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寺院左0206 満願寺  洛陽12支めぐり・辰 溝口健二碑

2016年10月17日 07時24分31秒 | 寺院

平成27年7月28日の記事

 日蓮宗 もとは中京区西ノ京にあり、北野天満宮七保の御供所の1つであったが、

元禄15年(1702年)にここに移転した。

この地は日蓮上人が吉田の神道伝授のとき、寄宿したところと伝わる。

菅原道真を祀る文子天満宮がある。

本堂前には、映画監督の溝口健二の石碑がある。

作品は 「雨月物語」 「山椒大夫」 など

法勝寺の執行俊寛僧都の居住の址と伝わる、境内にある閼伽井は法勝寺の井戸と伝わる

 

平成28年10月16日  駒札画像1枚 説明追加

 

京都市指定有形文化財

満願寺 六棟 

本堂、鐘楼、手水舎、表門、文子天満宮本殿、文子天満宮拝殿

満願寺は示現山と号する日蓮宗の寺院で、もとは西ノ京にあって、天慶3年(940)に北野朝日寺の最珍を開山として創建されたと伝える。当初は真言宗に属し、北野天満宮の御供所であった北野七保のなかの五ノ保社ともなっていた。その後、元禄10年(1697)に日蓮宗へ改宗いるとともに、元禄15年に現在地へ移転してきた。

本堂は、移転後まもなく元禄15年から宝永が仁年(1704)にかけて造営されたもので、京都市内に残る日蓮宗の一般寺院本堂のなかでは古い方に属する。建築的には、桁行三間・梁行一間の身舎の四周に一間幅の裳階をまわして背面に内陣部を突出し、さらにその後方に土蔵造の奥陣を付設した複合建築で、変化に富んだ外観をみせている。また、その内部の力強い空間構成には近代的特色がみられ、日蓮宗本堂の近世遺構の一例として貴重である。

境内にはこのほか、当寺が現在地へ移転してきたときのものとして鐘楼、手水舎、表門、文子天満宮本殿・拝殿などが残っており、位置が一部変化しているものの、江戸時代中期における日蓮宗の一般寺院の寺観をよく伝えている。

平成7年3月30日 指定  京都市

 

 

本堂  2層になっていて 高くそびえています

 

 

扁額  何が記されているのか

 

本堂を 右手から見たところ

 

 

溝口健二の石碑を画像6枚 追加  平成28年10月16日

 

勲章  勲四等 瑞宝章 昭和21年8月24日

 

世界的映画監督

溝口健二を偲びて 1956年11月  永田雅一

 

二代目 中村雁治郎

 

 

 

近江屋仁兵衛

 

地図では 文子天満宮 と出ていたのだが

 

天満大自在天 と扁額に記されている

 

拝殿の中には 四方に人物画が掲げられていました

 

 

 

 

 

弁財天社   石鳥居は昭和8年の建立

 

 

見たことがない 石造物

 

 手水舎

 

井戸 と その奥は 弁財天社

境内にある閼伽井は法勝寺の井戸と伝わる

 

鐘楼

 関連記事 ➡ 洛陽12支妙見めぐり

寺院前回の 記事 ➡  寺院東0205  南禅寺 境内図

 

今日の俳句

草むらや 蟷螂蝶を 捕へたり /虚子

 

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