人に情けをかけるのは、その人のためになるからではなく、巡り巡って自分に返ってくることだからとても大切なことなんだよ。という解釈が正しい、らしい。「情け」をかけることに対してネガティブな解釈をするよりは、ちょっと意外性のあるポジティブな解釈の方が含蓄があって説得力に富む、ようだ。
しかし、私はそのような考え方が嫌いだ。計算して人に親切するという行為が気持ち悪い。人に親切をするのは、その瞬間に感じた自分自身の義務感や使命感に基づくべきだと思う。それは自分自身の利益とは何の関係もない。
日本で、ある程度の教育を受け、家庭や社会で育てられた人間であれば、困った人や苦しむ人、助けが必要な人と出会った時にある種の義務を感じるはずだ。程度の差はありこそすれ、必ずあるべきなのだ。その義務感を、「めんどくさい」「はずかしい」「自分の時間や労力をかけたくない」などの理由で反故にすることがあまりにも多い。我欲が優先し、易き方に流される。多くの人間がそうであるように、自分も同様に、その義務感なり使命感から目をそらしてしまっている。そこはもっと自分自身、律していかなければいかんなぁ、とカントを読むたびに思うのだが、なかなか実践するのは難しい。










