瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第15話―

2006年08月21日 20時52分55秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

暑い日が続いているが、体調はどうだい?

暦上では秋でも、むしろ今時分の気候が1番辛い。

夏バテしない様、用心する事だ。


さて、人間の生活に関って来るとして、昨夜紹介した様な気持ちの好い妖精なら有難いが…悪意を持って近付いて来るのは困り者。

今夜お話しするのは、そんな困り者の妖精についてだよ。



昔、或る遠い国に1人の王が居た。

王は国中で1番美しい大聖堂を建てようと、心を砕いていた。

しかし基礎工事すら終えぬ内に、金庫のお金をすっかり使い果たしてしまった。

工事を完了するには、税金を増やして国民から徴収する以外方法は無い様思えたが、王はそれは宜しくない事だと考えた。


どうしたら良いか悩み、1人山に出掛けた或る日…奇妙な老人に出会った。

苦悩してる様子の王に、その老人は声を掛けて来た。


「何故お前さんは、物思いに沈んでいなさるのかね?」


老人に声を掛けられた王は、「考え込まずには居られません。素晴しい大聖堂を建てようと考え、工事を始めたというのに、もうお金が無いんですから」と、答えた。


すると老人が、「お前さんが頭を悩ます事なんて無いさ。このわしが見事な大聖堂を造ってやろう。王国の何処にも無い、素晴しい物をね。その為のお金も全く要らない。」と言った。


「じゃあ、何が御入用なんでしょう?」


頭の回る王が尋ねると、老人はこう言った。


「王よ、もし聖堂が出来るまでに、あんたがわしの名前を言い当てる事が出来たら、何も要らない。
 全部お前さんのものだ。
 けど、もし名前が解らなかったら、その時はお前さんの心臓を頂くとしよう。」


その時この奇妙な老人の正体が、山に棲む悪いゴブリン(小鬼の様な物)だという事に、王は気付いた。

けれども、聖堂を造るには長い長い年月が掛かるだろう。

きっと出来上がる頃には、自分は死んでしまっている。

死んだ後なら、自分の心臓がどうなろうと気にもならぬと、王は考えたのだ。

そこで承諾すると、ゴブリンの姿は消えてしまった。


昼の間は何事も起きなかった。

しかし夜になると大聖堂の土台周りに、何処からともなく大勢のゴブリン達が集って来た。

ゴブリン達は大きな石を軽々と抱え、大音響響かせ一晩中工事に励んでいた。


翌朝見ると、大聖堂の分厚い壁が、3フィートの高さまで、ぐるりと聳え立っていた。

焦った王は、ゴブリンの名前を言い当てようと懸命に考えては毎晩違う名を言ってみるのだが、工事中のゴブリン達は聞く度に皆笑って野次を飛ばし、「もういっぺん考えてみな」と言うばかりだった。


王は工事を遅らせようと、何かと新しい改良工事を考え出し、ゴブリンに申し入れたりするのだが、それでも僅か一晩で終ってしまうのだった。


とうとう高い塔が出来始めていた。

この分で行くと、いよいよ今晩には出来上ってしまうかもしれない…


王は何とか工事を遅らせる妙案は無いものかと、山中を彷徨い考えた。


歩き回ってる内…何時しか陽は沈み、王は深い洞穴の前までやって来ていた。

中からギャアギャアと凄まじい泣き声が響いて来る。

それは人間の赤ん坊が百人束になっても到底出せぬ様な、物凄い泣き声だった。


不審に感じ、耳をそばだてる…


やがて洞窟の中で雷の様な足音が轟き、赤ん坊をあやす様な、しわがれた歌声が届いた。


「泣かないの、泣かないの、可愛い坊や
 静かにおしよ、そうすりゃね
 
 お前の父さん、ファウル・ウェザー

 明日はお家に帰るでしょ
 王様の心臓お土産に
 素敵な坊やの玩具にね」


母親が歌う嫌な声は、王の耳には心地良い音楽に聞えた。

あのゴブリンの名前を告げていたからだ。

王はそっと洞穴を離れると、町までずっと走って帰った。


もう陽はとっぷりと暮れていて、例のゴブリンは塔の上に金ぴかの風見鶏を取付ける最後の工事をしていた。

王は下から有らん限りの声を張り上げ、こう叫んだ。


「真直ぐに付けろよ、ファウル・ウェザー!」


その途端、ゴブリンは高い塔から真直ぐに落っこちて、まるで硝子の様に、粉々に砕け散ってしまった。


取付ける最中でゴブリンが死んでしまった為、塔の上の金の風見鶏は、今も曲がったままだそうだ。
 


それにしても…人間の命を狙う凶悪な困り者とは言え、正直ゴブリンが気の毒に思えて仕方ない。

残された妻と子供の事を考えるとね…。

大体、基礎工事の時点でお金が尽きるとは、無計画にも程が有る。

まったくお役人様には困ったものだ。


自分の名前を当ててみろと持掛ける妖精話は、グリム童話の『ルンペルシュティルツヒェン』でも見られる。

日本でも鬼が橋を架けてやって、「名前を当てたら命は奪わん」と持掛ける昔話が残されているのだよ。


国が違っても、伝わる昔話に似た様な形が多く見える…

これは「全ての民族が1つから派生している」説を、実証付けるものだと考えられないかい?


…等と民俗学めいた落ちで〆た所で、今夜の話はこれでお終い。


さぁ…それでは15本目の蝋燭を吹き消してくれ給え…


……有難う……連日の熱戦で、観戦していた方もお疲れだろう。

どうぞゆっくり休んでくれ給え。


いいかい?……くれぐれも……


……帰るまで後ろは絶対に振り返らないようにね…。



『妖精Who,s Who(キャサリン・ブリッグズ、著 井村君江、訳 筑摩書房、刊)』より。

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