徒然刀剣日記

美術刀剣拵工作工房

サナダ鍔

2016-07-18 02:26:22 | ブレイク
今年の大河ドラマは「真田丸」、言わずと知れた真田幸村らの活躍をドラマ化したTV番組です。史実とは若干違う部分もありますが、面白可笑しく歴史に触れられることで大変人気があるようです。
真田幸村と言えば、日の本一の武士(もののふ)などと評され、最も人気のある戦国武将の一人だと思います。

そんな真田一族の歴史は古く?、成和源氏の末裔とも、百済王家の子孫とも言われています(新宿高島屋での講演会でも少しだけお話しました。)とはいえ、史実上最も早い時期に活躍した真田氏と言えば、三浦氏から派生した岡崎義実の嫡子真田義忠ではないでしょうか?

真田義忠の所領は、現在の神奈川県平塚氏真田周辺といわれています。
つまり、戦国時代に活躍した真田一族の発祥の地は、神奈川県平塚市真田の一帯かもしれません。



上記平塚市真田周辺の地図を見ると、近隣には神奈川の語源ともいわれる金目川や岡崎の地名(相州伝の名工、岡崎五郎正宗との関係は?)、川上には大陸からの帰化人が入植したといわれる秦野があり、足柄山から見て東側(坂東)であることは言うまでもありません。立地条件から考えて当初のサナダ氏は製鉄氏族であったことがうかがえます。

そんなサナダ氏ですが、江戸時代には大名家としてばかりか様々な分野にも活躍の場を広げています。

高級品ではありませんが、私の好きな鍔の一つに佐名田鍔があります。別名天法鍔とも言いますが、在銘にて佐名田天法と刻まれた作品を目にします。



焼き手腐らし技法というのでしょうか、無骨な肌合いがいかにも朴訥として武人の息遣いが聞こえるような面白さを感じます。



表面には、上下写真の如く「金」の槌目が全体に見られることも特徴の一つです。この「金」の刻印の意味ですが、「金」の語源を調べると一説には「か」を「堅く」(古語で焼く意味)、「ね」を「練る」とするものがあるので、よく練った強靭な鍔だよ!といった意味を含む意匠と考えられます。



見慣れてくると、「あぁ、同じ手だな!」と分かってくるのですが、他にも特徴的な共通点があります。



こちらの写真は別の鍔ですが、共通する部分がお解りになりますでしょうか?



笄櫃の歪な形状が共通しています。鍔の下工として、半製品を鍔職人に卸していた国広鍔ですら笄櫃の形状はもう一つ上品です。あまりに不自然なのでかっこ悪さすら感じますが、実際に笄を用いるような高級な拵えに用いることは当初から想定していなかったため、あくまで形だけ誂えたといった感じがします。

ちなみに、佐名田鍔を研究されている方を存じ上げないのですが、真田家とも関係があるのでしょうか?ご存知の方がいらっしゃいましたらご一報ください!「あり」となれば、私の想像力に火がつきます(笑)。

ここからは私の行き過ぎた空想?妄想?なのですが、隠れキリシタンとの関係を疑っています。銘に天法と切ることについて、隠しメッセージとしてTemple(英)・Temple(仏)・Tempio(伊)・Tempel(独)・Templum(ラテン)を意味しているのではないでしょうか?また、隠れキリシタンの墓標には「天」の一字を用いることも良く知られています。
さらに、真田幸村は洗礼を受けていたとする説もあることから、江戸初期に大量に作られた事と当時の史実などを照らし合わせて、大阪での軍資金調達に一役かったのではないか?と睨んでいます。

その後も、例えば1636年に長崎で捕らえられたアウグスチノ会のトマス次兵衛神父は金鍔次兵衛と呼ばれており、「金鍔」は次兵衛が金の鍔の差料を帯びていたことからそう呼ばれていたとされていますが、当時ゴールドの鍔を用いていたとする時点でかなり怪しいことから、「金」の刻印が散りばめられた鍔を用いていたと解釈した方が理解がスムーズです。つまり佐名田鍔を用いていた或いは隠れキリシタンの証として信者や協力者に渡していたなど、定説よりも様々な解釈ができます。

いずれにしても、よく練れた武骨な鍔ですので、実用には大変重宝します。
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刀身を活かす柄前

2016-07-04 22:49:46 | 拵工作
しばらく付きっ切りで修復を施していた柄前が完成しました!



そもそも修復とは、一定水準以上の技術が注ぎ込まれた作品を、経年劣化などで破損した箇所を補修し、再度本来の性能を引き出す工作の事を指しますが、今回のご依頼は一筋縄ではいきませんでした。



元々工芸家の手によるものではなく、どこから手をつけて良いやら全く見当がつないことから、時間ばかりが過ぎていくという職人泣かせな作業でした。



下地から作り直した方が断然簡単な仕事でしたが、ご依頼内容がどうも判然とせず、手探り状態が続きました。



現状の柄下地を活かすには、一度染み込んだ溶剤や接着剤を完全に除去しなければなりません。
鮫皮からもラッカーを完全に除去し、強度の補強の為に漆で塗り固める方法をとりました。



柄成りは刀身のスペックを引き出せるように若干肉置きを蛤型に整え、柄糸を幅の狭めのものを用いることで補強と使用感の向上を重視しました。



今回、あまりにも雑な拵えを修復するということもあり、通常の倍ちかい時間がかかってしまいましたが、修復前の様にすぐに壊れてしまう外装では安全に武道の稽古もできませんので、じっくり腰をすえて取り組ませていただきました。

結果、何とかカタチになってくれましたので、職人としてはまずは一段落です。
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北鎌倉、紫陽花と鉄の知的散策

2016-06-11 03:02:59 | 徒然刀剣紀行
この時期の北鎌倉は、一年の中でも特に混雑しています。
その理由は、なんと言っても紫陽花を見ようと観光客が集まるからです。



今週あたりの紫陽花がもっとも見ごろです!
北は北海道から南は九州まで、日本中のあじさいファン?が押し寄せてきます。

しかしながら、紫陽花と鉄の関係については、あまり知られていません。



そこで、某旅行会社からのご依頼にて、鎌倉の紫陽花と鉄文化に関する知的散策ガイドを行っています。

紫陽花とはどのような植物か、鎌倉の鉄文化とはどのようなものか、両者の驚くべき関係とは・・・。
そんなことをお話しながら、一風変わった鎌倉の魅力を発信できればと思っています。

日本刀の工芸家ならではの雑学を交えながら、歴史散策の面白さをお伝えします。特に、鎌倉幕府以前の鎌倉の歴史を鉄の足跡から紹介するツアーは、製鉄の歴史を研究している私だけです。一般的な鎌倉散策に飽きた方も、きっと新しい発見があると思います。



三日連続のお試しツアー最終日となる11日(土)は、梅雨の中休みとなる週末ですので、大変な混雑が予想されます。
旅行会社さんからは、円覚寺~明月院という特別コースにて、各1時間のツアーをご依頼されています。



開始時間は、以下のとおりです。

第一回目9:30~10:30、第二回目11:00~12:00、第三回目13:00~14:00、第四回目15:00~16:00

北鎌倉にお越しの際は、ぜひお声掛けください。
しかし、今日は暑かった!明日も蒸し暑いと思いますので、マメな水分補給を心がけて鎌倉観光をお楽しみ頂きたいと思います。
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錆びた刀の修復

2016-05-20 17:09:39 | 刀身研摩
鉄は、錆びます・・・。

厳密に言うと、純鉄は原子的な結合が安定しているので酸化がおき難いのですが、世の中のほとんどの鉄製品(人類が作り出す鉄には微量のほかの元素が混入している)は、川の水が低いところへ流れるのと同様に、より安定した立ち位置に戻っていく性質があります。この呪縛からは、純度が極めて高いことで知られる鉄の芸術品「日本刀」といえでも、逃れることはできません。
特に、炭素が電極として作用するため、炭素を多く含有している日本刀は酸化が加速度的に起こります。
では、ステンレス製ナイフはなぜ錆びないの?というと不動態皮膜と呼ばれる表面の錆びの層がそれ以上の錆びの侵食を食い止めているのですが、それはまた別の機会に・・・。



というわけで錆び易い刀剣の修復は、錆を除去するための研磨以外に方法がありません。

この刀身は、全身アバタ状の錆がうっすらと表面を覆っていました。



この手の錆び身は、想像以上に錆が深いことが多く、一見光って見えても購入には注意が必要です(錆びがあるがゆえに安く買える場合は別問題!)。ちなみに、錆びていても切れ味に違いはありませんが、元来武家は腰のものが錆びていることを非常に嫌いました。



研ぎあげてみると、映りっ毛のあるとてもよい御刀でした。



体配からは、慶長~寛文期の実戦刀であることが判ります。
研いだ感触からは、もう少し古い感じがしました。地金は、古刀期の鉄味です。



引き続き、拵えの新規作成に移ります!
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刀剣外装のお直し・リメイク

2016-05-16 02:23:28 | 拵工作
拵えのリフォームが完了しました!



この度のご依頼は、近年に別の御刀のために拵えられた外装を、お客様の愛刀に着せるという変わったお仕事です。(注意:時代の上がる外装を着せることはできません。鞘の中に錆が落ちている可能性もあり、外装から刀身の破損が進行することがあるからです。)



全く別の刀身のために作られた拵えですので、偶然でもない限り無加工で取り付けることはできません。今回はご予算が限られることと、ある程度鞘の反りが合うことから、極力拵えを生かしたリフォームに挑戦します!



鞘は、この度の御刀よりも若干腰反りの体配(現存するツナギからも、このことが伺えます)であったことから、鯉口の角度を修正して新たに鯉口を作りました。



柄前は、一度バラバラに分解し、刀身に合わせて下地から作り直します。
(時々、柄の中を専用のヤスリで削ったり、詰め物をして刀身に合わせる加工をする業者や職方がいますが、居合や抜刀に用いる場合には避けたい工作です。)



この際に、刀身に合わせることはもちろんのこと、使用者や用途に合わせて仕立てることも重要です。今回は、以前の状態よりも柄下地を薄く仕立てましたので、新たに鮫皮の加工が必要です。



この手の工作では、鞘の形状がそもそも刀身の体配に合っていないことから、納めた状態で柄前と鞘の位置が若干ずれるという問題が発生します。
拵えの据わりが悪いということは、職方としては一番気になってしまいます。
当然ながら、新しい鞘をオーダーされた方が、拵え全体のバランスと言う意味で完成度が上がりますが、限られたご予算の中で極力良いものをお作りするためには、外見のスマートさよりも使用感や安全性の向上に注力します。
用は優先順位を明確にし、重要な箇所に技術を集中させる踏ん切りが必要になります。
特に鞘は消耗品ですので、今回は将来的に新しい鞘に変えることも視野に入れて柄前を製作しました。もし、現行の鞘に合わせて柄前を仕立ててしまうと、新しい鞘に変更した時に、またもや柄縁と鯉口の位置がずれて不恰好になりかねませんので、長い目で見たリペア性も加味して工作します。

あとは、納品を待つばかり!
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脇差し拵の作り替え

2016-01-24 00:24:24 | 拵工作
昨年末から取り組んでいる脇差しの修復です。



いよいよ納得のゆく仕上がりになってきました。



当初の状態は、他の職方?によって修復が施されたばかりの状態でしたが、ご依頼者様が作り替えをご希望される気持ちがよくわかる完成度でした。
既に大幅に手が加えられており、元の状態に復古することは難しいのも事実ですが、一度分解してみたところ下地はとてもよい材料を用いていました。



そのため、今回はどうしても再生させてあげたいという気持ちで、在りし日の形状に迫りたいと思います。



この度のご依頼は、以前当工房でお作りしたお刀の外装(先日鞘のみ変更しました:アメーバブログ「鞘の修復」)の対になる脇差し拵えとして作り直して欲しいという内容です。そのため、大小のバランスを考えて柄糸の色や刀装具を選択しました。柄前の詳細は、2016年1月13日の投稿「柄前の作り替え(脇差し編)」をご覧下さい!



鞘も黒蝋色に塗り直しました。とはいえ遊び心を加えて、強い日光の下では若干螺鈿の反射が現れるように、所々下地に螺鈿を残してみました。蛍光灯下では一切見えないため、落ち着いた趣が宿りました。



あともう少し手をかけたいと思っていますが、トータルバランスとしては完成です!完成といっても、工房に置いてあるとチョコチョコ弄ってしまうため、私の手元にある限り終りが無いというのも事実なのですが・・・(笑)。
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室町時代の刀

2016-01-22 17:00:16 | 刀身研摩
錆びた日本刀の修復が完了しました。



特に錆が酷かった指裏です。

日本刀の刀身の修復は、研磨意外に方法がありません。
そのため修理をすればするほど(研げば研ぐほど)刀身は痩せてしまいます。
今日残っている日本刀は、何世代にもわたって所有者が入れ替わっていますが、その都度所有者全員が錆びさせないように、日頃から手入れを欠かしませんでした。手入れをさぼれば錆を呼び、錆びれば研磨が必要になる、そしてその度刀身が消耗してしまうことを知っていたからです。
戦後日本刀は武器としての性質を否定され、美術品としての美しさが重要視されています。この時期、刀身を美しく見せる研磨法は飛躍的に向上しましたが、昭和から平成にかけてもっとも日本刀が痩せた時代ではないか?と思います。



今回のお刀は、刀身研磨と外装製作のご依頼ですが、長年放置されて所々朽ち込みをみる水錆状態(上図参考)でしたので、極力痩せないように研磨を施し、更に荒れ気味の肌を押さえて研いでみました。



切っ先が若干延びごころですが、室町時代の典型的な体配です。
先がもう少し伏せっていたら、もっと古く見えるでしょう。研ぎ味は、鎌倉時代の刀を研ぐようでした。表裏で、表情がガラッと変わるところも実に味わい深いお刀です。



どうしても修復が出来ない箇所は、刃中の鍛え割れです。

ここで一端、ご依頼者様にお戻しして、拵えの設計に関して、再度綿密な打合せをしたいと思います。
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刀剣文化の世界発信プロジェクトご支援のお礼

2016-01-17 22:23:49 | ブレイク
1月8日に告知させていただきました、インドでも武家文化の紹介活動への緊急のご支援のお願い!につきまして、本日当初の設定金額を越えるご支援を頂きましたことをご報告します!

クラウドファンディングの実施期間としては短く、限られた日数にも関わらず異例のはやさで目標を達成し、しかも現在もなお温かいご支援が絶えない状態です。



まずは、当方の活動を応援し、ご支援くださいました皆様に、心からのお礼を申し上げます。皆様のお蔭をもちまして、インドでの武家文化紹介活動を実施することが叶います。


写真は、2015年3月28日に大田区の長久山安詳寺にて開催した伝統文化イベントの様子。

継続してご支援をお願い致しますので、引き続きインドへの正しい文化発信のために、皆様のお力添えをお願いいたします。
詳細は、こちらのクラウドファンディングのページにて公開中です!

最後になりますが、大塚寛信が続けている国際交流は、小さな小さな一歩に過ぎません。しかしながら、日本の伝統文化を少しでも多くの方々に知っていただき、世界と日本の良好な関係作りに寄与できればという想いで活動を続けています。
また、一人でも多くの日本の方々に、一伝統工芸職人が個人レベルで国際交流を行なっている事実を知って頂きたく、クラウドファンディングを活用させて頂いております。合わせて応援の程、よろしくお願いいたします。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
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柄前の作り替え(脇差し編)

2016-01-13 00:49:28 | 拵工作
調整中の脇差しです。柄前が完成しました!



元々は江戸時代の拵えですが、近年に修復が施されて、本来の設計が滅茶苦茶になっています。現状では使い難く不細工で、実用の美意識が一切感じられません。何とか本来の輝きを取り戻したいと思います。



この状態から、納得のいく外装に仕上げ直すには、全て分解し柄下地の整形から始めなければなりません。
0から作った方が早いのですが、柄下地だけは江戸時代の最高級のほうの木が用いられており捨てるのは忍びなく、時間をかけてでも修復に挑みます。



刀装具を拵え全体のバランスと合うものに変更しました。現代製の目貫から、長年保管してきた小振りのセミの図へ。偽名のある水戸の縁頭から、銀着せの腰の低い作品へ。

次は、鞘の塗り直しと鍔の責め金加工です。
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緊急のご支援のお願い!

2016-01-08 00:19:10 | ブレイク
来る2016年2月1日~15日、インドのハリヤナ州(デリーから23kmの地点)で同国最大規模の伝統工芸の祭典『メラ』がおこなわれます。

この祭典で、『日本の伝統文化』を紹介するイベントの開催を、インド大使館よりご提案いただいております。しかしながら、渡航費の一部や機材の搬入費用が当初の計画より予算オーバーしており、このままでは実現が難しい状況です。

インドは、先の東日本大震災の折、毛布や飲料水などの緊急物資の提供、救助隊の派遣を真っ先に決めてくれた国の一つです。
この度のインド政府からのご依頼をお受けすることは、先の震災での同国の善意へのお礼ばかりか、両国の民間レベルでの文化交流を促進する大変貴重な機会であると考えております。

また、近年サブカルチャーなどで人気のある『日本の伝統文化』を、正しくインドへ伝える手助けになれば・・・とも考えております。


写真は、2014年にインドネシアのバンドンにあるアジア・アフリカ会議場で開催されたアジア初の刀剣展覧イベントの様子です。

インドへは、刀剣類の持込が厳しく規制されていることから、ギリギリまで両国間で最善の交渉をお願いしている段階ですが、日本の正しい文化を発信するためにも、合わせて皆様にお力添えをお願いする次第です。

詳細は、こちらのクラウドファンディングのページにて公開中です!
なお、今回クラウドファンディングを活用させて頂きましたのは、一伝統工芸職人として、このような国際活動を続けていることを、一人でも多くの方々に知って頂きたいと思うからです。アリの一歩ですが、私の活動が世界と日本の良好な関係作りに寄与することを願ってやみません。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
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隕鉄鍛えの研ぎ味

2016-01-04 22:38:33 | 刀身研摩
年末年始と年を跨いで作業するのが日課となっている近年、今年も例外なく年越し工作をおこないました!(厳密に言うと、年越しの瞬間は、お茶を取りに居間へ行ってしまい、笑ってはいけない番組を見てしまいました・・・「オオツカ、アウト~」。)



何度も何度も、砥石を変えたり研ぎ方を変えたりして、様子を見ています。



粗い砥石を使った時の印象は、柔らかいイメージでしたが、研ぎが進むに従ってカサカサ感が気になり始めました。内曇の頃には乗りが悪くなり、何度やり直しても眠~い感じになります。



隕鉄が練り込まれているということですが、炭素の移行により刃中で低炭素化が起きているのか、ニッケル成分による影響なのか・・・定かではありませんが、現代刀とはちょっと違った研ぎ味です。

研究は、まだまだ続きそうです。







というわけで、連日徹夜作業の末に刀身の研磨作業が完了しました!



いつもながら薄化粧です。



若干相州伝を狙いました!



当工房への研磨のご依頼は、外装修復のついでに・・・というのが圧倒的多数のため、今回のように研磨のみのご依頼は稀なケースです。



この度の刀身研磨は、大変勉強になりました!

ゆっくりしている暇はありません。次の修復作業に、取り掛かりたいと思います。
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差し込み研ぎ

2015-12-31 06:14:25 | 刀身研摩
日本刀の研磨が完了しました!



なんやかんやと時間がかかってしまいましたが、何とか今年中に仕上げることができました。



ご依頼時の状態は、所々に朽ち込みが見られました。
この手のサビは、一見表面だけのサビに見えますが、意外と刀身の内部にまで及んでいるケースが多いです。



当初、後刃を拾ったもののシックリ来なかったので、差し込んでみました。
前回の研ぎが作為的というか特殊な仕上がりであった為、どうもうまくいきません。



これにて、柄前の新規作成および刀身の修復を終了します。

本年も残すところ後1日です。一眠りして、次の研磨に取り掛かりたいと思います。お疲れ様でした!
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職人男子

2015-12-24 01:53:12 | ブレイク
本日24日、辰巳出版さんより、若手伝統工芸職人の写真集が発売されます。



お恥ずかしながら、チラッと私もご紹介頂きました。
微力ながら伝統工芸の発展と知名度の向上に寄与できれば・・・というあさはかな活動です。

お目汚しとは存じますが、ご興味をお持ちくださった方は、書店にてお買い求めください!







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拵えのアフターケアと用途変更

2015-12-21 01:28:42 | 拵工作
当工房でお作りした柄前の修理です。
以前の完成時の投稿はこちら(柄前新規作成(居合向け大刀編))



思う存分ご愛用頂き、修復で戻ってきた時のうれしさと言ったら言葉では表現できません!
アフターケアの都度、ご依頼者様の要望は増えていくのが当然ですが、私自身もご要望にお応えする度に、更新させて頂くような心持ちになります。



今回はただ修復を施すのではなく、私と持ち主にしか分からないような微妙な、それでいて重要な調整を施します。これは、使用用途が若干変更になったことに起因する些細な修正なのですが、この違いを補整できるかできないかがプロとアマチュアの境目だと思います。詳細はこちら(用途を想定した柄前の調整)

ちなみに、同時進行で白鞘の調整も実施しました。
詳細はこちら→白鞘の修復(その1)白鞘の修復(その2)



非常に短期間で、ここまで柄糸が劣化するほどの使用頻度というのは、武道家の鑑です。



過酷な条件下での使用により、鮫皮にも異変が現れていました。一度バラバラに分解して、理想のセッティングに再構成します。
修復時の鮫皮に関する投稿はこちら(鮫皮の厚み)



諸捻りから諸摘みへ。
修復中の投稿はこちら(用途変更に伴う柄前の調整)



納品時のご依頼者様の笑顔が忘れられません。
今年もあとわずか、妥協せずに最後の最後まで頑張ります!
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刀剣外装の修復と再現

2015-11-27 04:52:38 | 拵工作
破損した刀剣の修復です。



まずは外装の修復を施しました!

今回の拵えは、幕末期から明治にかけて流行した突兵拵です。
突兵拵は、慶応二年に幕府によって開設された陸軍所で盛んに用いられました。陸軍所は、前身の講武所を吸収して開設されたものの講武所の因習を引き継ぐことなく西洋式(フランス軍式)の教練を採用しました。
兵隊は、格式ある武家の出身者が大半で、教養と武術に優れた最後の幕臣で構成されていました。彼等は洋服を着用し、刀をバンドに吊り下げ皮サックに落とし差しにするよう指導されたこともあり、講武所時代に流行した新々刀をそのまま用いると教練にも支障を来たすため、やむなく愛刀を磨り上げて二尺程度に加工しました。その時に考案された外装が突兵拵なのです。洋服での着こなしが楽なようにコジリの先端を尖らせ、くり型の変わりに丸環をつけるなどが鞘の特徴です。西洋式の教練では、日本刀を用いる機会が極めて少ないことから、講武所時代には大変強固に作られた柄前は姿を潜め、柄前は非常に簡単な作りこみになっていることも突兵拵の特徴の一つです。

そんな突兵拵の中でも、群を抜いて高級将校が用いたであろう格式の高い拵えが今回のご依頼です。



しかも、状態は完璧に近いカタチで、当時の空気を宿しています。
残念な事に柄前は破損が著しく、修復は断念せざるを得ません。そのため、当時の空気感を失わせずに、柄前を全く新しく作成します。



これは簡単な様で、最も難しいご依頼の一つです。

まずは状態の確認です。



ほうの木の柄下地に印籠刻みを施し、縁頭には銀を着せて、全体を呂漆で仕上げています。形状の美しさに暫し見惚れました。



柄は亀裂が入り、もはや機能を失っています。
残念な事に、柄側の切羽が合わせ物のため、全体のバランスが崩れています。
ここまで緻密に完成された外装になると、切羽一枚でもトータルバランスに影響を及ぼします。

今回は、依頼者様ご提供の柄頭と目貫のみ採用させて頂き、柄縁は当方にて新規で作成しました。合わせ物の切羽もやむなく使い回します。
ご提供頂いた柄頭が一回り大きい事と合わせ物の切羽が若干大きめな事で、全体のバランスに与える影響が甚だしく、柄成の調整と柄縁の微調整で何とか美的センスと強度を保ちたいと思います。

ここからは、幕末の職方との知恵比べです。
突兵拵の最大の弱点は、柄前の脆弱性にあります、トータルバランスを崩さないように刀剣を生かす柄前を作りこんでいかなければなりません。
設計上の完成イメージは、突兵拵の欠点を補いつつも幕末の空気感を失わず、気品と武家の最後の輝きを宿した外装に仕立て直すことです。

そして出来上がったのが、以下の突兵拵です。



柄の長さをより実戦的に仕上げるため、若干長めに作り替えました。



柄糸を鮮やかな茶系統に染色し、青貝散しの鞘との相性を微調整しました。



柄縁は、他の刀装具との調和を図るため鑢目仕上げとし、色揚げでは光沢感を調整しました。



日本刀が最後に行き着いた一つの終着点である突兵拵を、新たな視野を吹き込むことによって再現してみました。



Before & After の柄前、指し表側。



Before & After の柄前、指し裏側。



作業開始時の記事。
柄下地(サブブログ「伝統工芸職人って」より)



作業中に鞘について思ったこと・・・。
青貝散し(サブブログ「伝統工芸職人って」より)



テラーメイドの刀装具の記事。
銅(サブブログ「伝統工芸職人って」より)
柄下地ありきの柄縁(サブブログ「伝統工芸職人って」より)



鮫着せ工作時の記事。
鮫着せ(サブブログ「伝統工芸職人って」より)
柄下地の厚み(サブブログ「伝統工芸職人って」より)



最大の特徴は、柄成です。
柄成というのは刃方峰方の形状だけをいうのではありません!
下地の重ねの平肉置きにも最大の注意を払い、使用時の力のかかり方、刀身の殺傷力を最大化するバランスの取り方などなど、「実用の美」を具現化する装置としての機能を持たせることがポイントです。
左側の柄前が今回のお刀です。右側の短くて太い柄前が、他の現代作家さんがお作りになった一般的な柄前です。

次は、刀身の修復に取り掛かります。
南北朝期の名刀ですので、刀身の研磨にも大変な慎重さが要求されます!
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