f-kafkappaの日記2  ~ 緑と青の風に乗って~

放置していた「弧愁庵人の逆襲」を再開します。
新聞・テレビの嘘と不正義を見抜く習慣を!
日本に原発は要らない!!

北の宮沢賢治・南の新見南吉、、、5年ぶりの知多半島・半田訪問

2016年11月05日 19時29分21秒 | Weblog
11月3日は「文化の日」、、、これを「明治の日」にしようと企む議員連盟があると聞いてびっくり。
ま、日本会議の考えることは正直

「わかりませぇ~~~ン」

それはさておき、
私はおよそ「文化」とかけ離れた人間で、今は本も読まないし映画も見ない。テレビもサッカー以外は見ないし博物館・絵画館巡りもしない。
何のために生きてるかわからない「昆虫や下等動物並みのただただ生息しているだけ」ですから、、、。

そうはいっても暇な時もあるわけで、もう一度行きたいと考えていた半田市の「新見南吉記念館」に行ってきました。
私の愛する「湘南ベルマーレ」の試合が名古屋であるもので、そのついでです。
ベルマーレに関しては山ほど書きたいわけですが、どうせ一般的には興味ないことと考えていますので省略。
ただ、私はチケット完売の中でチケットも無いのに名古屋まで飛んで行った!とだけ書いておきましょう。必然スタジアムには入れぬまま、その周りでベルマーレの勝利を祈り続けたと。

宮沢賢治は岩手出身

福田こうへい╱南部牛追唄



新見南吉は愛知県出身

OTOMISANの名古屋甚句

さてさて、新見南吉記念館。









この方は館長?
昼に仕事終えてからの出発で、前日夕方名古屋着ですでに閉館していたために翌日早朝再び訪問しました。
前の日に閉館後訪ねてくれたことを知っている館長さんは早朝一番、10分前にわざわざ開けてくれて、案内してくれました。
恐縮です。
「私は北の賢治記念館と南の南吉記念館を訪ねるのが生きがいです」というと
館長は
「宮沢賢治のような有名な天才とは比べようもないが、、、」
というので、私はこういいました。
「いえ、それは違います。二人とも天才です。私のふるさとは岩手ですが小学校の時には南吉しか読んだことはありませんでした。周りもそうでした」
「子供には難解だったからでしょうね、、、」
「いえ、、、貧しい岩手にあって、そのことを賢治自身も苦しんだのですが、彼は豪商の生まれで貧しい岩手の庶民には少し違和感があったのです。それは大きな勘違いでしたが、、、でも新見南吉はよく読まれていたと思います」

館長自ら
「ここは手袋を買いに」をイメージしました。
欄間の「boushi youhuku」・これは実際に半田市にあった洋装店の店の欄間をそっくり使いました。南吉が生きていた時代のそのものです。
との説明を感心しながら聞きました。





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