月16日 | お知らせ・耳より情報

世界中が日本を応援しています!!

旦那を中心に動き出している活動があります。

以下、このブログともリンクになっている「あなたと分かち合いたいこと」からの抜粋

 http://www.facebook.com/event.php?eid=151488478244365

 

1. World's 1000 Messages for JapanというFacebookページを作りました。これからはこのサイトではなく、そちらのページで東日本大震災に関することを発信していきます。



皆さまのもとにも世界中の人々から日本の人々へのお悔やみと励ましのメッセージが届いていることかと思います。それを自由に書き込んで日本に向けて発信しましょう。



海外の地震関連の報道で、donationの動きなど、encouragingなものもたくさんあります。そのようなリンクをシェアして頂ければありがたいです。ご友人たちにも広くinvitationを出して頂きますようお願いします。



2. Twitterアカウントを作りました。Facebookのページに書き込まれた世界中の人々からのメッセージが一つひとつfollowerに届くようになっています。Twitter accountをお持ちの方は是非フォロー頂き、リツイートお願いします。これらのメッセージは、『世界から日本の人々へ1000のメッセージ』というブログでもご覧になれます。

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雨のため17日に延期

2011年03月16日 | お知らせ・耳より情報

~大事なお知らせ~

明日のNY在住ママたちによる日本義援金募金のための集まりは、

雨の予報のため17日木曜日延期となりました。

 

日本の皆さんが一つになって今を乗り切っているのだから、

私たちも一団となってできることをしよう。

 

今日は子どもたち一緒に、日の丸の旗を

作りました。心は日本、日本の皆さんと共にあります。

 

 

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3月16日 NY在住のママたち日本のために結集

2011年03月15日 | お知らせ・耳より情報

Subject: SUPPORT JAPAN: Moms Get Together in Union Square to Raise Funds and Awareness
                    

                  SUPPORT JAPAN: 

Moms Get Together in Union Square to Raise Funds and Awareness 

         

When:           Wednesday, March 16, 2011, 3PM 6PM

Where:          Union Square, Manhattan, across from Whole Foods Market

Who:             Moms with kid(s), Families, & Anyone who wants to help Japan!

*** Please gather dressed in Red and White colors if possible, and bring your handmade signs and flags to show your love and support for Japan ***

(English version follows)

 

ニューヨーク在住の皆様、

 

311日の東北大震災でご家族ご友人を亡くされた方、現在尚消息を確認中である皆様、心よりお見舞い申し上げます。私自身も母が宮城県出身の為、今回の地震、津波、原発事故の報道を見守りつつ、何か自分達にお手伝いできる事は何でもしたい、するぞ、しなければ!という心境でいっぱいです。

 

こういう時こそNY在住の日本人ママも結束して何かできないものかと思うのです。実際、皆さんも何かしたい気持ちでいっぱいなのは知っています。すでにドネーションもされたことでしょう。そして私の周りにはバザーなどによる収益金を募金に宛てる準備、計画に動いてくださってるママたちもいます!

 

私たち一家は週末、思いつきで即席5分もかからないで作ったHELP JAPANのサインや旗などを娘のストローラーや息子の三輪車につけてマンハッタンの近所を散歩していただけで多くのNEW YORKERに温かい言葉をかけていただきました。募金活動ではなかったのですがお金をくれようとした方もいました。子供とサインの写真を撮らせてくれという人もいっぱい。そして勝手に撮る人も(笑)。(歓迎でしたがね!)。もし箱でも設けていれば募金も集まったのではと思います。先日のユニオンスクエア駅構内における日本人ARTISTらによる募金パフォーマンスイベントは、数時間で$3000ドル以上を募ることができたそうです。私も最初だけご一緒させてもらいましたが感動しました。みんなの一生懸命さや優しさがたくさん伝わってきましたから。日本人側もそこを通ったニューヨーカー達からも。

 

そこで、今週水曜日にみんなで子供と一緒に集まって、より多くのNYの人たちに日本の惨状を知ってもらい共感してもらったり募金してもらったりしようと考えています。皆で白と赤を身にまとい、自前のサインや旗などを持って集まってほしいのです。もちろんBABYやキッズとともに。募金も大切ですが、私はそれ以上にこちらの日本人同士が一緒に立ち上がって日本支援を呼びかけることに意味があると思います。もう既にこちらのセレブや各団体が支援表明や募金活動を開始しています。当然のように。もちろんJAPAN SOCIETYなどの日系コミュニティも。

 

皆さん自身が母親として、東北からの尋常でない光景をMEDIAを通してご覧になって、現地や周辺各地で被害にあっている同じような子持ちの人たちの置かれた境遇を考え、想像して胸を潰されているはずです。ひとりで家で涙するよりは皆で集まって私たちの心配やサポートの意を表現、共有しませんか?共感、賛同していただけましたら是非ご一緒して下さい。

 

尚、この呼びかけは主にママたちのネットワークを中心に発信していく予定ですが、日本人ママでなくても当然かまいません。できるだけ多くの友人知人に呼びかけていただけたらと思います。もしブログで情報発信しておられる方などもご協力いただけると嬉しいです。

 

それと、小さな子供達に恐怖心をあおるような写真などは持ってこないで下さい。ご協力お願いします。悪天候の場合は翌日、木曜日に延期します。

 

 

 

 

Please join us in supporting the victims of the 3.11 earthquake in Japan.  We are planning this event to raise funds, awareness, and show our support for the victims of the disaster. 

 

The worst earthquake in the history of Japan, followed by a tragic tsunami and shocking nuclear plant disasters, is more than the Japanese can handle on their own. You can imagine how scary and horrible the past week has been for millions of Japanese people.  Thousands of people are dead, tens of thousands are still missing, and more than 120,000 are displaced from their homes.Yet there is still time to help reduce the pain and suffering caused by the disaster.   On a personal note, my family has roots in Sendai, Japan, and we still have not heard from some members of our family, including my grandmother.

 

Please gather in Union Square this Wednesday, between 3pm and 6pm, dressed in RED and WHITE if you can, and bring handwritten signs or anything else that helps you personally send a message of encouragement to the Japanese people.

New Yorkers are incredibly generous…we hope to encourage passers-by to donate directly to charities supporting victims of the crisis in Japan.  We encourage checks written directly to the charities, but accept small cash donations on their behalf as well.  100% of your generous tax-deductible contributions will go to the charities.

 

p.s. – we are currently performing due diligence on which charities are the most efficient ways to support the relief effort.  We are considering charities which transmit 100% of donations to Japanese relief efforts.

 

If you have any question or suggestions, please contact:

Naoko Fitzgerald @ 917-783-7013, naoko.tf@gmail.com.

OR

Facebook page: Japanese New Yorkers and Moms United to Support Japan

 

 



 

 

 

 

 

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子どもへの震災映像の影響―9・11の教訓から

2011年03月15日 | お知らせ・耳より情報

NYでは金曜の早朝。

日本での震災のニュースを聞いて、震撼しました。

そして、ただただ信じられない思いで、中継の映像を

食い入るように見ながら、9・11の体験と記憶が蘇ってきました。

非常事態の真っただ中にいる動揺と緊張。

大切な人の安否の確認ができないこと、つながらならない電話、混乱への不安といら立ち。

 

新しい命を身ごもりながら、また新生児を抱えながら、

子どもの腕をとりながら、離れ離れになった家族を思いながら、

想像を絶する恐怖を体験した方がたくさんいたでしょう。

守るべきものがあるからこそ人は強くなれる

そういう強さと、こういう状況だからこそ、今こそ人が繋がれる可能性を

信じています。

 

NYにいながらうちでの情報源であるネットTVを

まるまる2日間、終日見続けていました。

日本の状況を生で知りたいという思いがある一方で、

昨日からTVを子どもの前で見ることをうちでは控えるようにしました。

というのも、9・11で何度も何度もビルに飛行機が突っ込むシーンを繰り返し

見続けた子どもたちにPTSDの症状が現れた危険性を指摘されていたのを思いだしたからです。

 

もちろん、現実に起こったことをきちんと知らせることも必要なのは

わかるし、実際に間近で体験をした子どもたちがいることも事実です。

しかし、何度も何度も同じ映像を子どもたちが目にすることのインパクトは計り知れないでしょう。

うちの二人の子どもたちも、大人が釘付けになっていつものアテンションがもらえないことも

あいまって、情緒不安定になっていくのが手に取るようにわかりました。

 

日本ではどこの局も今の時点で緊急速報の報道であると聞いています。

youtubeによる子供向け無料配信動画など適度に活用するといいかもしれません。

 http://www.youtube.com/user/NEPYOU?feature=chclk

 

 

 

 

 

 

 

 

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インナーチャイルド(内なる子ども)を育てる

2011年01月18日 | 子育て、育児、育自

この前、以前書いた記事、『意識のシフト―「児童虐待」から「子ども乱用」へ』に、同じような体験をしたというお母さんから、コメントをいただきました。

「そういう体験をしたのは、私だけじゃなったんだー。」とほっとすると同時に、

そういう光景が日常に蔓延する社会ってどうなの?

本当に平和って言えるの?って思いました。

わたしの最近の「平和」についての意識は、以前の紛争解決や外側の世界に向けたものから

(もちろんこれも重要!)、

早期の親子関係のありかたによりシフトしてきている気がします。

コメントの中で、

熱がでていると泣いて訴える幼稚園児に向かって「だから車にいろって言っているだろ!あ、涙でていやんの。泣いてやがる」と立ち話をやめない母。敢えて子供の目線に合わせてまっすぐに目をみて、指差してあざけ笑う姿を見て恐怖を感じて帰りました。あの子には申し訳ないけれど、我が子を守る事を優先しました。」

とありました。私も読んだだけで、その情景が想像でき、体が震撼しました。

そして、私もその場にいたら、本能的にわが子を守っただろうと思いました。

 

それと同時に、感じるのは、このお母さんが、

「自分の子どもがどうして泣いているのか、子どもがその時どういう気持ちでいるのか」

というとことに全く汲みとってあげられていないこと。

それは、そのお母さん自身がそういう感情を拒絶している表れ。

その裏を読めば、

お母さん自身が子どものときそういう感情を十分にくみ取ってもらえなかったのではないか

―お母さん自身が抱える痛々しい癒えていない傷後を見た気がしました。

(もちろん、文面でわかり得る範囲なのですが。。。)

 

私たちには皆、「インナーチャイルド」(日本語で「内なる子ども」)

―自分の中に満たされていない子どもの部分―があると言われています。

もともとはアメリカの心理学用語ですが、

精神科医で、『親子を癒す子育てのヒント~子どもがあなたを選んで生まれてくる』の著者、

越智 啓子医師は、インナーチャイルドについて、

「体は大人になっても、情緒面、感情が大人になっておらず、幼心のように満たされていない部分」

で、子育てをしている時期こそ、このインナーチャイルドがうずくことが多いと言っています。

というのも、「子どもを合わせ鏡として、その年齢の古い感情(潜在意識)が湧き上がってきて、どうにも

止まらない、不思議に感覚になる。」ことが多くなるからだそう。

ふとしたきっかけで、インナーチャイルドがうずくと、必要以上な反応が引き起こされて、

泣きだしたり、おさえきれない怒りが溢れだしてコントロールできなくなるのです。

 

私自身も、子どもと一緒に遊びながら、「遊び」という思考モードとは異なる

体験をからだとこころで共有しているうちに、ふと妙にせつなくなったり、

さみしい感情が湧いてきて、「これはなんなんだろう」と思うことがあります。

子どもはとっても楽しそうにしているし、この感情はどこからくるのだろう

と後で振り返ってみると、このインナーチャイルドにたどり着きました。

 

気がつかないときもたくさんあるけれど、

もしインナーチャイルドがうずいて、知らない間に子どもに

投影されていたらと思うと、上記のお母さんのことも

他人事には思えません。

 

越智先生は、私たちに希望も与えてくれています。

子育てをしているときこそ、

自分のインナーチャイルドに気がつくきっかけになるし、

また、自分のインナーチャイルドも、自分自身への洞察と、子どもとの創造的な遊びを

通して癒され、育まれるチャンスがあるというのです。

 

「子育ては、自分育て」であるというのは、

このインナーチャイルドも含めて育むことなんだと実感する毎日です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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音楽のクリスマスギフト

2010年12月23日 | 音楽、音楽すること・Musicing

今頃、日本はクリスマスイブかな。

今日は、NYはクリスマスイブ前日。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーもスケールが大きくて好きだけど、

個人的に趣きがあるなと思うのは、ワシントンスクエアパークの凱旋門下

に立つクリスマスツリー。

凱旋門の間からは5thアヴェニューが北上している。

その一つ西側の通りからは、赤と緑のクリスマスカラーにライトアップされた

エンパイヤーステートビルが見えました。 ツリーとイルミネーションが見えるお得な

スポットかも。

 

先日、"A Charlie Brown Christmas" のオリジナル動画、Vince Guaraldiによる

サウンドトラックを購入しました。おなじみスヌーピーのアニメだけど、その音楽は子ども向け

というより、大人も楽しめる趣きのあるもの。すっかりいい気分で聞き入ってしまいました。

最近、子どもと見るアニメソングばかりしか頭に

浮かんでこないという人に、おすすめです。

 

メリークリスマス!!

 

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意識のシフト―「児童虐待」から「子ども乱用」という言葉の使用へ

2010年12月13日 | 子育て、育児、育自

夏休みの日本滞在中、ひとつ後悔していることがある。

そして、まだ未だにあの時どうしていたらいいのかと思い悩む。

 

夏休みうだるような炎天下の中、実家に帰省していたわたしは子どもを連れて、

近隣で唯一木陰のあるひっそりとした公園に行った。

このあたりは少子化の進む日本を肌で感じるような地域で、

公園に行っても、NYで日々経験するダイナミックなお母さんと子どもとの出会いも

あまりないまま、毎日過ぎて行った。

そんな私も行き場のない「孤育て」の一部を経験していたのかもしれない。

 

そんなとき、子どもをブランコに乗せていた背後から、罵声が聞こえてきた。

「なにやってんだよ~。ば~か。なんでそんなこともできねぇんだよ。おまえは本当にばかか。」

そのとたん、私の体は硬直した。やっとのことでふりむくと、同年代くらいのお母さんが、まだよちよち歩きの

1歳半くらいの男の子を連れてこちらにやってきた。

まだ自分の言葉で表現することも抗議をすることもできない幼児に向かって発せられた

言葉とは信じ難い言葉だった。その後も、お母さんの執拗に半分あざけるような調子の罵声が

その子に浴びせられ続けていた。

 

「こんにちは。お子さんはいくつですか。お名前は?とてもかわいいお子さんですね。」

いつもだったら、話しかけれたかもしれないのに、その時出かかった言葉を思わず飲みこんでしまった。

まるで自分には話しかけないでくれと言わんばかりの勢いで、どなり散らしているお母さん。

周りに数人いたお母さん方も蜘蛛の子を散らすようにいつの間にかいなくなっていた。

「もし、何か下手なことを言って憤慨させたらどうしよう。」

私もその場では、一時帰国の身のお客さんでありながら、

結局、無関心を装って「孤育て」の一員になりすましてしまった。

私はその場をやり過ごすことができたけれど、お母さんから四六時中罵声を浴びせられてそこから

逃れることのできないあのちっちゃな男の子のことを考えると今でも本当に胸が痛む。

あのとき、どういう行動をとっていたらよかったのだろうか。

これを読んでる皆さんならどうしますか。

 

日本滞在中も、その後も児童虐待のニュースが絶えない。

耐えるどころか、日本も虐待件数の増加の一途をたどっている。

実際、児童相談所の虐待相談を扱った件数は、2008年で10年前の6倍以上だという。

つい先日ニュースで、児童虐待のうち産後鬱に起因する虐待死を検証する厚生労働省の専門委員会が、

「虐待死は、妊娠期から産後の育児期に母親が問題を抱えている場合や、精神障害がある場合が多い傾向にある」と

指摘しているのを読んだ。

産後鬱とは、10人に1人にかかるといわれている精神障害だけど、

「ああ、やっぱり虐待をする親は精神障害だったのか」という

差別や線引きを助長しかねないかもしれないと思った。

 

私自身も、今あるサポートがなかったら、またセラピストとして、親として、

自分を見つめる作業をしていなかったら、どうだっただろう。 

公園で出会ったお母さんや、報道される虐待をしてしまったお母さんとは

まったく別なんだとはとうてい思えない。

 

子ども虐待防止センター理事の西澤氏は、現在日本で使われている「児童虐待」という言葉が

暴力や、死に値するものばかり連想させるので、

英語の直訳(Child abuse) に近い「子ども乱用」という言葉を提唱している。

その定義は、「子どものためではなく、その行為を通して親が自分自身の欲求や要求を満たそうとすること」。

私自身も、以前からこの日本で一般的に使われている

「児童虐待」という言葉に違和感があった。

 

ニュースの報道に至るケースは、ほんの氷山の一角で、

身体的なものだけでなく、言葉によるものや、長年積み重ねられ

無意識で行われている子どもの感情面への虐待も含む

「子ども乱用」こそもっと意識をむけるべきなんじゃないかな。

ここの部分が認識されてはじめて、よりより社会的なサポート

を考えることができるのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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セラピー用品のオンラインショップの紹介

2010年12月07日 | お知らせ・耳より情報

ここNYでは、今年初の粉雪がちらつきました。

 

お空から舞い降りてくる、雪を子どもたちと眺めながら、

「雪が踊ってるみたいだね~。」

「明日そりできるね。」と自信たっぷりの娘。

「雪、もっとふらないととけちゃうよ~。」と私。

「なんで~、とけちゃうの?どっから雪ふってくるの?」

なんで、なんでの小さな哲学者と眺める雪空もわるくない。

 

これから、冬も本格的になって、3月いっぱいは本当に寒くて長い冬の到来なんだけどな~。

どうやって過ごそう。

 

 

今日は、素敵オンラインショップを紹介します。

 

アートセラピストの友人の旦那さんが、息子さんの1歳の誕生日を機に主夫

になり、今ベビー雑貨のオンライン(www.sunnyhours.org)をやってます。

かわいいだけでなく、リサイクル可能で、環境にもやさしい雑貨が集められています。

二人の自然体な生き方がすごく素敵。

「イクメンほどかっこよくなくていいんです。子どもにとってのスーパーダディーになろう。」

というキャッチではじまる、オンラインショップ店長の彼のブログも見逃せない。

これから、新しく「playlab」というセラピー用の玩具や用具のラインを立ち上げるそうです。

彼らの夢が実現しつつあるのを応援します!

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わたしの前にある鍋とお釜と燃える火と

2010年10月26日 | 音楽療法のはなし
音楽療法士の生野 里花先生が
ご自身の研究の一環で渡米され、
つい先週の火曜日までNY滞在中の数日間、
うちにゲストとしてお迎えしました。

以前もブログで少し書いたのですが、
先生の著書『音楽療法士のしごと』は、
進路に迷っていた私が大学の生協の本屋でふと手にした本で、
音楽療法士になるきっかけの一つとなったものです。

それ以来10数年後にこうして、先生をお迎えして
なんだか不思議な縁を感じます。

うちの娘たちともすっかり遊んでもらいながら、
音楽療法のことだけでなく、色んな話を近しくさせていただき、
とても刺激的な数日間でした。

小学生になる双子の男の子のお子さんを持ちながら、
なおご自身の研究、実践、教鞭と邁進されている。。。。
私にとってはスーパーウーマン。

先生とお話していて思ったのは、
「限られた時間のなかで、結局自分にとって何が大事なのか」
がよくみえてくること。

また、研究というのも、誰かのため、「おごりや栄達のため」ではなく、
「何が自分にとって、人生の中で意味のあるものなのかを追求し続けること」
なのかもしれないと思いました。
(中には打算的に、計算してしなければならない
研究ももちろんたくさんあるのが現実)

先生は、すごくその点において、自分に正直でおられる
方だなと実感しました。

「残せるのは結果ではなく道筋」とおっしゃっていた
先生の言葉が心に残ります。

今は、子育ても、音楽療法の実践もまだまだ未熟。
やりたいことが山ほどあっても、実際追いついていなくって、
悶々とすることもあるけれど、
「自ずと道は開けてくる」と信じてみよう。
数年後に自分のたどった道をふと振り返って
微笑めるように。。。

最後に、ある詩をシェアしたいと思います。

昔、夫が紹介してくれた詩人、石垣りんさんの
詩集『空をかついで』より
私の好きな一篇をもう一度読み返しました。

自分に言い聞かせるように
言葉を味わいながら。


私の前にある鍋とお釜と燃える火と
石垣 りん


それはながい間

私たち女のまえに

いつも置かれてあったもの

 

自分の力にかなう

ほどよい大きさの鍋や

お米がぷつぷつとふくらんで

光り出すに都合のいい釜や

劫初からうけつがれた火のほてりの前には

母や 祖母や またその母たちがいつも居た

 

その人たちは

どれほどの愛や誠実の分量を

これらの器物にそそぎ入れたことだろう

ある時はそれが赤いにんじんだったり

くろい昆布だったり

たたきつぶされた魚だったり

台所では

いつも正確に朝昼晩への用意がなされ

用意の前にはいつも幾たりかの

あたたかい膝や手が並んでいた

 

ああその並ぶべきいくたりかの人がなくて

どうして女がいそいそと炊事など

繰り返せたろう?

それはたゆみないいつくしみ

無意識なまでに日常化した奉仕の姿

炊事が奇しくも分けられた

不幸なこととは思われない

そのために知識や 世間での地位が

たちおくれたとしても

おそくはない

私たちの前にあるものは

鍋とお釜と 燃える火と

 

それらなつかしい器物の前で

お芋や 肉を料理するように

深い思いをこめて

政治や経済や文学も勉強しよう

 

それはおごりや栄達のためでなく

全部が

人間のために供せられるように

全部が愛情の対象あって励むように

















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第3の目をもつ―子どもを観るということ

2010年09月21日 | 音楽療法のはなし
次女が誕生してまもなくコロンビアエリアで他のお母さん方と始めたプレーグループも、
もうすぐ一年を迎える。

毎週欠かさずをお母さん方が持ち回りで綴ってきた会の記録も一年分。
子どもたちの成長を伝える。

それと同時に、先週の「気づきの会」(「反省会」改め)では、
会が始まって以来子どもの様子をずっとみてきてくれているシスター・ジーンを交えて
―どうしたら子どもの観察と記録をもっと有意義なものにできるか
ということに話が及んだ。

********

観察をして記述するということ自体、自分の目線でみるのだから、主観的行為にすぎない。でも、子どもの言動に、自分の先入観や、感情を入れるのは、客観的な記述ではない。
(たとえば、「A子はおもちゃをとられたので、いらいらしている。」実際、いらいらしているように見えたのかもしれないけれど、それは子どもが感じていることではなくて、もしかして日ごろ自分が感じていることからきているかもしれない。)

客観的な記述は、明らかに他の人が見てもわかること、たとえば「子どもが、走っている。泣いている。」など。そこから、自分がそれに対してどう感じているのかとわかったうえで、記述するのはとても意味のあること。また、こういう見方ができるようになると、たとえば子どもが泣いているのを見て、「子どもが泣いているな」とさらっと客観的にとらえてから、そこから何を感じるか自分の感情により素直に、冷静に接することができる。
こういう見方ができるようになると、ずっと子育てが楽になるのでは。
(子どもが泣いていることを観るときに、自分の色んな感情を移入しすぎて見ていると、「あ~早く泣きやまないか」というexpectationや、なんでどうしようもなくこんないらいらするのかなどと感じてしまいがち。)

********

このやりとりを通じて、真っ先に思い浮かべたのは、
ニューヨーク大学の大学院で受けた音楽療法士になるトレーニングの一つ。
プログラムでは、学生のための音楽療法グループが必須になっていて、
毎週そのグループの記録を提出する必要があった。

グループで起こった出来事(客観的記述)、そこから何を感じたのか(主観的記述)、
そして考察を主に書いていく。
当時は、留学したばかりで、1時間の出来事を事細かに思い出すだけでも時間がかかるのに、
それをさらに英語で書かなければならないという二重苦だったのを覚えている。

後になって思えば、この苦労が報われている。
というのは、セラピストはセラピー中にメモをとれない!
記録を書くときには流れを記憶にとどめて書き留めておく必要があるから。

また今思えば、この記録をすることで、イメージとしては、自分という体から離れて出来事を俯瞰してみる「第3の目」を養うのに役立った気がするんです。

人は、案外目の前で起こる物事に自分の混沌とした感情、感情になる前のemotionみたいなものと一緒に見てしまっているんですよね。

言語を用いた心理療法、また音楽心理療法では、セラピーのなかの転移逆転移を積極的に用いる。

ただ、セラピストがクライエントとのやりとりを通じて感じるものが、どういう感情なのか見ていく必要があります。さらには、それがクイエントから感じるものなのか、自分のなかの現在・過去に抱えているissueからくるものなんかがきちんと区別できていないと
自分の問題を癒すためにクライエントを利用しているなんて危険性もでてくるです。

そういう意味でも、この第3の目をもって、物事と自分を客観的にみて、また自分に戻って
感情に素直になる。自分のissueは、別でdealする。

自分のなかでは、セラピストのマインドって、そんなイメージで、セラピー中はしっかり地に足をつけて、相手のためにありながら、浮遊的な内観をしているんじゃないかなと思っています。

でも、これが自分の子どもの観察となると本当に難しいんですよね。
(その理由は、また今度書こうかな。)





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子どもへのまなざし―イタリアで出会った人々①

2010年09月06日 | 日記
先月末に、長い夏休みを終えて、日本滞在、姉の住むドイツ、イタリア訪問をへて、NYに戻って来ました。

仕事は、講演会以来、完全にオフ。
子どもたちと家族で過ごす今まで一番長い休暇でした。

この夏の旅で、印象的だったのはイタリアという国の懐の深さと、
人々のくったくのない温かさでした。今日は、そのエピソード①

*********

ドイツのミュンヘンかららイタリア、フィレツェまで、二人の子どもを連れ、
計8時間の鉄道の旅。

どうなるかと思っていたけれど、イタリアの国境に入って驚いたのは
隣合わせたイタリア人たちの子どもへの接し方でした。

子どもを連れて、肩身狭く、スーツケースとベビーカーを引きずって
やっとのことで自分たちの席を見つけだす私たち。

すると、向かい合わせで乗り合わせた人々が、まるで家族のように
退屈した子どもをあやしている姿が飛び込んできます。

子どもを膝に乗っけて、向かい合わせた乗客と談笑している元気なイタリア人気質の
おばちゃんが、私たちが腰を落ち着けるや否や、イタリア語で、うちの子たちに向かって
「かわいい、かわいい」と絶賛している。

私たちは、てっきりみんな家族だと思っていたら、手をもてあました
実の親が時折、自分の子どもの様子を見に来ては、
またのんびり自分の席に帰って行くのが見えた。

しばらくすると、「チャオ!」といって、みんなばらばらの駅で降りて行ったのを
見届けて初めて、みんな見ず知らずの、たまたまそこに乗り合わせた人々だった
という確信を経たのでした。

子どもは、子どもであるというだけで、無条件でみんなに愛しまれるべきもの
―イタリア各地で出会った人々から、そんな子どもへの愛情を感じた。

これが、モンテッソーリを生んだ国なんだなって、肌で感じた旅でした。


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アーツの可能性

2010年06月26日 | 日記
今日、ずっと楽しみにしていたN-CAT主催の公開シンポジウム(下記)
のイベントで、講師として、講演とワークショップをやらせてもらいました。
 
足を運んでくださった方々、ほかの講師の方々、
また何より準備をしてきたスタッフの
みんなからたくさん、いいエネルギーをいただきました!!

スタッフのみんなとは、わたしが渡米してから、2年ぶりにくらいにあったけれど、
時間の経過も感じさせず、同じ志をもった仲間って本当に大事だなって感じました。

思えば、2006年の国際議以来ずっと、CATの日本での普及を目指して、
ネットワーキングをしてきたみんなの努力を今回、肌で感じた会でした。
日本の希望の光!


帰国してからの時差ボケも、一気にふっとびましたよ。
今日は、本当にインスピレーションをもらいました。
(家に帰ると、二人のおちびちゃんは、まだ時差ボケモード。
時差ボケのリズムって、二人とも違うんですね~。夜目覚める時間もバラバラ。
今晩もかな??とほほ)


基調講演をしてくださった、高良 聖(たから きよし)先生の
『表現のもたらす癒しの世界』のお話のなかで、
特に印象的だったのは、先生の恩師で上智大学で教鞭をとられて
いた霜山先生の言葉。


霜山先生は、「スペシャリストになるな、ジェネラリストになれ」
とおっしゃっていたそうです。



教育でも、心理の世界でも
ついついわたしたちは、
シュタイナー流、モンテッソーリ流、とか
ユング派、フロイト派と専門性という鎧で身を固めたくなる。



もちろん、専門性の知識も、技術も大事。

けれど、アプローチにとらわれて、目の前の子どもを枠にはめたり、
自分自身がそれに縛られたりすると、
目の前で、何が起こっているのか、
目の前の人なり、子どもをみることができなくなって
しまうということがありますよね。


本当の意味で、一流であったり、プロフェッショナルな人は、
「専門」外の分野にも開かれている、オープンマインドをもった
実はジェネラリストだったりするな~と納得。


今日は、たくさんの素敵な出会いに感謝です。

ニューヨークから、同じプレーグループをやっている
ママ友達も、子連れで参加してくれました。

小さなZくんが、ロビーで無心に遊ぶ姿を見て、
わたしたちが今日本来集まった意味をもう一度
実感しました。

わたしたち大人が「子ども支援」するというより、
支援するものされるものを超えて、
いかに自分のなかの「子ども」の部分を
耕して、子どもと接点をもてるか。

この点において、アート(表現芸術)は限りない可能性を
秘めているのではないでしょうか。








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公開シンポジウム~クリエイティブ・アーツ・セラピーと子ども支援~

2010年06月07日 | お知らせ・耳より情報
無料講演会・ワークショップのお知らせです。

以前、日本で一緒に仕事をしたり、国際会議を運営した
仲間たちが、講演会に呼んでくれました。

日本で、クリエイティブ・アーツ・セラピーの
普及に尽力をつくして、頑張っている仲間たちと
またこうして一緒に何かが
できてとてもわくわくしています。

というわけで、もうすぐ日本に一時帰国します。
ぜひ、シンポジウムでお目にかかりましょう。


************

公開シンポジウム クリエイティブ・アーツ・セラピーと子ども支援
~表現活動が持つ可能性とは?創造性を生きる力につなげるために~

 人間は誰しも、表現への欲求とそれから学ぶ力を持って生まれてきます。特に言語
表現が未熟な子ども時代は、五感を通して世界を探索し、からだ全体で表現する時期
です。この時期の経験は、やがて生きる力をはぐくむ大切な土壌となります。
 クリエイティブ・アーツ・セラピーはアート、ダンス/ムーブメント、ドラマ、
ミュージックといったアーツ(諸芸術)を意図的に用いる心理療法です。セラピスト
は、子ども達が表現を通して自ら成長していく過程を見守ります。このシンポジウム
では、子どもの支援において「アーツ」がどのような役割を担うのか、その可能性を
みなさんと考えたいと思います。

[プログラム]
1.講義「クリエイティブ・アーツ・セラピーとは」
2.基調講演「表現のもたらす癒やしの世界ー心の相談室から見えるものー」
  講師:高良 聖(明治大学文学部心理社会学科教授・博士(医学)/臨床心理
士)
3.分科会
①「トレーニングを超えた、関わりの中で育まれる人間力ー教育相談におけるアート
とドラマのグループからー」
  講師:倉石聡子(アートセラピスト/臨床心理士)
②「『聴く』という体験がもらたすもの 
-特別支援に生かすミュージックセラピー―」
  講師:鈴木琴栄(ミュージックセラピスト)
③「不登校支援の現場からーこころとからだの有り様ー」
  講師:天野敬子(精神保健福祉士/ダンスセラピスト)
④「子どもの世界に寄り添うコツードラマにおける役割体験をとおしてー」
  講師:井口雅子(ドラマセラピスト/チャイルド・ライフ・スペシャリスト)
⑤「クリエイティブ・ミュージックセラピー
―特別支援におけるグループの実践―」
  講師:鈴木琴栄
⑥「アーツを通して子どもを知る、子どもと語る―ファミリーアートセラピーの視点
からー」
  講師:倉石聡子

日時:2010年6月26日(土)10:00-16:15
場所:がんばれ!子供村ビル全館(豊島区雑司が谷)
    http://www.kodomomura.com/access.html
参加費:無料
定員:70名(先着順)
申し込み:E-Mail info@apconcept.jp FAX 03-5356-8458
      下記内容を記載の上お申し込みください。
      ①代表者氏名 ②参加人数 ③所属などあれば ④参加動機
主催:N-CAT/APCONCEPT
共催:日本ドラマセラピー研究所
後援:豊島区教育委員会
(このシンポジウムは、東京インターナショナルラーニングコミュニティからの寄付
金にて運営しております。)

詳細はこちらをごらんください。
  http://apconcept.jp/news/2010/04/30/01-59-49/

お問い合わせ:シンポジウム事務局 info@apconcept.jp

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「魔の2歳」-反抗期という転機

2010年06月02日 | 子育て、育児、育自
2歳児をもつ親の口から、「terrible two's」という表現をよく聞く。
日本語で、「魔の2歳」または、第一次反抗期とでも言おうか。

うちの2歳半になる娘も、ついにこの時期に差し掛かったようだ。


先月は旦那の学期末と重なって、
いつものサポートがない状態で毎日、朝から晩まで
子どもと向き合う日々。おんぶと抱っこのしすぎで腰やひじは
痛いし、夜ごはんも何をどう作って、食べてしのいできたのか
あまり覚えていない。

私たちの余裕のなさを敏感に察してか、
何か些細なことを引き金に、どうやって
ボタンをかけ違ったかわからないまま、娘の癇癪と
「No」の一点張りが始まって、
うちでも外でも途方に暮れる始末。

自分の娘から発せられるエネルギーの爆発を目の前に、
「これは本当にうちの子か」と疑いたくなる。

反抗だけならまだしも、いつも仲良しだったお友達とも、
物を取り合って、噛むという凶暴性まで悪化。

「噛む」という行為は、一歳半位から始まると言われ、人間にとって最も本能的な
自己防御であり、相手への攻撃でもある。言葉による
コミュニケーションが十分に使えない時期に見られることが多いい。
とはいえ、訴訟社会のアメリカ、しかもナニーが面倒をみることの多い、
公園でこんなことがおこれば、血相をかえて責められる。

噛まれる子、その親も本当に辛いだろうなと思うし、
初めて噛む子どもの親の立場にたってみて、
本当に複雑な気持ちでいたたまれない。


なんとか、噛むという行為は、絶対に許されないことを伝えようとするのだが、
叱っても、少々手荒だが、痛みを教えるために噛み返しても、(年齢に応じた、
タイムアウトも奨励されているが。。。)
まだ完全にいまの段階でなくなっていない。
親の葛藤も含めてまだ、本音で伝えきれていないのだろうか。。。。


「反抗期は、転機である。」とある本が教えてくれた。
子どもの成長に欠かせない、自立の芽生え、そしてそれを
認めてほしいという子どもからの切実なメッセージともとれる。

下の子の世話に追われている、その間に、
知らないうちに心も体も成長をしている娘。

それに気づかず、いつまでも子ども扱いしていたのは、
私のほうだったのかもしれない。

それ以来、言葉づかいにも注意したり、「やりたい」の意思をもっと
尊重して、お着替えも自分で洋服ダンスからとれるようにアレンジしてみたり、
また、癇癪にむかうエネルギーをもっと、はさみやビーズを使った求心的なエネルギーと
集中を要する作業にチャレンジする工夫を日常に取り入れてみたり。。。
とにかく子どものやる気をサポートして、対等に接することにしたら、
最近「いやいや」が少し減ったような気がする。


―子どもは、一体私に何を問いかけようとしているのか。
音楽療法で向き合う子どもたち、自分の娘たちからのも含め、
彼らのメッセージに耳を傾け続けたい。












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