瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第60話―

2008年08月19日 21時11分24秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
また暑い日が戻って来たようでまいるね。
東京の残暑は年々厳しくなって来て、何時か沖縄すら超えるんじゃないかと思えてしまうよ。

さて今夜話すのは中国版隠れ里譚とでも言おうか。
我々が暮らすのとは次元を異にするような幻の里、都…隠れ里伝承は、世界中何処ででも聞くが、これは少し変わった形式で書かれている。
紹介者の岡本綺堂曰く、宋の時代に徐鉉(じょげん)が古今の伝奇小説を蒐集し、著した『稽神録(けいしんろく)』の中に収録されていたものらしい。




梁(りょう)が治めた時代、青(せい)州の商人が海上で暴風に出遭い、何処とも知れない国へ漂着した。

船上から見渡してみるに、それは無人島ではない様子で、山川だけでなく、城も在るらしかった。

「…何処だろう?」

商人から問われ、船頭は「そうですねえ…」と呟いて思案した。

「私達も多年の商売で、方々へ吹き流された事が有りますが、こんな処へは一度も流れ着いた事が有りません。
 何でも此処らの方角に鬼国(きこく)と云うのが在ると聞いていますから、或いはそれかも知れません」

何しろ訪ねてみようという事に決まり上陸すると、家の造りや田畑の様は人々の住む国とちっとも変らない。
ただ変っているのは、途中で逢う人々に会釈しても、相手は皆知らない顔をして行き過ぎてしまうのだった。
どうやら向うの姿はこちらに見えても、こちらの姿は向うに見えないらしく思われた。

やがて城門の前に行き着くと、そこには門を守る人間が立って居た。
試みに会釈をするも、やはり知らない顔をしている。
そこで、構わずに城内へ入り込んで行くと、建物も中々宏壮で、城中を往来している人物も皆立派に見えるが、どの人もやはりこちらを見向きもしない。
益々奥深くまで進み行くと、王宮では饗宴の真っ最中らしく、大勢の家来らしい者が列坐している。
その服装も器具も音楽も皆、人々の住む国と大差が無かった。

咎める者が無いのを幸いに、人々は王座の側まで進み寄り窺うと、王は俄かに病に罹ったと言って騒ぎ出した。
そこで巫女らしい者を呼び出して占わせるに、その女はこんな神託を下した。

「これは陽地の人が来たので、その陽気に触れて、王は俄かに発病されたので御座ります。
 しかしその人々も偶然に此処へ来合せたので、別に祟りを為すという訳でも御座りませんから、食い物や乗り物を与えて還してやったら宜しゅう御座りましょう」

直ぐに酒や料理が別室に運び込まれたのを見て、人々がそこへ行って飲んだり食ったりしていると、巫女を始め他の家来等も来て何か祈っている様子だった。
その内に馬の用意も出来たので、人々はその馬に乗って元の岸へと戻った。
その後再び船を出して、無事人々は国に戻れたそうであるが、初めから終りまで向うの人達にはこちらの姿が見えなかったらしいと言う事だった。

これは作り話などでなく、青州の節度使「賀徳倹(がとくけん)」、魏博(ぎはく)の節度使「楊厚(ようこう)」等と言う偉い人々が、その商人の口から直接に聴いたのだと申している。




訪れた者の方が姿が見えず、むしろ怪しまれるという展開が面白い。
通常の隠れ里伝説とは立場が逆なのだ。
人々は訪れた場所を「鬼国」と呼んでいるが、むしろその国の人達から見れば、訪れた人々こそ「鬼」であったに違いない。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

それじゃあ忘れ物の無いように、気を付けて帰ってくれたまえ。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。



参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 稽神録―鬼国―の章より)』。

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