f-kafkappaの日記2  ~ 緑と青の風に乗って~

放置していた「弧愁庵人の逆襲」を再開します。
新聞・テレビの嘘と不正義を見抜く習慣を!
日本に原発は要らない!!

アーカイヴ2015.12.26「悪魔の系譜・福島県医大の闇・・・」

2017年02月12日 09時19分49秒 | Weblog
そのまま貼り付けます。
今日は凍えるような寒さの中で平塚の河川敷グランド(馬入)でベルマーレの練習試合を見るために忙しいのです~



WHOはIAEAから資金援助を受けていますから、世界的に原発村に逆らう発言は控えるのです。これ常識。
ということは、人類の健康に関する機関は人体に与える放射能被害に関しては口をつぐむ・・・・ということです。



カールオルフ カルミナ・ブラーナ おお、運命の女神よ


WHOはIAEAから資金援助を受けていますから、世界的に原発村に逆らう発言は控えるのです。これ常識。
ということは、人類の健康に関する機関は人体に与える放射能被害に関しては口をつぐむ・・・・ということです。
悪魔の系譜 重松逸造~山下俊一・・・というのを昔、書いた。
広島原爆投下による放射能被害の研究ABCC由来の施設を事実上乗っ取り、君臨し、IAEAの加護の元、チェルノブイリ原発事故では放射能被害は見当たらないと「世界中を唖然とさせた」キ○ガイ日本人医師として有名な重松逸造と、それに連なる悪魔・福島県医大の山下俊一である。
山下俊一は,今回のフクイチの事故に際して
「笑っていれば放射能の病気なんてかからない」
とか何とか言って、やっぱり世界中をあんぐりさせたキ○ガイ医師である。

1991年、チェルノブイリ事故への安全宣言を出したのはIAEAだ。その時、IAEA事故調査委員長を務めたのは、重松逸造とう人物だ。重松氏は、放射線影響研究所の理事長を務めた経験を持ち御用学者としていたるところで糾弾されている。。調査は、被害が大きい地域に入らずにおこなわれたという。当時のドキュメンタリー番組の一部を文字におこした。櫻井よしこ氏とジャーナリスト広河隆一氏が重松逸造氏を糾弾している



結局、福島原発爆発事故で「福島県医大」は、焼け太りしたのです。
国からはいくらでも金を引き出せることになりました。
福島県民の健康調査は県医大だけで引き受けるような形になりました。
こんな県医大に誰が信頼を寄せます❓
だって国に都合のいいことを言い続ければ、金はいくらでも湧いてくるんですよ。
「フクイチの放射能被害で子供らが大量に癌になった」とは、口が裂けても言わないんです。







こんな記事もあるので参考までに
御活躍中の御用医学者と731部隊の関係を調べてみた。意外と簡単に結びつくので驚いた。
(以下敬称略)

まずは長崎大学から。

==== 長崎大学医学部(旧長崎医大) ====

山下俊一、高村昇らが活躍(暗躍)する長崎大医学部は元731部隊関係者の巣窟であった。
少なくとも次の4人が関係者だと言われている。

林一郎(病理) 長崎大学名誉教授・日本先天異常学会会長
斎藤幸一郎 (生理) 長崎医科大学教授・金沢医科大学第1生理学教室教授
青木義勇 (細菌) 長崎医科大学教授
福見秀雄 (細菌・防疫) 長崎大学学長・長崎大学教授・ 国立予防衛生研究所(予研)第6代所長

福見秀雄は1980年に長崎大学学長に就任。
同年、長瀧重信が医学部教授に、のちに医学部長になっている。
長瀧の教え子が山下俊一、そのまた教え子が高村昇である。

長崎大医学部は、731部隊直系の研究組織と言ってよい。
そして、そこから御用学者が何人も出ていることは決して偶然ではない。


==== 重松逸造 ====

重松逸造は御用医学者を語る上で極めて重要な人物、キー・パーソンである。

彼は終戦当時、ラバウルで海軍軍医をしており、731部隊で研究していたわけではないようだ。
しかし彼の恩師や同僚は731関係者が非常に多い。とくに長崎大教授たちとは深い交流があった。
福見秀雄とは共著で論文を書いているし、林一郎とも知己であった。
斎藤幸一郎とは金沢大で働いている。
その金沢大(旧金沢医大)も、戸田正三、石川太刀雄丸、二木秀雄などが在籍し、長崎大と並ぶ
731出身者の巣窟であった。

重松は彼らから731部隊の悪魔的な思想・精神をしっかりと受け継いだと考えてよい。

米国が組織した原爆傷害調査委員会(ABCC、Atomic Bomb Casualty Commission)の
日本側初代代表は都築正男だったが、GHQの原爆に関する研究発表禁止に反発し追放処分となり、
その後継者となったのが重松である。(まともな人間がハネられるのは原子力ムラの常である)

ABCCはデータを取るだけで全く治療をしてくれない、と原爆被爆者の激しい非難を浴びた。

そのABCCは1975年に放射線影響研究所(放影研)に改組され、重松は第3代理事長となり、
1981年から16年にも渡り、原爆被害の隠蔽・過小評価に尽力した。
そのあとを継いだのが弟子の長瀧重信で、第4代理事長に就任した。

重松、長瀧とも1960年前後にハーバード大学に留学している。
当時は、特別なコネでもなければ海外渡航はできなかった時代である。
奨学金をもらい留学"させてもらった"のかもしれない。要するに米国(IAEA)のヒモつきだ。
恩義があるから米国の言うなりであり、原爆の被害を過小評価するのは当然のことであろう。
(アメとムチは米国のお家芸であり、安部首相の祖父・岸信介はA級戦犯だったが、
 無罪放免と引き換えに米国の走狗となった)

重松は水俣病、イタイイタイ病、スモン病など多くの公害、薬害事件において、事実を隠蔽・改ざんし、
常に政府・企業側に有利な報告をでっち上げている。

また長瀧らとチェルノブイリ原発事故の調査をし、住民に健康被害はないとのトンデモ報告書をまとめ、
全世界から非難を浴びた。(このときの後援者がIAEAと結託した笹川財団である)
重松はIAEA、ICRP、WHOの委員も務めている。

彼は筋金入りの御用である。困ったことに弟子も多い。
2年前に彼が亡くなったときには、あちこちで歓声が上がったという。むべなるかなである。


==== 広島大学医学部 ====

長崎大と比べて、広島大には731部隊の主だった関係者は在籍していなかったようだ。
しかし放影研、重松逸造との関係は深い。

まずは原子力安全委員会委員の久住静代(放射線影響学)。20ミリシーベルト提案者である。
彼女は重松の教え子であり、放影研、広島大学原爆放射能医科学研究所(原医研)で働いている。

次に神谷研二教授。原医研所長であり、福島県立医科大学副学長に就任した。
この人も重松の弟子であり、長瀧重信とも仕事をしている。

原医研では2006年に放射性ヨウ素131のずさんな取り扱いが内部告発で明らかになり、
文科省による立ち入り調査を受けた。
しかし研究総括責任者の神谷は政治力を駆使、「訓告」だけですんだ。

ほかにも原医研では不祥事が多く、1969年に患者に他人のがん細胞を注射し、体内で生成された抗体を
また元のがん患者に注射するという731顔負けの人体実験が発覚、担当助教授は辞任した。
また2005年、腫瘍外科研究分野の教授が医師派遣に絡む受託収賄容疑で逮捕された。


==== 国立公衆衛生院 ====

東大系の研究所では、国立公衆衛生院、東大医科学研究所(旧伝染病研究所)、
国立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)の3つが731部隊との関わり合いが深い。

まず国立公衆衛生院であるが、関東大震災の復興援助として、ロックフェラー財団から
建物・設備が寄贈されたのがその始まりである。

ここの疫学部長に就任したのが野辺地慶三である。彼は1923年、ハーバード大学に留学、
帰国後数々の業績をあげ「公衆衛生の父」と呼ばれている。
1958年にはABCCの疫学部長に就任している。

この人物も731部隊、そして米国との関わり合いが深い。
戦後、百日咳の研究で、731部隊の最高幹部であった北野政次、安東洪次と協力している。

重松逸造は野辺地の教え子で、1966年に疫学部長に就任している。

国立公衆衛生院は2002年、改組により国立保健医療科学院となり、
現在は、汚染食品からの被ばくは小さいなど安全キャンペーンをやっている。


==== 東大医科学研究所(旧伝染病研究所) ====

上昌広教授、坪倉正治医師の所属する医科学研究所(医科研)は、初代所長があの北里柴三郎で、
由緒ある、エリート医学者のための研究所である。

しかし第7代所長・田宮猛雄は731部隊への人材供給役であった。
宮川米次(第5代伝研所長)、細谷省吾、小島三郎、柳沢謙、金子順一、安東洪次、緒方富雄、浅沼靖
などの研究者が731部隊に関与したと言われる。戦後、何食わぬ顔で東大教授になった人もいる。

戦後、731部隊長・北野政次が伝研に現れたとき、もっとも北野を庇護したのがこの田宮であったと言われる。

戦後、田宮は731部隊で得た成果を利用し、リケッチアによる伝染病、つつが虫病の研究で有名になり、
国立がんセンター初代所長、そして日本医師会会長まで登りつめ、医学界のボスとして君臨した。

水俣病では田宮委員会を組織し、熊本大医学部の有機水銀中毒説をつぶし、被害を拡大させた。

田宮が初代所長になった国立がんセンターだが、ここも問題が多い。

上昌広は、2001年から国立がんセンターで造血器悪性腫瘍の臨床研究をしていた。
国策遂行が最優先され、臨床試験を効率よく行なうために、重篤患者を切り捨て他の病院に回すのが
当たり前だったと語っている。患者の命よりも研究成果が重視されるのだ。

「国立病院に生き続ける陸海軍の亡霊」 (MRIC Vol.198 2008/12/22)
http://mric.tanaka.md/2008/12/22/_vol_198.html

ちなみに、2011年9月に山下俊一は、日本対がん協会(垣添忠生会長)から「朝日がん大賞」を受賞したが、
垣添は元国立がんセンター総長であった。まさにズブズブの関係だ。

フィルムバッジを福島住民に配布することを提言したのもここ。

ここも汚職など不祥事が相次ぎ、2010年に独立行政法人へ移行、国立がん"研究"センターと改称している。

インタビューで、上教授は福島で収集したデータが高く売れると話している。
http://www.asyura2.com/13/genpatu32/msg/595.html

住民の命、健康を守ろうという姿勢は全くうかがえない。彼にとって福島は金ヅルでしかないようだ。
"モルモット"が逃げ出さないよう、後輩の坪倉正治を福島に派遣して安全デマを流布している。

「将来奴ら(福島県民)は、集団訴訟とかするんやろなあ」と酔って話したという話も伝わっている。
しかしまるで他人事、責任感は全く感じられない。
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/aacebb2e3d5f936dce460130bdfd2f30


==== 国立感染症研究所・旧国立予防衛生研究所(予研)====

戦後、米軍命令で予研が設立され、伝染病研究所から約半数が移籍している。
ここもまさしく731部隊の牙城、再就職先であり、柳沢謙(結核研究)、そして前述の福見秀雄など
何人もの731関係者が在籍した。

そして、戦後も米軍と協力して密かに人体実験を続け、犠牲者を出している。
ここにそのまとめがある。福見秀雄の名前が何度も出てくる。
出展は、新井秀雄著「科学者として」(幻冬社)

「わしの本の予定と、『予研』問題のコンジョいる入門講座」 (宮崎学 2000/11/6)
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/8536/yoken.htm

薬害エイズの非加熱製剤を合格させたのも予研である。
また予研は1947年から1975年にかけてABCCに協力をしている。

1989年、住民の反対を押し切って、東京・新宿区戸山の旧陸軍軍医学校跡地に予研の建物を建設工事中、
大量の人骨が見つかった。ここには731部隊の日本における拠点があったため、その関連性が疑われている。
犠牲者の怨霊のしわざだろうか、ぞっとする事件である。

予研は薬害エイズ等であまりにも評判が悪くなったためか、1997年に国立感染症研究所に改称された。
(不祥事が起きると組織名を変えてごまかすのが日本の伝統である)

福島関連では、被ばくとは直接関係ないこともあって、この研究所の御用活動は今のところ目立っていない。
しかし、マイコプラズマ肺炎や風疹など得体の知れない感染症が流行し始めており、今後は要注意である。
これは稼ぎ時とばかりに、製薬会社とグルになって、効果ゼロかつ危険な副作用をもつワクチンをでっち上げ、
強制接種すべしと圧力をかけるかも知れない。

ちなみに、ここの先生方は子宮頸がんワクチンの恐ろしい副作用を「気のせい」と判断している。


==== 放射線医学総合研究所 (放医研) ====

中川恵一准教授が所属する放医研では、宮川正名誉教授が重要人物である。
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1232/4.html

この訃報には陸軍軍医として戦時医療に従事されたとあるが、実は731部隊レントゲン班であった。
何をしていたかは容易に想像がつく。

戦後、東京大学医学部放射線科教授、埼玉医科大学教授などを歴任している。
放医研の立ち上げに尽力。放医研は原子力総本山のIAEAとも深い協力関係にある。

彼の弟子が、元放医研所長の佐々木康人教授(現・日本アイソトープ協会・常務理事)であり、
ICRP委員も勤めている。その教え子が、われらが中川先生である。

驚くべきことに、彼の恩師をたった2代さかのぼれば731部隊にたどり着くのである。

また中川と同じく、安全だ安全だと繰り返す明石真言は、この研究所の理事である。

ここも法令違反など度重なる不祥事が起きている。そのうち名称が変わるであろう。
いつも内部被曝は無視するから、放射線外部被曝研究所とでも名付けたらよかろう。




「みんな楽しくハッピーがいい」でも取り上げていました。
反原発では頑張っている東京中日新聞グループ。

ちなみに赤字とかアンダーラインは私が施したものです。




「がんの多発」タブー視・議論後退・公平、公正な会議運営ができるか?12/20東京中日新聞
2015年12月20日 東京新聞



放射線と健康 議論後退 福島事故 県有識者会議中間報告案

(2015年12月22日) 【中日新聞】【朝刊】

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先月末の福島県の県民健康調査検討委員会で示された中間とりまとめ案

福島県の有識者会議、県民健康調査検討委員会は、来年3月の原発事故発生5年に合わせ、中間とりまとめの報告書を出そうとしている。甲状腺がんについては専門部会が先行的に報告書をつくり、放射線の影響に関する結論こそ先送りしたものの、がんが極めて多く見つかる状況については認めていた。ただ、この「異常事態」の認識が上部の検討委員会でも共有されると思いきや、議論後退を印象づける展開を見せている。(榊原崇仁)

「検討委の中間とりまとめ案は、甲状腺がんの多発について触れていない。なぜ書くのを避けたのか」


先月30日の検討委終了後の会見で、国際環境NGO「FoE Japan」の満田夏花(みつたかんな)理事はそう質問した。過去の経緯を考えれば、当然の質問だった。

県は事故当時18歳以下の県民約40万人を対象に甲状腺検査を実施。検討委員会の下部組織「甲状腺検査評価部会」が発症状況などについて検討を重ねてきた。昨年11月の部会では、国立がん研究センターの津金昌一郎(つがねしょういちろう)氏が地域がん登録データなどから「事故前(2010年)にがんがあった県内の18歳以下は2人」という試算結果を示した。

一方、今年3月までに判明した甲状腺検査の一巡目の結果では、がんの診断例は約100人。5月公表の部会の中間報告では「一巡目で見つかったがんは(原発事故前の)推定数の数十倍」と認めた。

ただ、原因については被ばくによる過剰発生と、深刻化していないがんまで細かく見つける「過剰診断」の可能性を提示。「現時点では結論を出せない」としたうえ、チェルノブイリ事故より被ばく線量が少ないなどとして「放射線の影響は考えにくい」とした。

■タブー

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甲状腺がんの多発を訴えてきた岡山大の津田敏秀教授。福島県側は「拒否反応」を示している=ことし10月、東京都千代田区で

ところが、先月末の検討委で示された中間とりまとめ案では、甲状腺がんの多発や原因に関する記述を大幅に省き「放射線の影響は考えにくい」という部分ばかりを強調した。

会見で冒頭の質問を受けた検討委座長の星北斗(ほしほくと)・県医師会副会長は「(部会の報告は)一般的な統計より多いというだけ」と述べ、現状を重く受け止める姿勢を示さなかった。

満田さんは「がんの多発を部会が認めたなら、次の論点を議論すべきだ。本当に放射線の影響がないか検証すべきだし、がんの原因がどうであっても、多発するがんへの対応を進めていくべきだ」と主張した。

しかし、「がんの多発」については県側がタブー視している空気すらある。

検討委の委員で、部会員でもある日本学術会議前副会長の春日文子氏は過去の部会で、甲状腺がんの多発を学術論文などで指摘してきた岡山大の津田敏秀教授(疫学)を招き、見解を聞きたいと求めてきた。この要望は実現していない。

福島県の小林弘幸・県民健康調査課長は「もう津田氏を呼ばないのか」という本紙の質問に対し、「座長の判断というか、委員会としては特に必要ないという判断」と返答。その一方で、福島県立医大は津田氏が論文を投稿する学会誌に対して反論文を送るなど、「多発論者」に強い拒否感を示している。

■教え子

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会見で質問に答える星北斗座長(右)。福島県立医科大の大学院生として安村誠司教授(左)がいる講座に在籍している=福島市で

福島県や県医大は、これまで放射線被害を過小評価しているのではないかと疑われてきた。12年10月には県が非公開の準備会合を開き、検討委の委員らと裏で打ち合わせていた問題が発覚した。

この後、検討委の座長が県医大の山下俊一副学長から星氏に代わり、新たな外部有識者を交えた甲状腺検査評価部会が設けられたため、多少は公正な議論が進むのではと期待された。

しかし、部会はどこか軽んじられている。そして刷新の象徴だったはずの新座長についても、ある事実が判明した。県医大の大学院生でもあったのだ。

先月末の会見で、その点を指摘された星氏は「大学院の博士課程の4年目。公衆衛生学が専門なので、その勉強をしている。たまたま(大学が)近くにあった」と話す一方、自らの研究テーマが県民健康調査ではないなどとして「問題とは思ってない」と述べた。

だが、星氏が在籍する公衆衛生学講座の安村誠司教授は、この調査で放射線とがん発症の因果関係を分析する中心的役割を担う。先の指摘をしたジャーナリストの木野龍逸氏は「院生が指導教官に『あなたのやっていることは間違い』と言い切れるものか。公平、公正な会議運営ができるとは思えない」と疑問視する。

■「教訓」

首をかしげたくなる問題は他にもある。中間とりまとめ案には、非公開の準備会合問題について「今後の委員会運営で教訓とする」と記されている。ところが、先月末の検討委で事前に委員から募った意見が一覧として公表されたのだが、国立研究開発法人・放射線医学総合研究所理事の明石真言氏は「ここは削除すべきだ」と求めていた。

「準備会合はなかった」と言わんばかりの同氏に取材を申し込んだところ、「舌足らずだった。検討委は準備会合に関して議論をしていないので、それをここに書くことに違和感があった」と釈明した。

i-4.jpg
甲状腺の位置  

しかし、逆に「準備会合に関して議論していない」とはどういうことか。委員の間で、何が問題だったか議論を尽くさなければ、教訓として生かされない。

福島県在住のジャーナリストで地元紙「福島民友」の記者だった藍原寛子氏はこう訴える。「県民健康調査は、県民のために行うもの。拙速な判断の前に『県民のためとは何か』をきちんと議論してもらいたい。検討委の議論を単なる通過儀礼にしてはいけない」

会見では質問制限

議論の後退を思わせる検討委だが、閉会後に毎回開かれる会見も、本来あるべき姿を失いつつある。

星座長や他の委員、県側の関係者が出席するこの会見では、「放射線の影響は考えにくいのか」「がんの多発の有無は」といった重要な論点を多角的に検証すべく、がんの発症数や大きさの意味、年齢別や地域別の発症分布、他国の事故例との比較、被ばく線量データの不足、県医大内部での検討状況など、多岐にわたる質問が投げかけられる。検討委では難解な専門用語を交えた発言も多いため、その確認にも追われる。

ただ、会見には独特のルールが存在する。「限られた時間で、多くの人の質問に答えるため」(県の担当者)、質問は記者一人につき1問で、再質問も一度のみ。星座長が最初に答え、必要に応じて他の出席者に回答を求めている。

中継するインターネットテレビ局「OurPlanet-TV」の白石草(はじめ)代表は「質問制限のために踏み込んだやりとりにならず、座長が長々と持論を述べ、核心部分の回答がぼやかされることも多い。視聴者から『フラストレーションがたまる』という意見をいただいている」と嘆いた。


デスクメモ(東京新聞)
福島県いわき市。「原発賠償御殿!仲良くしない」新築の家の壁にスプレー缶のペンキで書き殴られている。ある人がフェイスブックにあった写真を送ってくれた。そねみ、やっかみ。無言の同調圧力。原発事故はこの社会の深層を可視化させた。絆大合唱の正体でもある。何が「お・も・て・な・し」だ。
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4 コメント

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Unknown (さやこ)
2017-02-12 11:01:16
山下俊一は原発爆発後、テレビを連れて汚染地の住宅へ行き、庭の柿の木を切れと命じていました。その家のご主人が代々大切にしてきた柿の木だと言いつつ、泣き泣き切っていました。
そのとき山下は「もうこれは汚染されていて未来永劫食べられないから」と言ってたんですよ。その後、言うことが全然違いますものね。びっくりです。

A級戦犯釈放と引き換えにしたのが、ビキニ環礁の被害船舶とマグロの汚染調査の中止だったと最近、本で読みました。あのとき保障されたのは焼津の第5福竜丸だけだったとか。

真面目な研究者や摘発者が迫害を受けたりしていますが、私は昨日、職場で仰天体験をしました。
偶然目にした怪文書です。名指しで「わがまま放題の○○さんはつねに敵を作りトラブルを起こす手におえない人間です。自分が不利になるとすぐ弁護士だ裁判だと騒ぐ。みなさん、充分気を付けましょう」。

もっと長い文でしたが、これ書いた男は、つい先日まで職場のことを私に勤務中に相談に来たり「辞めないでください」と言いに来ていた男なんですよ。
夕べは何が何だかわからず、さすがの私も混乱しました。
私事でごめんなさいね。
ただ国だけじゃないんだ、身近にもまったくわけのわからないことが起きるんだ、それを信じてしまう人もいるんだ、むしろ信じてしまう人の方が多いんだ。

kappaさん、コメント欄を汚してしまってごめんなさいね。でも今も事態が飲み込めなくてなんだかよくわからない。
追伸 (さやこ)
2017-02-12 11:03:19
怪文書の「○○さん」は、ばっちり私の名前でした。
災難でしたね (kappa)
2017-02-12 19:05:07
サヤコチャンはそのキャリアがすごいし、現在の地位も高いのですから、嫉妬や妬みがすごいのでしょう。
私でしたら今回のような件は逆手をとって、そのコピーを拡大し、皆に回覧板として回し、閲覧確認サインをもらいます。その上、拡大したものを張り付けておきますね。

私宛にこのような怪文書が出回っているようですから、皆様私には十分気を付けてくださいね。どなたかこれを書いてくださってありがとう!事務所に注意書きとして張っておきます。○○と、やるのが一番かな。

まこと、出来ぬ男の嫉妬とはみっともないものです。姑息な奴には、堂々と公開の場で相手にすることが一番です。
Unknown (さやこ)
2017-02-12 22:17:19
kappaさん、ありがとう。

知人に相談したところ、kappaさんと同じように「公開の場で公にするように」と言われました。
私は仕事の事なら勇ましいのに、こういうことには全く優柔不断で、いつも我慢してしまいます。

でも、その方がこう言ったんです。
「個人的に話すのはただのグチ」
あっと思いました。
逃げちゃあダメなんだって。逃げるから甘く見られるんですね。

で、毅然と、会議の席で明らかにすることにしました。
でもkappaさんの案もいいですね。
次の会議まで1か月半もありますので。

本当にありがとう。すごく気持ちが楽になりました。力も湧いてきました。

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