瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第49話―

2007年08月30日 22時14分31秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今年の宴も、遂に終りが見えて来たね。
始めの頃と比較すると…随分明りが減って、趣が増したじゃないか。
そろそろ何かが出て来ても、おかしくない雰囲気になって来たと…思わないかい?

とは言え、今夜お話しするのは、特に恐いものじゃない。
有名な物語なので、知っている人は多いだろう。



昔々在る所に王様が居ました。
王様には娘が12人も居て、何れ劣らぬ美人ばかりでした。
このお姫様達は、皆一緒に、1つの広間で寝ていました。
広間には12台のベッドが、ずらりと並んでおります。
そして夜、広間にお姫様達が入ると、王様は部屋の戸に鍵を掛け、閂を差すのが習いでした。

所が或る朝、王様が戸を開けて見ると、お姫様達の靴は散々踊った後の様に、ぼろぼろになっていました。
その理由を尋ねてみるも、お姫様達は頑として口を開きません。
城中の全ての人間に探らせても、秘密を突止める事は出来ませんでした。

心配になった王様は、「誰でもよい、娘達が夜中に何処で踊って来るのか突止めた者には、娘の1人を花嫁として選ばせ、自分の亡き後王位を譲ろう」というお触れを出しました。

但し「名乗り出ておいて、3日3晩経っても探り出せなかったら、命は無い」という、恐ろしい約束事も付け加えられました。

すると程無く、或る王様の息子が現れて、この冒険をやってみようと申し出ました。
王子は喜んで迎え入れられ、日が暮れると、お姫様達の寝室の隣の部屋へ案内されました。
そうしてお姫様達が何処へ出掛けて踊るのか、気を付けて居るように言い付けられたのです。
広間の戸は、お姫様達がこっそり何かをしたり、他所へ抜け出したり出来ない様に、1晩中開けっ放しにされていました。

所が夜も更けた頃――王様の息子の瞼は、まるで鉛の様に重くなり、ぐっすり眠ってしまいました。

明くる朝目を覚まして見ると、お姫様達は、やはり12人共踊りに行って来た事が判りました。
底に穴の開いた靴が、部屋に並んでいたからです。
2日目の晩も、3日目の晩も、同じでした。
可哀想に王子は、情け容赦無く、首を刎ねられてしまいました。

その後も大勢の人がやって来て、この危ない仕事に挑戦しましたが、結局皆命を落としてしまったのです。


さて或る日の事――怪我をして、もう勤めの出来なくなった貧しい兵隊が、偶々王様の住む都へやって来ました。

都を通る道の途中で、兵隊は1人のお婆さんに出会いました。
お婆さんは彼に向い、何処へ行く積りかと、尋ねて来ました。

兵隊は「自分でもよく解らないんだ」と物憂げに答えた後、ふと冗談の積りで付け加えました。

「実は…例のお姫様達が、靴が破れるまで何処で踊って来るのか、そいつを突止めて王様にでもなってやろうかな…なんて考えてたりするんだがね。」

それを聞いたお婆さんは、事も無げに言いました。

「そんな事は大して難しい事じゃないさ。
 夜、ワインを持って来られても決して呑まず、ぐっすり眠ったフリをしてれば良いんだ。」

それからお婆さんは、小さなマントを取出し、兵隊に渡しました。

「これを羽織ると、姿が見えなくなるからね。
 お姫様達の後を、こっそりつけて行く事が出来るよ。」

良い知恵を授けられた兵隊は、本気でその仕事をやってみる気になり、心を決めて王様の前へ出て行くと、お姫様を戴きたいと申し込みました。
すると今迄申し込んだ人達と同様に、王室の人間と変り無く、手厚くもてなされました。

日が暮れて寝る時刻になると、兵隊は控えの間へ案内されました。
寝床に入ろうとした時、1番上のお姫様がワインを1杯持って来ました。
しかし兵隊は、顎の下に括り付けておいたスポンジに、こっそり滲み込ませ、1滴も呑まずにおきました。
それから横になり、暫くじっとして居ましたが、やがてぐっすり寝込んだ様に、大鼾を掻き始めたのです。
これを聞いた12人のお姫様達は、笑い出しました。

「こんな事に手を出さなければ、この人も命を長らえられたのにね」と、1番上の娘が憐れむ様に言いました。

兵隊が眠った事を確認すると、お姫様達は起き出して、衣装箪笥や大箱・小箱を開け、煌びやかなドレスを纏いました。
そして鏡の前でお化粧し、そわそわと待ち切れない様に、広間を跳ね回りました。
ただ、1番末のお姫様だけは、不安げに顔を曇らせ、ぼそぼそと呟きました。

「どうしてかしら?
 …何だか胸騒ぎがするの。
 誰かにこっそり見られている様な…。」

これを聞いた1番上のお姫様は、笑って言いました。

「本当に貴女は臆病ねえ。
 何時もそうやって、びくびくしてばかり。
 こっそり見られて居るだなんて…まさかあの男が実は起きているとでも?
 そんな心配無用ですよ!
 あんなに煩く鼾を掻いて…起きる気配など、毛筋も見えないわ!
 今迄大勢やって来たけど、誰1人謎を解けなかった。
 …あの男なんて、眠り薬を盛る必要すら無かったかも!」

仕度を終えたお姫様達は、用心の為、再び隣室で眠る兵隊の様子を窺ってみました。
しかし兵隊は目を瞑って身動き1つしなかったので、これなら大丈夫と安心し、顔を見合わせ、にっこり笑いました。

1番上のお姫様が、自分のベッドをとんとん叩きます。
するとベッドは忽ち床の下へ沈んで行き、後にはポッカリと穴が開いていました。
穴から地下には、階段が続いています。
お姫様達は上から順々にその穴を潜ると、衣擦れの音を響かせ地下階段を下りて行きました。

この有様をこっそり部屋の外から覗いていた兵隊は、直ぐさま貰った小さなマントを羽織りました。
すると途端に兵隊の姿は透明に変り、見えなくなってしまったのです。

大急ぎで末のお姫様の後ろに従いましたが、慌てていた為、階段途中でうっかりドレスの裾を踏んでしまいました。
末のお姫様が、びっくりして叫びます。

「あ!誰かが後ろから、私のドレスを掴んだわ!」

しかし1番上のお姫様は、怯える末のお姫様を窘めます。

「馬鹿な事を言うのはお止め。
 大方釘にでも引っ掛けたんでしょう。」

階段を下り切り、着いた底には、素晴しく綺麗な並木道が続いていました。
木の幹も枝も葉も全て銀で出来ていて、闇夜にきらきらぴかぴか光っています。

兵隊は、「1つ証拠の品を持って帰るとしよう」と考え、小枝を1本折りました。

すると木が――ポキーン!!と、大きな音を立てました。

「あら!?何、今の音!?」

末のお姫様が慄いて叫びます。

「あれはお祝いに撃つ大砲の音よ!
 きっと王子様達が、私達が来るのを歓迎して、撃たせているのでしょう!」

1番上のお姫様は、末のお姫様の心配を気にも懸けず、笑って答えました。

何時しか並木は、金色に変っていました。
幹も枝も葉も全て見事な金で出来ていて、まるで真昼の如くきらきらぴかぴか光り輝いています。
兵隊は此処でも小枝を1本折りました。

また木が――ポキーン!!と、大きな音を立てます。

「あ!また音がしたわ!!」

末のお姫様が再び怯えて叫びます。

「ですから、あれは、お城で撃ってる祝砲です!
 私達の到着を、王子様達は今か今かと待ち侘びていらっしゃるのですよ!」

しかし1番上のお姫様は、やはり気に懸けようと致しません。

並木は終いに、幹も枝も葉も全て、ダイヤモンドに変っていました。
あまりの眩さに、目が眩んでしまいそうです。
兵隊は此処でも小枝を1本折りました。

三度木が――ポキーン!!と、大きな音を立てます。

「ああ!また鳴ったわ! 
 …幾ら何でもおかしいわよ。
 祝砲を何度も撃つなんて…。」

末のお姫様はすっかり縮み上がってしまいました。

「いいえ、ちっともおかしくは感じませんよ!
 きっと私達が、もう直ぐ王子様達の魔法を解いてあげられるから…。
 喜ばれて、何時もよりも多く、撃っているのでしょう!」

しかし1番上のお姫様は、断固祝砲だと言い張りました。

並木が切れた頃、大きな湖が目の前に現れました。
湖には小舟が12艘浮んでい、美しい王子が1人づつ座って居ました。
お姫様達が湖岸に到着すると、王子達は微笑みながら小舟を近付けました。
そして、それぞれお姫様を1人づつ舟に乗せて行くのを見た兵隊は、末のお姫様と一緒に乗り込む事にしました。

「どうしたんだろう?
 今夜は舟が何時もより重い気がする。
 有りったけの力を出して漕がないと、前に進まないぞ。」

末のお姫様を乗せた王子が、首を捻って不思議がります。

「きっと、この陽気のせいだわ。
 私も何時もより疲れている気がするもの…。」

末のお姫様は、汗をハンカチで拭いながら、王子に答えました。

湖の向うには、皓々と明りの点いた、美しいお城が建っていました。
お城からは、太鼓やラッパが奏でる楽しい音楽が、始終鳴り響いて聞えます。
王子達は舟を漕いで向う岸へ着けると、お姫様達をエスコートして、お城に入って行きました。

そして王子達は、それぞれ自分の好きなお姫様と踊りました。
兵隊も一緒になって踊りましたが、その姿は勿論誰にも見えませんでした。
お姫様の1人がワイングラスを手に取ると、兵隊が直ぐに呑干してしまうので、グラスを口へ運んだ時には空になっていました。
その度に末のお姫様が恐がって騒ぎましたが、その度に1番上のお姫様が叱って黙らせました。

お姫様達は、此処で明け方の3時まで踊りました。
その頃には、靴はすっかり履き潰れてい、お姫様達は仕方なく踊りを止める事にしました。

王子達は、また湖を小舟で渡って、お姫様達を送り返しました。
兵隊は今度は前に出て、1番上のお姫様の舟に乗り込みました。
岸に着くとお姫様達は、それぞれ好きな王子に別れを告げて、明日の晩もまた来る事を約束しました。

並木を抜け、階段の所までやって来ると、兵隊は皆より先に駆け上り、自分のベッドに潜り込みました。
そして、12人のお姫様達がくたびれてのろのろと上って来た時には、大鼾を掻いて本当に眠ってしまいました。
それを目にしたお姫様達は、再び顔を見合わせ、くすくすと笑いました。

「どうやらこの男も心配無いようね。」
「明後日には命を落す事になるのに、呑気なものだわ。」
「可哀想に…。」

それから、美しいドレスを脱いで片付け、踊ってぼろぼろになった靴をベッドの下に置くと、横になりました。

次の朝、兵隊は未だ何も言いませんでした。

そして、この奇妙な振舞いをもっと観察してやろうと思い、2日目の晩も3日目の晩も、お姫様達について行きました。
すると何もかも最初の晩とすっかり同じで、お姫様達はその都度、靴がぼろぼろになるまで踊り続けて居ました。

3日目の晩に、兵隊は水晶で拵えられた美しいグラスを1つ、証拠の品として持って帰りました。


いよいよ王様に答えなければならない日が来ると、兵隊はあの3本の小枝とグラスを持って、王様の前に出て行きました。

王様が、「私の12人の娘達は、夜中に一体何処で、靴が破れるまで踊って居るのか?」と尋ねると、兵隊は、「12人の王子達を相手に、地下の城で」と答えて、これまで目にした成り行きをすっかり話し、証拠の品々を取出しました。

話を聞いて驚いた王様は、直ちに娘達を呼ぶよう、申し渡しました。
すると、こっそり物陰に隠れて、兵隊の話に聞き耳を立てて居た12人のお姫様達が、蒼い顔して前に出ました。
王様は娘達に、今兵隊の話した事は本当か、と尋ねました。
秘密がすっかりバレてしまったお姫様達は、諦めて全て白状しました。
それを聞き、王様は直ぐに広間に在る娘達のベッドを叩いたり、床の下を調べさせたりしましたが、地下へと続く階段は一向に現れませんでした。

「お前達は魔物に騙されていたのだ。
 ……危うい所だった。」

王様は兵隊に心から感謝を述べると、どの娘を妻に欲しいか尋ねました。

すると兵隊は、「私はもう若くありません。ですから、1番上の方を戴きたい」と答えました。

そこで、その日の内に結婚式が挙げられ、王様は、自分の亡き後は兵隊に国を譲る、と約束しました。


所であの王子達は、12人のお姫様と踊った夜の分だけ、魔法にかかっている日が延びる事になりました。



…とこの様な、不思議な物語である。
考え様によっては恐い…王子達の正体は一切明かされず、その後どうなったのか、魔法が解けたらどうなるか等の説明が、全く書かれていないのだから。
異界の表現が、誠に妖しく美しい。
ダイヤの並木は少々余計に思えるが(そもそもダイヤの枝では、流石に易々とは折れないだろうと思うのだが…)、金と銀の並木を通って行く場面は、想像するだに幻想的。

それにしても「自分はもう若くないから、1番上を貰いたい」と言うのは、かなり失礼な言い分じゃないだろうか。
自分達の秘密を探れず首を斬られる男達を、平気で見て居られる姫様を嫁にして、その後兵隊は果たして安楽に暮せたものか…色々気になる点が多い話である。


今回微妙に怪談から外れたが、話はこれにてお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

それでは帰り道、異界に迷い込まないよう、くれぐれも気を付けて。
後ろは絶対に振り返らないように…。
夜に、鏡を覗いたりしないように…。

では御機嫌よう。
今年最後の晩を、楽しみにしているよ…。



『完訳グリム童話集6巻(ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム 作、野村泫 訳、ちくま文庫 刊)』より。

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2 コメント

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ありがとうございました! (かるら)
2007-08-30 23:51:57
いよいよ明日で最後の夜ですね。

童話というものは決して優しいだけではないのは知っていますし、世界各国を比べてもよく似た話が伝わってますし、不完全なものも多いですがどのお話も興味深かったです。
今年はホラーかと毎年ビビリながら魅了されているんですが(苦笑)今年も楽しませていただいてますありがとう!

今日のお話としてはどうして思い込みの激しいうっかりの第一王女をもらったのかが気になる。好みだったと言うことにしておこうか。
若けりゃいいとは思わないけどね。
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こちらこそお付合い戴き… (びょり)
2007-08-31 21:46:54
有難う御座いました!

メルヘンって基本恐いものってイメージが有ります。
人の欲望がストレートに表されてるせいかも。

確かに…国が違っても、似た様な話が存在してるのを、よく見掛けますよね。
「その化物ってのは、こんな顔してたかい?」と言って振向いた蕎麦屋の顔はのっぺらぼ~、なんてのは中国から伝わったものらしいし…岩手で伝えられてる話とそっくりなのが、グリム童話の中にも在ったり…。

きっと元は同じで、それが長い時を経てく中、色んな人の夢(欲望)を吸って、枝分かれし、それぞれ伝えられて行ったのでしょう。

どうして嫁に選んだか?――本当に1番年喰ってたからっつう理由なら、結婚後即喧嘩別れしそうですよね。(笑)
てゆーか…この話、何とな~くゾロとナミで書いてみたいな~と考えてたり。
んで今日出した話は、ルフィで書いてみたかったり。
パクリになるから投稿は出来ないけど…ワンピキャラでグリム童話パロって、ちょっと書いてみたいな~と、ずっと考えてるんですよ。(恥笑)

応援コメントどうも有難う御座いました♪
かるらさんの連載も、遂にエピローグを残すだけとなりましたね!
漂流後の盛り上りは、見事としか言い様が無いですよ。
大団円を楽しみにしております!
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