続・中岳龍頭望

脱力系から熱血系へ。ま、志はということで…

運命を握っているのは北の人

2017-04-21 | 時事

 世の中には手遅になってしまっている事がたくさんあると思うが、しかし、人の命がかかわっていることで、それを自覚しながら放置されている問題というのは、そんなに多くは無いと思う。さらにそれは非常に深刻で根元的なことであるにも関わらず。もちろん、合理的に考えて、普通は考えられないくらい不合理な行動をとらない限り、有事には発展しないはずであるという考えも、一応は理解している。しかしながらそれは、自分の力の及ばない範囲での力のバランスによるものである。自分の責任として放置している理由としては、少しレベルが違い過ぎる。そうしてほとんどありえない事柄から、まったくありえないとは言えないというあいまいさへとシフトしたという現実であるとは思う。しかしそれが有事でないということとは、やはり別の問題だ。かなり明確に残念で、しかも重要なのは間違いない。しかし既に自分らではどうしようもないので、見て見ぬふりをして、単に神頼みするより無いということか。
 赤ちゃんという立場であるのなら、それも仕方がない。自分の命であっても、それは他人にゆだねるより仕方がない。しかし、赤ちゃんでは無いのである。おそらく自分で物事を考えることもできるし、そうして自由にそれらを決めても良かったのだ。
 しかしすべては手遅れだ。しかるべき時は非常事態ということで、超法規的に動かざるを得ないだろう。普通に考えて、国民の議論のないままに、そのような準備は当然なされていると考える方が自然だろう。それをやっているのは他でもなく自分自身で、そのツケを払うのも、結果的には自分たちだ。
 つまるところ、人の命を軽んじて、軽薄な態度をとりつづけていたということなのではなかろうか。そういうことが許されると思っている精神性が、人の命を素直に危うくさせたのである。つける薬は、やはり無いのだろうな。
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