海軍大将コルシンカの航海日誌blog

猫とまたたびとリムスキー=コルサコフ

《不死身のカシチェイ》公演〜6

2008年09月11日 01時49分02秒 | R=コルサコフとか
これまで《不死身のカシチェイ》に登場するキャラ評を書いてきましたが、登場人物は他にもいて(イヴァン・コローレヴィチと見飽きぬ美の王女)、しかし彼等の役どころで取り立てて新しい発見は今回の公演では特にありませんでした。

イヴァン・コローレヴィチは、ある意味リムスキーのオペラでの弱点の一つと言ってもいいかもしれませんが、彼のオペラの登場人物における典型的な「何もしない」ヒーローであって、存在感がいま一つなんです。
《ムラダ》のヤロミールしかり、《皇帝の花嫁》のルイコフしかり。イヴァン・コローレヴィチも何もしていないのに、カシチェエヴナからの殺害を免れ、何もしないのに嵐の勇士の用意した空飛ぶじゅうたんで王女と再会し、フィナーレにおいても彼は何ら筋書きに関与をしていないのですね。
ここら辺がもう少し練れていれば、あるいはこのオペラ(というかリムスキーのオペラ全般にも当てはまるかもしれませんが)も今よりは世に受け入れられたのではないかとも思うのです。

見飽きぬ美の王女については、こちらもリムスキーのオペラにおける「子守唄の系譜」なるものが存在していて(《サトコ》《貴族婦人ヴェラ・シェロガ》《皇帝サルタンの物語》《パン・ヴォエヴォーダ》《金鶏》)、彼女の歌ういびつな子守唄をこの系譜上で論じるときっと面白いことがわかるのでしょうけど、ちょっと私には手に負えません。

以上の二人にはあまり発見はないといいましたが、今回の公演でイヴァン・コローレヴィチを演じたアレクサンドル・ゲルガロフ、王女役のマリーナ・シャグチともにマリインスキー劇場のソリストであるばかりか、ゲルギエフ指揮の元で録音された《不死身のカシチェイ》(PHILIPS)で同じ役で出演していましたから、配役としては申し分のないところ。

シャグチのあの立派な体格はビジュアル重視の昨今の状況では、オペラの公演ではなかなかツライものがあると思いますが、彼女のくぐもってて個人的にはあまり好きでなかった声質も、今回聞いてみると意外にクリヤーな感じで、十分に楽しむことができました。
ゲルガロフの方は一か所だけ声が割れかけてドキリとしましたが、声量も十分あって貫禄勝ち。

オーケストラの演奏の方ですが、まずは申し分のないものでした。
細かいところをいえば、せっかく用意したチェレスタの音がかき消されて聞こえにくかったとか、第2場の終わりで大太鼓とシンバルが同時に強打するところが物足りなかったとかあるのですが、まあ、録音で聴くようにはいかないのでしょう。
コンマスのブロンド美女は、《カシチェイ》の前の《シェヘラザード》では、スレンダーボディをまるで鞭がしなるようなオーバーな動作でタイミングを取っていたのが目に付いたのですが、オペラの方では私の視線はシェバチカたんの方に行ってしまっていたので、同じようにしなっていたのかどうか...。

合唱は指定のとおり舞台裏からでした。
私の好きな吹雪の場面は、通常のテンポよりもかなり速く演奏されていたのですが、合唱の方はオケよりもわずかに早く歌ってしまっていて、ここは聴いていてかなりヒヤヒヤしたところ。
私は前の方の席だったので、ステージの袖で合唱指揮者が振っている赤い光を発する指揮棒の動きもよく見えたのですが、合唱はどうもその指揮よりもテンポが速めでやや暴走ぎみだったように思います。

今回の公演はステージ形式でしたので、舞台装置も何もありませんでしたが、登場人物は実際のオペラのように出たり入ったりをしたほか、ソリスト用の譜面台には、鏡や杯、刀といった小道具も用意されていました。
演出ということでもないのでしょうけど、一応舞台上の照明は場面に合わせて色を変えたり明暗をつけたりしていました。
私が好きな第1場の終わりの管弦楽だけで奏される少し長めの間奏部分で、暗闇の中からうっすらと光が漏れてこようとしながらも、やがて元の暗黒の世界に戻ってしまう───という部分では、照明もそれに合わせて明暗をつけてくれればいっそう良かったのに...とまあ、これは無い物ねだりですね。

オペラは原語のロシア語で演奏され、舞台両側には字幕が出ておりましたので、筋を理解するのには非常に便利でした。
ただ、聴いていて思ったのですが、このオペラでは重唱のところでそれぞれの登場人物が結構重要なことを言っていたりして、それが字幕には反映しきれてない部分もあっため、字幕だけで筋を追っていた人には、何のことやらと思う場面もあったのではないでしょうか。
《カシチェイ》の録音は3種類ほど出ていますが、国内盤として日本語訳のついたものはないだけに、私なぞは字幕付きで《カシチェイ》を観れるというだけで感謝感激(感謝観劇?)だったのですが、初めて観られた方には、その点、少々不満だったかもしれませんね。
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《不死身のカシチェイ》公演〜5

2008年09月08日 00時25分44秒 | R=コルサコフとか
《不死身のカシチェイ》の数少ない登場人物の中で、もっとも「困った」キャラが「嵐の勇士」です。
なぜ彼が困ったちゃんかというと、お調子者でお馬鹿なくせに「嵐の勇士」なんてカッコイイ役名が与えられてしまっているからなんです。
元々「お約束」で物語が成立しているおとぎ話で、「嵐の勇士」と聞けば、誰だってヒーローだと思ってしまいますよね。
この「役名トラップ」にはまってしまうと《不死身のカシチェイ》の物語が混乱してしまいますので、要注意なのです。

嵐の勇士───彼もまたカシチェイに囚われの身となっていたのですが、そこはそれ、風のようにどこへでも自由に飛んで行けることから、「メッセンジャー」(要はパシリ)として娘のところへお使いに行くことになります(そこで逃げてしまえばいいのに,,,とは、この際考えないことにします)。
しかし、彼がカシチェエヴナに伝えるべきは、「わしの『死』は大丈夫か?」というカシチェイからのメッセージだったのに、間違えて王女の嘆きの言葉をしゃべってしまうのですね(ここがお馬鹿)。
まあ、それが意識を取り戻したイヴァン・コローレヴィチの「里心」がつきはじめるきっかけとなったのですから、結果オーライではあるのですけど。

ちなみに飲み屋で男性客の「里心」がつくのはトイレに行ったときなんだそうです。
そのため、トイレから戻ってきた客に間髪入れずおしぼりを手渡し、矢継ぎ早に話題を持ち掛けて飲んでいた時の状態に戻し、里心をなくさせて少しでも滞在時間を伸ばしてカネを落とさせる───というのが、やり手のホステスのテクニックらしいですね。
そういう意味では、イヴァン・コローレヴィチを取り逃がしたカシチェエヴナはホステス失格です。

さて、嵐の勇士は「自由だ!自由だ!」という台詞をことあるごとに喋っています。
確かに「自由」というのはこのオペラでの重要なテーマのひとつではありますが、自由の象徴がこの嵐の勇士であるならば、若干ちぐはぐな感じは否めません。
彼は、どちらかというとこのオペラではコミカルな役どころであるために、演出家も彼をどう解釈したら良いのかさぞ頭を悩ますことでしょう。

ちょっとオツムが弱くて、放浪癖があって、でもそれが「自由」の象徴である───という嵐の勇士の性格にどう回答するかが、《不死身のカシチェイ》の演出上の大きな鍵を握っているように思います。
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《不死身のカシチェイ》公演〜4

2008年09月07日 23時44分54秒 | R=コルサコフとか
美貌のツンデレキャラ、カシチェエヴナの2つ目の見せ所は、第3場でイヴァン・コローレヴィチに復縁(?)を迫る場面。
そもそもこのオペラでは、イヴァン・コローレヴィチは嵐の勇士の空飛ぶ絨毯に乗って苦もなくあまりにもあっさりと王女と再会してしまうため、盛り上がりを期待していた観客があっけにとられてしまいかねない所。そのため、ここで追いすがって来るカシチェエヴナの役割は極めて重要です。

カシチェエヴナはイヴァン・コローレヴィチに、自らのプライドも何もかも捨て去って「一緒に暮らしましょう」と泣きすがり、終いには王女は逃がしてあげるから、私たちは一緒にね、とまで持ち掛けてきます。
ここのカシチェエヴナは、《皇帝の花嫁》のリュバーシャを彷佛とさせますが、いかんせん持ち時間が短いため、リュバーシャのように臓の府から生暖かい血がどくどくと溢れ出てくるようなねちっこい表現は無理でしょうけど、逆に限られた時間でどこまで彼女の情念を表すことが出来るかというのが、演出上の大きなポイントとなりそうです。

いずれにせよ、ここでカシチェエヴナは明らかにこのオペラの主人公となっていますから、もはや父親のカシチェイもお邪魔虫扱いです。

「えっと、わしの『死』は...?」
「アンタの死なんか、知ったことじゃないわよ!」

と逆切れ気味に一蹴されてしまい、不死身の魔王もすっかり形なしとなってしまいました。

こんなカシチェエヴナを哀れに思った王女は、さきほどは「誰このオンナ...恐いわ」などと言っていたにもかかわらず、彼女にキスをします。
これがカシチェエヴナの邪悪な心を浄化し、それで彼女は救済され、優しい涙を流して枝垂れ柳に姿を変える...と、こうしたプロットは、リムスキーのオペラによく見られるもの。

ヒロインあるいはその仇役の死もしくは変容の場面は、《雪娘》(スネグローチカは「愛」を知り、溶けてなくなる)、《サトコ》(海の女王ヴォルホヴァは川に姿を変える)、《皇帝の花嫁》(リュバーシャの死)、《セルヴィリア》(セルヴィリアの死)、《見えざる街キーテジ》(フェヴローニャの死)など、多く挙げることができます。
ワーグナーの影響について私はよく知りませんが、よく指摘されているところですね。

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《不死身のカシチェイ》公演〜3

2008年09月02日 02時28分18秒 | R=コルサコフとか
カシチェエヴナの話に戻りますが、彼女のキャラ特性を一言でいえば、さしずめ「ツンデレ」となるのではないでしょうか。
まあ「ツンデレ」の定義もいろいろあるようで、ここでは「普段ツンとしているのに、好きな人に対してはデレデレしてしまう」という意味で考えています。
彼女をアニメでありそうなキャラで例えるなら、美人だけどヒステリック、そのくせ自己愛に満ちた学級委員長といったところ。

自分の城に迷い込んできたイヴァン・コローレヴィチを薬の入った杯でまんまと眠らせ、後はいつものように剣で始末をするだけ───と、ここで彼の美貌に心を奪われ、カシチェエヴナの心に葛藤が生じてしまいます。

───こやつはわが父の命を狙う不届者。目の覚めぬうちに始末しなければ。しかし...美しい...美しすぎる...わが美貌にも勝るとも劣らぬ...われに似つかわしい男は、世界広しといえども、この眠っている勇者をおいて他にはいるまい───などと独り悶絶(これは私の勝手な脳内イメージで、実際の台詞でこんなふうに言っているわけではありません。念のため)。
オペラにおいては、この場面がカシチェエヴナに与えられた一つ目の見せ場となっています。

そうこうしているところに乱入してきたのが「嵐の勇士」。
せっかく自己陶酔して勝手に盛り上がっていたところを台無しにされたばかりか、イヴァン・コローレヴィチも目を覚ましてしまい、ムードはぶちこわし。
おまけに、カシチェイのメッセンジャーたる嵐の勇士は、主人のカシチェイではなく、王女の言葉をカシチェエヴナに語りだしてしまうのですね(この困ったキャラについては後日)。

「ちょっとアンタ!何わけのわかんないこと言ってるのよ!」

しかしブチ切れぎみの彼女にはおかまい無しに、嵐の勇士はイヴァン・コローレヴィチを空飛ぶじゅうたんに乗せてさっさとトンズラしてしまいます。
呆然と立ち尽くすカシチェエヴナ...。

せっかくの美貌も魔力もまったく威力を発揮することなく、間抜けな嵐の勇士のおかけで愛の芽生えはじめたイヴァン・コローレヴィチをも簡単に奪取されてしまった彼女。
この哀れっぽさ、なんとなくツンデレキャラにふさわしいとは思いませんか?
もし《不死身のカシチェイ》がアニメにでもなれば、一番の萌えキャラはカシチェエヴナで決まりです。

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《不死身のカシチェイ》公演〜2

2008年08月30日 02時55分54秒 | R=コルサコフとか
───カシチェイの人はまるでプーチンさんみたいだね

とお連れの方に言っていたのは、《不死身のカシチェイ》の公演で隣に座っていたおじさん。
演奏終了後のカーテンコールの時です。
確かに、カシチェイを演じたアンドレイ・ポポフ(テノール)の風貌はそんな印象で、前ロシア大統領によく似ていました。
しかしそれは、単にそっくりさんが演じていたという以上に、このオペラにおけるカシチェイの役回りを考え直すのに、ちょうど良い手がかりを与えてくれたのです。

ロシア民話に登場するカシチェイが、民俗学的にどのような形象を表しているのかは良く知らないのですが、一般には残忍冷酷な魔王というキャラクターとして知られています。
一方、リムスキー=コルサコフのカシチェイは、血も涙もないというよりは、どこかコミカルな面も持ち合わせた、利かん坊のわがままなおじいさんといった側面が見られます。
オペラの中でも王女に向かって「子守唄を歌ってくれ」としつこく要求し、それを拒絶されると嫌がらせをはかる───まるで駄々っ子のようですね。確かに年を取ると子供のようになっていくともいいますけど。

話は少々それますが、カシチェイの「ヘッヘッヘッヘッ」という笑い声の部分の管弦楽での表現は、《クリスマス・イヴ》のお間抜けな悪魔や、《金鶏》のシェマハの女王、あるいは《ムラダ》の市場での群集のものと比較してみると面白いかもしれません。
リムスキーのオペラを聴いていると、こうした「笑い声の系譜」とでもいうような管弦楽上の特質があるように思います。
その延長線上に「トムとジェリー」のジェリーの笑い声の表現がある───などといったら、ちょっと考え過ぎでしょうかね。

ついでに系譜という点では、カシチェイは間違いなくリムスキーのオペラでの「魔術師の系譜」にあたる役です。
この「魔術師」というのは、「自分は自然の法則などを極めた結果、魔術を会得したのだ」みたいなことを劇中で歌い、魔法や毒薬や殺人ニワトリ(?)などを用いて一波乱を起こす、という点で共通しています。
典型的なのは《皇帝の花嫁》のエリセイ・ボメーリー、《金鶏》での占星術師ですが、他にも《ムラダ》の老婆、《セルヴィリア》のロクスタ、《パン・ヴォエヴォーダ》のドローシュなど、特に後期の作品に顕著に見られます。
あるいは《モーツァルトとサリエリ》のサリエリもこの系譜に加えても良いかもしれません。

さて、プーチンさんの話に戻りますが、カシチェイの性格の新たな側面として気付かされたのが「為政者の孤独と苦悩」というものです。
といえば、ロシア・オペラを好きな方なら直ちに《ボリス》を思い起こすでしょうが、カシチェイにもこのボリス的な面があるということに気付かされたのは大きな収穫でした。
悪の帝国の魔王といえども、常に孤独感に苛まれ(だから子守唄を歌ってくれと懇願する)、不死身であることが確かなものか不安で仕方ない───オペラの中でカシチェイが「近寄るな!近寄るな!」と叫ぶ場面がありますが、これもやはり《ボリス》を御存じの方であれば「あれ?同じようなことを」と気付かれるに違いありません。
もしかしたら、リムスキーも《ボリス》のパロディとして、カシチェイにこのような台詞を言わせたかったのかもしれませんね。

アンドレイ・ポポフ演じるカシチェイは、こうしたボリス的側面が前面に出たもので、かつてマリインスキー劇場で聴いたウラジーミル・ガルーシンのおとぼけ的なカシチェイとは全く異なり、同じ役でも演じる人によってこうも違うものかと、改めて知らされた思いでした。
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《不死身のカシチェイ》公演〜1

2008年08月28日 00時50分59秒 | R=コルサコフとか
《不死身のカシチェイ》の公演に行ってきました。(8月22日神奈川県民ホール)
その感想です。

シェバチカたん萌え───────つ!

このオペラのソリストで一番良かったのが、カシチェエヴナ役のアンジェリナ・シェバチカ(メゾ・ソプラノ)。
なぜって、美しいからですよ!
いや、もちろん歌も良かったですよ。
しかし彼女の容姿は、花をあしらった暗いトーンのドレス(これはカシチェエヴナの役を意識してのものでしょう。お見事!と拍手したくなりました)と相まって、このあまり知られていないオペラの公演の中でも一際輝くものでした。

私は公演中、彼女の暗く情熱を秘めた妖艶さにすっかり釘付けになってしまいました...。

リムスキー=コルサコフのオペラでは、しばしばタイトルロールではなく、その恋敵となるような女性が主役と言っても良い、重要な役割を担うことがあります。
つまり《雪娘》では、スネグローチカではなくクーパヴァに、《皇帝の花嫁》では、マルファではなくリュバーシャにむしろ作曲者が深い同情を寄せて歌わせている───そして今回の《不死身のカシチェイ》では、見飽きぬ美の女王ではなく、ましてやカシチェイでも嵐の勇士でもなく、カシチェエヴナこそがこのオペラの真の主役であると言ってもいいかもしれません。

アンジェリナ・シェバチカは、ウクライナ出身で、現在ウクライナ国立オペラ座のソリストとのことですが、正直なところ、私はこの公演まで彼女の名前は全然知りませんでした。
ググってもあまり出てこないようですが、一応プロフィール等は下記のページが参考になるでしょう。

http://www.zavarteclassic.com/angelina-shvachka
(ちなみにお約束ですが実物は写真よりも数倍綺麗です。)

ともあれ、今回の公演では、《不死身のカシチェイ》ならぬ《不死身のカシチェイの娘カシチェエヴナ》とでもいうべきオペラで、彼女がタイトルロールをつとめたことで、何かとても新鮮な、新しい発見がいくつかあり、私自身は非常に満足して会場を後にすることができたのでした。
(もっともその後は最終の新幹線に乗り遅れないように、ダッシュで地下鉄の駅に駆け込み、新横浜まで綱渡り的に乗り継がなければならなかったわけですけど...)
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日だまりの猫

2008年02月23日 12時19分53秒 | 猫とか
出勤途中に会った猫。
昔はこの場所にザブトンを敷いたトロ箱があって、その中でひなたぼっこをするのがお気に入りだったのに、残念ながらそれは撤去されてしまったよう。
でも水はいつも金属ボウルに入れてもらっています。
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《アンタール》の「版」に関するメモ6

2008年02月21日 00時25分51秒 | R=コルサコフとか
【6】真相は明らかに...?

上野へ行ってきました。文化会館の資料室で不明だった点を確認、結論としては次のとおりです。

(1) スヴェトラノフの演奏は「第3稿」(1898年)
(2) ヤルヴィの演奏は実は「第4稿」(1903年)
(3) 版の混乱の原因(の一つ)は「第4稿」が「1898年版」として出版されている(らしい)こと

結局、ヤルヴィ盤の解説での記述は、実は「第4稿」(1903年)による演奏であったにもかかわらず、それに気付かないまま決定稿である「第3稿」(1898年)であると思い込んでいたため(何しろ楽譜には「1898年版」と書いてある!)、ということになりそうです。

本日確認できた点は以下の項目についてです。


■手持ちの「第3稿」の楽譜は、全集の「第3稿」と同じか?

比較したところ、「creschendo」が「<」と表記されているなどの差異はあるものの、内容的には同じものでした(疑っていてごめんなさい)。ということは、もう一つの手持ちの楽譜は「第2稿」であると信頼してもいいでしょう。


■「初稿」と「第2稿」の違いは?

まず、以前書き漏らしたことですが、「初稿」の楽器編成の特異性としてもう一つ、ハープが2台というのがありました。

違いですが、楽器編成を一般化したことなどに伴う変更があります。
「初稿」では第1楽章冒頭の不安げな茫洋とした和音はファゴット3本で奏されているのが、「第2稿」以降ではファゴット2本にホルン1本、「初稿」ではハープで奏されている分散和音が、「第2稿」以降では弦のピチカートに置き換わるなど。もちろん、他にも細かな変更点はたくさんあります。

基本的な曲の構成は変化ありませんが、分かりやすいところでは、「初稿」の第4楽章は導入部がなくいきなりアラビア風のメロディで始まります。あと、これはよく分かりませんでしたが、第1楽章以外は、いずれも途中の経過部が少し違っている箇所があるような感じです。


■「第4稿」について

上野にあったのは、Boosey & Hawkes 社のものでした。
このポケットスコアの扉には「1897年版」と明記されているのですが、

・全集(手持ちの楽譜もそう)の1897年とは明らかに異なる
・全集の解説に「1903年版」の特徴として示されている、各弦楽器の数が書かれている
・内容的に「第2稿」とほとんど変わらない
・扉に「By arrangement with W.Bessel & Cie」と書かれており、ベッセル社の意向で編曲されたものであることがうかがえる

ことから、これこそが「第4稿」(1903年)であると見て間違いないと思います。
と同時に、この楽譜が「第3稿」として世間に多く出回ってしまったがために、実は「妥協の産物」であるこの版が、作曲者の望んだ最終稿であるとして誤って受け入れられてしまったようです。


■「第2稿」と「第4稿」の違いについて

基本的にほとんど変わりません。
例えば、第1楽章冒頭のファゴットとホルンで奏される不安げなメロディが2回目以降に繰り返されるとき、「第2稿」では途中まで1オクターブ低くなっているとか、第3楽章の最後で、「第2稿」では演奏されていない楽器を「第4稿」では加えて厚みを出している、といった程度のものです。これは「版を彫り直さなければならないような変更はしない」として出版社がしぶしぶ受け入れたとされる「第4稿」誕生の経緯とも整合しています。


以上のことでとりあえず《アンタール》の「版」に関する疑問点のかなりの部分は払拭できました。細かい点ではまだおかしいと思うことはあるものの、おそらく、それらは指揮者による「編曲」や、あるいはライナーノートを書いた人の単なる勘違いの部類のものではないかと考えられます。
まあ、諸悪の根源(?)は「第4稿」を「第3稿」とした出版社にあるということなのでしょうかね。
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《アンタール》の「版」に関するメモ5

2008年02月11日 20時28分02秒 | R=コルサコフとか
【5】さらなる混乱ととりあえずのまとめ

先に述べたように私はずっとヤルヴィ盤《アンタール》が正統版「第3稿」だと信じていましたので、例えば、スヴェトラノフの演奏による《アンタール》は「第2稿」あるいは「第4稿」、つまりは「海賊版」であると思っていました。

スヴェトラノフはその生涯において実に4回も《アンタール》を録音しておりますが、それらはいずれも同じ「版」によっていると思われます。その「版」は、くどいですが、手持ちの楽譜が正しいとすれば「第3稿」なのです。つまり、スヴェトラノフのものこそが正統であって、ヤルヴィのものが海賊版ということになってしまうのです。

考えてみれば、スヴェトラノフは自伝中でもリムスキー=コルサコフに対する思い入れというものを至る所で語っていますし、どの「版」が正統であるのかくらいは先刻承知であったとも思われます(《アンタール》に関する言及はありませんが、演奏に際して用いるべき「版」に注意すべきといったことも書かれています)。そう考えると4回の録音についても一貫として「第3稿」を用いているのも納得が行くところです。ところが、です。4回目の録音となったCDには「1876年版」つまり「第2稿」であると明記されているのです...。

ここでこう考えてみましょう。単純に手持ちの楽譜の「第2稿」と「第3稿」が入れ替わっているのだと。
楽譜で「第2稿」とされているのが実は「第3稿」で、「第3稿」が「第2稿」であるとすれば、ヤルヴィ盤とスヴェトラノフ盤において使用された「版」への疑問についてはあっけなく解決してしまいます。

あるいはそうかとも思ったのですが、Gerald R. Seamanの編集した「Nikolai Andreevich Rimsky-Korsakov, A Guide to Reserch」を調べると、第2楽章の冒頭の調性について、「第3稿」がニ短調であるのに対して「第4稿」は嬰ハ短調とされています(なぜか「初稿」と「第2稿」に関しては記載無し)。
「第4稿」は「第2稿」の異稿とされていますから、この資料に従えばおそらく「第2稿」についても嬰ハ短調ということになるでしょう(何しろ、版の彫り直しが面倒だからという理由で「第4稿」ができたという経緯ですから)。実はこの記述は、手持ちの楽譜と整合しています。つまり、手持ちの楽譜の「第2稿」と「第3稿」がそっくり入れ替わっているとも考えにくいのです...。


ということで、《アンタール》に関する「版」の謎は深まるばかり(?)です。
(ついでに書いておくと、バケルス指揮のBIS盤は「1897年版」つまり「第3稿」を用いているとブックレットに記されており、おおむね手持ちの楽譜と整合していますが、特徴として挙げた第2楽章のアンタールの主題を追っかけるティンパニの部分は「ダッダダン」「ダンダン」の双方が入っています。これは指揮者の「編集」ということなのでしょうか?)

まあこの問題が解決したところで、人類にとってシアワセなことが起きるわけではありませんから、最初に書いたようにどうでもいいことなのですが、とりあえずこれまでの「メモ」で私にとってどこが「気持ち悪いのか」がひとまず整理できただけでも良しとしましょう。
今度上京する機会があれば、上野に籠っていろいろと確認してみたいと思います。


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《アンタール》の「版」に関するメモ4

2008年02月08日 00時49分13秒 | R=コルサコフとか
【4】混乱する「版」

私がリムスキー=コルサコフに少し深く立ち入って興味を持ちはじめた頃にリリースされたのが、ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団の演奏によるリムスキー=コルサコフの交響曲全集でした。
リムスキーの1番と2番《アンタール》を聴くのはそれが初めてでしたし、イヴァン・ビリビーン風の秀逸なジャケットデザインや詳細な解説にも非常に感銘を受けたものでした。

解説はリチャード・タラスキン。高名なロシア音楽学者です(もちろん当時はそんなことは知りませんでした)。日本の書籍ではおよそ期待できないような内容がそこには記されており、私は何度も貪るように読んだものです。

そのCDの解説に《アンタール》の作曲の経緯が記されている部分がありますので、少し長いですが引用してみることにしましょう。


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以上の理由から、1868年の《アンタール》第1版は、実際には初期の「仲間」の文字通りの入門書であるとみてよかろう。リムスキーが改訂にあたって行ったことは、まずオーケストレーションを滑らかな流れるような線でまとめ、楽器を少し増やして必要なものを補うことによって、いっそう演奏しやすいものにすることであった。この改訂版は1880年にベッセル社から出版された。1897年、リムスキーはさらに徹底したオーヴァーホールを施した。細部に磨きをかけ、構造的にも拡充し、調的な統一感を増すために第2楽章を嬰ハ短調からニ短調に変更している。ところが出版社のほうは、版を彫り直さなければならないような変更はしないと言い張り、ゴーサインを出さなかった。ベッセル社が示した限界ぎりぎりまで新たなアイディアを盛り込んだ、いわば折衷版は1903年に出版された。この改訂のほうが後に行われたため、これが改訂版として広く受け入れられることになった。しかしリムスキーが本当に望んだことはここにはなく、シテインベルクが作曲者の死後出版した1897年の改訂にあるのである。今回の録音もこちらの版によっている。以上見た通り、《アンタール》は、「決定」版は「最終」版ではないという、変則的な経緯を持つ作品なのである。実際には(海賊版が多数出回っているおかげで)「最終」版がいちばん入手しやすいが、これは信頼に足るものではなく,また演奏に用いるべきではない。

「初めてのロシアの交響曲?」リチャード・タラスキン(橋本久美子訳)より

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私は長い間、ここに記されたことが真実であると信じて疑っていませんでした。《アンタール》の作曲の複雑な経緯もこの小論文で知りました。
しかし、今、実際に楽譜を見ながら演奏を聴いていると、果たして正しいのだろうかと思わざるを得ない箇所があります。

まず「第1稿」から「第2稿」の改訂に際しては、この小論文では「楽器を少し増やして必要なものを補う」とされていますが、すでに述べたとおり、「第1稿」ではファゴット3本、トランペット3本だった変則的な編成が、「第2稿」では一般的なファゴット2本、トランペット2本に変更されているのですから、「楽器を少し減らして不要なものを省く」とするのが正しいのではないでしょうか。

そして問題は「今回の録音もこちらの版によっている」とされていることです。ヤルヴィ盤をお持ちの方は聴いていただけばお分かりいただけるとおもいますが、この演奏は「第3稿」ではなく明らかに「第2稿」の特徴があらわれています。

これはいったいどうしたことでしょうか?

解説でここまで「第3稿」の正統性を力説し、他の版を「用いるべきでない」と言い切っているにも関わらず、肝心の演奏が「第2稿」によっている。あるいは「第4稿」の可能性もありますが、少なくとも「第3稿」ではないのです。

私がこれまでにくどいくらいに参照した楽譜が「正しいと仮定して」などと書いてきた理由は実はここにあります。いや、やはりこの小論文が正しくて、参照した楽譜が間違っているではなかろうかと。


(つづく)

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