産まれた時からテレビアニメを見続けて40年。昔は平日休日問わずプライムタイムの19時からの1時間は毎日人気アニメが放映されていて、毎晩本当に楽しみにしていたものだ。今はもうプライムタイムにアニメを観る機会などなくなってしまった。いつのまにかアニメは小さな子どもと一部のマニアのためのコンテンツに成り下がってしまった。
銀河鉄道999、ど根性ガエル、あしたのジョー、タイガーマスク。だれもが知っている国民的なアニメ作品には意外な共通項がある。がんばれ元気、一休さん、ドカベン、キャンディキャンディ。これらにも共通している。わかりやすいところでは、てんとう虫のうた、みなしごハッチ。そうなのだ、片親もしくは両親がいないこどもたちが主人公なのだ。
どうしてなのだろう。昔といえども片親がマジョリティーだったとは思えないのに、なぜこうも人気アニメは「生まれながらに不幸を背負ったこどもたち」たちばかりなのだろう。
「人の不幸は蜜の味だから」
そう思う人もいることだろう。しかし、僕たちはそんな上目線でそれらのアニメを楽しんでいたわけではない。ジョーだって、タイガーマスクだって、純粋にカッコ良くて憧れの存在だった。作品の作り手も決してそんなずる賢いマーケター的な厭らしさで作ったのでは決してない。
当時の私たちこどもには気がつかなかったが、そこにはきっと作り手と受け手である大人たちの間に「逆境にあるこどもたちを元気づけよう」という共同意識があったのではないだろうか。それは気負いのない日常生活のなかで文化として根付いていたのではないか。そういう社会の雰囲気や価値観が、あの頃は確かにあったような、そんな気がしてならないのだ。こどもは社会が育てる。それは育てようとして育つものではなく、社会の雰囲気や価値観が育てていく。片親の子どもたちが、上を向いて希望を抱いて生きて行ける社会がきっとあったのだと思う。
今も確実にたくさんの片親の子たちがいる。彼らや彼女たちの心の肥やしになれるものって、今の時代はどんなものなんだろうか。まぁ、そんなコンテンツが本当に少なくなってしまったからこそ、ワンピースが大ヒットしてしまうのだろうが。










