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史跡滋賀016  大津城  

2016年10月25日 08時22分35秒 | 史跡・旧跡

 

 

戦国時代の終わり、豊臣秀吉は坂本城を廃し、この付近一帯に大津城を築きました。築城年代は天正14年(1586)頃とされ、初代城主は坂本城主であった浅野長吉(長政)、その後、増田長盛新庄直瀬を経て、文禄4年(1595)に京極高次が就任しています。高次の妻は浅井三姉妹の次女「お初」でしたが、慶長5年(1600)の天下分け目の関ケ原の合戦においては、東軍についたため、西軍の大軍が大津城に押し寄せ、奮闘の末、関ケ原の合戦当日、開城しています。高次は西軍の大軍を引き付け、結果として関ケ原の勝敗を大きく左右したとしてその後、加増のうえ小浜藩主に転封しています。

大津城は合戦の翌年に廃城。徳川家康は、新たに膳所の地に天下普請第1号として膳所城を築いています。なお、大津城の天守は、落城しなかったという縁起をかついで彦根城に移されています。この付近は、復元された城の縄張図と照らし合わせると、西側の外堀に位置します。城が膳所に移された大津町は、その後、東海道と北国海道の分岐点として商業都市としての性格を強め、東海道五十三次の宿場町の中ではトップクラスの人口を有する町として繁栄しました。

 

三重の堀に囲まれている

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幸福な時だと思う朝御飯  /浦

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