Japan in 21st Century

国際関係を学んでいてふと思ったことなどを 極めて個人的に勝手に書いていこうと思います。

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ビアパーティーのゼミ

 | Weblog
日本の大学の授業って、つまんねぇなぁと、最近よく思うわけ。

まぁアメリカの授業だってつまんないのはあったし、そういうのは
もう普遍的っていうか、どこにでもあるんだと思うんだけど。

でもそれにも増して、日本の大学の授業は一般的に言ってつまんねぇし。

まじ、授業きちんと聞く気があるのに催眠術をかけてるんか知らんけど、
きちんとこちらを寝かせてしまう講義をしてくれる先生もいらっしゃる。
そういうのって、ねぇ。どうかと思いますよねぇ。

しかも「つまらない授業の先生に限って出席を重視する」というもはや
詐欺としか思えないような法則を僕は発見してしまったので(これ発見した
ことでノーベル賞もらえないかな)、ほんとうに大学の講義ってつまらない
なぁと思っているのである。

ゼミの先生がわりと僕が好きなタイプの先生なのが僕にとっては救いである。
もう定年に近い先生なのだけれど若々しい授業をしている。これは面白い。
この先生の授業になるとまわりの人もわりと真剣に先生の話をきいている。

昨日、先生の家で飲み会をやった。他のゼミの人に言わせると、「先生の家で
飲み会をやるなんてのはお前のところくらいだ」ということだけど、
仲がいいっていいことだよね、まぁ何にせよ。

京都にもこんなところがあったのかというような田舎っぽいところに
ある先生の家に行くと、先生が犬と共に出迎えてくれた。僕は犬が好きなので
なでながら「何ていう名前の犬ですか?」ときくと、「バーシューダー
というのだと教えてくれたが、何だその名前は。どうやら奥さんの趣味らしいが、
なんですかその趣味は。

しっかし、この飲み会ってすごかった。昼の12時から集まって飯を食いながら
7時近くなるまでぶっ続けで飲んでいた。たぶん缶ビール8本分くらいは飲んだ
と思う。このゼミ生みんなアルコール中毒なんじゃないかと俺は思ったね。

帰りに先生はバーシューダーと共にバス停までみんなを送ってくれた。

こういう先生ばかりならば、大学ってもっと面白い場所になるような
気がしないでもない。昼間からビール飲んでいるようなゼミばかりだったら
ちょっと怖いけど。
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暴力パン屋

 | アホな話
あのね、koroは最近また勉強をしているの。

えらいでしょ?うん、そうなの。でも学校の勉強じゃないよ。
これは公務員試験のための勉強。嫌になるねって?そう思ってたけど、
意外にそうでもない。法学部じゃないけど、法律の話って嫌いじゃない
みたいね、俺。

で、図書館なんていうまじーめな連中の溜まり場に行ったりしている
わけ。日本の大学生なんて遊んでばっかりだろと思ってたけど、
意外にいるのね、こうしてみると。資格試験の勉強とかしてる
人がさ。ふーん。みんな、けっこう真面目。

でも俺民法の参考書読んでたら笑っちまったよ。法律上の「契約」に
関してのとこだったんだけど、

「契約は強迫されたときには無効です」と書いてある。

まぁそりゃそうだわな、と思って下を読むと、

「たとえば、パン屋さんが怖い人で、「店に入ったんだから、何か買っていけ」
と脅されて
、しかたなくアンパンを買ったという場合は強迫にあたる」

と書いてあるんだけど、これなんて爆笑だね。

どこの世の中に客を脅してパンを買わせる人がいるんだよ?
「暴力バー」ってのはきいたことがあるが、「暴力パン屋
って初めてきいたわ。

っていうかこういう荒唐無稽な例を参考書に書くのはやめてくれないかな?
図書館で一人でくすくす笑ってる奴ってほんと馬鹿みたいだからさ。
まじ、そっちのほうが違法行為だよ。

あと、このあいだ授業で「ソクラテス(だったと思う)は毒ニンジン
よって死刑になりました」ということをごくごくまじめに語った
教授がいたけれど、これなんかも笑いをこらえるのに苦労した。
毒ニンジンってなんだよ?毒りんごならきいたことはあるが、ニンジン。

きっと古代ギリシャの人はおおらかな心を持っていたのでしょう。うむ。
ソクラテスに合掌。
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ボストンマラソンを走れますか?

 | koro的アメリカ生活
僕の親父の趣味はまず間違いなく山歩きである。これははっきりしている。

僕が物心ついたときから(むしろ物心つく前からか?)まだ眠っている僕を
車の後ろに放り込んでそのまますたこらさっさと山に連れて行く、
ということはしょっちゅうあった。土日にはほとんど家にいたことがない、
と母親がたまにこぼしていた。まぁ競馬やパチンコに行くよりは健康的
なのかもしれないが・・・

親父は大学のときに山歩きにはまったようで、大学の授業をさぼって
よく山に行っていたらしい。

そのときのことをいろいろユーモアまじりに僕ら兄弟に話してくれる。
たいていは楽しい話や怖い話なんだけど、教訓的な話もある。

「最近はなぁ、道路が発達して以前は歩いてしかいけなかったような
ところにでも誰でも車でいけるようになっちまった。
中高年の団体なんかがバスで尾瀬に日帰りで行ける時代だ。
前は高速道路もなかったし、てくてく歩いて二日かけて尾瀬に
入っていたのに・・・

時代が変わって、みんなが便利に山に行ったりするのはいいと思う。
でも、山で遭難したり崖から落ちて死んだり山を汚していくのは、
たいていそういう人たち
なんだけどな・・・」

と親父はたまに嘆くように言っていた。多分に偏見の混じった見方では
あるだろうけれど、それは一人の山男として自然を思う心から発せられた
切実な思いだったに違いない。

でも、確かにあまりにも簡単に大自然の中に入れるようになったということは、
自然の脅威に対する警戒が薄れているということでもある。

今年の夏、グランド・キャニオンに行ったとき、ある崖のそばにある
注意書きにこんなことが書いてあった。

あなたはボストン・マラソンを走れますか?
(Can you run the Boston Marathon?)」

というのだ。「いや、まず挑戦することすらしません」と
心の中で思いながら読んでみた。

それはマーガレットさんという当時24歳の女性マラソン選手の話だった。

彼女は数年前のボストンマラソンを3時間ちょっと
(僕は長距離走のことはよく知らないが、これはけっこうなタイムだと思う)
で走っている。新聞にとりあげられたりもした、わりと有名な人だったらしい。

あるとき、彼女は友達(彼氏かもしれないが)と2人でグランド・キャニオン
に来て、トレイル(遊歩道)を歩いたらしい。

グランドキャニオンに行ったことのある人はわかるだろうけれど、
グランドキャニオンはその名の通り渓谷だから、上から見るだけでも
まぁ楽しいけれど崖の下、川の近くを歩きたいという人もけっこう多くて、
かなりの数の人がわざわざ底まで降りて歩くらしい。

さて、歩き始めたはいいが、しかしそのときちょうど彼女達は地図
を持っておらず、本来なら20キロ程度だと思っていたトレイルは、
実は40キロ以上もある本格的なものだった。

とても一日で歩ける距離ではない。そうとは知らずに歩き出す彼女達。

そのとき彼女達が持っていたものは水約1.5リットルと少量のお菓子だけ。

真夏で、気温は摂氏40度を超えている。水は早くもお昼までにはなくなり、
彼女達は飢えと渇きで疲れ果て、道にも迷ってしまう。

そして、彼女達は最後の失敗をしでかす。それは、2人が別々に行動して
しまうことだった。

2日後、マーガレットさんは死体で発見され、友達のほうは無事に生還を果たした。

ボストンマラソンを完走した人ですら、自然を甘くみたがゆえに
(そしておそらくは自らの力を過信しすぎたために)命を落としたのだ。
要するにあんまり軽い気持ちで歩いたらだめですよ、ということなのだが、
なかなか説得力があった。

山や川が観光地化されて人が大勢押し寄せて、しかも交通の便もよくなった
ために人々はそこにけっこう気楽に行ってしまう傾向にあるようだ。
しかしここには大きな落とし穴がある。自然はしょせん人間の思い通りには
ならないのだ。
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ナバホのタコス

 | koro的アメリカ生活
アメリカの食事については前も書いたことがあるけど、今回は食事の質
というより量の話。

これからアメリカに住む人には悪いけど、アメリカではまず食事は
あまり期待しないほうがいいだろう。ニューヨーク在住の人が、
「アメリカでも意外に健康的なものを食べているんですねぇ」と言うのを
きいたことがあるが、これはもちろんニューヨークだからであって、ちょっと
田舎にいくとたちまちハンバーガーやピザといったものしかなくなる。
当然のことながら日本人にはちょっと厳しい。

ファッションも食事も、簡素にいくのがアメリカ流なのだ。

で、質はともかくとして、アメリカの食事にはとにかくボリュームがある。
ハンバーガーは日本だと軽食っていう感じもあるけど、アメリカだと
きちんとした食事だから、どかーんとビックマックをさらにでっかくした
ようなのが出てきて驚く。つけあわせのポテトも大きいし量が多い。

もちろん店によっても違うけど、大体の場合は普通の日本人だと
二人でひとつのメインの料理を食べるくらいでちょうどいいと思う。

この夏アメリカを横断する旅行に行ったときに、グランドキャニオン
の近くで一泊して、近所のレストランに夕食を食べに行った。
ここはナバホ族(ネイティブアメリカンの一部族)の
居留区の中にあるので、メニューにもNavaho なんとか、というのが多い。ナバホ・ハンバーガー
とかね。ちなみに日本ではあまり知られていないけれど、ナバホ族は
アメリカの中にあっても例外的に広範な自治権が認められていて、
許可がないと入れない土地もたくさんある。たとえばこのレストランの
メニューにも、お酒はなかった。アルコール類を追放したナバホ族への
配慮なのである。

それはともかくとして、その夜僕が頼んだのはナバホ・タコス
久しぶりにメキシカンが食べたかったので頼んだのだけれど、
やってきたタコスを見て俺は驚愕したね。

直径40センチくらいの大皿の上に、ピザパイみたいなタコスがどーんと
大迫力で鎮座ましましているわけであります。

俺、タコスっていう料理をこれまで勘違いしてたみたいね。普通タコスって
いったら豆とか肉とか野菜とかの具をパンみたいなので軽く包んだのが二つくらい
控えめに皿の上にのっている、っていうのだと思ってたんだけど、
これはどうみても普通のタコスの三倍くらいある、ピザの分厚いやつにしか見えないよ!

たしかに豆も肉も野菜もこれでもかっていうくらいのってるけどさぁ、
ただのせりゃぁいいってもんじゃあるめぇ?

俺、涙、でてきた。アメリカ人の胃って本当にどうなっているんでしょうかね?
絶対にこんなもの食べられない。半分以上残した。
ただし、これはなかなか味はおいしかったことを、ナバホ族の
名誉のために付け加えておきます。

感心してしまうのは、アメリカでは量を多く食べるほうが安くあがる。
ここらへんが大量消費社会というかアメリカンスタイルの社会というか、
すごいところだけど、たとえば僕があるとき宅配ピザを注文した。
アメリカでは宅配のピザは簡単だし日本と違って安いのでよく食べる。

そのときは二人だけだったので当然smallサイズを頼もうと思ったのだけれど、
電話の向こうの人は「smallとmediumサイズは同じ値段だけどどうするか?」ときいたので
びっくりした。小さいほうが絶対に損をするに決まっているじゃないか!

迷わずミディアムにしたけれど、しかし、まぁ日本ではないだろうなぁ
こんなこと、と食いながら思った。

たぶんスモールなんて注文する人はあまりいないのだろう。スモールなんて
朝飯にも足りないくらいなのだろう、アメリカ人にとっては。

アメリカは大量消費の国なのだ。
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ネット世代の文章力

 | koro的アメリカ生活
日本に帰ってくると、この二年間の「情報の空白」をやはり意識する。

二年間いなかったと言ったって、ネットで主要な情報はチェックしていたし、
だいたい日本にいるときだって自分に興味のないことについては
大して知らなかったのだから、どうでもよいのだけれど、それでもやっぱり
日本のことについてはよくわからない。

それでも実家に戻って新聞を読み、テレビを見ていると世の中の動きが
意外に簡単なほどにわかってくる。留学する前に、どうせ芸能関係の
ニュースとかは帰ってきてからすぐまた下らん情報として入ってくる
のだろうからそんなもんは二年くらい知らなくたっていいやと思って
いったけれど、確かにそれは正しかった。

しかし、テレビを改めて見ていると(何しろ暇なのでよく見る)
この世の中にはずいぶん下らない意見や情報が溢れているなぁ
ということがわかる。

夕刊のニュース記事を先取りして伝えるようなある番組を見ていると、
「最近の小学生は作文ができない」という見出しがあったので
ちょっと興味をひかれた。その記事によれば、最近の小学生はメールを
打つときに、たとえば「だ」と打つと、次の単語を入れなくても「大好き」
とか「大事」というように勝手に変換してくれるというような機能が
ありますよね。

あれを使っているがゆえに、漢字力が以前に比べて格段に落ちているというような感じで書いてあった。

まぁそれはそうかもしれない、とは思う。携帯メールの文章というのは基本的に
相手としゃべっているのと同じだから、結局漢字なんて気にしなくたって
文章は書ける。

こういう機能は便利なのかもしれないけれど、弊害もあるっちゅうようなことですなぁ。

それにあるコメンテーターが答えていわく、「こういうのは確かに問題
なのかもしれないねぇ。でも逆に言うとこうした新しい口語体の文章に
慣れている子供たちの中から、将来新しい文学が出てくる可能性もありますよね」
というようなことを言っていた。

またまた馬鹿なことを、と思う。メールの文章からいったいどんな
新しい文学が出てくるのだろうか?確かに将来文章に対して影響が
あるかもしれないけれど、それはもはや文学とは呼べないような
ものだろう。だって、ちゃんとした文章も書いたことがないような、
手紙ひとつも書いたことがないような子供たちが書く文章なんだもの。
そんなもの読みたいとも思わない。漢字の間違いすらもはや誰にも
間違いだとは思われなかったりしてね。

ネットから生まれた文学、というのが最近はやっているようだ。
これらの文章のすべてが悪いものだとは思わない。中にはすぐれたものが
あると思う。しかし、僕はこれらの文学を全体的に冷ややかな目で見ている。
2ちゃんねるから生まれて話題になった「電車男」は、僕も書店で手にとって
見たことあるけど、1ページで先に読む気をなくした。

だって、本じゃなかったから。文章じゃなかったから。あれはただの
記号の集積である。あんなもの誰だって書ける。

ああいうのは頼むからネットの中でだけ楽しんでほしいな、と思う。
散々なことを書いたけれど、まぁ、そんなことを思いましたね、
日本に帰ってきて。

~もうひとつのkoroワールド、「ばっ旅」、シンガポール編が進行中なのでぜひ
見てみてください。宣伝でした~
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ニューオーリンズの人々を救え

 | koro的アメリカ生活
帰ってきました!日本です!ついに2年間のアメリカ生活を終えてしまいました。

最初は、正直に言ってアメリカなんていう国に2年間いることには耐えられない
かもしれないなと思っていたけれど、ようやくやりとげてしまいました。
ちょっと、感慨深いものはあります。でもそれと同時に、なんかあまり
帰ってきたという実感はないというのも事実かなぁ。

ま、そんな感じです。

しかし、日本でもアメリカでも台風が大きな被害を出しているねぇ。

8月下旬にアメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナは米国史上最大級
と言われる被害をもたらした。特にひどかったのはルイジアナ州
ニューオーリンズで、街の8割が水没し、数千人とも言われる人が死んでいる。

僕はこのニュースをきいて非常に悲しかった。というのも僕はその一週間ほど
前にこの街に行っていて、とても気に入っていたからなのだ。

ニューオーリンズはアメリカの中にあっても特殊で、非常にエキゾチックな
不思議な魅力に溢れた町だ。ここには世界のほかの場所では絶対に味わえない
何かがある。それは何というか、名所とかそういうものではなくて、
空気というか雰囲気のようなものだ。それが僕にとっては非常に面白くて
美しかった。

ニュースを見ていると本当に気が滅入ってくる。これだけの惨事のあとでは
あの美しいニューオーリンズは当分戻ってくるまい。前から好きじゃなかった
けれど、ブッシュはいったい何をしているのか?と今回はまじで憤った。

だって奴は被害が出ているというのにのうのうとテキサスの田舎町
休暇をとっていたじゃないか!80万人が住む大都市がひとつまるごと
水につかっていたというのに?そのうちの10万人が避難したくても
できなかったというのに?州兵の三分の一がイラクに送り込まれていて、
避難した人たちを収容する場所にも困っているというのに?

世界中のどこにでも展開できる軍隊を持っている「世界最強」の国アメリカが
自分の国の国民すら救えなかったのは笑止千万である。よく見ておくべきだ。
これがアメリカという国なのだ。

ニューオーリンズの人々にはどうか希望を捨てずにがんばってほしい。
そしてあの美しい町並みがいつか戻ってくることを僕は願っている。
(ちなみに写真はニューオーリンズ「被災前」の町並み。馬車がことことと
のんびり走っている)
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列に並ばないアメリカ人

 | koro的アメリカ生活
アメリカ生活も最後になって、いろいろとやるべきことが多くて大変だけれど、
困るのは用事があって学校に行くと夏休みを終えて戻ってきた知り合いに
いろいろ声をかけられることだ。

まぁもう最後だし、どうせみんなにお別れを言わなくてはならないので
いいのだけれど、しかし話が長くなってしまうのは、
ただでさえ時間がない僕にとってはちょっとキツイ。

今朝もベルギーに行っていたときの知り合いとバス停で出会って、
例によって話をしていた。

「日本に帰ることになってさびしい?」と彼女がきくので
「うーん、あんまり現実感がわかないな。でもたぶんアメリカのことを
さびしく思うと思うよ」と僕が答えると、彼女は
「そうかしらね・・・私はアメリカの何をさびしく思うのかよくわからないわ」
と言った。

ちなみに彼女はマサチューセッツの出身で、リベラルな学生の
多いAUにあってもなかなかコアなリベラルで、アメリカという国の
ことをやや皮肉めに見ている。さらに言っておくと、
こういう人はアメリカではとても珍しい。

「アメリカの食べ物なんてジャンクだし、世界中どこに行ってもあるし、
他のこともなくなって特にさびしいとは思わないわ」と彼女は言った。

そこまで話したときにちょうどバスが来て、人々がいっせいに
ばらばらっとバスのほうに群がったのだけど、彼女はそれを横目で
見ながら「ところで日本でもああいう風に人々は
バスのほうに急いで群がっていくのかしら?」と僕にきいた。

そう言われて改めて気づいたのだけれど、アメリカだとバスや
メトロに乗るときに、日本で普通そうするように、きちんと一列に
(あるいは二列に)並んで待つ、ということはあんまりない気がする。

たいてい、みんな適当にどっとドアのほうに押し寄せて乗り込むわけだ。
もうすっかりそんなのに慣れちゃって、彼女に言われるまで
あんまり意識しなかったけれど。

「いや、日本でもみんな急いでいるけれど、普通は列に並んで待つね」
と僕が言うと、「Far more organized(はるかにマシね)」と
彼女はコメントした。

まぁ、どちらがいいというわけじゃないんだろうけれど、こういう
ささいなところにも違いというのが見つかるから、海外生活は面白い。
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騒がしい学校

 | koro的アメリカ生活
いやーもう、まじで最近ペーパー漬けの生活になっちゃってます。
やばいっすね、これは。朝から晩まで図書館にこもっちゃってます。
うへへ。(←頭がイッちゃってますね)

なんかなー。こんな留学生活を送るつもりではなかったんだがな・・・

まぁそんな愚痴はおいといて、さてさてアメリカでは今まさに新学期の時期なので
大学のまわりがとてもうるさい!

みんな高校生の延長みたいな気分だから、元気が有り余っているようで、
とにかく学校中がうるさい。活気に満ちている。若いパワーがあふれとる。

まぁねぇ、日本でいうと4月のはじめみたいなもんだもんなぁ。
学校のまわりは車でいっぱいだし、学校の中には居場所がないよ、ほんと。
とほほ。まぁ図書館は静かでいいんだけどね。新学期始まる直前に
図書館で勉強している馬鹿は俺くらいなもんだし。

日本人も何人か入ってきているみたいですが、まぁ俺もうすぐ帰っちゃうし
あんま、どうでもいいわ。僕のルームメイトのマジデヤバイ氏(仮名)に
とってはそうでもないみたいだけど・・・おっと、これ書くとまずいな。

まぁ、そんなこんなで、ペーパー仕上がるまではあんまりたいしたことは書けん。
みなさんはどんな夏をすごしてますか~?おいU松よ、久しぶりの日本を
楽しんでるか?みんな、ぜひぜひ良い夏を・・・
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koroからの再開のメッセージ

 | koro的アメリカ生活
8月26日 金曜日

DCに戻ってきてみると、すっかりあたりが秋の様子になっていたので
驚く。旅行に出る前はまだ夏の太陽がかんかんに照りつけていたのに、
今では朝晩は半袖だと寒いくらいだ。季節が変わるのは早い。

マレーシアから帰ってきて、しばらくのあいだはペーパーの提出に追われていて、
毎日図書館で本の山に囲まれて暮らしていたので、すっかりブログの更新を
さぼってしまっていました。というか、本当は書く時間もあったんだけど、
なんとなく書く気がしなくてさぼりにさぼり、ついに一ヶ月くらいたってしまった。

でもけっこういろんな人から「ブログの更新はまだなの?」ということを
言われ、ああ見てくれている人がいるんだなぁと思って、再びやる気を
ふりぼって更新再開することにしました。

なので、また見てください。よろしこ。今日はたいしたことかいてないけど、ま、
そのへんも許してやってくれい。んじゃまた。
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マレーシアの奇妙な話

 | koro的アメリカ生活
世界中どこにいってもこういう話はあるものだけれど、マレーシアにもちょっと奇妙な
伝説や怪談がある。僕もマレーシアに来てそういう話をいくつかきいたので、
ちょっと書いてみることにする。

あ、ちなみに全然怖い話ではなくて、むしろ不思議な話と言ったほうがいいかもしれない。

僕の友達が語ってくれた話。

彼女(アメリカ人)がインターンをしている職場の同僚の一族は奇妙な現象に
見舞われているのだという。

時は1950年代。彼女の母親は二児の子供を儲けており、三人目を身ごもっていた。
妊娠9ヶ月。いままでの経験から言って順調に子供は育っているはずだった。

彼女は田舎出身なので日本でいう産婆さんみたいな人を呼んで、自宅で出産したらしい
のだけれど、産婆さんは子供をとりあげた瞬間、「うっ」と叫んだという。

「何かあったの?」と母親はきく。産婆は口ごもる。「うん、これは・・・」

母親は産婆の手元をのぞきこむ。そこにあったのは、なんと生きた一匹のであった。

この話はけっこう有名で、当時の新聞で大きく取り上げられたらしいので本当の話のようだ。

この話には後日談があって、この魚を生んだ母親の息子のお嫁さんが身ごもったときに、
医者の診察を受けると、医者は「あなたのおなかには何か人間ではないもの
入っているから手術して取り出そう」と告げられたのだという。この医者が
取り出したものが魚であったかどうかは不明である。

二代にわたって奇妙なことが続いたというのは、なかなか偶然ではないように感じられる。
僕がこの話をきいたのはジャングルの中のバーだったので、なんとなく薄気味が悪く、
思わずあたりを見回してしまった。

ついでに書いておくと、マレーシアの特に田舎のほうにはまだ黒魔術的な伝説が残って
いる。たとえば、若い死んだ女性の墓を掘り起こして、死者のあごを燃やしてその油を
とり、売りつけるというようなことがけっこう行われているらしい。

東南アジアとにはまだまだ東洋的な神秘が残っているのだ。少し不気味ではあるけれど、
こうした物語を知ることは面白い。
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