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まち歩き左0196  洛翠 と 植治の庭

2016年10月17日 09時36分10秒 | まち歩き

 

洛翠は、もと藤田小太郎氏の邸宅でありました。千七百坪を有する敷地内にある庭園は、平安神宮の神苑、無鄰菴の庭園など数多くの庭園を手掛けた明治の名造園家小川治兵衛(七代目)明治42年の作であります。

屋号が「植治」であることから、「植治(うえじ)の庭」と広く呼ばれる庭園は、それまでにあったわびさびの庭とは違う、明るく開放的な庭、そしてその施主の心の癒しとなる庭づくりが特徴となっています。

ここ洛翠庭園では藤田家が滋賀県で多くの事業をされていたことから琵琶湖を忠実に模した池をつくっており、また敷地内には画仙堂(京都三仙堂の1つ)、不明門、渓猿亭(大正時代に建てられたお茶室)など歴史的にも興味深い建築物がございます。

※ 洛翠の庭園は平成15年より、その技と精神を受け継ぐ11代目小川治兵衛氏に復元・集景・維持をしていただいており、現代に生きる「植治の庭」として保存・継承しております。 洛翠

 

 

 

不明門(あけずのもん)

この門は豊臣の時代に伏見城内にあったものを、そののちこの場所に移築したものです。

昔より常に閉ざされていたもので、「あけずのもん」と呼ばれ、その名の通り今も昔も開けた事がございません。敷地内の天井にはかつての極彩色の絵画の跡が残されており、供侍の場も設けられています。当洛翠(らくすい)は、もと藤田小太郎氏の邸宅でした。千七百坪を有する敷地内にある庭園は、平安神宮の神苑や無鄰菴の庭園など多くの庭園を手掛けた、明治の名造園家小川治兵衛(七代目)の作であります。

 

日本調剤研修・保養所  洛翠

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