カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

簡単に性行為が出来ることについて

2017-05-15 | net & 社会

 村上春樹批判の中に、主人公が簡単に性行為を行う、というものがある。そういう小説だと言ってしまえばそれまでだが、確かにセックスに至るまでが非常に簡単という気はする。僕は男だからかもしれないが、女の人がそんなに簡単にセックスをさせてしまうことに疑問を感じるのは確かだ。現実的にはそんなことは無いだろうから、世の中には童貞がいるのではないか。
 いや、簡単にできる人とできない人に違いがあって当然だ、という意見もあろう。俺はこれが普通に思う、という人もいるのかもしれない。米国のロック・アイドルは、頻繁に複数のグル―ビーと寝ているのは本当のことらしい。実際にプレイボーイというのは居て、それは一種の病気の疑いがあるものの、何人もの女性と性行をしたという記録はごまんと残されている。しかしながら、やはり一定の興味を引くというか、実はあまり普通のことで無いからこそ、それらは好奇の目で見られる事象と考えていいのではないか。村上作品の主人公たちは、ある意味でそのようなプレイボーイという人達ではなさそうで、しかし簡単にできてしまう。それでいて非常にさっぱりしているというか、どろどろとした後味が残らない。そんなことはありえないのではないか。
 しかしながら村上作品の多くは、もともと荒唐無稽な出来事が起こる訳で、ことセックス関係だけを取り上げて異常視するのはおかしいのではないか、という意見もあるそうだ。それはそうだが、それで納得する男たちがいるとも思えない。たとえSF小説といえども、難しいものは難しいと考えるべきではないか。
 結局村上作品は純文学的なポルノだ、という批判もある。しかしながら多くの文学作品が性の問題を取り上げているのはごく普通のことで、ポルノだから悪いという批判というのは、ちょっと違うという気がする。性に対する葛藤という前に、まずはいろいろな行為がなされていることに違和感を覚えているのだから、むしろその扱いについて、文学的な掘り下げがあってしかるべきだということかもしれない。しかし村上作品は簡単に性行をしても、性に対する掘り下げをまったくしていない訳でもなさそうだ。むしろ向き合っているということもいえる。簡単にする問題は、表に出してそのようなことを考えたいということかもしれない。
 要するに羨ましい、というのがあるのは確かそうだ。そうすると単なる妬みととらえられるかもしれないが、まあ、こういう話はあまり女性の側から聞かれるものでは無いから(遠慮して言わないというのはあるかもしれないが)、単に男というのは「考え方が小さい」問題かもしれない(しかし大きな悩みどころだからこまるのだけど)。
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