続・中岳龍頭望

脱力系から熱血系へ。ま、志はということで…

本当は僕だってうんざりしてたけど

2017-02-24 | 境界線

 僕は学生時代中国の泉州というところに留学していた。最初の年にいきなり天安門事件があって引き返して来たが(北京はずいぶん遠いので、危ないということは無かったけれど)、またしばらくして舞い戻って、合計が2年半くらいは居た。向こうの学校の卒業式が7月なのと、天安門事件ということがあって、中途半端なタイミングと期間、あちらに居たことになると思う。今となっては記憶があやふやだけど。
 だからということになるが、中国についてはいろいろと意見はある。まあ、別に留学しなくたって意見くらいはあろうものだろうが、そういう経験からくる思いのようなものが、少しくらいはたくさんあるんじゃないかということだ。楽しい思い出もたくさんあるのは間違いないが、それなりにひどい目にもあった。本当は僕が個人的に受けた問題だから逆恨みのようなものだが、中国人なんて大嫌いだと思ったことも、そりゃあ、ある。何処の国の人だって、長い時間居れば、そういうこともあるのは当然だと思う。日本に来ている外国人だって、恐らくそういうものだろう。
 それで、半年くらいして仲間と旅行に出ていた。僕は最後までたいして言葉は憶えなかったが、とにかく最初の頃だから、本当にまだずいぶんひどい語学力の状態で、行く先々でトラブル続きに見舞われ(まあ、今考えると当たり前だけど)、身も心も折れんばかりに衰弱していた。旅行も留学もほとほと疲れて、本当に日本に逃げ帰りたかった。言葉が通じないというだけでなく、まちが汚く思えたし(実際に汚なかったが)臭いが嫌だったし、人々の行動が気に障った。食べるモノも、旨いのかどうなのかよく分からなくなっていて、とにかく酒で胃袋に押し込むように食べていた。でも学生だから暇だし、貧乏旅行だし(あっちは時間をかけて移動すると料金は安いのだ)、どのみち日本には一人では帰られそうにないし、まだ、とにかく旅行は終わってなかった。
 そういう中、正確にどこの場所だったかどうしても思い出せないが、日本人の団体客とばったり観光地で同じになった。オウオウ、日本の同志よ、なんとなく懐かしいな、などと思って言葉を交わしていた。日本語お上手ですね、などと言われ、向こうから見ると、それなりに現地に溶け込んでいたように見えていたらしい。
 それはそれで最初は楽しかった。しかし、その中の一人、僕から見るとおじさんというか、今考えると40代くらいの、いわゆる団塊世代の人だった思う。旅行中だから昼間から酒を飲んでいるらしく、ちょっと饒舌になっている様子だ。その人が、改めて「廻りをよく見まわしてみろ」という。何だろうと思っていると、「よく見ると、みんな何か足りない顔付をしてるだろう」という。「あいつらは、日本人と違って、みんな人種的に馬鹿なんだよ(大意)」というのである。最初は僕もヘラヘラ笑いながら聞いていたと思う。でもなんだかムラムラというか、怒りのようなものが湧いてくるのが分かった。こんな馬鹿な日本人がいるんだということが、心底腹立たしかった。もうお前なんか帰れ、と心の中で思っていた。でも、口に出してはなんとなく言えなくて、そういう自分にも腹が立った。
 一行と分かれて、なんだか解放されたような気がした。もう一緒にいるのはうんざりだった。
 それからも、旅行の方はトラブル続きだった。まったくひどい目にも、またたくさんあった。でもそれは、ある意味で当たり前の話だったようにも思う。少なくとも、旅行中出会った中国人が馬鹿だったから、僕がそんな目にあった訳では無かろう。不思議なもので、もっとこの地を知って頑張って行こうという気持ちが、強くなったように思った。
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