参考:「オーマイニュースがダメだった本当の理由。」(スポンタ通信2.2)
オーマイニュースに限らないが、市民ネットメディアがダメな理由は、匿名の読者の反応を忌避していることにある。彼らは匿名であっても実在するネットユーザーだから、彼らを敵視することは、やって来た客を追い払うことにほかならない。
インターネット普及以前の旧世代のメディアは、従来の一方的で時に恣意的な情報発信に捉われている。それに対し、市民ネットメディアは匿名のネットユーザーを含めたネット上の一般人のためのメディアであるはずだ。だから、そこで種々様々な見解がない方がおかしい。そしてそれを別のユーザーが匿名であれ実名であれ、自由に指摘したりパッチを当てる作業があって初めて、それは市民すなわち一般人の声となる。
では編集部の役割はどこにあるのか。校正をしたり事実確認をしたり、なにより社会の木鐸らしからぬおかしな記事を毅然としてつき返す必要がある。彼らは一番最初の読者なのだから、彼らがそれをニュースとして公表するか否かの判断は、非常に重要なものとなる。
一方でインターネットは無限の空間だから、匿名の発言者の口をふさごうとすることにはほとんど意味がない。仮にそのS/N比が高くなったとしても、それはやはりネットユーザーつまり訪れた客の生の声であるから、何ら問題はない。
ましてや、自分にとって不愉快だとか面白くない程度の理由でこうした匿名のコメントを拒絶する場合はどうか。市民メディアでありながら他の一般人の声に聞く耳を持たない記者の記事を一方的に読まされるよりは、
(中略)
社会の木鐸であると言いながら、その条件に当てはまらない記事が多過ぎる。市民ネットメディアであると公言するのなら、匿名を理由に一般大衆の意見を拒絶することに妥当性はない。
彼らに対抗してイベントでもやりたいところだが、どうやらイペント後にその同じ場所で、報告会を兼ねた二次会が催されるらしい。:)
市民ネットメディアは「我こそは社会の木鐸」と胸を張るが、ネットユーザーには既にそのようなメディアへの期待がない。。。それが2009年である。
オーマイニュース「最後の炎上」の日まで、あと2日。
追記:
スポンタ氏からご指摘をいただいたので、リンク先を追記してみた。ここによくおいでになる皆さんには明らかだけれど、上記のスポンタ氏のエントリーをお借りしたのは、決してスポンタ氏を揶揄しようとしたのではない。僕の以前のエントリー群を少し見てもらいさえすれば、そのことはすぐ分かってもらえると思う。
オーマイニュースに限らないが、市民ネットメディアがダメな理由は、匿名の読者の反応を忌避していることにある。彼らは匿名であっても実在するネットユーザーだから、彼らを敵視することは、やって来た客を追い払うことにほかならない。
インターネット普及以前の旧世代のメディアは、従来の一方的で時に恣意的な情報発信に捉われている。それに対し、市民ネットメディアは匿名のネットユーザーを含めたネット上の一般人のためのメディアであるはずだ。だから、そこで種々様々な見解がない方がおかしい。そしてそれを別のユーザーが匿名であれ実名であれ、自由に指摘したりパッチを当てる作業があって初めて、それは市民すなわち一般人の声となる。
では編集部の役割はどこにあるのか。校正をしたり事実確認をしたり、なにより社会の木鐸らしからぬおかしな記事を毅然としてつき返す必要がある。彼らは一番最初の読者なのだから、彼らがそれをニュースとして公表するか否かの判断は、非常に重要なものとなる。
一方でインターネットは無限の空間だから、匿名の発言者の口をふさごうとすることにはほとんど意味がない。仮にそのS/N比が高くなったとしても、それはやはりネットユーザーつまり訪れた客の生の声であるから、何ら問題はない。
ましてや、自分にとって不愉快だとか面白くない程度の理由でこうした匿名のコメントを拒絶する場合はどうか。市民メディアでありながら他の一般人の声に聞く耳を持たない記者の記事を一方的に読まされるよりは、
(中略)
社会の木鐸であると言いながら、その条件に当てはまらない記事が多過ぎる。市民ネットメディアであると公言するのなら、匿名を理由に一般大衆の意見を拒絶することに妥当性はない。
市民ネットメディアの根本的な問題は、1.匿名による対話の拒絶。2.「社会の木鐸」としてのS/N比の異常。
彼らに対抗してイベントでもやりたいところだが、どうやらイペント後にその同じ場所で、報告会を兼ねた二次会が催されるらしい。:)
市民ネットメディアは「我こそは社会の木鐸」と胸を張るが、ネットユーザーには既にそのようなメディアへの期待がない。。。それが2009年である。
オーマイニュース「最後の炎上」の日まで、あと2日。
追記:
スポンタ氏からご指摘をいただいたので、リンク先を追記してみた。ここによくおいでになる皆さんには明らかだけれど、上記のスポンタ氏のエントリーをお借りしたのは、決してスポンタ氏を揶揄しようとしたのではない。僕の以前のエントリー群を少し見てもらいさえすれば、そのことはすぐ分かってもらえると思う。











ただ、引用されているのが、かなり前の私の言論のようです。
社会の木鐸という概念は、すでに歌川令三氏とのセッションでも否定しています。だから、「社会の木鐸としてのグレード」を問うことに意味はない。
また、S/N比についても書いていますが、何をノイズとするかは、利き手の主観性。私たちは音楽を聴いているのではなく、街の音を聞いている。ならば、ハチ公前広場で、演説する人の声、聞いている人の会話、通りすがりの人の声、車の音、宣伝の音楽。どれがノイズだかは、分からないのです。
どっかで、ミーティングやりませんか。
何がいけなかったのが、「既存のジャーナリスト出身者」以外の結論をまとめておく必要があると思うんだけどなぁ…。
ありがとうございました。
ミーティング、いいですね。少し考えてみます。
#うまく実現できそうであれば、メールをお送りします。募りたい参加者も、もう2人ぐらいいますので。:)
あと、エントリーに追記しています。もし宜しければご査証ください。
ならば、あなたに見えていらっしゃるインターネットの実相を是非ともお聞きしたいなぁ。
会費じゃなくって、自由参加できる場所がいいなぁ。新宿のアイリッシュパブあたり…?
実はですね、コメント欄を通してのお答えは基本的にさせていただいていないのです。。。代わりにメールをお送りします。:)
#新宿ですか。。。今となっては遠(ry
コメント欄は災いのもと。君子危うきに近づかず。理解いたします。失礼いたしました。ローカルルールを無視してしまいました。
ありがとうございました。