フィギュア萌え族(仮)犯行説問題ブログ版

テレビや新聞メディアの疑問報道の問題と、児童ポルノ法や非実在青少年規制などのメディア規制の問題について

NEWS23、「宮崎勤処刑命令は鳩山氏自身によるもの。」その後、都条例可決の方向について両論報道。

2010-12-13 23:29:57 | 児童ポルノ禁止法・非実在青少年規制問題
NEWS23が、宮崎勤への処刑命令は鳩山元法相が自分の意向で下したと報道しました。その後、都条例問題について、漫画家や出版社からの反発を交えて報道しました。

宮崎勤の処刑に関しては、秋葉原無差別殺傷事件に合わせて、庶民の「処罰感情」を満たす為に政治的に行われたのでは?という指摘がありますが、本当の所は分かりません。しかし、少なくとも鳩山元法相の強い意向が働いた事だけは確かな様です。


都条例問題に関しては、力足らずな私が多くを語る立場にはありませんが、表現規制に反対する運動の火を消してはいけないと思います。

同じ「ゾーニング」や「レーティング」にしても、作家や出版社が自主的に行う事と、行政が「有害」や「低俗」のレッテルを貼る為に行う事では、大きく違います。

これらの自主権を回復する為に、この先コンテンツ業界は努力するべきです。

「委縮」こそが敗北の第一歩なのです。


また、「10万人の宮崎勤」発言に象徴される「オタクバッシング」それ自体は、オタク世代が社会の中枢に進出するに従って収まってきましたし、今更、自局のドキュメンタリー番組でオタクを叩いて見せる事で、視聴率に繋げようと考えているディレクターは少なくなったのではないかと私は思っています。(そもそも、「フィギュア萌え族(仮)」自身、大谷昭宏氏が考案した造語ではなく、番組のプロデューサーが考えたものらしいです。「アキバホームレス」も「ネットカフェ難民」程には流行らなかったわけですし。)

「オタクバッシング」は、一種の「世代間闘争」だったわけですが、「漫画規制条例」の問題は、「親」という立場と、
「コンテンツ作者・消費者」という「立場」の違いに起因する闘争だと、私は思います。


親たちだって、自分がコンテンツの消費者の立場に立てば、自由な表現を満喫したいのだと思います。しかし、自分の子供にはそれを見せたくないという思考になっているのだと思います。

そこのところを、親御さんたちの教育の裁量で解決していくべきなのに、行政に「公的規制」のフリーハンドを与えてしまうという誘惑に、「親」としての立場から乗ってしまう。

というのが、今回の民意について議論がうまく噛み合っていない原因ではないかと思います。

刺激的なコンテンツを安心して親子で楽しむ方法を、今回反対に回った有識者たちで提案していく必要があるのかもしれません。

まずは、話し合いのテーブルについてもらう為にも。

大手出版社が、ボイコットを解く為の、「歩み寄り」の材料として、これを行うと言うのはどうでしょうか?


いや、今回明らかに力足らずだった私が言えた義理ではないのですけどね。
ジャンル:
政治
キーワード
ネットカフェ難民 フリーハンド フィギュア萌え族 ドキュメンタリー番組 ゾーニング レーティング 秋葉原無差別殺傷事件
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