カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

思春期の不条理と闇がてんこ盛り   シガテラ

2017-04-24 | 読書

シガテラ/古谷実著(講談社)

 全6巻。漫画。ヒメアノールが良かったので、ついでといってはなんだが、読んでみることにした。似ているところはあるが、主人公は高校生。病的なところと自意識過剰具合が、だからかなり子供っぽい。しかし今考えるとずいぶん前にヒミズも読んだことがあって、それと比べても、同じ高校生ながら、やはり子供っぽい。これらの作品が本当につながっているのかは分からないが、一連の古谷作品の分野であることは間違いなかろう。
 主人公の荻野は学校で激しいいじめを受けており、その精神逃避としてバイクに乗ることを夢見ている。そうしてバイトをして、教習所に通う。そこで南雲という一つ上の美女に何故か好かれ、付き合うことになっていく。いじめられている、いわゆるダメな人間としての最底辺の絶望感がありながら、明らかに不釣り合いにかわいく性格の良い女の子と付き合いながら、性的な欲求に思春期らしく葛藤している姿が大きな柱になっている。
 さまざまなエピソードがちりばめられており、恋愛の危機においては、少しそれらの事件が、まとまりなく起こりすぎているきらいはある。危険が多く降りかかりすぎる上に、それらのことが、もの凄く異常すぎる。普通に進行する恋愛劇が、過激な闇のトンネルをいくつもぬけなければならないようなことになる。基本にあるいじめ問題が大きい闇へと進行していく中、子供らはそのことを誰もが知っているのに、ほとんどの大人は介入しない。新たにいじめ仲間なる一人の家庭がヤクザのために、一度ヤクザが介入するくらいである。しかしいじめの張本人である谷脇は、そういうことは意に介さないし、後に大きな殺人事件に巻き込まれながら、やはり一般社会で生き延びていく。そういう設定ではあるとはいえ、少し無理があるようにも感じた。何故ならやはり、それらの人々においても、それぞれに家庭があるはずで、そういう無理が通る為の道理のようなものがあるのではないか。また、そうでないというのであれば、特殊な事情のある一部の人が、一か所に集まりすぎているという想像が無いように思うからだ。
 もともと無理のある恋愛の形がありながら、それが壊されようとする危機が、さらに大きな問題過ぎて、まとまりに欠ける作品になってしまっている。
 例えば、谷脇の最大の危機の時に谷脇の彼女と一緒に谷脇を救うために探しに行く、というくだりがあった。一番憎んでいる人間を、一緒に虐めていたのと同然の女に頼まれたために助けなければならない。それも自分のしあわせの最大の心のよりどころの彼女との約束や、バイクを買うために溜めていた資金を使ってまで、断り切れずに引き受けなければならない。さらにそういう混乱の中で谷脇の彼女とも性的関係が起こってしまう。そのような不条理や馬鹿さ加減というのは、物語として非常に良かったと思うのだが、そういう部分が膨らみながらも、どうも持続しないというのが残念だったのかもしれない。普通なら、これは相当大きい話だと思うのだが、なんとなく、恋愛の危機の疑いの材料で済んでしまったという感じなのだ。物語を作る構成やアイディアは素晴らしいと思うが、ちょっと使い方がもったいないのではあるまいか。
 そういう意味では実験的な作品だったのかもしれない。谷脇との関係では、最後にともに殺されそうな仲にもなる。この話も大変にいいと思うので、やはり闇の部分の描き方の方に、才能のある人なのかもしれない。
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